オランダの政策評価書から明らかになったネオニコチノイド系殺虫剤禁止後のリスクトレードオフ

Amsterdam 化学物質

要約

欧州でネオニコチノイド系殺虫剤が規制されましたが、その後のリスク低減効果について、オランダが公表した政策評価書の内容を紹介します。規制の当初から指摘されていたこと(ネオニコチノイド系殺虫剤を禁止しても他の農薬に切り替えるだけでリスクは減らない)が現実になったことが明らかとなっています。

本文:ネオニコチノイド系殺虫剤禁止によるリスクトレードオフ

ネオニコチノイドはミツバチや水生生物を滅ぼす悪の根源!禁止・禁止じゃあ!

学者たちはリスクトレードオフと言ってネオニコチノイドを禁止しても他の農薬に切り替えるだけでリスクは減らないと申しておりますが。。。

そんなことはわかっておる!なにかをやったという実績を作ることが重要なのじゃよ!学者のたわごとなど聞いてられるか!禁止・禁止じゃあ!

こんなやり取りがあったかどうかはわかりませんが、ネオニコチノイド系殺虫剤は欧州で先行的な規制が始まりました。ネオニコチノイド系農薬は7種類ありますが、そのうちクロチアニジン、イミダクロプリド、チアメトキサムの3剤が規制対象になっています(ネオニコチノイド系農薬ではないですがフィプロニルという別系統の殺虫剤も対象になりました)。まず2013年から一部の用途・作物での暫定規制が始まり、2018年からは屋外使用全般について恒久的な規制になりました。

この規制はミツバチへのリスクの懸念が根拠となっていますが、予防原則的な規制となりました。さて、そこで気になるのはネオニコチノイド系殺虫剤が規制されて、その後どうなったのか?ミツバチなどの生態リスクは実際に改善されたのか?ということです。

この点について、2019年に公表されたオランダの政策評価の文書では大変興味深い結果が報告されているのです。ネオニコチノイド系殺虫剤の代替として、ミツバチや水生生物への毒性が強い殺虫剤(主にピレスロイド系)の使用が増えているとのことです。低リスクな代替剤がなく、ネオニコチノイド系殺虫剤の規制がリスクを低減させるとは限らないとの結論になっています

ミツバチだけではありません。ネオニコチノイド代替剤の影響として、水域の生態リスクが減るどころか増加したことが報告されているのです。これはネオニコチノイド系殺虫剤の規制が期待した方向に進んでいないことを示しています。

PBL Netherlands Environmental Assessment Agency (2019) A closer look at integrated pest management: Interim assessment of the policy document ‘Healthy Growth, Sustainable Harvest’

A closer look at integrated pest management
Growers, buyers and suppliers have not been sufficiently successful in reducing the use of chemical plant protection products. Policy is nee...

この文書を公表したオランダ環境評価庁(PBL)は、環境・自然・空間計画の分野における戦略的政策分析のための国立研究機関です。コアタスクは以下の4つです:
1.現在の環境・生態・空間的な質を調査および文書化し、政策を評価すること
2.環境・生態・空間的な質に影響を与える将来の社会的傾向を調査し、可能な政策オプションを評価すること
3.環境・生態・空間的な質にとって重要な社会問題を特定し、議論のために提起すること
4.環境・自然・空間計画の分野で政府の目標を達成するための可能な戦略的オプションを特定する

こういうことを(たとえ当初の狙いと外れていたとしても)きちんと評価して公表していることは非常に素晴らしいことですね。本記事では、まずこの政策評価報告書の内容を概観し、ミツバチなど生物多様性への影響の評価結果、水域生態リスクへの影響の評価結果の順に紹介していきます。

「Healthy Growth, Sustainable Harvest」の中間報告

この政策評価報告書はオランダ政府が策定した2013~2023年の10年間にわたる植物保護政策「Healthy Growth, Sustainable Harvest」の進捗状況を報告したものとなっています。この政策は、環境、水質、食品安全、人間の健康や労働安全の水準を高めて、農薬などの植物保護製品の持続可能な使用が目的となっています。その中心には総合的有害生物管理( Integrated Pest Management, IPM)があります。IPMはFAOの定義では以下のような意味になります。


Integrated Pest Management (IPM)とは、農作物に対する有害生物制御に応用可能な全ての技術を精緻に考慮し、それらの発生増加を抑制する適切な方法を総合的に組み合わせ、農薬やその他の防除対策の実施は経済的に正当なレベルに保ちつつ、人や環境へのリスクを軽減または最小限に抑えることを意味する。IPMでは、農業生態系撹乱の可能性をより少なくし、有害生物の発生を抑える自然界の仕組みをうまく活かすことにより健全な農作物を育てることが重要視されている。

https://www.jcpa.or.jp/qa/a6_05.html

2018年がこの政策のちょうど中間年であるので、この時点での目標達成状況がモニタリングされています。2018年時点での中間目標も設定されていますが、実際のところこの中間目標はほとんど達成されていません(正直でよい!)。達成できたのは食品安全における残留農薬超過の目標のみとなっています。IPMは進んでおらず、農薬の使用量は減少していません。やはり余分なコストがかかるからです。

ネオニコチノイド系殺虫剤の禁止はEU全体の措置ですが、緊急認可に関しては国毎の判断で行うことができます。各国は免除措置をかなり利用しており、「禁止」のイメージがそもそも日本とは違うかもしれません。東欧では適用除外期間が年々延長されているようです。

水質や生物多様性に関連する結果以外にも、労働安全に関してもあまり改善が見られません。生産者は毒性の高い製品を使ったり、実際の圃場で作業する従業員に農薬使用に関するリスクを知らせていなかったりします。厄介なのは作業者の半数以上がオランダ語を話せない人たちであるということです(日本でも外国人技能実習生のような問題があるけど、オランダもなにげにスゴい)。これについてはより強い政府の関与が必要であると述べられています。

ミツバチや生物多様性への影響はどうなったか?

