食品関係のリスクを俯瞰する試み:農薬やPFASなどの位置づけはどの辺か?

food-safety リスク比較

要約

食品によるリスクの全体像はどのようなもので、どの要因がどのくらい大きいのか?という全体を俯瞰するマクロなアプローチが不足しています。そこで、世界疾病負荷研究のデータを用いて食品関係のリスクを俯瞰します。農薬やPFASなど話題の化学物質の位置付けも併せて示します。

本文:食品関係のリスクを俯瞰する試み

リスク学の中には、個別のリスク要因を対象に詳細にリスクを評価するミクロなアプローチと、詳細ではありませんがさまざまな種類のリスクを俯瞰的に眺めるマクロなアプローチがあります

マクロなアプローチで有名なのが本ブログでも紹介したことのある「グローバルリスク報告書」です。特定分野ではなく全てのリスク要因を扱うオールハザードアプローチであり、経済・環境・地政学・社会・技術のカテゴリーの中からリスクを洗い出し、世界の有識者へのアンケート調査をもとにリスクのランク付けをしています。

さまざまなリスクを俯瞰する試みとしての「グローバルリスク報告書2022年度版」を解説します
2022年1月に世界経済フォーラムが公表したグローバルリスク報告書2022年度版を解説します。この報告書は特定分野ではなく全てのリスク要因を扱うオールハザードアプローチであることや、短期的(今後0-2年)・中期的(今後2-5年)・長期的(今後5-10年)なリスクをランキングする点に特徴があります。

本ブログでもこのリスクを俯瞰する試みを行っており、日本の死亡リスクのトレンドについて毎年まとめています(最新版は以下)。

コロナ禍の2021年から2022年にかけて日本の死亡リスクのトレンドはどのような変化をしたか?
2022年の人口動態統計による死因別死者数や死因別超過死亡のデータを分析しました。他殺や結核・ウイルス性肝炎は減少、一方でコロナ・不慮の事故、老衰、循環器系疾患の増加が目立ちました。年代別では10代後半の女性と100歳以上の死亡率の増加が特徴的となりました。

また、SNSなどの定点観測を行うことで、現在どのようなリスクが注目されているかのトレンドを調査してきました。

SNS定点観測
「SNS定点観測」の記事一覧です。

本記事で注目するのは「食品安全」です。2023年は食品安全委員会が創立20周年を迎えました。以下のサイトでは記念シンポジウムの情報や特別連載記事が掲載されています。

20周年企画紹介 | 食品安全委員会 - 食の安全、を科学する
食品安全委員会は、国民の健康の保護が最も重要であるという基本的認識の下、食品を摂取することによる健康への悪影響について、科学的知見に基づき客観的かつ中立公正に評価を行う機関です。

このサイトにある「食品安全委員会20周年記念誌」を見ると、20年間で3165件の食品健康影響評価を行ったとあります。農薬が1211件と非常に多いですね。一つずつ詳細にリスクを評価して安全かどうかを評価するアプローチは冒頭に書いたミクロなアプローチですね。

一方で、食品によるリスクの全体像はどのようなもので、どの要因がどのくらい大きいのか?という全体を俯瞰するマクロなアプローチはあまり取り組みがありません。

このような全体を俯瞰してその中での個別の要因のリスクがどの程度かという相場感を養っていないと、「農薬の○○がキケン」などという情報に触れた際に、その物質が安全か危険かしか考えられなくなり、「○○さえ避ければ大丈夫なのだ」などと方向性を大きく見誤ってしまいます

上記のサイトにある「トランス脂肪酸?リスク評価の意味を知ってほしい?」という解説記事を見ても、食品中トランス脂肪酸含有量を下げると、飽和脂肪酸が増える傾向があるということが書かれており、個別の物質のリスクだけを見て対策をとっても全体のリスクは減らせないことがわかります。

本記事では、食品安全のリスクを俯瞰する試みとして、世界疾病負荷研究のデータを活用して、さまざまなリスク要因の相場感をまとめてみたいと思います。

世界疾病負荷研究のデータ

使用するデータは世界疾病負荷(Global Burden of Disease, GBD)研究の結果です。これは「疾病・傷害による健康損失を比較的に定量化するための、体系的かつ科学的な取り組み(https://www.mhlw.go.jp/content/10601000/000511705.pdf)」
であり、WHOを母体とする世界的な研究プロジェクトです。

本ブログの過去記事では、このデータを使ってがんのリスク要因を比較しています。元データのダウンロード方法についてもこちらの記事を参照してください。

日本におけるがんのリスク要因は何か?世界疾病負荷(Global Burden of Disease)研究の結果を紹介します
世界疾病負荷研究(GBD study)が提供するツールを用いて、日本のがん死亡に対するリスク要因を整理しました。その結果、たばこやお酒、不健康な食事などの日常生活に起因するがんの影響は化学物質によるがんと比べてけた違いに大きくなっています。

