残留農薬基準値の決め方その4:「ADIを超えないように」決めた目安残留濃度の一覧(587農薬)を作りました

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要約

残留農薬基準は「農薬を正しく使用しているかどうか」という農業規範としての基準であり、健康影響に関係する基準ではないため複雑怪奇になっています。そこで「ADI(許容一日摂取量)を超えないように」計算した健康影響に関する目安残留濃度の一覧(587農薬)を紹介します。

本文:「ADIを超えないように」決めた目安残留濃度

最近台湾における日本から輸入されたイチゴの残留農薬基準違反事例が多くなっています。

フォーカス台湾日本語版:日本産イチゴが再び不合格 残留農薬の規定違反で/台湾

日本産イチゴが再び不合格 残留農薬の規定違反で/台湾 - フォーカス台湾
衛生福利部(保健省)食品薬物管理署は16日、日本から輸入したイチゴが残留農薬の規定違反により水際検査で不合格になったと発表した。イチゴ180キロが全て積み戻しまたは廃棄処分される。

今年に入り、残留農薬の規定違反を理由に水際検査で不合格になった日本産イチゴは25件に上っている。不合格の原因の多くが台湾ではイチゴへの使用が認められていないフロニカミドやクロルフェナピルの規定違反となっており、台湾側は日本からの要請を受け、この2種類の農薬について残留農薬基準値の設定に向けて動く方針を示している。

ここではシアントラニリプロールが0.14mg/kg検出で違反となりました。日本の基準値は2mg/kgなので全く問題ありませんが、台湾では残留基準が設定されていないため、検出されるとアウトになります。

また、写真のパッケージが日本語で書いてあるのを見ると、国内向けのイチゴを台湾に輸出してしまったのではないか?という疑いが指摘されています。

https://twitter.com/mizuki_nakano/status/1659795671216717825

同様にフロニカミドやクロルフェナピルも台湾ではイチゴに登録がないため、残留基準が設定されておらず、検出(検出限界0.01mg/kg)されるとアウトになってしまいます。

以下のように、台湾のWEBサイトにて違反事例が公表されています。これも上記ツイッターの中野さん情報です。

賽安勃(シアントラニリプロール)0.06~0.14mg/kg
https://www.fda.gov.tw/UnsafeFood/UnsafeFoodContent.aspx?id=3137
https://www.fda.gov.tw/UnsafeFood/UnsafeFoodContent.aspx?id=3373

フロニカミド 0.24~0.36mg/kg
https://www.fda.gov.tw/UnsafeFood/UnsafeFoodContent.aspx?id=3139
https://www.fda.gov.tw/UnsafeFood/UnsafeFoodContent.aspx?id=3140
https://www.fda.gov.tw/UnsafeFood/UnsafeFoodContent.aspx?id=3141

克凡派(クロルフェナピル)0.09mg/kg
https://www.fda.gov.tw/UnsafeFood/UnsafeFoodContent.aspx?id=3283

ピフルブミド1.3mg/kg
https://www.fda.gov.tw/UnsafeFood/UnsafeFoodContent.aspx?id=3282

これに関して、またも日本の農産物は農薬まみれで危険などの発言がSNSで出ています。本ブログでもこれまで農薬残留基準についていくつかの記事を書いていますが、本記事ではまずはそれらをおさらいし、次に農業規範としての農薬残留基準値とは別に健康影響としての目安となる(ADIから換算した)残留濃度を網羅的に計算してみます。最後にその結果の傾向を見ていきましょう。

残留農薬基準値のおさらい

冒頭で紹介したような混乱が起きるのも、残留農薬基準は農薬ごと、作物ごとに異なり、さらに国ごとにバラバラであるからですね。以下の農林水産省のサイトではこのバラバラな基準値が整理されており、輸出向けに栽培する際に注意するよう呼びかけています。

農林水産省:諸外国における残留農薬基準値に関する情報

諸外国における残留農薬基準値に関する情報:農林水産省

本ブログでも過去記事でこの複雑怪奇な基準値の根拠を3回にわたって説明しています。
基本的に残留農薬基準は「農薬を正しく使用しているかどうか」という農業規範としての基準であり、健康影響に関係する基準ではありません。

