コロナ治療・予防薬としてのイベルメクチンのリスク評価から学ぶ毒性情報の読み方のポイント

ivermectin 化学物質

要約

コロナ治療・予防薬としてイベルメクチンを服用することについて、特に妊婦は胎児の催奇形性があるのでダメ、という警告が発せられています。実際にこの催奇形性のリスクはどの程度かを知るためにリスク評価を行いました。毒性情報の読み方のポイントを示しながら解説します。

本文:コロナ治療・予防薬としてのイベルメクチンのリスク評価

注意:本記事は執筆時点(2021年9月18日)の情報に基づいています。また、イベルメクチンの投与を勧めるものではありません。

コロナ治療薬としてのイベルメクチンをめぐる状況はなかなかに混迷を極めています。コロナ発生初期にもアビガンやヒドロキシクロロキンなどは、一時期有望とされていたものの治験でよい結果が出ずに今ではあまり話題にもならなくなりました。ところが、イベルメクチンは一部で熱狂的な盛り上がりを見せており、特に反ワクチンとの親和性が高いのも特徴です。

積極的に推奨する医師もいます。東京都医師会の会長も積極的な発言をしています。

読売新聞:「今こそイベルメクチンを使え」東京都医師会の尾崎治夫会長が語ったその効能

「今こそイベルメクチンを使え」東京都医師会の尾崎治夫会長が語ったその効能
【読売新聞】POINT ■イベルメクチンが新型コロナの予防にも治療にも効果があるという論文が相次いで発表されているが、すでに「使用国」とされている日本では使用が進んでいない。 ■感染爆発が進む今こそ使用すべきだが、使おうにもイベルメ

また、私も最近知ったのですが、イベルメクチンをコロナの治療薬として服用するだけではなく、「予防」として服用する例があるようなのです。これはFLCCCという団体がそのような用法を推奨しているのですね。

Jack Pfeilsticker, MD

日本ではコロナ用として承認されておらず手に入りにくいため、インターネットを使った個人輸入により気軽に入手する人も増えています。このような動きに対して警告をする医師も多いです。

予防に関してはワクチンがすでに圧倒的な効果を示す結果を出しており、イベルメクチンを使う理由は現時点で全くないと思われます。しかしながら「催奇形性があるから妊婦はダメ、絶対」という言い方をすると、リスクというよりもハザードベースの脅しになってしまいます。リスクは「影響の大きさ(ハザード)×発生可能性(曝露量)」で表現されますが、発生可能性を無視するのは反ワクチン・反化学物質・反農薬と同じ論法です。

そこで、実際にどの程度のリスクなのかをちゃんと計算してみる必要があると思いました。特に、すでに飲んでしまった妊婦の方が一定数いるかもしれませんので、その方たちが「催奇形性があるから妊婦はダメ、絶対」という情報を得た後のフォローも必要だと感じています。単に怖がらせるだけでは奇形児を心配して精神を病んだり中絶を行うなどの懸念があります。

妊産婦は周りの善意による「あれはダメこれはダメ」の雨嵐の中で生きており、そのストレスは相当なものです。ちなみに妊産婦の死因の1位は自殺です。

このような状況を踏まえ、本記事ではイベルメクチンの催奇形性に対してどのように受け止めればよいのかについて、リスク評価の観点から書いていきます。これを読み進めることで毒性情報の読み方のポイントをつかんでいただければ幸いです。

イベルメクチンの有害性評価(ハザード評価)

まず一番重要なポイントとして、イベルメクチンの毒性情報にどうやってたどり着くかがあります。

本ブログでは過去に「農薬の残留基準値を超過した際に健康影響を判断するためのステップ」という記事を書きましたが、今回も同様に毒性評価の文書を見ていくことになります。

農薬の残留基準値を超過した際に健康影響を判断するための3つのステップ
農薬の残留基準値を超過したニュースを例に、健康影響を判断するステップとして以下の3つを紹介します。1.農薬評価書を活用して農薬の毒性、無影響量などを調べる2.影響が出るまでどの程度その食品を食べる必要があるのかを計算する3.リスクを評価し、そのリスクが受け入れられるかどうかを考える「基準値の〇〇倍!」という数字から判断できることはほとんどないことがわかります。

農薬は食品安全委員会のWEBサイトから評価文書にたどれましたが、医薬品の場合は独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)にあります。

独立行政法人 医薬品医療機器総合機構
医薬品・医療機器・再生医療等製品の承認審査・安全対策・健康被害救済の3つの業務を行う組織。

まずはイベルメクチンで検索をかけてみましょう。そこで出てくる結果から新薬の承認に関する情報をクリックすると医薬品メーカーからの申請資料の概要が出てきますので、さらに毒性の部分を開いてみましょう。

