有機農業25%の方向性を考える:有機農業と環境リスクの関係

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要約

有機農業の推進が政策課題に挙げられていますが、有機農業と環境リスクの関係について解説します。「有機農業=無農薬」ではなく、有機でも使える天然物由来の農薬も、化学合成農薬と同等の毒性があります。有機農業は環境保全に加えて価値観の側面も持っており、リスクの低減とは別に主観的幸福度などの側面で評価したほうが良いのではないかと考えられます。

本文:有機農業と環境リスクの関係

先月の話になりますが、有機農業を農地の25%に拡大へ、というニュースがありました。現状でせいぜい0.5%程度に留まっていますので、桁違いで「常識外れ」の数字です。

朝日新聞ニュース:有機農地、2050年に25%へ 農水省が農業戦略

有機農地、2050年に25%へ 農水省が農業戦略:朝日新聞デジタル
農林水産省は5日、2050年に有機農業用の農地を100万ヘクタール(全体の約25%)に増やす目標などを盛り込んだ新たな農業戦略をまとめた。環境意識の高まりで、有機農産物への需要が拡大しているからだ。…

NHK:有機農業を農地の25%まで拡大へ 脱炭素で2050年までに 農水省

エラー|NHK NEWS WEB

このニュースだけでは情報ソースがよくわからないので、本当かどうかもわからないですが、かなり大きなニュースと言えます。ツイッターなどを見ていると、一部の礼賛している人の他は「現実を知れ」みたいな反応が多いですね。また、ニュースで言っている「有機農業」がどういうものを指しているのかもよくわかりませんね。

ソースを探してみたところ、これがヒットしました。農林水産省による「みどりの食料システム戦略」というものの中間とりまとめ案(3月5日時点版)の中に、有機農業25%の記載がありました。有機農業25%だけではなく他にもいろんな取り組みが書かれています。

みどりの食料システム戦略~食料・農林水産業の生産力向上と持続性の両立をイノベーションで実現~:農林水産省

(この内容に言及するとだいぶ所属組織における業務に近くなってしまうのでやめておきます)

本記事では、農業由来のリスクを低減するために有機農業がどのくらい貢献するのか、ということについて考えてみたいと思います。まず、有機農業とは何か?というわかりそうでわからない中身について書いていきます。有機は無農薬ではありません。次に、有機農業でも使える農薬とはどのようなものかをいくつか例を挙げて、その毒性などを見ていきます。最後に、環境保全が目的なら減らすべきは農薬ではなくリスクであり、有機農業は別の軸で評価すべきであることを示します。

有機農業とは何か?

とりあえず有機農業の定義から見ていきましょう。農林水産省生産局農業環境対策課による「有機農業をめぐる事情(令和2年9月)」という資料から引用します。


・コーデックス委員会*1『有機的に生産される食品の生産、加工、表示及び販売に係るガイドライン(CAC/GL32-1999) 』によると、“有機農業は、生物の多様性、生物的循環及び土壌の生物活性等、農業生態系の健全性を促進し強化する全体的な生産管理システムである”とされている。
*1:消費者の健康の保護、食品の公正な貿易の確保等を目的として、1963年にFAO及びWHOにより設置された国際的な政府間機関。国際食品規格の策定等を行っており、我が国は1966年より加盟。
・我が国では、有機農業の推進に関する法律(平成18年法律第112号)において、“「有機農業」とは、化学的に合成された肥料及び農薬を使用しないこと並びに遺伝子組換え技術を利用しないことを基本として、農業生産に由来する環境への負荷をできる限り低減した農業生産の方法を用いて行われる農業”と定義されている。

https://www.maff.go.jp/j/seisan/kankyo/yuuki/attach/pdf/meguji-full.pdf

そして、「有機」「オーガニック」などと表示するには、「有機JAS」の認証を取得する必要があります。ただし、有機JASを取得している有機農業と取得していない有機農業(これは有機農産物と表示できません。ややこしい!)があり、両者を併せて農地の0.5%の普及率となっています。しかも、有機JASを取得していないほうが取り組み面積が伸びています。認証取得のためのコストが高いのが原因と言われています。

「有機」=「無農薬」というイメージを持つ人も多いのですが、有機は無農薬ではありません。化学合成された農薬は使えませんが、天然物由来のものは使えます(以下でまた解説します)。

