「緊急事態宣言下なのに外出している奴がこんなにいる」という報道は逆効果

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要約

「緊急事態宣言なのに外出している奴がこんなにいる」という論調の報道は怒りの感情を高めるだけで逆効果となり、逆に「自粛している人がこんなにいます」という部分を強調したほうが一人一人の行動の効果を実感できるため効果的と考えられます。現状では出歩いている奴を罰したいという感情を高め、人々の分断や差別をまねく懸念があります。

本文:「出歩く奴がこんなにいる」は逆効果

2021年に入ってもコロナ感染拡大は止まらず、ついに1月8日に再び政府による緊急事態宣言が出されました。テレワークを拡大し、不要不急の外出を自粛して外出を減らすことがお願いされています。

このような中で、「緊急事態宣言なのに外出している奴がこんなにいる」という論調の報道が結構目立ちます。例えば以下のニュースがあります。

YAHOOニュース:東京都内の人出 前回宣言時より“大幅増” 宣言後初の週末は前回と比べ2倍から4倍の人出

東京都内の人出 前回宣言時より“大幅増” 宣言後初の週末は前回と比べ2倍から4倍の人出(ABEMA TIMES) - Yahoo!ニュース
 2回目の緊急事態宣言が出て初めての週末となったきのう、東京都内の人出は去年4月の1回目の宣言時と比べておよそ2倍から4倍になったことがわかった。

 ソフトバンクの子会社「Agoop」によると、きのう午後3時の人出は年末の土曜日の同じ時間帯と比べて渋谷駅周辺で20.7%、銀座で28.4%、原宿で35.0%減少した。
 一方で、去年4月に1回目の緊急事態宣言が出された最初の土曜日と比較すると、渋谷で2.4倍、銀座で3.5倍、原宿で1.9倍など、各地でおよそ2倍から4倍の人出になっている。

https://news.yahoo.co.jp/articles/6719df53315d596fa5a63de22a48e2b966c6de6d

ニュース本文には人出が年末と比べて20~35%減少していることが書かれていますが、見出しは「大幅増」であって、これは比較対象が前回(4月)の緊急事態宣言時になっているからです。見出しだけを見ると人出が全然減っていなくてケシカランというイメージになります。おそらくは意図的にこのようなイメージを出しているものと推察されます。

このようなイメージの報道は、多くの自粛している人にとって出歩いている奴を罰したいという感情を高め、人々の分断や差別をまねくのではないかという懸念があります。さらに、外出を減らすという効果についても逆効果になるかもしれません。「出歩いている奴がこんなにいる」という報道が目立つと、「みんな出歩いているなら自分も出歩いても大丈夫」という規範ができあがってしまいます。

逆に「自粛している人がこんなにいます」という部分を強調したほうが(上のニュースなら「早速原宿で35%減少!」など)、みんな自粛しているなら自分も自粛しようという規範になりやすくなります。人出の減少は確率(35%とか)ではなくで実際の人数のほうがもっと良いかもしれません。

本記事ではこの「みんながやっている」という規範意識に注目し、「みんな守ってない」という報道の影響や、なぜこのような論調の報道になるのかを説明していきます。

「みんなやっている」という規範

規範というのは、法規制などとは別の形で私たちに求められる行為を定めたルールと言えます(殺人・強盗など法律に定められたものもありますが)。法律に違反しているわけでもないのに規範に反すると批判を浴びたり、時には制裁をうける、というのはどのような文化にも見られるようです。

ここで、マスクをする理由は「みんなしているから」という同志社大中谷内教授による研究結果を紹介します。

日本経済新聞:マスク着用、動機は他人 「感染防止」ほぼ関係なし

マスク着用、動機は他人 「感染防止」ほぼ関係なし
新型コロナウイルスの感染が拡大する中、日本人がマスクを着ける動機は、感染が怖いからでも他の人を守るためでもなく「みんなが着けているから」。同志社大の中谷内一也教授(社会心理学)らのチームが11日までに、インターネットで行ったアンケートから、こんな結果をまとめた。チームは感染者の増加が続いた3月下旬、年齢や居住地などの構...

新型コロナウイルスの感染が拡大する中、日本人がマスクを着ける動機は、感染が怖いからでも他の人を守るためでもなく「みんなが着けているから」。同志社大の中谷内一也教授(社会心理学)らのチームが11日までに、インターネットで行ったアンケートから、こんな結果をまとめた。
(中略)
中谷内教授は、人々に望ましい行動を促すには、マスクのように「みんなやっている」という同調心理をくすぐるのが有効とみる。ただ「やりすぎると窮屈な監視社会になる」とし、施策への応用は慎重にやるべきだと注意を促した。

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO62504720R10C20A8AC1000

ということで、それまでマスクを着けないことが普通であったとしても、みんながやっていることが新たな行動規範になっていきます。そしてマスク警察のような規範を破る人に対して制裁を加える人が出てきたりします。不要不急の外出自粛についても、これまでにない行動規範であるため、「みんながやっている」ということが行動規範化には重要になると考えられます。ただ、こういうのも一種の「ナッジ」なので、ニュースの中谷内教授のコメントにもある通りやりすぎには注意する必要があります。

実際には外出自粛をしている人が多いのに、「出歩いている奴がこんなにいる」という部分を強調してしまうと行動規範になりにくくなってしまうのではないでしょうか。

一方で、みんなが自粛しているなら自分だけは出歩いても危険は少ない、という「免罪符効果」も働きます(規範へのフリーライド)。結局どっちなんだ?ということについてはちゃんと調べる必要がありそうです。これについては本ブログでもすでに書いています。

いいことした分だけ悪いことしたくなる?コロナ禍における免罪符効果(モラルライセンシング)
いいことした分だけ悪いことをしたくなる心理的効果の「免罪符効果」についてまとめました。コロナ対策でも何か対策をやった分だけ他の対策をさぼってしまったり、自分が対策をやった分だけ感染者に差別的感情を抱いたりということが考えられます。感染防止対策の目的と道徳的な善悪を切り離すことが重要です。

焼け石に水効果

「出歩いている奴がこんなにいる」という報道のもう一つの弊害を考えてみます。自分はずっと自粛を守って家にこもっているとしましょう。テレビをつければ「出歩いている奴がこんなにいる」という報道が目立ち、そして感染者数も死者数もどんどん増えていく、というような状況を目にし続けると一体どうなるでしょうか?

