東日本大震災から10年。放射性物質のリスク評価・管理を振り返る:その2 リスク管理をめぐる3つのポイント

discussion 基準値問題

要約

放射性物質のリスク管理では、内部被ばくと外部被ばくは別々に管理されており、全体の許容量があいまいなままになっています。また、許容量はリスクベースではなくALARA(As Low As Reasonably Achievable, 合理的に達成可能な限り低く)の原則で決まっており、何をもってALARAかという説明が不十分でした。さらに、検査の意味もリスク評価のためではなく基準値以上の食品をはじくことに意義を求めすぎてしまいました。

本文:放射性物質のリスク評価・管理再考その2

2011年3月11日の東日本大震災から10年が経過し、当時を振り返る的な報道が多く流れています。本ブログにおいても前回の記事にて、当時調べたことなどを掘り起こし、放射性物質のリスク評価・管理として許容量と基準値の根拠について整理しました。内部被ばくと外部被ばくはそれぞれ別々のロジックにて許容量が決まっていました。加えて、原発事故後1年の緊急時と、その後では許容量の数字もそのロジックもまた違っています。許容量が決まった後は、実効線量換算係数などいくつかのパラメータを使って食品中濃度に換算することで基準値が決まります。

前記事ではリスク評価について重点的に書きましたが、本記事ではリスク管理についてさらに書いていきたいと思います。ポイントは以下の3つです:
・内部被ばくと外部被ばくリスク管理が別々
・基準値設定の説明の際にそもそも許容量の説明が不十分だった
・放射性物質の検査はなんのためにするのか?

内部被ばくと外部被ばくリスク管理が別々

前回の記事で書いたように、内部被ばくと外部被ばくの許容量は別々に決まっており、リスク管理も別々に行われています。でもこれってそもそもおかしいとは思いませんか?シーベルトという単位は、内部被ばくと外部被ばくを統一的に扱えるものです。リスク管理が別々ではせっかく単位を統一した意味がありません。本来は全体の許容量がまずあって、例えば1mSvを内部被ばく分0.1mSv・外部部被ばく分0.9mSvなどと割りふって管理すべきです。

ここで農薬の例を考えてみます。まず全体の許容量は食品安全委員会によって、ADI(Acceptable Daily Intake, 許容一日摂取量)として動物実験の結果などから決定されます。これを摂取源として大気10%、水10%、食品80%に割りふり、ADIの80%を目安として食品中残留農薬のリスク管理が行われます。まず全体の許容量を決めて、そこから割りふるというのはこういうイメージです。

緊急時における放射線被ばくの許容量は、内部被ばくでヨウ素2mSv/年、セシウム5mSv/年、外部被ばくは20mSv/年でした(詳細は前回の記事をご覧ください)。それぞれが独自の根拠をもって決められているので、これを合算すれば全体の許容量は27mSv/年ということになってしまいます。

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しかもこれに加えて、自然由来の被ばく1~2mSv/年程度、レントゲンやCTなど医療検査に由来する医療被ばくが加わります。いったい全体の許容量はいくつなのか?こういう全体像が見えてきません。

例えば食品の放射性物質の基準値超過が見られた際、ベクレル->シーベルトに換算->LNTモデルにて死亡率に換算というリスク評価ができます。ただしこの場合も、食品由来のリスクだけを見ていてもダメで、放射線全体のリスクがどれくらい上昇するものなのか、を示す必要があります。別々のリスク管理では、外部被ばくに比べて内部被ばくが非常に少ないということも見えにくくなります。

基準値設定の説明の際にそもそも許容量の説明が不十分だった

食品中放射性物質の基準値の設定根拠の説明については前回の記事で紹介しました。許容量から各パラメータを使って食品中濃度に換算しているので、(細かい部分は置いとくとしても)ここはまだわかりやすい部分です。しかしながら、許容量の部分が緊急時のセシウム5mSv/年にしろ平常時の1mSv/年にしろ、リスクベースで決まったものではない、という部分が理解困難なところなのです。

許容量についてはALARA(As Low As Reasonably Achievable, 合理的に達成可能な限り低く)の原則的に決まっています。守れない規制を強いても疲弊するだけで意味がないよね、コスパを考えない管理は持続不可能だよね、という意味です。緊急時には高くなり、平常時には低くなるというのはこういう理屈です。人間の体が緊急時に急に放射線に耐性をつけるわけではありません。厚生労働省による基準値の設定資料を見ても以下のように書いています。


