有機フッ素化合物PFASのリスクその2:フッ素樹脂が巻き添えで欧州のPFAS規制対象になった

PTFE 化学物質

要約

PFAS問題の解説として、PFOS・PFOAからPFASへ世間の注目が変化したことをGoogle trendsを用いて示します。次に、PFASとは何か?についてリスクの観点から大きく3つに分けて解説します。そして欧州で進んでいるリスク評価を伴わないPFAS一律禁止措置の動向について紹介します。

本文:欧州のPFAS規制案

世界的な規制強化の流れにある有機フッ素化合物PFAS(ペルフルオロアルキル化合物およびポリフルオロアルキル化合物)について複数回にわたり解説するシリーズの2回目です。

その1では、PFASに含まれるPFOS・PFOA(ペルフルオロオクタンスルホン酸・ペルフルオロオクタン酸)の米国における飲料水新基準値案に焦点をあてて解説しました。有害性評価ではワクチン抗体価の減少というあまり見なれないエンドポイントを採用しました。これはコロナ禍において免疫力というものが「守るべきもの」の一つとして重視されるようになった結果なのかもしれません

有機フッ素化合物PFASのリスクその1:米国のPFOS・PFOAの規制強化の根拠は免疫力の低下
世界的な規制強化の流れにある有機フッ素化合物PFASについて複数回にわたり解説します。その1では、PFOS・PFOAの米国の飲料水新基準値案に焦点をあてて解説します。有害性評価ではワクチン抗体価の減少というあまり見なれないエンドポイントを採用しています。

2回目となる今回は、PFOS・PFOAのみではなくPFAS全体の規制動向について解説します。各国の規制がPFOS・PFOAからそれ以外の「PFAS」に広がりを見せています。特に欧州では、予防原則による(リスク評価を伴わない)PFAS排除の動きが進んでいます。

本記事ではPFAS問題の解説として、まずGoogle trendsを用いて世の中のトレンドがPFOS・PFOAからPFASに変化したことを示します。次に、PFASとは何か?についてリスクの観点から大きく3つに分けて解説します。そして欧州で進んでいるPFAS規制の動向について紹介します。注目すべきはフッ素樹脂がPFASに含まれて禁止されそうになっている、という点です。

PFOS・PFOA問題からPFAS問題へ

まず、Google trends(https://trends.google.co.jp/trends/)を用いてPFOS・PFOA問題からPFAS問題への変化を見ていきましょう。いまから3年前の2020年の時点では、PFASよりもPFOS・PFOAのほうが検索数が上でした。ところが、2023年に入ったあたりからPFASの検索数がPFOS・PFOAを圧倒し始めます。

PFAS-1
2020年1月から12月までの検索数の推移
PFAS-2
2022年7月から2023年6月までの検索数の推移

ところが、少なくとも日本ではPFAS問題と報道されているようなニュースの内容はPFOS・PFOAの話をしていることがほとんどです。米軍基地から漏れ出した、水中から基準値(水道水の暫定目標値、環境水の暫定指針値、ともにPFOS・PFOA合計で50ng/L)を超えて検出された、住民の血液から検出された、などの話は実際にはほとんどPFOS・PFOAの話(たまにプラス2種類くらい)なのですが、ニュースの見出しには「PFAS」とつけられています。

これは、「PFOS・PFOAの問題」があたかも「PFAS全体の問題」であるかのような印象を与えることになります。Google trendsの傾向から見るに、2023年に入ったあたりから意図的にそのような誘導がなされているものと思われます(仕掛けた人間がいるということ)。

PFASとは?3つに分けて覚えよう

次にようやくですがPFASとは何か?について整理します。驚くべきことに「PFASとは何か」という定義は一つにまとまっておらず、複数の見方があります。とりあえず以下のようにOECDの定義に従うのが通常のようです。

経済協力開発機構(OECD)の報告(2018年)において約4,700物質が特定されていたが、2021年に定義が以下のとおり改訂され、「少なくとも1つの完全にフッ素化されたメチル又はメチレン基(フッ素が結合している炭素原子に H、Cl、Br、I 原子が結合していないもの)を含むフッ素化物質」とされたが、具体的な物質のリストは示されていない。

