大麻は酒やたばこよりも安全か?リスク比較によって検証する

cannabis リスク比較

要約

大麻の死亡リスクを推定したところ「10万人あたりの年間死者数1人」となり、酒「同15.9人」やたばこ「同59.9人」と比較してかなり低いものでしたが、絶対値として無視できるほど低いというわけでもありませんでした。死亡に至らない精神疾患なども考慮したDALYで比較しても、酒やたばことのリスクの差が埋まりませんでした。

本文:大麻のリスク比較

最近また芸能人の薬物による逮捕が話題になっています。ただし、今回は「誰にも迷惑をかけていない」などと擁護するような声も多数聞こえてきます。本人も「日本で法に触れるのは理解」と語っているようですが、「日本では」というところがポイントで、諸外国では犯罪扱いされることではない、と主張しているかのようにも読めます。大麻の合法うんぬんについてはここでは論じませんが、よく言われている「たばこや酒よりも安全」ということがどの程度確からしいことか、リスクを比較してみることにします。

有名なのはDavid Nuttによる薬物のリスク比較を行った2007年の論文で、人体への悪影響、依存性、社会的影響(酒に酔って他人に暴力を振るうなど)の3つの観点から総合的な悪影響を比較しています。平均有害性スコアは20種類の薬物のうちヘロインが1位、アルコールが5位、たばこは9位、大麻は11位となっており、酒やたばこよりも害が小さいというわけです。ただし、詳細は省略しますがこの結果にはさまざまな論争があるようです。2010年には続報も出され、やはり大麻はアルコールやたばこよりも害が小さいと報告しています。
(酒やたばこより下というだけで、薬物のなかでは害が小さいというほどでもありませんが)

David Nutt et al (2007) Development of a rational scale to assess the harm of drugs of potential misuse.
The Lancet 369(9566) 1047-1053

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本ブログでは、例えば以下の熱中症とコロナウイルスなど、これまでにさまざまなリスク比較を行ってきました。今回も例によって、10万人あたりの年間死者数をベースに比べていきます。大麻の是非はとりあえず置いておき、淡々とリスクを比較するというスタンスです。 

熱中症とコロナウイルスのどちらに気を付ければよいのか?熱中症の死亡リスクを比較する
熱中症の死亡リスクは10万人あたりの年間死者数1.3人ですが、年代ごとの差が非常に大きく、高齢者のリスクが高くなっています。また、マスクや換気などコロナウイルス対策とのトレードオフ関係をみるために、コロナと熱中症のリスクを年代別に比較したところ、高齢者は一般的にはコロナよりも熱中症対策を優先すべきと考えられます。

カナダにおける大麻の死亡数推定

日本では大麻使用者が少ないため、海外のデータを参考にする必要があります。ソーシャルディスタンスの根拠を調べたときと同様に、まずはメタアナリシス論文を探すのが手っ取り早いですね。以下の論文は大麻使用による死亡リスクについてのシステマティックレビュー&メタアナリシスです。

Calabria et al. (2010) Does cannabis use increase the risk of death? Systematic review of epidemiological evidence on adverse effects of cannabis use
Drug and Alcohol Review 29(3) 318-330

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ソーシャルディスタンスのからくりその2:本当に意味があるのかどうかの科学的根拠を調べる
ソーシャルディスタンスの科学的根拠を知りたい場合には「科学的根拠」ではなく「エビデンス」や「メタアナリシス」なのワードとともに検索したほうが質の高い情報にあたります。ソーシャルディスタンスはその根拠は限定的ながら、コロナ感染リスクの低減におおむね効果があると考えてよいでしょう。

全体の死亡率の上昇についてはデータ不足でよくわからないという結論です。しかし、交通事故、がん、自殺のリスクは上昇しています。ただ、これも例えば自殺なら、もともとうつ病を患っていたり飲酒の影響も調整できていないので、さらな長期にわたるデータが必要という結論になっています。ここからは死者数の推定は難しそうです。

次に、上記の結果をベースとしたカナダにおける大麻による死者数推定の結果を見てみます。カナダは医療用だけでなく2018年に嗜好用大麻も合法化されるなど、規制の緩い国の代表とみなすことができそうです。

Fisher et al (2016) Crude estimates of cannabis-attributable mortality and morbidity in Canada? implications for public health focused intervention priorities
Journal of Public Health 38(1) 183-188

Crude estimates of cannabis-attributable mortality and morbidity in Canada–implications for public health focused intervention priorities
AbstractBackground. Cannabis is the most commonly used drug in Canada; while its use is currently controlled by criminal prohibition, debate...

この論文の出版時はまだ嗜好用としては合法化前ですが、全体で10~13%の国民が大麻使用者であり(!)、若者では20~30%にも上るようです(!!)。大麻による死亡の要因として、交通事故、依存症、精神病、がんの4つの死亡数推定を試みました。交通事故で89~267人の死者、依存症は死に至らない、精神病は106~186件の統合失調症の発生(死者数ではない)、肺癌で130~280人の死者と推定されました。

交通事故とがんの死者数(幅の中間値をとる)を足すと178+205=383人となり、カナダの人口約3700万人で割ると、10万人あたりの年間死者数1.0人と計算されました。

死亡率による大麻、酒、タバコのリスク比較

カナダの事例をそのまま日本に当てはめるのは短絡的ではありますが、ほかに情報がないため、日本で大麻が普通に使われるようになった場合の死亡リスクは、「10万人あたりの年間死者数1.0人」とみなします。

