マイクロプラスチック問題その2:リスク評価者の視点がマイクロプラスチック問題のモヤモヤを解き明かす

plastics 化学物質

要約

マイクロプラスチック問題について議論されたJSTのワークショップ資料の中からリスク評価の視点を紹介します。世界における規制、生態リスク、発生源、流出防止策、ペットボトル規制論などについて、リスク評価者の視点がマイクロプラスチック問題のモヤモヤを解き明かしていきます。

本文:リスク評価者の視点がマイクロプラスチック問題のモヤモヤを解き明かす

前回の記事では、日本学術会議が2020年4月に公表した提言「マイクロプラスチックによる水環境汚染の生態・健康影響研究の必要性とプラスチックのガバナンス」の内容を紹介しました。単なる資料の紹介記事だったのですが大変反響が大きくて驚いています。

学術会議の提言から読み解くマイクロプラスチック問題のからくり
日本学術会議が2020年4月に公表したマイクロプラスチックに関する提言の内容をまとめて紹介します。マイクロプラスチック汚染が進んでいる現状と、生海洋物やヒト健康への影響を懸念する内容ですが、リスク学的な視点からはツッコミどころも多いです。リスク評価がないままに悪いものと印象付けていると感じます。

まだまだ私もマイクロプラスチック問題については勉強中ですので、さらに精査してみたいと感じるところは以下の点です:
・海水中のプラスチックの発生源
・マイクロプラスチックや添加・吸着している化学物質による生態リスク
・食物連鎖による生物濃縮
・プラスチック使用削減の効果

そこで今回も資料の紹介という形で書いていきます。今回紹介する資料は科学技術振興機構(JST)が2020年3月に公表した報告書です。

JST研究開発戦略センター (2020) 科学技術未来戦略ワークショップ報告書「社会および産業競争力を支える基盤としての環境リスク評価研究」
https://www.jst.go.jp/crds/pdf/2019/WR/CRDS-FY2019-WR-05.pdf

これは2019年12月にJSTが開催したワークショップの内容をまとめたもので、以下の3つのテーマを扱っています。
①海洋プラスチックごみ問題への対応としての環境リスク評価研究
②我が国の環境リスク評価研究体制の在り方
③化学物質の環境リスク評価に関連する挑戦的な基礎研究開発課題
これは前回紹介した学術会議の提言とは異なり、ことさらにリスクをあおることなく研究の必要性などがまとまった良い資料だと思います。
(おそらく演者の人選の段階で主催者側が気をつけてくれたのだと思います)

この資料の中で特筆すべきなのがp33~藤井健吉氏による話題提供「海洋プラスチックごみ課題に対する解決志向性レギュラトリーサイエンス~リスク評価者の視点から~」の部分です。

ワークショップ全体としては海洋プラスチック問題に関してこういう研究が必要という話題が主要な中で、リスク学的な視点で問題の全体像を俯瞰してくれている貴重な内容です。

下記のとおりいくつか論点を整理して、その論点ごとに藤井氏による話題提供内容を紹介していきます:
・世界ではマイクロプラスチックについてどんな規制がされているのですか?
・世界中でマイクロプラスチックの規制が進んでいるのは有害であることが証明されたからですか?
・マイクロプラスチックの生態系へのリスクはどれくらいですか?
・マイクロプラスチックの発生源はどのようなものですか?
・マイクロプラスチックの水系への流出はどうすれば減らせますか?
・ペットボトルは禁止すべきですか?

世界ではマイクロプラスチックについてどんな規制がされているのですか?

2015年にまず米国で化粧品に意図的に配合された洗顔スクラブなどのマイクロプラスチックビーズが規制され、現在も製造販売禁止になっています。その後規制する国が増加し、藤井氏の資料中ではフランス、韓国、台湾、カナダ、英国、ニュージーランド、イタリアが、洗浄用製品に対するマイクロビーズ禁止措置を取っているとのことです。

さらに、欧州では現時点で各国の独自規制であるのを欧州全体としての規制にするべく、REACH(欧州連合における化学品規則)による規制が検討されています。

(私による注記)
REACHでの検討はこの資料公表時より現時点ではもう少し進んでいる可能性があります。また、ここでの規制は一次マイクロプラスチックの化学品としての規制のことであり、レジ袋規制などのプラスチック製品全体の規制のことではありません。プラスチック製品全体の規制も急速に広がっているようですね。

「急速に広がるルール作り」各国のプラスチック製品への対応 | 特集 - ビジネス短信 ―ジェトロの海外ニュース

世界中でマイクロプラスチックの規制が進んでいるのは有害であることが証明されたからですか?