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毒性のPDFを開き、目次を見るとマウス、ラット、ウサギを用いた催奇形性試験というのがありますね。この部分を早速見てみましょう。

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p134, 表二-12にマウスの試験結果が掲載されています。ここから催奇形性に関するNOAEL(無毒性量)を読み取ることが次なるポイントです。胎児の外形異常、内形異常、骨格異常という部分が奇形性の影響になります。投与量0.1と0.2mg/kg/day(体重あたり一日あたり投与量)までは胎児への影響は対照(イベルメクチン投与なし)と同等です(親は0.2でも影響が出ていますが今は胎児の部分のみを見ます)。0.4になると外形異常として口蓋裂という症状が出ています。これによりNOAELは0.2mg/kg/day, LOAEL(最小毒性量)が0.4mg/kg/dayとなります。

同じように見ていくと、ラットの場合はNOAELが5.0mg/kg/day、ウサギの場合はNOAELが1.5mg/kg/dayでした。3種の試験でいずれも高用量では口蓋裂が観察されました。

口蓋裂というのは口の外側あるいは内側が裂けている状態のことです。種に特異的な影響という可能性もあるのですが、イベルメクチンの場合は3種でいずれでも見られるということで、ヒトでも見られる可能性が高いと判断されます。

農薬など食品安全の世界では、最も小さいNOAELである0.1mg/kg/day(マウスの試験で胎児だけではなく母体の影響まで含む)を不確実係数100で除してADI(許容一日摂取量)=0.001mg/ka/dayと設定されます。実際に、牛や豚などの動物用医薬品として使われたイベルメクチンが食肉に残留する可能性があるため、残留量がADIを超えないように管理されています。

ただし、医薬品はリスクとベネフィットの関係で判断されますので、通常このような安全側に偏ったADIなどの設定はしません。ということで、この後は催奇形性に関する最小のNOAELである0.2mg/kg/dayをベースにリスク評価を行います。

イベルメクチンの曝露評価

リスク評価ではNOAELと実際の摂取量を比較する必要がありますので、次のポイントとしてイベルメクチンの摂取量を調べます。

イベルメクチンは日本においては腸管糞線虫症と疥癬の治療薬として承認されており、コロナ治療薬としては承認されていません。つまり、本来コロナ治療薬として使用することは認められていないのですが、医師の判断で適応外使用が行われており、保険も適用されます。

イベルメクチンの商品名「ストロメクトール錠3mg」の用法は以下の通りです:
・腸管糞線虫症:イベルメクチンとして体重1kgあたり約200μgを2週間間隔で2回経口投与する
・疥癬:イベルメクチンとして体重1kgあたり約200μgを1回経口投与する
つまり、ハザード評価で出てきた催奇形性のNOAEL0.2mg/kg/dayと同じ用量になります。ただし、2週間の間隔をあけて最大2回です。

コロナ治療に関しては適切な使用法はまだ確立していないことになりますが、冒頭にも書いたFLCCCという団体が積極的にイベルメクチンの使用を勧めており、その用法も公開しています。

FLCCC:新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の予防および早期の外来患者治療に関するプロトコル
https://covid19criticalcare.com/wp-content/uploads/2021/03/FLCCC_Alliance-I-MASKplus-Protocol-%E6%97%A5%E6%9C%AC%E8%AA%9EJapanese.pdf

この資料によると、高リスク者の予防、曝露(濃厚接触)後の予防、感染後の早期治療という3種類の用法があり、それぞれ以下のようになっています。

(1)高リスク者の予防:1回につき0.2mg/kg、当日1回服用、48時間後にもう一度、以降週1回服用
(2)曝露(濃厚接触)後の予防:1回の投与量は0.2mg/kg、1日目に1回の投与を行い、48時間後に2回目の投与
(3)感染後の早期治療:1回につき0.2~0.4mg/kg、1日1回5日間、または回復するまで服用

これも基本的には既存の用量と同じで0.2mg/kg/dayになります。ただし、投与間隔や使用回数は既存の承認されている用法とは異なっています。

また、注意事項として「イベルメクチンの妊娠中の投与に関する安全性は立証されていない。特に妊娠初期の3か月間は、投与を開始する前に、医療従事者とベネフィット・リスクのバランスについて話し合うこと。」と書いてあります。FLCCC的には妊婦にはダメ絶対、というわけではないようです。

イベルメクチンのリスク評価

最後のポイントでは、毒性評価と曝露評価を合わせてリスク評価を行います。ベースとなるNOAELは0.2mg/kg/dayで、摂取量は既存の用量でもコロナ予防・治療であってもNOAELと同じ0.2mg/kg/dayでした。