これじゃあ自分がいくら我慢して自粛に協力してもどうにもならない、アホらしい、もうどうでもいいや!と投げやりになってしまう人が出てきてしまいます。これが心理学でいう「焼け石に水効果(The drop in the bucket effect)」です。

これと同じように難しいのが地球温暖化対策です。みんなが省エネしたり、自動車の利用や控えたりすると効果は大きいかもしれませんが、一人一人の取り組みの効果は微々たるものです。これも焼け石に水効果で、熱心に取り組もうとする気持ちをそいでしまいます。

また、以前に本ブログではワクチンはなぜ嫌われるか?という記事で、ワクチンで救われる命や寄付によって救われるアフリカの難民の数は「単なる統計的数字」であって心に響きにくいことを書きました。特に、アフリカの難民への寄付は「焼け石に水効果」によって集まりにくいのです(救うべき人数が絶望的に多すぎる)。

ワクチンはなぜ嫌われるのか?メリットよりもデメリットに注目が集まる心理的要因
ワクチンはなぜ嫌われるかを心理学の「特定できる被害者効果」によって説明しました。ワクチンによって救われているはずの多数の命は「単なる統計的情報」である一方、ワクチンの副反応で苦しんだ特定の個人の声のほうが心理的なインパクトが大きくなるので、メリットよりもデメリットに注目が集まりやすくなります。

話を戻すと、逆に「自粛している人がこんなにいます」という部分を強調した報道なら、自分たちの行動が大きな効果を発揮することに期待を持てるようになるでしょう。

なぜそれでも「出歩いてる奴がこんなにいる」という報道になるのか

なぜ報道では人出が減っているという部分は強調せずに、「出歩いてる奴がこんなにいる」という部分が強調されてしまうのでしょうか?そのほうが出歩いてる奴が減るという効果を期待しているからでしょうか、それとも単にニュースとして注目を集められるからでしょうか。

おそらく後者のニュースとして注目されるから、つまり出歩いている奴を制裁したい、という視聴者の心に刺さるものがあるからでしょう。規範を破る人間を制裁したいというのは人間の基本的な感情のようです。ある研究では、不正を描写したハリウッド映画を見せて、被検者にさまざまな代替の結末を評価してもらう、という実験をしました。その結果、不正を働いた人がそのことで苦しんで恥をかくというのが最も好まれた結末で、誤りを認めてその後それを乗り越えて成長と充実感を味わうという結末は好まれなかったのです。制裁した結果世の中を良くしたいという動機ではなく、単純に制裁してスカッとしたいのです

これを今回の件に当てはめてみると、出歩いている奴をさらして恥をかかせることがウケるわけで、出歩いている奴の考えを改めさせて出歩かないようにしてもウケが良くないのです。政治家が会食しているなどのニュースがウケるのもおそらく同じ構図でしょう。

特に、相手から何かをイヤなことをされてその報復をする場面では、自分が損してでも相手に報復するということがよく知られています。ここでも自分が得したり世の中が良くなるよりも制裁すること自体が目的化しているのです。しかも、報復を考えているときの脳の活動を観察すると、線条体という喜びに関連する部位が活発に反応していたという実験結果もあります。そしてこの線条体の活動が強いほど強く報復したというおまけつきです。

これを心理学で「忠臣蔵効果(The Chushingura Effect)」と呼びます(ウソです、こんな効果はありません。一応本当に無いかどうかは調べました。でも忠臣蔵が人気がある理由はそういうことでしょう。)。

まとめ:「出歩く奴がこんなにいる」は逆効果

「緊急事態宣言なのに外出している奴がこんなにいる」という論調の報道が結構目立ちますが、「みんな出歩いているなら自分も出歩いても大丈夫」という規範が出来上がってしまうため逆効果になると考えられます。外出する人が減ることを期待しているのではなく、出歩いている奴を制裁したいという感情に訴える効果を狙っています。逆に「自粛している人がこんなにいます」という部分を強調したほうが一人一人の行動の効果を実感できるため効果的と考えられます。

補足

日本ではダイバーシティ推進の文脈で「女性役員のいる企業がこんなに少ない」とよく言われますが、このようなアナウンスは逆効果で「女性役員がいる企業が〇〇社もある」という言い方のほうが良いとされています。今回の記事の元ネタはこのような話で、以下の本を参考としました。

イリス・ボネット WORK DESIGN(ワークデザイン):行動経済学でジェンダー格差を克服する

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規範・制裁・報復に関する話は以下の文献を参考にしました。ダン・アリエリーの一連の著作も本ブログのネタ帳の一つです。

チャンドラ・セカール・スリーパダ&スティーヴン・スティッチ著(薄井尚樹訳) 規範の心理学のためのひとつの枠組み. 社会と倫理 第30号 2015年 p.211―241
http://rci.nanzan-u.ac.jp/ISE/ja/publication/se30/30-16sripada-stich.pdf

ダン・アリエリー著 不合理だからうまくいく: 行動経済学で「人を動かす」

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