根拠はないが役に立つ―コロナ対策としての換気の基準値CO2-1000ppm

ventilation 基準値問題

要約

コロナ対策としての換気の基準値CO2-1000ppmは、もともとあった換気の基準値をそのまま使ったものなので感染防止のエビデンスはありませんが、換気のための総合指標として役に立ちます。そのもともとの1000ppmの根拠は、CO2以外の汚染源も考慮して室内空気質の総合指標として決められたものです。

本文:コロナ対策としての換気の基準値CO2-1000ppmの根拠

新型コロナウイルスについては、日本においてはワクチンの効果などで2021年10月から3か月ほど落ち着いた状況が続いています。ただし、海外の状況を見るとオミクロン株の出現などによって感染拡大が続いており、いつ日本も再度の感染拡大に移行してもおかしくありません。

ただし、やるべきことはあまり変わることはなく、マスクで飛沫を防ぐ、換気でエアロゾル(ウイルスを含む微粒子)の密度を下げる、3回目のワクチン接種などのこれまで通りの対策が求められます。冬の感染対策としてしんどいのが換気です。特に私のような北海道出身の人間は外が寒いの耐えられますが、室内が寒いのには耐えられないのです。

換気については二酸化炭素(CO2)濃度1000ppmという「基準値」が示されています。この数字は新型コロナ発生のかなり早い段階でもう示されていましたね。そして基準値と言われればやはりその根拠が気になってしかたありません。なぜ「1000ppm」なのでしょうか?本記事ではその秘密に迫ります。

ところで、諸外国でも1000ppmが推奨されている場合が多いのですが、必ずしも1000ppmとは限らないようです。例えば、CDC(アメリカ疾病予防管理センター)では、800ppmが基準値となっています(以下のページのFAQの9番目にあります)。

CDC: COVID-19, Ventilation in Buildings

Community, Work, and School
Actions that communities can take to slow the spread of COVID-19.

また、German Umweltbundesamt(ドイツ連邦環境庁)では、ウイルス含有エアロゾルによる感染のリスクを減らすための換気の基準として、1000ppm以下が良好・1000-2000ppmが黄信号・2000ppm以上で赤信号と幅をもった数字になっています。

German Umweltbundesamt:Richtig Luften in Schulen(学校での正しい換気)

Richtig Lüften in Schulen
Empfehlungen des Umweltbundesamtes zu Luftaustausch und effizientem Lüften zur Reduzierung des Infektionsrisikos durch virushaltige Aerosole...

基準値をめぐるいつもの状況のように、1000ppmですっきりと線引きできるものではなさそうですね。本記事ではCO2-1000ppmの基準値の由来、CO2-1000ppmに至るまでの換気と空気の質をめぐる歴史、換気の基準値CO2-1000pmmとコロナ感染リスクの関係、という順で説明していきます。

換気の基準値CO2-1000ppmの由来

コロナ対策としての換気の基準値CO2-1000ppmの由来については、まず慶應義塾大学による以下のプレスリリースに簡潔にまとまっています。これをまとめると以下のようになります。

  • 厚生労働省は一人あたりの換気量(外気取り入れ量)毎時30m3とすることを推奨している
  • 換気量30m3/時/人はCO2濃度にして1000ppmに相当する
  • この数字は感染症を予防するエビデンスに基づいているわけではない
  • 現行のビル管理法によるCO2の環境衛生管理基準1000ppmを満たすことで「換気の悪い密閉空間」にあてはまらないと考えられる、というのが根拠

慶應義塾大学プレスリリース:感染症対策としてのCO2濃度の利用方法を提言

感染症対策としてのCO2濃度の利用方法を提言-1,000ppmを目安として柔軟な対応を-:[慶應義塾]
2021/05/06慶應義塾大学有志研究チームMARCO慶應義塾大学理工学部と福島県立医科大学医学部、産業技術総合研究所安全科学研究部門および花王株式会社安全性科学研究所の研究者からなる共同研究グルー

コロナ対策としての換気の基準は厚生労働省が2020年3月30日に公表した以下の文書に書かれています。コロナ発生後かなり早い段階で出てきた数字なのですね。

商業施設等における「換気の悪い密閉空間」を改善するための換気について
https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000616069.pdf

この文書には換気と感染拡大についての関係を調べたいくつかの研究例も載っています。両者に関係があることは確かなようですが、どのくらい換気すれば十分かというのはよくわかってないのです

ではそもそもビル管理法におけるCO2の基準値1000ppmは、どのような根拠で決まったのでしょうか?慶應大のプレスリリースによると、明治時代から換気の指標としてCO2濃度が測定されており、1902年には既に学校教室内のCO2濃度が1000ppmを超えると有害である可能性が示されていたとのことです。これはCO2そのものの影響のみではなく室内空気質の総合指標という面がありました。

その後ビル管理法は1970年に制定され、CO2の環境衛生管理基準として1000ppmが設定されました。基準値あるあるですが、諸外国の数字とだいたい横並びになるように設定されたということもあります。また、1000ppmを超えると倦怠感・頭痛・耳鳴り・息苦しさ・疲労感などの有害影響が見られるなどの知見も加えて、総合的に勘案されたとのことです。

換気基準はもともと体臭の充満を許容できるレベルに保つための基準値!?

