対決しないデマ対策:目立つ人より見えない人に向き合おう

sns_sea_otter リスクコミュニケーション

要約

目立つデマ発信者を黙らせるのではなく、見えないサイレントマジョリティからの信頼を得ることを目指してデマに対応しようという提案をします。なぜ対決姿勢ではダメでサイレントマジョリティを相手にすべきなのかを解説し、信頼を得るための方法についても解説します。

本文:対決しないデマ対策

(トップ画像は怒りでこのあとスマホを叩きつけるラッコです。なおAI生成)

化学物質や健康、ワクチンなど、リスクに関する分野はデマが拡散しやすいトピックです。本ブログではこれまでにもデマやトンデモ科学への対応についてたくさん記事を書いています(本記事の中で紹介していきます)。ツイッターなどのSNSでデマを発信する人に対して、〇〇警察のように反論をするなどの活動をしている人も多数います。

このような活動は大変骨が折れる一方で、次から次へとデマインフルエンサーが現れるため、怒りが増して荒っぽい対応になったり、上から目線で見下すような対応になったりする場合もあります。

「最初から強い態度で対応をしたほうがデマが拡散されにくい」
という意見もある一方で
「強い態度はイヤな印象を与えてしまうためもっとソフトに対応したほうがよい」
という意見もあります。

私は後者を支持する意見を持っていますが、これはデマへの対応もまたリスクコミュニケーション(リスコミ)の一部として考えているからです。

リスコミとは、ある特定のリスクについて関係者間で情報を共有したり、対話や意見交換を通じて意思の疎通をすることであって、関係者間の相互理解を深めたり、信頼関係を構築することが目的となります。一方的な情報提供ではなく双方向的であって、情報発信側の思うがままに人々を操る方法ではありません。

そして、リスコミは誰を相手にするべきか?を考えると、声を出さないサイレントマジョリティを相手にすべき、が答えになります。サイレントマジョリティとは、自分たちの意見や価値観を公に表明しないままに多数派を形成している人たちを指します。

声の大きい人を黙らせたいという気持ちはわかりますが、その人たちとケンカをしてもそれを見ているサイレントマジョリティ(発言しないので目に見えない)からよくない印象を持たれてしまいます。

本記事では、デマ発信者を黙らせるのではなく、サイレントマジョリティからの信頼を得ることを目指してデマに対応しようという提案をします。まず、なぜサイレントマジョリティを相手にすべきなのか?を解説し、次に対決姿勢ではダメな理由を解説します。最後に、信頼を得るにはどうしたらよいかについての心理学的な解説も試みます。

サイレントマジョリティを相手にすべき理由

デマ対応を考える際のターゲットを考えると、以下のように4つの層に分けられるでしょう:
1.関心が高く、さらに正しい知識を持った層
2.無関心層、様子をうかがっている層
3.関心が高いがデマや陰謀論を信じる層
4.デマとわかっていても自らの利益のためにそれを拡散している層

SNSでデマを発信するのは3と4の層です。この人たちは声が大きくて目立つのでSNSに多数いるように誤解することがありますが、単に声が大きいから目立つだけで数は非常に少ないです。

重要なのは2の層です。この層がサイレントマジョリティで、ここから3や4に移行するのを防ぎ、1に移行するのを増やすことが望ましいですね。

「強い態度でデマと戦うべき」論は、3と4を叩いて消さないとデマが氾濫して2が毒されてしまうという考えに基づきます。ただし、基本的に3と4の人は話が通じにくいので翻意させることは難しいのです。ブロックされておしまいです。

一方で、2の層はきちんと話が通じる層でもあるため、情報提供を行う効果が高いと考えられます。さらにこの層は存在が見えにくいのですが、割合としては大多数を占めているのです。

3と4の層は放置してよいというわけではありませんので、実際には2の層に情報提供するつもりで表面的には3や4の層のデマ発信に対してやりとりするわけです。そのやりとりは(目に見えませんが)2の層が黙って見ているのです。

ケンカ腰だったり、見下した態度で3や4の層に対応すると、そのやりとりを見ていた2の層は「この人のいうことは正しいかもしれないけどこの人のことは嫌いになった」となってしまいます。これは信頼関係を築くというリスコミの目的を考えると失敗となります。

このような方法にちゃんと効果があることは最近論文としても公表されています。デマに真っ向から反論するのと、デマを無視して正確な情報を伝えることには同程度の効果があるとの結果となっています。

Calabrese & Albarracin (2023) Bypassing misinformation without confrontation improves policy support as much as correcting it. Scientific Reports, 13, 6005.

Bypassing misinformation without confrontation improves policy support as much as correcting it - Scientific Reports
Curbing the negative impact of misinformation is typically assumed to require correcting misconceptions. Conceivably, however, bypassing the...

