マイクロプラスチック問題その3:被覆肥料カプセルの問題はリスクの問題ではない

shirokaki 化学物質

要約

被覆肥料のプラスチックカプセルの問題について、リスクの視点から全体像を整理しました。被覆肥料由来のマイクロプラスチックの排出は全体の1%以下であり、マイクロプラスチックの生態リスクは現状で懸念レベル以下であることから、リスクの問題というよりはごみ問題として考えるべきです。

本文:被覆肥料のプラスチックカプセル問題

今回は久しぶりにマイクロプラスチックについて書いてみようと思います。今回取り上げるのはプラスチックのカプセルに包まれた被覆肥料の話です。今年2月に以下の2つの記事を書いたところ、Twitterでバズって非常に大きな反響がありました。

学術会議の提言から読み解くマイクロプラスチック問題のからくり
日本学術会議が2020年4月に公表したマイクロプラスチックに関する提言の内容をまとめて紹介します。マイクロプラスチック汚染が進んでいる現状と、生海洋物やヒト健康への影響を懸念する内容ですが、リスク学的な視点からはツッコミどころも多いです。リスク評価がないままに悪いものと印象付けていると感じます。
マイクロプラスチック問題その2:リスク評価者の視点がマイクロプラスチック問題のモヤモヤを解き明かす
マイクロプラスチック問題について議論されたJSTのワークショップ資料の中からリスク評価の視点を紹介します。世界における規制、生態リスク、発生源、流出防止策、ペットボトル規制論などについて、リスク評価者の視点がマイクロプラスチック問題のモヤモヤを解き明かしていきます。

1つ目の記事では、日本学術会議が2020年4月に公表した提言においてリスク評価がないままに悪いものと決めつける内容となっていることを指摘し、2つ目の記事ではリスク評価の視点から以下のことを紹介しました:

  • 世界では予防原則的なマイクロプラスチックの規制が進んでいるが、それは有害であることが証明されたからではない
  • これまでの研究のレビューによればマイクロプラスチックの生態系へのリスクは懸念レベルにない
  • マイクロプラスチックの発生源はタイヤなどの摩耗系が多く、マイクロビーズやプラスチック容器の規制による効果は限定的
  • ペットボトルは安全な水の輸送のための優れた材料であり、安易な規制論には気をつけるべき

農業用途で使用される被覆肥料についてもかなり話題となっています。肥料成分がプラスチックでコーティングされて数mmの粒となったもので、カプセルから徐々に肥料成分が溶け出してくるため長期的に効き目があり、施肥の省力化や施肥量の削減、肥料成分の水系への流出防止に非常に有効なものです

しかしながら、その小ささからプラスチックカプセルの回収が困難であり、水系に流出したものが多数見つかっているとのことです。レジ袋や容器などプラスチック使用への風当たりが強まっていることもあり、生産者の間でも使うべきか使わないべきか、などの論争にもなっているようです。

そこで本記事では被覆肥料のプラスチック問題について注目して調べたことをまとめます。まずは農業由来のプラスチック排出の全体像を整理し、被覆肥料由来のマイクロプラスチックの排出量を推定し、マイクロプラスチックの生態リスクの現状を考慮しながら被覆肥料の管理について考えてみます。

農業由来のプラスチック排出量は減少傾向にある

まずは農林水産省の資料から農業由来のプラスチック排出の全体像を整理してみます。

農林水産省:プラスチック資源循環(農業生産)

プラスチック資源循環(農業生産):農林水産省

「農業分野から排出されるプラスチックをめぐる情勢」という資料には各種データがよくまとまっています。農業分野から排出されるプラスチックは、農業用ハウスやトンネルの被覆資材、マルチ、苗や花のポットなどに加えて、被覆肥料のカプセルがあります。

2018年ベースで合計106501tが廃棄されます。このうち、素材別に見ていくと、ビニールハウスに使われる塩化ビニルや、トンネル・マルチ・ベタがけなどに使われるポリオレフィン系(ポリエチレンなど)が多くを占めています。被覆肥料は育苗トレイやポットと共に「その他プラスチック」に分類され、全体の17%(17928t)になります。これを人口で割ると140g/年/人になります。