米国での規制は2015年という海洋プラスチック問題の全体像が見えていなかった時期のことであり、定量的リスク評価のない段階で決定されました。環境中で分解できず回収困難であることが主な理由とのことで、全体像から切り離してできるところから始めましょうという規制だったのでは、と藤井氏は考察しています。

さらに、海洋へのプラスチック排出量として0.01%未満(後述)の寄与率にすぎないマイクロビーズを最優先で禁止したことは、プラスチックのリスク管理という本来の目的に対する解決手段としてずれていたのではないか、より優先順位の高いはずの途上国におけるごみ管理対策が見過ごされる状況を生んだとも言える、と指摘されてます。

REACH規制のほうもリスク評価がないままに進んでおり、難分解性(Persistent)、生物蓄積性(Bioaccumulative)、毒性(Toxic)といういわゆるPBT物質、という仮定が根拠とされています。しかしながらREACH規制案に対するパブリックコメントでは、以下のようにこの仮定に対する指摘も多く出ています:
・消化管からの吸収性のないプラスチックに対して生物に対する高蓄積性を当てはめるべきなのか
・固体プラスチックが規制の根拠となるレベルの毒性を有すると言えるのか

(以下、私の感想)
現時点で世界的に予防原則的な対策は進んでいますが、それは有害であることが証明されたからではない、と言えるでしょう。ところが世間では、「世界で規制された=有害であることが証明された」と受け止められやすいという問題があります。これはネオニコチノイド系農薬などでも同じことが起こりました。

マイクロビーズを規制したことで、途上国のごみ問題対策の優先順位が下がったのでは、という指摘はモラルライセンシング(免罪符効果)を思い起こします。

いいことした分だけ悪いことしたくなる?コロナ禍における免罪符効果(モラルライセンシング)
いいことした分だけ悪いことをしたくなる心理的効果の「免罪符効果」についてまとめました。コロナ対策でも何か対策をやった分だけ他の対策をさぼってしまったり、自分が対策をやった分だけ感染者に差別的感情を抱いたりということが考えられます。感染防止対策の目的と道徳的な善悪を切り離すことが重要です。

マイクロプラスチックの生態系へのリスクはどれくらいですか?

Burnsらはこれまで報告された多数の研究をレビューし、SSD(Species Sensitivity Distribution、種の感受性分布)という手法を用いて予測無影響濃度(PNEC, predicted no effect concentration)を粒子サイズごとに見積もっています。これと予測環境中濃度(PEC, predicted environmental concentration)を比較することで定量的なリスク評価が可能となります。結果としてBurnsらは、現状のマイクロプラスチックは水域生態系に影響を示す濃度レベルではないと報告しています。これが2018年までの研究報告を網羅的にレビューした先駆的な報告です。

食物連鎖の中での生物濃縮についても冷静な理解が必要です。マイクロプラスチックは消化管から検出されますが、解剖学的には消化管は体内ではなく体外となります。上位捕食動物への移行は消化管から消化管への移行であって、生物濃縮性とは異なるものです。大型のプラスチックは消化管を詰まらせますが、マイクロプラスチック問題とは別のごみ問題であり、リスク管理の手段も異なるはずと藤井氏は指摘します。

(以下、私の感想)
生態リスク評価の結果、現時点でマイクロプラスチックの生態リスクの懸念は低そう、ということですね。わからないことはまだ多いにせよ、まずはこのような既存の生態リスク評価のフレームで考えることは重要だと思います。その上で、今後どのくらいプライオリティーが高い物質なのかを判断していく必要があるでしょう。

Burnsの論文は以下のものです。まだ未読ですが読む価値がありそうです。冷静な論文はやっぱりこの雑誌なんですよね(インパクトファクターが上がらない理由もその辺にありそうです)。
Burns and Boxall (2018) Microplastics in the aquatic environment: Evidence for or against adverse impacts and major knowledge gaps. Environmental Toxicology and Chemistry, 37, 2776-2796

Handle Redirect

生物体内からマイクロプラスチックが検出された、という研究のほとんどは消化管からの検出です(ものすごい小さく粒子になると吸収されますが)。生物学を学んだ人ならわかるはずですが、消化管は体内ではなく体外で、そこから吸収されて初めて体内に入ったと言えます。よって消化管から消化管への移行は生物濃縮とはまた少し違った現象と言えますね。

マイクロプラスチックの発生源はどのようなものですか?