これでだいたい1000ppmの由来がわかったわけですが、1000ppmに至るまでの歴史を見ていくと大変興味深かったので、もう少し追及してみます。参考にしたのは空気調和・衛生工学会による提言の文書です(リンクなどは補足参照)。この内容は外気のCO2濃度が上昇傾向にあるので、室内1000ppmではなく外気のCO2濃度+700ppmという外気濃度をベースにした基準が望ましい、というものです。

メインの提言以外にも以外にも室内1000ppmをめぐる詳しい解説があり、ここでは特に歴史に注目してみたいと思います。


  • 17世紀ころから、空気のよどみや人混みによる汗が伝染病や熱の原因であると考えられるようになった。
  • 18世紀にフランスの化学者ラボアジエは、多数の人間がいる室内で人々が不快になったり病気にかかるのは、人体から発生する二酸化炭素が原因であるとする考えを発表した
  • 19世紀中頃に近代衛生学の父とも呼ばれるドイツの化学者ペッテンコッフェルは、通常の室内で見られる二酸化炭素の増加や酸素濃度の減少は決して有害なものではないことを証明し、有害な空気汚染の主原因は人体から発生する有機物であると主張した。
    (彼はコッホの主張するコレラの細菌原因説とも対立し、あくまで糞便による環境汚染が原因と主張した)
  • 1936年にヤグローらが重要な汚染物は人体から発生する体臭であり、体臭濃度を許容できるレベルに保つために必要な換気量(25~30m3/時/人)を提案した
    (これがさまざまな国における換気基準の基礎となっている。ここでのCO2は体臭の代替指標!
  • 1980年代以降、オイルショック後の省エネ対策として建物の気密性が高まり、VOC(揮発性有機化合物)によるシックハウス(シックビルディング)症候群と呼ばれる症状が問題となった結果、人体から発生するものだけではなく建物から発生する汚染も重要であるという考え方が生まれた。

ということで、換気の基準はもとをたどれば体臭の充満を許容できるレベルに保つための基準だったと書かれています。これはなかなか驚きですね。

ちなみに、体臭以外の人体由来の汚染物質に関しても、CO2を1000ppm以下に保つことで大丈夫になるようです。一方で、建物由来の汚染物質は人がいなくても充満していくのでCO2は指標になりません。

換気の基準値CO2-1000pmmとコロナ感染リスクの関係

さて、ここまでで換気の基準値CO2-1000ppmの根拠を紹介してきましたが、コロナ感染リスクとの関係についてはまだ何も出てきていません。というよりも、この基準を満たすとき「換気の悪い密閉空間」ではない、というだけの話であってコロナ感染リスクとの関係をもとに決まっているわけではないのです。

先に紹介した慶應大のプレスリリースに戻ってみましょう。実際にコロナのクラスターが発生した際のCO2濃度を推定した結果が紹介されています。89名中10名がコロナに感染した条件から推定した当時のCO2濃度は9000ppmを超えていたとのことです。これは1000ppmと比べても非常に高い濃度です。

ただし、この事例は新型コロナ発生から間もない時期(いわゆる第1波)の事例であり、変異したデルタ株や最近のオミクロン株の事例ではありません。感染力が強くなったことで換気の目安が変わるかどうかはわかりません。

ということで、1000ppmを超えなければ大丈夫と言い切れるものではありませんが、現時点における一つの目安としては役に立つということでしょう。

CO2を指標とするメリットは測定機器が安価で測定も簡単であるということです。温度計のように置いておくだけでリアルタイムの数値が表示されます。私も職場のオフィスに置いており、人が来ると数値がどんどん上昇するのがよくわかります。

測定機器にもいろいろなタイプがあるので、選定には注意が必要なようです。経済産業省が2021年11月に「二酸化炭素濃度測定器の選定等に関するガイドライン」を公表しているので、それを参考とするとよいでしょう。

https://www.meti.go.jp/covid-19/index.html#10r

仕様:
・検知原理が光学式を用いたものであること。
・補正用の機能が測定器に付帯していること。

動作:
・屋外の二酸化炭素濃度を測定したとき、測定値が外気の二酸化炭素濃度(415ppm~450ppm 程度)に近いこと。
・測定器に呼気を吹きかけ、測定値が大きく増加すること。
・消毒用アルコールを塗布した手や布等を測定器に近づけても、二酸化炭素濃度の測定値が大きく変化しないこと。

https://www.meti.go.jp/covid-19/guideline.pdf

まとめ:コロナ対策としての換気の基準値CO2-1000ppmの根拠

コロナ対策としてのCO2-1000ppmという基準値は、それ自体に感染防止のエビデンスがあるというわけではないのですが、換気のための総合指標として有用だということになります。コロナ以前のもともとの基準値1000ppmの根拠は、CO2そのものの影響や体臭などの人体由来の汚染を考慮した空気の質の総合指標として決められたものです。測定機器は安価なものもありますが、機種の選定にはガイドラインを参考にするべきでしょう。

補足:書誌情報など

慶應大のプレスリリースは以下の論文に基づいており、より詳細な情報が書かれています:

奥田ほか (2021) ウイルス感染症対策としてのCO2 濃度の利用にむけた値の解釈について.
リスク学研究 30, 207-212

ウイルス感染症対策としてのCO2濃度の利用にむけた値の解釈について
J-STAGE

CO2の人体への影響については以下:

東賢一 (2018) 室内環境中における二酸化炭素の吸入曝露によるヒトへの影響. 室内環境21, 113-120

室内環境中における二酸化炭素の吸入曝露によるヒトへの影響
J-STAGE

空気調和・衛生工学会による提言:

公益社団法人空気調和・衛生工学会 (2021) 学会提言 必要換気量算定のための室内二酸化炭素設計基準濃度の考え方.
http://www.shasej.org/recommendation/6-9%20kanki%20teigen%202021.06.21.pdf

(学会が出す提言としては書き手の個人的思いが強く出ている文書だなと思います。信用してよいのかどうか。。。)

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