ここからはミツバチを含む生物多様性への影響の話を見ていきます。
2.5 Consequences of crop protection for biodiversity(p40-)

オランダのミツバチの冬の死亡率はヨーロッパ平均の10%を超えて推移しています。また、昆虫類の数や多様性が減少トレンドにもあります。2013年のネオニコチノイド系殺虫剤の規制前後にミツバチの死亡率の調査もされていますが、年次変動が激しいため、数年の調査ではまだはっきりとはしていません。

はっきりとわかることは、ネオニコチノイド系殺虫剤の代替農薬の使用量が増えていることです。低リスクな代替材が利用できないため、この代替がリスクを減らすことにつながるとは限らないと記載されています。ネオニコチノイドに代わり使用が増えたのは主にピレスロイド系殺虫剤です。

この政策では、多様性の保全のためにフィールドマージン(圃場周辺の緑地)の設置に焦点を当てています。緑地はさまざまな生物の生息地となり、害虫の天敵も増えるため、生物多様性に寄与します。しかしながら、この政策は効果を発揮せず、フィールドマージンの面積は減少傾向にあります。

当然ながらフィールドマージンの設置を維持には追加のコストがかかり、補助金などの助成が十分でなければ推進されません。この辺の充実が政策オプションとして提案されています。

水域生態リスクはどうなったか?

続いて水域生態リスクへの影響の話を見ていきます。
2.3 Consequences of crop protection for ecological water quality(p31-)

EUの水質枠組み指令(Water Framework Directuve, WFD)では、水生生物保全にかかわる化学物質の濃度基準を設定しており、農薬も多種類において設定されています。日本における環境基準値的なものです。また、この基準値は年平均濃度で考える慢性の基準と、最高濃度で考える急性の基準の2種類があります。

評価結果を見ると、慢性基準の超過数は2013年以降の5年で15%減少し、急性基準の超過数は30%減少しています。減少トレンドにはあるのですが、5年の中間目標は50%減ですので、これでもまだ達成できていません。5年で50%減は目標としては厳しすぎたのでしょうか。

急性基準の超過数が30%も減少したのは、主に規制されたネオニコチノイド系殺虫剤であるイミダクロプリドの濃度が減少したためと書かれています。

ここまで基準値超過の話でしたが、いよいよ水域生態リスクを見ていきます。農地から水域への農薬の排出をモデルで推定すると、平均的に9%程度減少下とのことです。ところが、毒性を加味した生態リスクで見ると逆転して平均3%の増加となりました。しかも、栽培形態によってこの数字は大きく異なり、耕種的な栽培では生態リスクとして40%もの増加になってしまいました。

この理由はミツバチと同じで、ネオニコチノイド系殺虫剤の代替剤によるものです。2013年に禁止されたネオニコチノイド系殺虫剤は種子被覆に使用するもので、これは水域には流出しにくい使用方法です。代替剤の方は一般的にスプレーで散布する使用方法になるため、ドリフト(飛散)等で水域に流出しやすくなります。

さらに、ここで問題となるネオニコチノイド代替剤であるピレスロイド系殺虫剤は、水溶解度が低く濃度モニタリングでは検出されにくいのです。ところがこれらは毒性が強いため、検出限界以下の低濃度でも水生生物に影響を及ぼしたりすることもあります。濃度のモニタリングをして基準値を超えたか否かで生態リスクを判断することの難しさがここで浮き彫りになります。

新しい低リスクな殺虫剤もありますが一般的に高価であるため、従来からある殺虫剤を使い続けることになります。

まとめ:ネオニコチノイド系殺虫剤禁止によるリスクトレードオフ

ということで、規制が検討されていた当初から指摘されていたこと(ネオニコチノイド系殺虫剤を禁止してもリスクは減らない)が現実になりました。オランダの政策はネオニコチノイド禁止に依存しているわけではなくもっと包括的な政策ですが、少なくともミツバチ・生物多様性・水域生態系などの「環境」の部分ではあまりうまくいっていないことが示されました。私としては失敗を隠したり責めたりするのではなく、このようにきちんと検証して次につなげていってほしいと思います。

日本においては農林水産省による「みどりの食料システム戦略」があり、過去記事で紹介しました。これも達成目標のモニタリングをして達成状況を報告しながら進めいくものと思われますが、都合の悪い結果でもきちんと公表していってほしいと思います。

有機農業25%の方向性を考える:有機農業と環境リスクの関係
有機農業の推進が政策課題に挙げられていますが、有機農業と環境リスクの関係について解説します。「有機農業=無農薬」ではなく、有機でも使える天然物由来の農薬も、化学合成農薬と同等の毒性があります。有機農業は環境保全に加えて価値観の側面も持っており、リスクの低減とは別に主観的幸福度などの側面で評価したほうが良いのではないかと考えられます。

補足

生態リスクの定量化は基本的にPEC/PNEC比(用語は必ずしもこのとおりでない場合もありますが意味的には大体同じです)を用いています。PEC/PNEC比についてはマイクロプラスチックの生態リスクの記事でも書きましたので、そちらの記事を参考にしてください。

マイクロプラスチック問題その2:リスク評価者の視点がマイクロプラスチック問題のモヤモヤを解き明かす
マイクロプラスチック問題について議論されたJSTのワークショップ資料の中からリスク評価の視点を紹介します。世界における規制、生態リスク、発生源、流出防止策、ペットボトル規制論などについて、リスク評価者の視点がマイクロプラスチック問題のモヤモヤを解き明かしていきます。

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