つまり、影響が出ないギリギリの線で摂取しているということになります。通常行われる化学物質のリスク評価では全く許容できないくらいの高リスクな水準です。ただし、すでに書いたように医薬品は服用する人のリスクとベネフィットのバランスで判断がなされます。ですので医師の診断の下でなければ非常に危ない橋をわたることになります。

NOAEL0.2mg/kg/dayはマウス、ラット、ウサギのうちの最小値ですので、安全側の数字となっているかもしれませんが、マウスよりもヒトのほうが高感受性であった場合(薬の副反応が出やすい場合)は影響が出てしまいます。そして以下の資料によると、催奇形性に関してはどうやら実験動物よりもヒトのほうが高感受性である場合が多いようです(補足参照)。

この場合は体重あたりの用量よりも体表面積の違いからヒト等価用量を計算したほうがより適切に種間差を外挿できます。マウスからヒトの場合は12.3(補足参照)で割ればよいことになります(通常は種差の不確実係数10で割るという操作とほとんど同じです)。

そうするとNOAELヒト等価用量は0.2/12.3=0.016mg/kg/dayとなり、既存の用量であってもNOAELを超えてしまいます。

そうなるとNOAELと摂取量の比較だけではリスク評価としては不十分ですので、1日あたりの用量だけではなく投与間隔や使用回数も考慮する必要があります

もう一度マウスの催奇形性試験に戻ると、「妊娠6日から15日まで経口投与した」と書いてあります。マウスの妊娠期間は約20日ですから、妊娠期間の半分の期間に毎日投与したという曝露シナリオになります。ヒトに単純に換算すれば140日の毎日連続投与になります。

つまり、総摂取量NOAEL0.016mg/kg/day×140day = 2.24mg/kgを超えた時にリスク懸念ありになります。1回0.2mg/kgの服用であれば12回で2.24mg/kgを超えてしまいます。

既存の用法では腸管糞線虫症の治療は2回、疥癬の場合は1回の服用ですから、1日あたりの用量がNOAELを超えていたとしても、総摂取量で考えるとリスクとしてはだいぶ低いものになるでしょう。

次にコロナ予防・治療の場合を考えてみます。
(1)高リスク者の予防:最初の2回以降は週1回なので、3か月も続けてしまうとリスク懸念があります。
(2)曝露(濃厚接触)後の予防:全2回の服用なのでリスクの懸念は低いでしょう。
(3)感染後の早期治療:0.2mg/kgを5日間服用で終われば総摂取量換算でNOAEL以下ですが、回復するまで例えば14日間飲み続けたりするとリスク懸念があります。

ということで、使い方によってはリスクの懸念が出てきます。特に漠然と長期間予防的に服用することは非常に危険と言ってもよいでしょう。予防は現時点ではワクチン一択ですね。濃厚接触後の予防や感染後の早期治療では実害が出る可能性は低いのではないでしょうか。

ざっくりと安全側の仮定をおいてリスクの懸念レベル以下、という結果であればリスク評価は非常に単純なものです。イベルメクチンのケースはそうはならず、かなり難しい判断になりました。このように、ギリギリの線になればなるほど複雑な読み方が求められます。

ちなみに、催奇形性の症状である口唇・口蓋裂は中絶の理由にもなってしまっているところですが、現在では治療法が確立しており、外科手術により多くのケースで治療可能であるようです。コロナで死産などのショッキングなニュースもあり、ハザードだけで比較してしまうと死産よりはマシだからイベルメクチンに手を出すという人もいたのかもしれません。

まとめ:コロナ治療・予防薬としてのイベルメクチンのリスク評価

コロナ治療・予防薬として適応外使用されているイベルメクチンは胎児へ催奇形性の影響が認められます。ただし、実際の投与量にてどの程度のリスク(発生可能性)があるかは別物です。毒性試験の情報と実際の摂取量を比較してリスク評価を試みました。用法によってリスクは異なり、特に予防として長期間(3か月以上)服用することは非常に危険であると判断されました。

補足

催奇形性の種差に関する報告:

食品安全委員会:化学物質の発生毒性(催奇形性)試験に関する調査報告書

調査情報詳細

体表面積によるヒト等価用量の計算に関する論文:

Nair AB, Jacob S. (2016) A simple practice guide for dose conversion between animals and human. J Basic Clin Pharma 2016;7:27-31.

https://www.jbclinpharm.org/articles/a-simple-practice-guide-for-dose-conversion-between-animals-and-human.html

コメント

  1. 永井孝志 永井孝志 より:

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