有機フッ素化合物PFOS・PFOAの発がんリスクの大きさはどれくらいか?

firefighting foam 化学物質

要約

IARC(国際がん研究機関)はPFOSを「発がん性がある可能性がある」、PFOAを「発がん性がある」に分類しましたが、日本の食品安全委員会は証拠は不十分としています。仮に発がん性がある(+遺伝毒性あり)とみなした場合の発がんリスクを計算した結果を紹介します。

本文:PFOS・PFOAの発がんリスク

今回はPFAS問題の続編としてPFOS・PFOAの発がんリスクについて書きます。本ブログでは有機フッ素化合物のPFOS・PFOAの基準値やリスクについて書き、その後PFOS・PFOAを含むより幅広い化学物質のグループである「PFAS」の規制やリスクについて書いてきました。

有機フッ素化合物PFOS・PFOAのリスクはどのくらい高いか?その1:世界一厳しい日本の基準値のからくり
PFOS・PFOAは最近になり日本で水道水や環境水での目標値・指針値(基準値的なもの)が50ng/Lと策定されました。一方世界各国では70~10000ng/Lまで幅があり、日本が世界一厳しくなっています。無影響とされる量や基準値を決める際の仮定の組み合わせによりこのような差が出てきます。
有機フッ素化合物PFOS・PFOAのリスクはどのくらい高いか?その2:基準値を超えた場合と平常時のリスクを計算する
PFOS・PFOAの水中基準値(目標値、指針値)超過がニュースとなっていますが、基準値を超えただけではリスクの大きさはわかりません。曝露マージンや影響率などのリスクを実際に計算することでその大きさを判断できます。結果的に、PFOS・PFOAのリスクは平常時でも基準値超過の水を飲んだとしてもかなり低いことがわかりました。
有機フッ素化合物PFASのリスクその1:米国のPFOS・PFOAの規制強化の根拠は免疫力の低下
世界的な規制強化の流れにある有機フッ素化合物PFASについて複数回にわたり解説します。その1では、PFOS・PFOAの米国の飲料水新基準値案に焦点をあてて解説します。有害性評価ではワクチン抗体価の減少というあまり見なれないエンドポイントを採用しています。
有機フッ素化合物PFASのリスクその2:フッ素樹脂が巻き添えで欧州のPFAS規制対象になった
PFAS問題の解説として、PFOS・PFOAからPFASへ世間の注目が変化したことをGoogle trendsを用いて示します。次に、PFASとは何か?についてリスクの観点から大きく3つに分けて解説します。そして欧州で進んでいるリスク評価を伴わないPFAS一律禁止措置の動向について紹介します。
有機フッ素化合物PFASのリスクその3:PFASがなくなると我々の生活はどう変わるか?
PFAS問題の解説その3として、PFASがなくなると我々の生活はどう変わるかについてまとめます。PFAS使用禁止によって使用エネルギーは増大し(温暖化対策は後退し)、モノ全体の寿命は縮み、安全性が損なわれます。また、PFAS代替物質のリスクがPFASのリスクを上回るリスクトレードオフも懸念されます。
有機フッ素化合物PFASのリスクその4:PFASのリスク評価と母乳育児の悩ましい関係
PFAS問題の解説その4として、20種類のPFASのリスク評価の事例を紹介します。乳児のPFAS摂取量は母乳を飲んだ量でほぼ決まってしまいますが、母乳は感染症のリスクを下げる効果があるのに「PFASでワクチン抗体価が下がる!危険だ!」というリスク評価には大きな疑問が残りました。

新たな展開があった場合に続編を書こうと思っていましたが、最近になり国際がん研究機関(IARC)が発がん性ランクについて、PFOAをグループ1「ヒトに対して発がん性がある」に、PFOSをグループ2B「ヒトに対して発がん性がある可能性がある」に分類するという結果を2023年11月に公表しました。

この詳細についてはまだ公表されていませんが、概要については以下のサイトで確認できます。

食品安全委員会:PFOA(パーフルオロオクタン酸)及びPFOS(パーフルオロオクタンスルホン酸)に対する国際がん研究機関(IARC)の評価結果に関するQ&A

PFOA及びPFOSに対するIARCの評価結果に関するQ&A | 食品安全委員会 - 食の安全、を科学する
食品安全委員会は、国民の健康の保護が最も重要であるという基本的認識の下、食品を摂取することによる健康への悪影響について、科学的知見に基づき客観的かつ中立公正に評価を行う機関です。

さらにその後、2024年2月には日本の食品安全委員会が食品健康影響評価の評価書案を公表しました。これらの情報は以下のサイトで確認できます。発がん性については情報が不十分であるため評価には使われませんでした。