GBD研究の結果を用いたリスク比較についてはすでに本ブログのRiskToolsで試作版が実装されています。

http://risktools.nagaitakashi.net/

例えば食塩の多い食生活のリスクがどの程度かを知りたい場合には、以下のように選択をして決定ボタンを押せばリスクのものさしとともに死亡率(人口10万人あたり年間死者数)の値が表示されます。

RiskTools
monosashi

現時点でRiskToolsにはリスク指標として死亡率のみが表示されますが、GBD研究では死亡率のみならず、損失余命やDALY(disability-adjusted life year:障害調整生命年)も推定されています。

DALYは、損失生命年(死亡数×死亡時平均余命)と損失健康年(障害を受けた人数×障害の継続年数×障害のウェイト)を併せて、死亡だけでは表現できないリスクを考慮しています。

死亡率と損失余命の関係については以下の過去記事を参照してください。

リスク指標としての損失余命はわかりやすい?その1:コロナウイルスの計算事例
コロナウイルスによる損失余命を計算してみました。死者数に加えて死亡時の年齢の情報、その時点での年齢別平均余命の情報(生命表)を基に計算すると、2020年10月14日時点(死者数1633人)で合計損失余命:18898年、死亡者1人あたり:11.6年、人口10万人あたり:15年、人口1人あたり:1.3時間という結果となりました。

DALYによるリスク比較については以下の過去記事があります。

大麻は酒やたばこよりも安全か?リスク比較によって検証する
大麻の死亡リスクを推定したところ「10万人あたりの年間死者数1人」となり、酒「同15.9人」やたばこ「同59.9人」と比較してかなり低いものでしたが、絶対値として無視できるほど低いというわけでもありませんでした。死亡に至らない精神疾患なども考慮したDALYで比較しても、酒やたばことのリスクの差が埋まりませんでした。

食品関係のリスク要因:死亡率、損失余命、DALYの比較

上記のデータを用いて、リスク要因の中から食事に関係すると思われる22項目を抜き出し、10万人あたり年間死者数、10万人あたり年間損失余命、10万人あたり年間DALYの3つの数字を並べてみました(10万人あたり年間死者数の降順です)。

リスク要因10万人あたり年間死者数(人)10万人あたり年間損失余命(年)10万人あたり年間DALY(年)
肥満(高BMI)40.6599.01065.7
アルコール37.4796.2980.3
ナトリウムの多い食事29.8392.8483.3
全粒粉の摂取量が少ない食事24.2336.3401.0
果物の少ない食事15.0227.4306.4
ナッツ・種子類の摂取量が少ない食事9.4119.1140.5
食物繊維が少ない食事9.0120.1162.3
赤身の肉が多い食事8.7133.1195.2
牛乳が少ない食事8.4128.1139.7
豆類の少ない食事6.987.792.4
カルシウムの少ない食事6.899.8108.8
加工肉が多い食事5.7102.3183.5
トランス脂肪酸の多い食事5.571.175.1
魚介類のオメガ3脂肪酸が少ない食事4.141.543.7
野菜の少ない食事2.733.138.8
多価不飽和脂肪酸が少ない食事2.735.937.9
砂糖入り飲料の多い食事2.531.654.2
子供と母親の栄養失調1.547.2260.0
不衛生な水源0.44.87.8
鉄欠乏症<0.10.2127.9
亜鉛欠乏症<0.1<0.1<0.1
ビタミンA欠乏症<0.1<0.10.2

上位3つは肥満、お酒、食塩の多い食事となりました。食事に気を付けたい人がまずやるべきは食べすぎ、飲みすぎ、高塩分の3つをやめることです。

次の全粒粉について、日本人はあまり食べる習慣がないため難しいのですが、玄米でも同じような効果があると仮定すると(証拠は弱いですが)、玄米食は結構体に良さげです。

その次に果物、ナッツ、食物繊維の少ない食事のリスクが続きます。おやつに果物やナッツを食べるのは良さそうです。次に牛乳や豆が不足、肉が多すぎなどが続きます。

あとは魚(オメガ3脂肪酸や多価不飽和脂肪酸を含む)や野菜が少ない、トランス脂肪酸や砂糖が多いなどがありますが、この辺以下になるとリスクとしては小さいものになってきますね。

10万人あたりの年間死者数・損失余命・DALYの3つのリスク指標を並べていますが、ランキングとしてはどれで見てもあまり変わりません。例外は栄養失調と鉄欠乏症の二つです。
栄養失調は死者数で見ると18位ですがDALYで見ると6位になり、鉄欠乏症は死者数で見ると20位ですがDALYで見ると12位になります。