農業由来のプラスチック排出量の推移を見ていくと、平成5年(1993年)からの推移が掲載されており、全体としては減少傾向にあることがわかります。ただし、「その他プラスチック」に限定すれば若干増加しているように見えます。

plastic_agriculture
https://www.maff.go.jp/j/seisan/pura-jun/attach/pdf/index-19.pdf

これらの排出量は環境中に全部出ていくわけではありません。廃棄物としてほとんどのものが処理されています。再生処置・埋立処理・焼却処理がありますが、再生処理が7割を超えています。

では、処理されずに環境中に出ていくものはどれくらいなのでしょうか?これはこの資料からではわかりませんでした。その他プラスチックの内訳で被覆肥料がどれくらいかわかればよいのですが、その割合がわかりません。そこで、以下でざっくりと推定してみます。

被覆肥料由来のマイクロプラスチックの排出は全体の1%以下

「その他プラスチック」の排出量140g/年/人を、ものすごくざっくりと育苗トレイ・ポット・肥料カプセルと3つに等分割すれば(何の根拠もないです)、肥料カプセルの排出量は47g/年/人という計算になります。使用された肥料カプセルの10%が水系に流出すると仮定すると(根拠は本記事の最後のほうで出てきます)、5g/年/人程度となるでしょうか。これはだいぶ大きめに見積もった結果と言えるでしょう。

さらにもう少し違う方向から見てみます。「一般社団法人ピリカ」というところがマイクロプラスチックの調査を継続的に行っているようです。これはかなり大規模な調査のようですね。データもオープンデータとして公開されており、すごい取り組みだと思います。

公開調査結果 | 株式会社ピリカ / 一般社団法人ピリカ
株式会社ピリカ|一般社団法人ピリカは、科学技術の力でごみの自然界流出問題をはじめとするあらゆる環境問題を克服することを目指しています。

2020年度版のデータからは、マイクロプラスチックの排出量の見積もりが157tでそのうち肥料カプセルが15%つまり、24tということになります。これを人口で割れば0.2g/年/人となります。全体で157tというのはかなり少ないと思いますが、タイヤ摩耗塵などの小さすぎる粒子はカウントされていないと思われます。

よって、大きめに見積もって5g/年/人程度、実態調査からは0.2g/年/人、となりました。実際はこの間くらいにあると考えてよいでしょう。以前に書いたマイクロプラスチック問題その2の記事にて、マイクロプラスチックの発生源に関してのドイツのフラウンホーファー研究所による報告を紹介しました(補足参照)。この報告書によるとマイクロプラスチックの全体の排出量は2500g/年/人程度なので、大きめに見積もっても全体の1%以下と言えます。

また、このドイツの報告書に関して、前回の記事ではマイクロプラスチックの排出源として上位10位までしか紹介しませんでしたが、報告書を見直すと12位に「農業用プラスチックの摩耗 45g/年/人」という記載がありました。

順位排出源排出量
g/年/人
1自動車タイヤ1228
2廃棄物漏洩302
3摩耗アスファルト228
4プラスチックペレット損失182
5人工芝グラウンドからの流出131
6工事現場における漏洩117
7靴底の摩耗109
8プラスチック包装容器99
9道路上の標識マーク91
10洗濯による衣類繊維由来76
11塗料の摩耗65
12農業用プラスチックの摩耗45

「農業用プラスチックの摩耗」というカテゴリは基本的に農業用途の全てを含んでいると思われます。欧州でもカプセルに包まれた被覆肥料が使われていますが、ドイツでは水田はほとんどないでしょうから、水系への流出は日本よりかなり少ないと思われます。なので、この45g/年/人の数字はビニールハウスやマルチなどの大きな資材の摩耗によるものと推測されます。つまり、農業用途に限っても被覆肥料以外のほうが多く出ていることになりますね。

被覆肥料問題はマイクロプラスチックのリスクとは切り離して考えるべき

最後に被覆肥料の管理について考えていきます。マイクロプラスチックによる生態リスクについては、マイクロプラスチック問題その2の記事でも紹介したところです。Burnsらによる研究によると(論文情報は補足参照)、予測無影響濃度と実際の環境中濃度を比較した結果、現状のマイクロプラスチックは水域生態系に影響を示す濃度レベルではないと報告しています。