PFASに対する総合戦略検討専門家会議(第2回) 資料3―1 「PFOS、PFOA 以外のPFAS に係る国際動向」より
https://www.env.go.jp/water/pfas/pfas_00002.html

OECDの新しい定義では10000種類を超える物質がPFASに含まれると言われています(これもはっきりしていない。。。)。

リスクの観点からはとりあえず以下の3つのグループに分けて理解するのが良いかと思います(何がPFASかがはっきりないのでとりあえずという表現が多い。。。)。
1.ペルフルオロアルキル化合物(以下、ペルフルオロ)
2.ポリフルオロアルキル化合物(以下、ポリフルオロ)
3.フッ素樹脂

炭化水素の水素の全部(ペルフルオロ)または一部(ポリフルオロ)をフッ素で置換したものを含む化合物群です(「ペル」は「全部」という意味)。

1と2はポリマーではなく、3はポリマー(モノマーがたくさん重合したもの)です。2のポリフルオロ。。。という名称が少しややこしいのですが、2はポリマーではありません。それ以外にも化学構造によってかなり細かくグルーピングされますが、専門家以外はそこまで理解する必要はないでしょう。

1のペルフルオロは最もリスク懸念の高いグループで、前回までに書いたPFOS・PFOAが入ります。水に溶けやすいのが特徴で、水から検出されやすくなっています。PFOS・PFOA以外にも、PFHxSやPFCA、PFNAなどはリスクの懸念により禁止に向かって動いています。

2のポリフルオロに含まれる物質は、ペルフルオロの次に懸念が出てきたグループです。ここに含まれるフルオロテロマーというグループはPFOS・PFOAなどよりも高分子であり、環境中で分解してペルフルオロに変化することが指摘されています。ポリフルオロ自体に問題があるというよりは分解物が問題となるわけです。

3のフッ素樹脂はよく知られた用途として、フライパンのコーティングなどに使われています。これは1や2とはまったく別の物質群ですが、OECDの定義に従うとPFASに含まれてしまいます。これらは分解してペルフルオロやポリフルオロになることはありません。水に溶けず、生体内での反応性もありません(=毒性がないということ)。環境中で難分解性であるという特徴はありますが、分解しないだけでなにか悪さをする性質はないのです。

調理器具からはがれ落ちたコーティングの薄片を飲み込んだとしても、体に吸収されず体内をそのまま通過し、ヒトの体にいかなる毒性反応も引き起こさない

フッ素樹脂自体は毒性学的にほぼ不活性であることが証明されている。フッ素樹脂について毒性学的に懸念されるのは、ヒューム(熱分解時に生じる粒子状生成物)の吸入による「ポリマーヒューム熱」という独特の現象である。樹脂の種類により異なるが、200℃以下~375℃に加熱したときの生成物を吸入すると発生する症状で、PTFEの場合は315~375℃で発症する。ポリマーヒューム熱とは、インフルエンザに似た症状で、24~48時間継続するが、これにより死に至ることはない。

食品安全委員会:ファクトシート「ふっ素樹脂」
https://www.fsc.go.jp/sonota/factsheets/f02_fluorocarbon_polymers.pdf

フッ素樹脂はリスクの懸念も少なく、なぜPFASにくくられているのか不思議です。ただし、PFASにフッ素樹脂を含めてしまったことがこれから非常に大きな問題となるのです(この辺は次回に書きます)。

EUのにおけるPFASの予防原則的規制とは?