栄養失調は小さい子供が死ぬことが多いので、死者1人あたりの損失余命が31年と多くなり、さらに損失余命とDALYの差も大きく、死に至らなくても生活の質(quality of life, QOL)が大きく下がることが示されています。

鉄欠乏症のほうは、損失余命でもランクは低く、DALYになると一気にランクが高くなります。つまり、死に至る影響にはならず、それでも貧血などでQOLが大きく下がることが示されています。

ほかのリスク要因は、損失余命が死者数の10倍くらいになっていますが、これは死者一人あたりの損失余命が10年くらいであることを意味します。80歳くらいで死ぬと損失余命が10年くらいなので、このような場合は基本的に高齢者が死ぬということです。

食品関係のリスクの中で化学物質の位置づけはどの辺か?

こういうランキングに化学物質のリスクも含めてみましょう。本ブログでリスク比較の解析を行った事例の中から農薬のグリホサートとPFASの中からPFOS・PFOAを取り上げます。

詳細は以下の過去記事にありますが、グリホサートにもしも発がんがあると仮定した場合、一般消費者の悪性リンパ腫による死亡率は「10万人あたり0.0001人」になりました(10億人に1人)。さらにこれはかなり過大な見積もりであり、最大限に大きめにリスクを見積もっても10億人に1人という数字です。

除草剤グリホサートの健康影響その3:グリホサートの発がんリスクの大きさはどれくらいか?
農薬の発がん性は科学的に完全な白黒がつくものではないため、発がん性あるなしの禅問答は尽きません。その禅問答から抜け出すには、発がん性があると仮定してそのリスクを計算することが有用です。除草剤グリホサートを例に発がんリスクを計算する方法を解説します。

PFOS・PFOAについては死亡リスクの計算は困難でした。疫学調査のエンドポイントはワクチン接種時の抗体価の上昇率の抑制であり、動物実験では体重低下です。動物実験をベースに、食事由来(大気や水よりも食事由来が多い)の摂取量からリスクを計算すると「10万人あたり0.1人」となります。これは体重低下ですので、死亡率はこれよりも大きく下回るはずです。

有機フッ素化合物PFOS・PFOAのリスクはどのくらい高いか?その2:基準値を超えた場合と平常時のリスクを計算する
PFOS・PFOAの水中基準値(目標値、指針値)超過がニュースとなっていますが、基準値を超えただけではリスクの大きさはわかりません。曝露マージンや影響率などのリスクを実際に計算することでその大きさを判断できます。結果的に、PFOS・PFOAのリスクは平常時でも基準値超過の水を飲んだとしてもかなり低いことがわかりました。

これを表にすると以下のようになります。農薬やPFASなど化学物質のリスクをどれだけ気にしても、全体の食品由来のリスクはまったく減らせないことがわかります。

リスク要因10万人あたり年間死者数(人)
肥満(高BMI)40.6
アルコール37.4
ナトリウムの多い食事29.8
全粒粉の摂取量が少ない食事24.2
果物の少ない食事15.0
ナッツ・種子類の摂取量が少ない食事9.4
食物繊維が少ない食事9.0
赤身の肉が多い食事8.7
牛乳が少ない食事8.4
豆類の少ない食事6.9
カルシウムの少ない食事6.8
加工肉が多い食事5.7
トランス脂肪酸の多い食事5.5
魚介類のオメガ3脂肪酸が少ない食事4.1
野菜の少ない食事2.7
多価不飽和脂肪酸が少ない食事2.7
砂糖入り飲料の多い食事2.5
子供と母親の栄養失調1.5
不衛生な水源0.4
鉄欠乏症<0.1
亜鉛欠乏症<0.1
ビタミンA欠乏症<0.1
PFOS・PFOA<0.1
グリホサート<0.0001

リスクの相場観というのは、まさにこういう表(細かい数字は関係なくおおざっぱで十分)が頭の中に入っているかどうかなのです。食品中化学物質のリスクはこのような形で公表すると全体を俯瞰できるため、自分が何に気を付けるべきかを間違いにくくなります。

あるリスク要因だけを見て、それが安全か危険かを禅問答のように延々と議論するよりも、ぜひこのようなリスクを俯瞰する試みが広がってほしいと思います。

まとめ:食品関係のリスクを俯瞰する試み

世界疾病負荷研究のデータを用いて食品関係のリスクを俯瞰してみました。死亡率・損失余命・DALYのどの指標で見ても上位3つは肥満、お酒、食塩の多い食事となり、これらと比べると農薬やPFASなどの話題の化学物質のリスクは無視できるほど低い結果でした。このような大局観をもっと広めることが必要です。

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