次に、酒とたばこの死亡リスクについて調べます。こちらは日本における推定値があります。以下の論文は2005年のがんの原因の寄与割合(その要因がなければ防げたがんの割合)を推定した研究成果です。

Inoue et al. (2012) Attributable causes of cancer in Japan in 2005?systematic assessment to estimate current burden of cancer attributable to known preventable risk factors in Japan
Annals of Oncology, 23(5) 1362-1369

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この中に酒とたばこによるがん死亡数の推定値があります。
酒によるがん死者数:男16905人 女3176人 合わせて20081人
たばこによるがん死者数:男67697人 女8002人 合わせて75699人

酒の場合は、酒に酔った人による暴力や飲酒運転、急性中毒による死者もあると思いますが、さすがに数千人レベルにはならないでしょうから、それらを加えても死者数は大きくは変わらないでしょう。

結果として、酒による死亡リスクは「10万人あたりの年間死者数15.9人」、たばこによる死亡リスクは「10万人あたりの年間死者数59.9人」と計算されました。これをいつものリスクのモノサシで表現すると以下のようになります。

要因10万人あたり
年間死者数
がん297
たばこ59.9
自殺15.9
15.9
交通事故3.6
大麻1
火事0.81
落雷0.0024

たしかに酒やたばこよりも死亡リスクは大幅に低いことは間違いないです。しかし、リスクのモノサシによる比較を見ると、大麻のリスクは決して野放しにしてよいレベルではなさそうですね。酒やたばことの比較は大麻解禁派にとって「都合のよい」リスク比較と言えそうです。

DALY(障害調整生命年)によるリスク比較

カナダにおける大麻による死亡数推定の論文では、統合失調症の増加数も推定されていました。ただしこれは死亡には結び付いていないので、死亡リスクでは表現できません。死亡に至らなくても精神疾患で苦しんでいる人を考慮してリスクを比較するにはどうすればよいでしょうか。これを可能とするのがDALY(disability-adjusted life year:障害調整生命年)という指標です。

DALYとは、損失生命年(死亡数×死亡時平均余命)と損失健康年(障害を受けた人数×障害の継続年数×障害のウェイト)を併せて、さらに年齢による社会的重みづけを考慮したものです。

精神疾患は障害のウェイトが高く設定されているので、死亡に至らない疾患でもDALYでみると高くなります。さっそく大麻によるDALYの評価を調べてみましょう。以下の論文にその結果を見ることができます。これはWHOが中心となって行われている世界疾病負荷研究(Global Burden of Disease Study)の一環であり、DALYを指標として世界の疾病による健康リスクを比較しようとするものです。

The Global Epidemiology and Contribution of Cannabis Use and Dependence to the Global Burden of Disease: Results from the GBD 2010 Study
PLOS ONE 11(10) e0165221

The Global Epidemiology and Contribution of Cannabis Use and Dependence to the Global Burden of Disease: Results from the GBD 2010 Study
AimsEstimate the prevalence of cannabis dependence and its contribution to the global burden of disease. MethodsSystematic reviews of epidem...

2010年の全世界ベースで、大麻由来のDALYは200万で、全DALYの0.08%を占めるという結果になっています。また、薬物使用に限定したDALYの中では、大麻は5.5%を占め、酒(47%)よりはかなり低いものの、コカイン(2.9%)よりも高くなっており、覚せい剤(アンフェタミン、7.0%)より若干低い程度となっています。

酒やたばこのDALYを以下の論文(これもGlobal Burden of Disease Study関係)から引っ張ってくると、酒が9900万(全体の4%程度)、たばこが1億7700万(全体の6%程度)となっており、DALYで見ても大麻のリスクは酒やたばことよりも相当に低いと言えるでしょう。問題は酒やたばことの比較が適切かどうかというところですね。

GBD 2016 Risk Factors Collaborators (2017) Global, regional, and national comparative risk assessment of 84 behavioural, environmental and occupational, and metabolic risks or clusters of risks, 1990-2016: a systematic analysis for the Global Burden of Disease Study 2016
The Lancet 390(10100) 1345-1422

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まとめ:大麻のリスク比較

大麻の死亡リスクは「10万人あたりの年間死者数1人」であり、酒やたばこと比較してかなり低いものですが、絶対値として無視できるほど低いというわけでもありません。大麻のリスクを死亡リスクで比較したものはほかに見たことがないので、これは割と画期的ではないかと思います。死亡に至らない精神疾患なども考慮したDALYで比較しても、酒やたばことのリスクの差が埋まるわけではありませんでした。

これを基に大麻の合法化を!というよりは、酒やたばこのリスクがあまりに大きすぎて、こちらを早いところなんとかしないといけない、というのが結論ではないかと思います。

補足

外務省在バンクーバー日本国総領事館:注意喚起(カナダにおける大麻(マリファナ)の合法化について) 

外務省 海外安全ホームページ|現地大使館・総領事館からの安全情報 詳細
海外に渡航・滞在される方々が自分自身で安全を確保していただくための参考情報を公開しております。

【要旨】本年6月21日に成立しました「カナダにおける大麻に関する法律」が10月17日より施行されます。一方、日本の大麻取締法において、大麻の所持・譲渡(購入含む)等については違法とされ、処罰の対象になっております。この規定は海外において行われた場合でも適用されることがありますので、在留邦人や日本人旅行客の皆様におかれましては、これら日本の法律を遵守の上、日本国外であっても大麻に手を出さないよう注意願います。

ということで日本国民のみなさんはカナダに行っても大麻はダメらしいので注意しましょう。

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