「有機農業」=「環境保全型農業」か、というところは結構微妙です。有機農業は取り組んでいる内容そのものは環境保全型農業の中に入ります。ただし、有機農業は環境保全のみを目的としているのではなく、より幅広い概念と言えます。上記の定義では環境保全の側面が強調されていますが、化学合成されたものや遺伝子組換えなどのテクノロジーを否定するなど、自然農法との親和性や、思想信条に近いものも含まれています。環境保全と化学を否定することは別の側面ですね。

有機農業はこのように、最先端テクノロジーとは親和性が低いものです。つまり、最先端テクノロジーをバンバン使って農薬・肥料に頼らないスマート農業を実現するぜ!というのは、やはり有機農業とは方向性が違うような気がします。例えば、病害虫はAIが判定してドローンがピンポイントでやっつけ、除草ロボが自動で雑草を刈り取り、ある種の微生物を活性化させることで肥料をやらなくても収量が、、、みたいなやつです。

有機食品の検査認証制度(https://www.maff.go.jp/j/jas/jas_kikaku/yuuki.html)のページを見ても、有機JASの説明として「自然界の力で生産された食品」などと書いており、除草ロボが走り回る未来型農業とはイメージが違いませんかね?(逆にこの宮崎アニメっぽさがいいのか?)この点実際の有機農業に取り組む方の見解も聞いてみたいものです。

有機農業で使える農薬の毒性を調べる

有機農業でも使える農薬のリストは以下の文書に記載されています:
農林水産省:有機農産物の日本農林規格

https://www.maff.go.jp/j/jas/jas_kikaku/attach/pdf/yuuki-226.pdf

p7の別表2に使用可能な農薬のリストがあり、39種類が認められています。食酢など食品もありますが、基本的には農薬取締法上で登録されている農薬になります。いくつか例を挙げてみると、除虫菊から抽出されたピレトリン(ピレスロイド系殺虫剤)、放線菌由来のミルベメクチンやスピノサド、ボルドー液として使われる硫酸銅などがあります。

当然ながら「天然=安全、人工=危険」という単純なものではありません。ここでは単純に水生生物への毒性を比較してみることにします。比較対象は化学合成農薬であるネオニコチノイド系殺虫剤のイミダクロプリドにしましょう。

早速、環境省が評価している「水域の生活環境動植物の被害防止に係る農薬登録基準」の設定資料を見てみましょう。評価の詳細の説明は省かせていただき、毒性の値(半数影響濃度EC50または半数致死濃度LC50)を拾っていきます。

水域の生活環境動植物の被害防止に係る農薬登録基準
環境省のホームページです。環境省の政策、報道発表、審議会、所管法令、環境白書、各種手続などの情報を掲載しています。

硫酸銅(毒性データがたくさんあるのでまとめてます):
魚類(コイ急性毒性) 96hLC50 = >39~>5080 μg/L
甲殻類(オオミジンコ急性遊泳阻害) 48hEC50 = 3.8~2870 μg/L
藻類(Pseudokirchneriella subcapitata 生長阻害)72hErC50 15~1720 μg/L
->基準値0.38μg/L

ミルベメクチン:
魚類(コイ、ヒメダカ急性毒性) 96hLC50 = 35 μg/L
甲殻類(オオミジンコ急性遊泳阻害) 48hEC50 = 10 μg/L
藻類(Pseudokirchneriella subcapitata 生長阻害) 72hErC50 > 2,010 μg/L
->基準値1.0μg/L

スピノサド:
魚類(コイ急性毒性) 96hLC50 = 3,490 μg/L
魚類(ニジマス急性毒性) 96hLC50 = 30,000 μg/L
魚類(ブルーギル急性毒性) 96hLC50 = 5,940 μg/L
甲殻類等(オオミジンコ急性遊泳阻害) 48hEC50 = 14,000 μg/L
甲殻類等(ユスリカ幼虫急性遊泳阻害) 48hEC50 > 32 μg/L
藻類(ムレミカヅキモ生長阻害) 72hErC50 > 20,300 μg/L
->基準値3.2μg/L