マイクロプラスチックの発生源については、ドイツのフラウンホーファー研究所による報告が優れており、トップ30までリスト化されています。以下にトップ10を示します。

順位排出源排出量
g/年/人
1自動車タイヤ1228
2廃棄物漏洩302
3摩耗アスファルト228
4プラスチックペレット損失182
5人工芝グラウンドからの流出131
6工事現場における漏洩117
7靴底の摩耗109
8プラスチック包装容器99
9道路上の標識マーク91
10洗濯による衣類繊維由来76

マイクロプラスチック排出量トップ10は全て非意図的な排出であって、摩耗などで発生している割合が多くなっています。一方で、化粧品や洗剤、薬品などに意図的に添加されるマイクロプラスチックは合わせても25g/年/人程度とマイナーな量です。

(以下、私の感想)
これは非常に衝撃的なリストです。これはドイツの話ですが、同じ先進国として日本でも順位は大幅に変わらないと思います。これまで一生懸命プラスチック製品を問題視して削減努力がなされていますが、実際にはタイヤ、アスファルト、靴、人工芝などの摩耗が圧倒的に多いですね。その割にはタイヤ、靴、人工芝を問題視したりする風潮はあまりないように思います。道路上の標識なんてのも結構意外ですね。そういう中でレジ袋などの発生寄与率のあまり高くないところから規制を始めてしまっている、ということなのです(8位ですからやる必要がないとは言いませんが)。また、海外で規制が進んでいるマイクロビーズなどの寄与率はさらに微々たるもので、対策としての意味はほとんどなさそうです。

報告書は以下のリンク先の「Consortial Study Microplastic (German)」と書いてあるものです(ドイツ語なので未読。。)。

Plastics in the environment

Plastics in the environment - Fraunhofer UMSICHT
Resource Management in the Circular Economy: We bring value chains together. We combine feasibility and potential studies with strategy cons...

日本でも人工芝や化学繊維由来が多いことが示されています。

浮遊するプラごみで最も多いのは人工芝だった!

浮遊するプラごみで最も多いのは人工芝だった! マイクロプラスチックの実態と流出経路を探る(中) | JBpress (ジェイビープレス)
海のプラスチック汚染、とくに5ミリ以下の小片に細分化された「マイクロプラスチック」が大きな問題になっている。「どこから」「何が」流出しているのか。海面/河川のマイクロプラスチック浮遊(1/3)

マイクロプラスチックの水系への流出はどうすれば減らせますか?

下水処理場におけるマイクロプラスチック流入量と処理後の流出量を比較したところ、98%以上が捕捉されているようです。意図的に添加されるマイクロビーズなどは、まず下水処理を経てから水域に行くので、リスク管理手法として下水処理工程は極めて有効とされています。

(以下、私の感想)
下水処理に関しては、雨水合流式だと大雨の日は処理しきれずに未処理水が放流される問題が指摘されています。一方で、タイヤやアスファルト、人工芝の摩耗などの非意図的流出が主要な発生源であるならば、これらは雨水で流されて水域へ流出するため、雨水を処理できる雨水合流式のほうが良いのかもしれません。未処理水の問題と比較する必要がありそうです。

ペットボトルは禁止すべきですか?

マイクロプラスチックのヒト健康影響についてはWHOが2019年にレポート公表し、マイクロプラスチックはいずれのサイズも体内に吸収されない、という見解が示されました。よってヒト健康についての公衆衛生問題は起こっていないというまとめとなっています。

そしてこのレポートをまとめたWHOの担当官の話では、ペットボトルの短絡的な禁止に懸念を持っていたとのことです。ペットボトルを禁止してしまうと、衛生面で安全な水を世界の各地に届けることが難しくなってしまうのです。ガラス瓶では簡便な輸送が難しくなります。このように人々の生命と健康を守るという観点からは、ペットボトルの規制よりも安全な水の輸送のほうが優先順位が高いと考えられているようです。

(以下、私の感想)
WHOのレポートは前回の記事でも紹介したもので、極めて冷静な内容になってますね。ペットボトルの規制は安全な水とプラスチックのリスクのトレードオフ問題と言えるのかもしれません(そもそもトレードオフにすらなっていないかも)。