その1では、残留農薬基準の決め方の説明として巷にあふれている「ADI(許容一日摂取量)を超えないように決められています」は正しくないことを説明しました。

残留農薬基準値の決め方その1:巷にあふれるの説明のほとんどが誤解を招いている
残留農薬基準の決め方の説明として巷にあふれている「ADI(許容一日摂取量)を超えないように決められています」は間違いです。まずADIから換算する基準値というのはどういうものかを説明し、その次に残留農薬基準の決め方(ALARA型)を解説します。

その2では、残留農薬のポジティブリスト制における一律基準値0.01mg/kgの根拠について、毒性がよくわからない場合であっても健康影響の懸念がない摂取量を推定した「毒性学的懸念の閾値」から計算されていることを説明しました。

残留農薬基準値の決め方その2:残留農薬ポジティブリスト制における一律基準値の根拠
残留農薬基準値が決められていない農薬-作物の組み合わせに自動的に適用されるポジティブリスト制に基づく一律基準0.01mg/kgの根拠を解説します。毒性がよくわからない場合であっても健康影響の懸念がない摂取量を推定した「毒性学的懸念の閾値」を応用しています。

この複雑怪奇な残留農薬基準値はとにかくわかりにくいため、間違った理解をしている人も多くいます。そのような人たちをバカにするのではなく、そもそももっとわかりやすい基準値にすべきでは?と考えることも必要でしょう。

その3では、もしも「農薬を正しく使用しているかどうか」という現行の基準が、「ADIを超えないように」という健康影響に関する基準値であったならどうなるか?ということをまとめました。説明しやすくなるだけではなく、基準値の作物間の細かい差や海外との差が生まれにくくわかりやすいというメリットがあります。

残留農薬基準値の決め方その3:「ADIを超えないように」決めたら良いのでは?
残留農薬基準は「農薬を正しく使用しているかどうか」という農業規範としての基準であり、健康影響の基準ではないため説明の際は要注意ですが、むしろ説明の仕方を注意するよりも運用を変えて健康影響の基準値(ADIから換算)に変えればよいのでは?という意見についてまとめました。

そして以下にてADIを超えないように計算した目安となる残留濃度の一覧を作成してみます。

ADIを超えないような目安となる残留濃度の計算方法と結果

まずは農薬ごとのADIのリストが必要です。これは以下のサイトから入手できました。

国立医薬品食品衛生研究所:農薬等ADIリスト(2023年4月3日バージョン)

残留農薬等規制関連情報

800種類くらいの物質が並んでいますが、整理番号が1000以降の動物用医薬品は農薬ではないため除外しました。さらに、ADIの数字がないものを除くと587種類の農薬が残りました。

ADIの値はいくつかの種類の数字が並んでいますが、日本の食品安全委員会のものがあればその値を優先して採用し、なければJMPR(WHO/FAO傘下の国際的なリスク管理機関であるコーデックス委員会が残留農薬基準を設定するための専門家会議)の値を採用しました。JECFAの値もありますが、JECFAによるADIしかない農薬はありませんでしたのでこれは採用しませんでした。

目安となる残留濃度は本ブログの過去記事(その3)にならい、
ADI(mg/kg体重/日)×55.1(kg体重)×0.8/2(kg/日)
で計算しました。これは、体重55.1kgの人が一日に2kgの食事を食べ、食品由来で80%の農薬を摂取するという仮定を基に計算しています。また、最後に有効数字一桁で切り捨てしています。

この目安濃度以下であれば、本来の基準値を超過していたとしても健康影響が出る懸念はまずないでしょう。一方でこの目安濃度を超えればただちに健康影響が出るわけではありません。ADIを超えたとしても、動物実験の無影響量を超えるにはさらに100倍の量を摂取する必要があるからです。

この方法で計算した587種類の農薬の目安濃度の一覧を以下のcsvファイルとしてダウンロードできます。

シアントラニリプロールの目安濃度は0.2mg/kgであり、冒頭のニュースでの0.14mg/kgであれば目安濃度を超えていません。

また、フロニカミドの目安濃度は1mg/kg、クロルフェナピルの目安濃度は0.5mg/kgなので、やはり冒頭に紹介した残留濃度(それぞれ最大0.36mg/kg、0.09mg/kg)ではこの値を超えません。