  • 現状の生態リスクは懸念レベル以下であること
  • 被覆肥料はマイクロプラスチックの排出源としてマイナーなものであること

この2点から考えると、被覆肥料の使用中止はリスク低減対策として考えた場合にはあまりにコスパが悪すぎると考えられます。被覆肥料の使用をやめて何度も追肥をすることを考えると、肥料の効率が悪くなり肥料の投下量が増えてしまうことや、追肥のために何度も圃場を移動すると自動車使用による別のリスクも高まること(タイヤの摩耗によってもマイクロプラスチックが!)も考えなければいけません

肥料によっても水系が富栄養化して、有害藻類が異常増殖するなどの生態リスクがあります。マイクロプラスチックよりも肥料そのもののリスクのほうがはるかに懸念があると言えるでしょう。プラスチックさえ使っていなければよいというわけではありません。

ということで、プラスチックカプセルを含む被覆肥料は何も問題もなく使い続けてよいのでしょうか?これはリスクの問題とは切り離して考えるべきことかと思います。

海岸に打ち上げられたたくさんのプラスチックごみを見て非常に不愉快な気分になるように、水系から多数見つかる肥料カプセルはネガティブなイメージを持たれていることをまずは考えるべきかと思います。そこにマイクロプラスチックの悪影響のような情報が入ってくると、直感的なネガティブイメージを補強するので、自分の直感は間違っていなかったと強く認識するようになります。

つまり、リスクがあるからネガティブなイメージを持つのではなく、最初からあるネガティブなイメージがリスク情報で増幅されていると見なすべきなのです。なので、リスクは懸念レベル以下、という情報をいくらインプットしてもあまり大きな効果がないのです(順番が違う、ってことです)。

この辺の心理(感情ヒューリスティックという)についての詳細は過去記事をご覧ください。マイクロプラスチックはこの記事でいう「悪いリスク」なのです。

「コロナでだけは死にたくない」とはどういうことか?「良いリスク」と「悪いリスク」の違い
「コロナでだけは死にたくない」という人が結構いるとのことですが、死に方にも良い―悪いという認知があるように、リスクにも良いリスク―悪いリスクという認知があります。専門家による分析的なリスクの大きさの判断とは異なり、良い―悪いという感情がリスクやベネフィットの大きさの認知にも大きく影響します。

リスクがないからごみをその辺に捨ててよい、というわけじゃないですよね。まず取り組むべきはそういうことであって、水管理を徹底して系外への流出を防止したり、排水口でなるべく回収の努力をするなど、使う側の責任をきちんと負うことが重要となるでしょう。また、水管理による流出防止対策はプラスチックだけじゃなく農薬や肥料成分も流出を防げるので、環境負荷は全体的に減らせます

この辺のことは農林水産省の以下の資料が参考になります。施用したカプセルのうちの2-9%が系外に流出し、ほとんどが代かき後の流出だったことが示されています。また、排水口での捕集が有効であることもわかります。

農林水産省:令和2年度プラスチックを使用した被覆肥料の実態調査

肥料関係事業:農林水産省

まとめ:被覆肥料のプラスチックカプセル問題

農業用途で使用される被覆肥料のプラスチックカプセルの問題について、リスクの視点から全体像を整理しました。被覆肥料由来のマイクロプラスチックの排出は全体の1%以下で、農業用途に限っても主要な部分ではなさそうです。また、マイクロプラスチックの生態リスクは現状で懸念レベル以下であることから、これはリスクの問題とは切り離して考えるべきです。プラスチックごみ問題としてなるべく系外に出さないようにするという努力が求められるでしょう。

補足:参考情報

ドイツのフラウンホーファー研究所による報告

Plastics in the environment - Fraunhofer UMSICHT
Resource Management in the Circular Economy: We bring value chains together. We combine feasibility and potential studies with strategy cons...

Burns et al. (2018) Microplastics in the aquatic environment: Evidence for or against adverse impacts and major knowledge gaps. Environmental toxicology and Chemistry. 37, 2776-2796

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