欧州ではPFASの規制が検討されており、2023年2月にその原案が出されました。OECDの新しい定義を満たす10000種類以上のPFASについて原則一律に製造、使用、販売を禁止する、という衝撃的な内容でした。

用途別に規制開始から最長12年の猶予期間があり、この期間内でPFASをほかの物質に代替することが求められます。

通常は、まずはPFASの各物質のリスク評価を行い、リスクの懸念のある場合にその物質を規制する、というプロセスが採用されます。しかしながら、PFASの場合はリスク評価のプロセスが省かれ、しかも10000種類を超える物質群として例外なく禁止措置がとられるのです。これがいかに異常な状況かわかるでしょうか。

この規制は「予防原則」を適用した結果、すなわち科学的なリスク評価よりも政治的な判断を尊重した結果です。予防原則の考え方についての詳細は本ブログの過去記事を参照してください。

多くの人が間違って使っている言葉「予防原則」について改めて解説します
あまり理解せずに使っている例が多い「予防原則」という考え方についてまとめます。「予防原則」と「予防的アプローチ」と「未然防止」の違いについて、弱いバージョンと強いバージョンの違いについて、リスクトレードオフには対応できないこと、について解説していきます。

難分解性、生物蓄積性、強い毒性という3つの特性がそろった場合に、リスク評価なしに物質の特性のみを理由に規制することが可能です。PFOS・PFOAなど一部の物質についてはそのような特性が知られていますが、大部分のPFASについてはそのような特性が知られていないのです。

先にPFASの3つの分類について説明しましたが、最も風評被害を受けたのはフッ素樹脂でしょう。フッ素樹脂についてはリスクの懸念もないままにPFASと一律にくくられて規制される案になっています。難分解性はあてはまりますが、蓄積性や毒性は低い物質群です。せめてリスク評価をしてから規制を判断しても遅くないでしょう。

PFASの定義をしたOECDも、すべてのPFASが同様の性質やリスクを有するわけではないとしており、欧州のような一律規制に使われることをけん制しています。

It should be noted that the revised definition of PFASs in Section 2.3 refers to a general definition of PFASs that is coherent and consistent across compounds based on chemical structure and is easily implementable for distinguishing between PFASs and nonPFASs, also by non-experts. It does not include any minimal or maximal chain length requirements, or any other considerations beyond chemistry. It also does not conclude that all PFASs have the same properties, uses, exposure and risks.

セクション2.3で改訂されたPFASsの定義は、化学構造に基づいて化合物間で一貫性があり、PFASsと非PFASsを区別するために、専門家以外でも容易に実施可能なPFASsの一般的な定義に言及していることに留意すべきである。また、最小または最大の鎖長の要件や、化学的性質を超えたその他の考慮事項は含まれていない。また、すべてのPFASが同じ特性、用途、暴露、リスクを持つと結論づけるものでもない。
(DeepLで翻訳)

OECD (2021) Reconciling Terminology of the Universe of Per- and Polyfluoroalkyl Substances: Recommendations and Practical Guidance
https://one.oecd.org/document/ENV/CBC/MONO(2021)25/En/pdf

今後の予定としては、2023年の間はパブコメ期間として規制案に対する意見が募集され、2024-2025年にかけて法案の起案・審議・採択がなされ、2027年ころに規制開始というスケジュールになっています。パブコメ次第で内容が変わる可能性もあります。

まとめ:欧州のPFAS規制案

PFASはリスクの観点からは3つに大きく分けられ、リスクの懸念が大きいのはPFOS・PFOAを含むペルフルオロアルキル化合物です。ポリフルオロアルキル化合物は環境中で分解してペルフルオロアルキル化合物に変化することがありますが、フッ素樹脂はそのような特性はなく、毒性もほとんどありません。ところがこれらがすべてPFASと一律にくくられて欧州で禁止措置がとられようとしています。

今回はPFASという物質目線でのまとめになりましたが、次回はPFASが使われている製品目線でまとめていきます。PFASが一律で禁止されてしまうと世の中にどんな悪影響があるのか?を整理していきます。予想以上に我々の生活に大きな影響をもたらすと考えられます。

有機フッ素化合物PFASのリスクその3:PFASがなくなると我々の生活はどう変わるか?
PFAS問題の解説その3として、PFASがなくなると我々の生活はどう変わるかについてまとめます。PFAS使用禁止によって使用エネルギーは増大し(温暖化対策は後退し)、モノ全体の寿命は縮み、安全性が損なわれます。また、PFAS代替物質のリスクがPFASのリスクを上回るリスクトレードオフも懸念されます。

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