一方で、ピフルブミドの目安濃度は0.1kg/kgとなります。冒頭に紹介したピフルブミドの違反事例は1.3mg/kgですから、この値を大幅に超過しています。ようするにこのイチゴを毎日200g程度食べればADIを超過してしまいますから、さすがにこういうものを販売するのはまずいんじゃないでしょうか。ちなみに日本の基準値は1mg/kgなので日本でも違反となります。

587農薬の目安残留濃度の傾向

最後に587種類の農薬の目安残留濃度一覧から傾向を見ていきましょう。

目安濃度がポジティブリスト制における一律基準0.01mg/kgを下回る農薬は23種類ありました。つまり、以下にリストする農薬は0.01mg/kgでもまだ緩い基準ということになります。

農薬名採用したADI
(mg/kg体重/日)
目安残留濃度
(mg/kg)
アルドリン0.0000250.0005
ジクロトホス0.0000660.001
ディルドリン0.000050.001
キナルホス0.000110.002
ヘプタクロル0.000120.002
カルボフラン0.000150.003
テルブホス0.000160.003
アミノエトキシビニルグリシン0.00020.004
エンドリン0.00020.004
フィプロニル0.000190.004
アルジカルブ0.000250.005
エトプロホス0.000250.005
カズサホス0.000250.005
オキシデメトン-メチル0.00030.006
ジスルホトン0.00030.006
デメトン-S-メチル0.00030.006
デメトン-S-メチルスルホン0.00030.006
ビシクロピロン0.000280.006
フェンスルホチオン0.00030.006
プロピレンチオウレア0.00030.006
アルドキシカルブ0.000360.007
オメトエート0.00040.008
トリアゾホス0.000410.009

現在日本で使われていない農薬が多いです。特にディルドリンなどのドリン系農薬はとにかく毒性が強いことがわかります。ただし、フィプロニルやカズサホスなど現役で使用されている農薬もあります。

逆に目安濃度が高く10㎎/kgを超えるような農薬は26種類ありました。以下のリストの農薬は毒性が非常に弱く、一律基準0.01mg/kgのような数字を適用すると健康影響とはほど遠くなってしまいます。

農薬名採用したADI
(mg/kg体重/日)
目安残留濃度
(mg/kg)
フロルピラウキシフェンベンジル8100
ポリオキシン D 亜鉛塩7.2100
オキサチアピプロリン3.470
アミノシクロピラクロール360
イマザピル2.860
イマザモックス360
イマザモックスアンモニウム塩360
アメトクトラジン2.750
フルチアニル2.450
メチルテトラプロール2.550
クロラントラニリプロール1.530
アミノシクロピラクロル0.9120
グリホサート120
チエンカルバゾンメ
チル
1.120
トリアゾールアラニン120
トリアゾール酢酸120
ブロモメタン120
臭化物イオン120
アミノピラリド0.910
イマゼタピル0.610
ゾキサミド0.4710
ダミノジット 0.510
テトラニリプロール0.8810
ニテンピラム0.5310
ホセチル0.8810
ホラムスルフロン0.510

ネオニコチノイド系農薬のニテンピラムや、最近健康影響が話題になりやすい除草剤グリホサート、ネオニコよりも新しいジアミド系殺虫剤のクロラントラニリプロールやテトラニリプロールなどがリストに入っています。これらは非常に低毒性の農薬と言えます。

これ以外には、目安濃度が0.01㎎/kg以上から0.1㎎/kg未満の農薬は99種類、
0.1㎎/kg以上1㎎/kg未満の農薬は280種類、
1㎎/kg以上10㎎/kg未満の農薬は159剤、
となりました。

まとめ:「ADIを超えないように」決めた目安残留濃度

今回一覧を公開した目安濃度はADIを超えないように計算した残留濃度となります。食品によらず農薬ごとに一定の値であり、ADIベースなので諸外国との値の差も小さくなります。なによりも複雑怪奇な残留基準値と比べてわかりやすい数字だといえるでしょう。

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