ペットボトルの規制は、先進国の裕福な人達には大きな影響を与えないかもしれませんが、途上国の最も経済的に脆弱な人々を危険にさらす行為になりえます。この辺、ものの言い方には気をつけたほうがよさそうですね。

WHOのレポートは以下です(未読)

Microplastics in drinking-water

404
Erreur 404

総合討論にて

総合討論における藤井氏の発言がp54に出ていますので、最後にそれを引用します。もうとてもクリアで、学術会議の提言を読んだ時のモヤモヤがどんどん晴れていくような気がします。


 (ICCA:国際化学工業協会協議会におけるマイクロプラスチックのリスク評価について問われて)大枠でほぼコンセンサスができていたところ、この案件はPEC/PNEC にきちんと落とせるはずだとプロとしての感覚を持っている。環境影響として懸念されて、環境運命としてずっと残ることが問題視されていて、環境中で分解しないために止まってしまうと、出してはいけないということにしかならない。結局、ゼロを求めてひたすら排出を削減していくという話にしかならない。

 しかし、それは国際的な解答でも着地でもなく、時代が求めている答えでもないはずである。従って、どの程度だったら許容できるのかという本来のリスクの世界に立ち戻るためには、PEC/PNEC に落としこむ必要があり、化学物質の特殊形であるのでできるはずである。コアコンセプトとしてこの部分がすごく大事な部分ではないか。

 いろいろなPEC、PNEC が出てきてもよいと考えている。添加物に関心の高い人から見た場合のPNEC、ポリマーの形状を見た場合のPNEC 等、いろいろなシナリオで世界中から出てくることは大変結構である。その中で最も高感受性のシナリオというのも、コンセンサスベースでいずれ出てくると思う。枠組みとコンセプトを共有して、それぞれの視点からフローを回してみればよいというのが、一番使っていただきたい使われ方である。

まとめ:リスク評価者の視点がマイクロプラスチック問題のモヤモヤを解き明かす

・世界では予防原則的なマイクロプラスチックの規制が進んでいますが、それは有害であることが証明されたからではありません
・これまでの研究のレビューによればマイクロプラスチックの生態系へのリスクは懸念レベルにありません
・マイクロプラスチックの発生源はタイヤなどの摩耗系が多く、マイクロビーズやプラスチック容器の規制による効果は限定的です
・マイクロプラスチックの水系への流出は下水処理が非常に有効のようです
・ペットボトルは安全な水の輸送のための優れた材料であり、安易な規制論には気をつけるべきです

以上、資料をブログ記事としてまとめてみて、改めて優れた資料になっていると感じました。前回記事を書いた段階でモヤモヤしていたこと、マイクロプラスチック問題にどこからどう向き合えばよいのか、ということが大分すっきりしてきました。

まだまとめ資料を紹介しているだけで、原著論文などまで読めていません。すぐにではありませんがまたの機会にマイクロプラスチックの生態リスク評価にテーマを絞って、論文等の情報をさらに精査してみたいと思います。

2021年12月19日
プラスチックカプセルに包まれた被覆肥料の問題についての記事も追加しました。

マイクロプラスチック問題その3:被覆肥料カプセルの問題はリスクの問題ではない
被覆肥料のプラスチックカプセルの問題について、リスクの視点から全体像を整理しました。被覆肥料由来のマイクロプラスチックの排出は全体の1%以下であり、マイクロプラスチックの生態リスクは現状で懸念レベル以下であることから、リスクの問題というよりはごみ問題として考えるべきです。

補足

今回JSTのワークショップ報告書を紹介しましたが、実はこのワークショップには環境リスクの専門家として私も出席依頼を受けて参加していました。マイクロプラスチックのことは全く話していませんが、現在の化審法や農薬取締法における生態リスク評価の問題と今後取り組むべき課題について話題提供しました(ワークショップ報告書のp85~です。)。

生態リスク評価ではPNECの見積りが極めて重要で、これとPECとを比較することでリスクを評価するのが一般的です。Burnsの論文中でマイクロプラスチックのPNECの見積りに使われたSSDという手法については、日本語で極めて網羅的に書かれたマニュアルがありますので、参考までにリンクを貼っておきます。

技術マニュアル:農薬の生態リスク評価のための種の感受性分布解析

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