食品安全委員会:「有機フッ素化合物(PFAS)」の評価に関する情報(令和6(2024)年2月6日作成

「有機フッ素化合物(PFAS)」の評価に関する情報 | 食品安全委員会 - 食の安全、を科学する
食品安全委員会は、国民の健康の保護が最も重要であるという基本的認識の下、食品を摂取することによる健康への悪影響について、科学的知見に基づき客観的かつ中立公正に評価を行う機関です。

このように発がん性についてIARCが証拠は十分としているのに対して日本の食品安全委員会では証拠は不十分と評価が割れています。これは以前に書いたグリホサートの事例とよく似ていますね。

除草剤グリホサートの健康影響その2:農薬の疫学調査はなぜ難しいのか?
グリホサートの発がん性の根拠とされている疫学調査のメタアナリシスを事例に、農薬の疫学調査はなぜ難しいのか?を解説します。農薬の疫学研究が難しいのは、農薬の曝露量の推定が難しいことが一番の理由です。結果として、信頼性の低い研究を積み上げたメタアナリシスの信頼性もまた低いということになります。

科学は「ない」ことの証明はできないため、発がん性があるかないかという二者択一の問いは禅問答となり、「発がん性ある派」と「発がん性ない派」の対立や分断が続いてしまいます。

そこで、グリホサートの事例でも書いたように、「もしも」PFOS・PFOAに発がん性が「あり」だとしたら、そして遺伝毒性も「あり」でこれ以下なら発がんしないという閾値が存在せず、どれだけ曝露量が低くても発がんの確率がゼロにならないとしたら、その発がんリスクはどのくらいになるか?について答えてみたいと思います。

除草剤グリホサートの健康影響その3:グリホサートの発がんリスクの大きさはどれくらいか?
農薬の発がん性は科学的に完全な白黒がつくものではないため、発がん性あるなしの禅問答は尽きません。その禅問答から抜け出すには、発がん性があると仮定してそのリスクを計算することが有用です。除草剤グリホサートを例に発がんリスクを計算する方法を解説します。

本記事ではまず発がん性に関する評価についてまとめ、次に実際の発がんリスクの大きさを評価します。最後に議論がありそうな部分について考察します。

PFOS・PFOAの発がん性に関する評価

PFOS・PFOAの発がん性に関する評価として、まずはIARCの評価について整理してみましょう。上記の食品安全委員会によるQ&Aサイトがわかりやすいです

Q5 今回IARCが、パーフルオロオクタン酸(PFOA)の発がん性分類を「グループ1」とした根拠は?

IARCは、「ヒトに対するがんの証拠は限定的である」としながらも、以下の理由から、4つのグループのうち、1(ヒトに対して発がん性がある)に分類しました。

・実験動物の知見:雄のSDラットを用いた混餌投与試験で、肝細胞腺腫(又は肝細胞がんとの組合せ)、膵腺房細胞腺腫(又は腺がんとの組合せ)を引き起こし、肝細胞がんの発生との間に有意な正の相関が見られ、雌のSDラットを用いた混餌投与試験で、子宮腺がんを引き起こし、膵腺房細胞腺腫(又は腺がんとの組合せ)の発生との間に有意な正の相関が見られており、十分な(sufficient)証拠が得られている。

・発がん性物質としての特性の知見:母親の血清PFOA濃度とその子どもでのDNAメチル化、及び職業ばく露とがん関連miRNA発現との関連等がみられており、強い(strong)証拠が得られている。

・ヒトの知見:腎細胞がん、精巣がんに関する証拠が報告されているが、限られている(limited)。そのほかのがん種については、証拠は不十分である(inadequate)。

https://www.fsc.go.jp/foodsafetyinfo_map/pfoa_and_pfos_faq.html

つまり、動物実験の証拠は十分、発がん性のメカニズムも明らか、ヒトの疫学調査の証拠は不十分、という3点にまとめられています。以前ならグループ1に分類するにはヒトの疫学調査での十分な根拠が必要でしたが、現在は動物実験とメカニズムの知見でグループ1に分類できるようになったそうです。

次に食品安全委員会の評価書案を見てみましょう。

p227~
 一方、PFOS、PFOA及びPFHxSによる発がん影響については、直接的な遺伝毒性を有しないことから閾値の設定は可能と判断した。

 動物試験では、PFOSばく露による肝細胞腫瘍の誘発、PFOAばく露によるライディッヒ細胞腫、肝細胞腺腫及び肝細胞癌(HCC)並びに膵腺房細胞腺腫の発生が認められたものの、ラットにおける肝臓の腫瘍性変化及び膵腺房細胞腺腫については、げっ歯類特有のメカニズムによる可能性があること、ライディッヒ細胞腫については、機序の詳細は不明であることから、ヒトに当てはめられるかどうかは判断できない。PFHxSについては取り上げるべき所見はなかった。