Q.基準値の根拠は、なぜ、年間1ミリシーベルトなのですか?
A.
①科学的知見に基づいた国際的な指標に沿っている
食品の国際規格を作成しているコーデックス委員会の現在の指標で、年間1ミリシーベルトを超えないように設定されていること
注)ICRP(国際放射線防護委員会)は、年間1mSvより厳しい措置を講じても、有意な線量の低減は達成できないため、更に厳しい規制を講じる必要はないとしており、これに基づいてコーデックス委員会が指標を定めている。
② 合理的に達成可能な限り低く抑えるため
モニタリング検査の結果で、多くの食品からの検出濃度は、時間の経過とともに相当程度低下傾向にあること

https://www.mhlw.go.jp/shinsai_jouhou/dl/20130417-1.pdf

①は許容量を1mSv/年以下にするとコスパが悪すぎる、②は1mSv/年をベースに基準値を決めても守れるようになった、ということを言っています。リスクがどうのこうのは一切書いていませんね。

化学物質を例に見ると、許容量自体がALARAで決まるということは考えられないのです。農薬のADIしかり、水銀・カドミウムなどの汚染物質しかり、水道水中化学物質しかり、すべて、動物実験や人の疫学調査などから許容量を決めます。ただし、食品中の基準値を決める際にはやはりALARAの原則が適用されることがあります。残留農薬基準はADIから換算するわけではなく、実際の作物残留試験に基づいてALARA的に決まります。以下のように化学物質と放射性物質のプラクティスは逆なのですね。
・残留農薬
 許容量はリスクベース、基準値はALARA
・放射性物質
 許容量はALARA、基準値は許容量から換算

こんなに難解なリスク管理をしておきながら、こういうことをみんなが理解しろ、というのはとても酷なことです。そもそもコミュニケーションしやすいリスク管理ということを考えても良いと思います。

放射性物質の検査はなんのためにするのか?

食品中の放射性物質の基準値が決まると、次はその基準値が守られているかどうかの検査が始まります。この検査というものも人の心を惑わせるものです。震災から10年後にコロナ禍となった今でも、とにかく検査・検査という誘惑になかなか勝てません。

そのこころは「とにかく全部検査して、検査をパスしたものだけ食べれば安全なのだ」というものですね。しかしこれが「幻想」なのです。コロナであれば、国民全員PCR検査で陽性者を隔離すればコロナは根絶できる、という幻想になります。厚生労働省による基準値設定時の資料を見てみましょう。

食品中の放射性物質に係る規格基準の設定について
平成23年12月22日 薬事・食品衛生審議会食品衛生分科会 放射性物質対策部会報告書
https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r98520000023nbs-att/2r98520000023ng2.pdf

この資料のp11に、放射性セシウムからの被ばく線量の中央値推計は、暫定規制値を継続した場合0.051mSv/年、新基準値を適用した場合0.043mSv/年となっています。これは、平成23年8~11の食品中の放射性物質の濃度(これを1年間摂取し続けたと仮定)に全年齢層の平均食品摂取量をかけて推計したものです。基準値を厳しくして、基準値以上の食品を排除したとしても被ばく量はわずか0.008mSv/年しか変わりません。なんという効果の小ささでしょう。このためにいったいどれくらい検査にコストをかけたのかを考えると途方にくれます。

実際のところ、検査の意味は基準値以上の食品を市場からはじくというよりも、リスク評価のためと考えたほうが良いと思います。以下は、放射性物質濃度の頻度分布の概念図で、基準値よりも低いものが大部分であるため、基準値以上の食品を市場からはじこうとしても、赤で塗りつぶしたほんのわずかな部分しか取り除けないわけです。

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また、測れば測るほど、非常に低い確率で非常に高濃度のものが出てきます。これは確率論なのでたくさん測ればどうしても出てきてしまうものですが、その部分だけを切り取って(検出される確率の分母を無視して)大騒ぎが始まってしまいます。

一方で、検査をリスク評価のために活用するということは、検査結果から上図のような曲線の形を推定して、全体の曝露量がどれくらいか、そして何を減らせば効率よく曝露量が減るか、を考えることです。

これを、コロナ禍にあてはめてみれば、単に今日の感染者数は〇〇ということをひたすら垂れ流すだけではなく、検査の結果から感染のしやすさの傾向をつかんで、どこを対策すれば効率よく感染を減らせるかを考えることになります(もちろんこれはすでにほぼわかってきていますが)。

まとめ:放射性物質のリスク評価・管理再考その2

東日本大震災から10年経過し、2回にわたる記事で放射性物質の許容量や食品中基準値の根拠、リスク管理についてあらためて整理しました。放射性物質のリスク管理では、内部被ばくと外部被ばくを統一的に扱うためにシーベルトという単位を使っているにもかかわらず、内部被ばくと外部被ばくは別々に管理されています。また、許容量から基準値へは数学的な換算に基づくものですが、許容量はALARAの原則で決まっています。ただし、キモはむしろ許容量のほうなので、こちらの説明のほうがより重要だったと言えます。さらに、検査の意味もリスク評価のためではなく基準値以上の食品をはじくことに意義を求めすぎてしまいました。

補足

拙著「基準値のからくり」では、第4章に放射性物質の基準値、第7章に原発事故「避難と除染」の基準値、という章を設けて詳細に解説しています。

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