対決姿勢がダメな理由

私が対決姿勢を支持しない考えについては冒頭で書きました。対決姿勢を好む人は問題解決よりも対決に勝つことに興味があると認識されてしまいます。これまでに「トンデモ科学を撲滅せねば!と憤慨したときに考えるべきこと」と題して二つの記事を書いていますので、それを紹介します。

反ワクチンと戦う方も正義と思っていますが、デマをばらまいている方もまた自分たちは正義だと思っているわけです。正義対悪の戦いではなく正義対正義の戦いになります。

この「正義感」というやつは結構厄介なもので、「正義のために相手に攻撃的になってもOK」という非道徳的な行動を正当化しやすくなります。反ワクチンと戦う人たちは相手を見下した態度で科学リテラシーの低さを狙って攻撃します。これは自粛警察、マスク警察なども同様でしたね。

https://nagaitakashi.net/blog/risk-communication/pseudoscience-1/

自分は「正義のために相手に攻撃的になってもOK」と思っていても、そのやりとりを見ている人たち(サイレントマジョリティ)はそう思っていないということですね。

第三者効果はリスクコミュニケーションを学ぶ上で知っておくべきことの一つです。リスクを伝える際にマスメディアの影響は重要ではありますが、マスメディアの影響を過大視して「リスコミ=マスコミ対応」と考えてしまうと、その向こうにいる情報の受け手のことを重視しなくなってしまいます。硫黄島の例でいえばビラだけを見て黒人兵士たちを見ていなかったということですね。

このようなバイアスの根底にあるのが「自分はダマされないが無知な一般人は簡単にダマされる」と考えてしまう傾向です。ダマされない自分スゴいという自尊心が関係していることが指摘されており、高学歴の人や専門的知識のある人ほどこの効果が大きいようです。さらに、内容と自分の考えが離れているほど第三者効果が高くなり、つまりデマが嫌いな人ほどデマの影響を過大視する傾向が強くなります。

https://nagaitakashi.net/blog/risk-communication/pseudoscience-2/

デマ発信者をつぶすことだけを考えてしまうと、そのデマ情報を受け取る人たち(サイレントマジョリティ)のことが見えなくなってしまうということです。

デマ対策は基本的にプラットフォームの責任で行うべきものであり、これはAI技術の発展によって劇的に改善できる可能性があります。このことも過去記事で示しています。

リスクコミュニケーションもAIが担う新時代その3:AIにデマを自動判別してもらおう!
リスクコミュニケーションにAIを活用する方法の一つとして、ChatGPTを使ったデマ判定方法を紹介します。ツイッターなどでは日々デマが拡散し、人力での対応は限界があるため、AIによってファクトチェックを自動化できると非常に強力なツールとなります。
リスクコミュニケーションもAIが担う新時代その4:SNSのデマ発信アカウントをAIに判別してもらおう!
リスクコミュニケーションにAIを活用する方法の一つとして、ChatGPTを使ったデマ判定方法を紹介する記事の第2弾では、ツイッターのアカウント自体のデマ傾向度を判定する事例を紹介します。SNSプラットフォームが実装すると現状からの大きな改善が期待できます。

信頼を得るためのモデル

リスクコミュニケーションは相手の説得よりもサイレントマジョリティからの信頼を得ることを目的とすべきだと書きました。信頼得られればこちらの主張が広がりやすくなります。それでは信頼を得るにはどうしたらよいか?を最後に解説します。

心理学においては、信頼は以下の3つによって形成されると考えられています:
1.能力(専門知識・技術力・経験)
2.動機づけ(誠実さ・公正さ・説得意図のなさ)
3.価値類似性(問題に対する態度や価値が相手と似ている)

例えば、現在の政府による意思決定において、外部の専門家の委員会(審議会、検討会など名称はさまざま)に諮問する、というやり方は基本的にこのうちの1と2に基づいています。

ただし、すでに信頼が崩れてしまっている場合に、このようなやり方では信頼の回復は難しく、その場合に重要になるのが3の価値を共有することです。これは主要価値類似性モデル(SVSモデル)と呼ばれており、「相手が直面する問題にかかわる主要な価値(salient value)を自分と共有していたり、または類似していると感じると相手を信頼する」というものです。

1、2、3は互いに独立というわけではなく、価値が類似している相手は能力も高く動機づけも正しいと感じてしまう関係性もあります。よって、信頼度が低い場合は専門知識や誠実さ・公正さをアピールするだけではダメで、まずは価値類似性から共有する必要があります。参考文献としては例えば以下があります。

中谷内 (2014) 信頼の心理学. 日本香粧品学会誌 38, 244-249

信頼の心理学
J-STAGE

ということで、一見主張が真っ向から違っていたとしても、まずは基本的な価値(例えば健康や環境への悪影響を最小化したいという思いは同じ、など)を共有していることを明示したほうがよいでしょう。ようするに主張の違いはその最小化のアプローチが異なっているだけの場合が多いのです。

最初から対決姿勢を示すとこの価値共有化ができません。ただし、こちらが対決姿勢を出さなくても、やりとりする相手側が対決姿勢を出すことも多いです。が、そこはあまり気にせず、本当にやりとりしている相手はそのやりとりをこっそり見ているサイレントマジョリティだと思うことにしましょう。

まとめ:対決しないデマ対策

目立つデマ発信者を黙らせようとケンカ腰や見下した態度で対応すると、そのやりとりを見ているサイレントマジョリティから悪い印象を持たれ、信頼関係を築くというリスコミの目的を考えると失敗となります。信頼を得るためには、基本的な価値を共有していることを明示することが重要です。

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