(参考)イミダクロプリド:
魚類(ブルーギル急性毒性) 96hLC50 > 105,000 μg/L
甲殻類等(オオミジンコ急性遊泳阻害) 48hEC50 = 85,000 μg/L
甲殻類等(ユスリカ幼虫急性遊泳阻害) 48hEC50 = 19.7 μg/L
藻類(ムレミカヅキモ生長阻害) 72hErC50 > 98,600 μg/L
->基準値1.9μg/L

毒性値・基準値が低いほど毒性が強いという意味なので、天然のものが毒性が低いわけじゃない、ということがわかるかと思います。

特に、スピノサドとイミダクロプリドは両者ともにニコチン性アセチルコリン受容体に作用する神経毒で、毒性のパターン(どの種に毒性が強いか)なども非常によく似ていますね。有機ではこういうものを使うことができる、ということは覚えておいても良いかと思います。

環境保全、有機農業は何を指標とするべきか?

慣行農業vs有機農業という対立構造は大変筋が悪いです。慣行農業といってもさまざま、有機農業といってもさまざまです。日本における農薬の使用量はどんどん減ってきていますし、農薬の規制も厳しくなり、農薬の種類もより毒性など環境負荷の低いものに変わってきています。つまり、慣行農業自体の環境リスクはどんどん下がってきているのです。こういうことを考慮せずに、いつまでたっても慣行農業vs有機農業の構造が続いています。有機農業推進側は自身の差別化のためにこの対立構造を作りたがりますが、農薬使用に伴うリスクを下げるにはあまりこの対立に意味がありません。

この対立構造で必ず出てくるのが農地面積あたりの環境負荷です。慣行農業10a、有機農業10aで比べると有機農業のほうが環境負荷が低いというものです。この比較は本来何の意味もありません。有機農業のほうが面積あたりの収量が減少するため、同じだけの生産物を作るにはより大きい農地面積が必要となります。一方で、慣行農業では必要な農地面積は少なく済みますので、その分余った土地は環境保全に活用したって良いのです。この保全地の部分まで含めて、同じ生産物を作った際の同じ面積あたりの保全効果を比較するのが本来フェアなはずです。

また、環境保全を目的にするのであれば、下げるべきは農薬の使用量ではなく、農薬使用に伴うリスクのはずです。現在大部分を占めている慣行農業に伴うリスクを半減すれば、有機農業を25%に増やすよりも全体のリスクを下げる効果は高くなり、さらに実行性の面からもはるかに容易です。リスク学的な視点から目指すのはこういう方向です。
(上記の農水省中間とりまとめ案では「農薬使用量(リスク換算)の50%低減を目指す」等の記載もありますね。)

それでは有機農業の推進には何の意味もないのか、というとそんなことはありません。欧米的な価値観では農業とは自然破壊そのものであり、環境保全と対立するものです。有機農業はその対立への処方箋だったわけですが、そもそも日本人的価値観では農業と自然はわりと一体的なものです。より自然に近い農的ライフスタイルにあこがれる人は多いですし、実際の農家の方も農業とは農産物を生産してお金を稼ぐという労働以上の価値を持つと考える方も多いです。

ようするに、これは価値観の問題の側面が強いのです。なので、有機農業は健康や環境保全効果のような自然科学的評価とは別の軸に置いたほうが、慣行vs有機のような不毛な対立構造を生まなくて済むと思います。

1990年代後半の英国における遺伝子組換え作物論争においても、「この論争は安全性に関するものではない。どのような世界に生きたいかという、はるかに大きな問題に関するものだ。」と言われています。有機農業についても同じような問題と言えるでしょう。

具体的には、本ブログでもいろいろと書いてきた主観的幸福度を指標とすると良いのではないでしょうか。有機農業に取り組む人も有機農産物を買う人も、それで幸福度が上がるのであればそれでいいのではと思います。こういうことも十分に重要な評価です。

幸福
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まとめ:有機農業と環境リスクの関係

本記事では有機農業の推進と農業に伴うリスクについて解説しました。「有機農業=無農薬」ではなく、有機でも使える農薬はそれなりにあります。天然物由来の農薬であっても化学合成農薬よりも毒性が弱いなどということはありません。「有機農業=環境保全型農業」については実質的にはそうなのですが、有機は取り組みの内容以上に価値観の側面が強いことを示しました。よって、リスクの低減効果を指標とするよりも主観的幸福度など、別の側面で評価したほうが良いのではないかと考えられます。

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