 疫学研究から、PFOAと腎臓がん、精巣がん及び乳がんとの関連については、結果に一貫性がなく証拠は限定的であると判断した。PFOSと肝臓がん及び乳がん、PFHxSと腎臓がん及び乳がんとの関連については、証拠は不十分であると判断した。PFOA、PFOS及びPFHxSと膀胱がんについては関連があるとする研究がなかった。

 以上から、発がん性に関する知見から指標値を算出するには情報が不十分であると判断した。

つまり、動物実験の結果はヒトにあてはめられるか不明、ヒトの疫学調査の証拠は不十分、もし発がん性があったとしても遺伝毒性なし、というようにまとめられています。結果的に発がん性に関する知見は評価に使われませんでした。ヒトに対する疫学調査は証拠不十分という点はIARCと一致していますが、動物実験の解釈は異なっていますね。

PFOS・PFOA・発がんリスクの計算

さて、次に実際の発がんリスクの大きさを計算してみましょう。必要なのは曝露量とそれを発がん確率に換算するためのスロープファクターです。どちらも食品安全委員会の評価書案に掲載されています。

曝露量は評価書案p144にある環境省の陰膳調査の結果を使いましょう(検出限界以下の扱いがあまり難しくない)。検出限界以下をゼロとみなすと、平均値でPFOS:0.57ng/kg/日、PFOA:0.69ng/kg/日となります。

(この評価書案にはページ数が二種類出ていて大変読みづらいです。ここで書いているページは真ん中下のものを指しており、右下のものではありません。)

次に発がんスロープファクターは評価書案のp188以降を見ます。USEPA(米国環境保護庁)の2016年の評価では、スロープファクターは以下のように示されています。
PFOS:なし
PFOA:0.07 (mg/kg/日)-1; 根拠はラットの精巣ライディッヒ細胞腺腫(補足の文献2、3)

また、同じくUSEPAの2023年の評価では以下のように示されています。
PFOS:39.5(mg/kg/日)-1; 根拠はラットの肝細胞腺腫及び肝細胞癌(補足の文献1)
PFOA:0.0293(ng/kg/日)-1; 根拠は疫学調査における腎臓がん(補足の文献4)

PFOAについては2016年の評価と2023年の評価では大きく数字が異なります。2016年では動物実験をベースにしていたのが2023年では疫学調査がベースとなりました。このことについてはまた後ほど議論しますが、とりあえず両方で計算してみましょう。スロープファクターに曝露量をかければ発がん確率になります。

 曝露量
ng/kg/日
スロープファクター
(ng/kg/日)-1
生涯発がん確率
USEPA 2016 
PFOS0.57なし
PFOA0.690.000000074.8E-08
USEPA 2023 
PFOS0.570.00003952.3E-05
PFOA0.690.02932.0E-02

この数字は生涯の発がん確率となります。これをいつもの「リスクのものさし」で表現するには年間のリスクに直す必要があります。評価書案のp115の注釈には

単位量を一生涯(70年)摂取した場合に増加する発がん確率(リスク)と定義される。これは、ある化学物質へのばく露のみが原因で発がんする確率(リスク)である。

と書かれており、これを70で割れば年あたりの発がんリスクになります。リスクのものさしで表現すると以下のようになりました。

要因10万人あたり
年間死者数
がん304.2
PFOA (USEPA 2023)29
自殺15.7
交通事故3.5
火事0.8
PFOS (USEPA 2023)0.032
落雷0.0017
PFOA (USEPA 2016)0.000069

これは発がん=死と仮定した場合の数字で、実際にはそうではないためよりリスクは低くなります。しかも発がん確率が摂取量に比例すると仮定、すなわち線形閾値なしモデル(LNTモデル)を用いた計算なので、かなり過大な見積もりになります。最大限に大きめにリスクを見積もってもこのくらいと考えてください。

USEPA2023を根拠としたPFOAの発がんリスクの考察

PFOSの発がんリスクは非常に低いことがわかります。PFOAのほうはどちらのスロープファクターを使うかによってまったく違う数字が出てきました。USEPA2016のスロープファクターは動物実験をベースとしており、この場合のリスクは非常に低くなります。一方でUSEPA2023のスロープファクターはヒトの疫学調査がベースであり、この場合は自殺よりも高いリスクとなり、リスクとして高いものと解釈されるでしょう。

さて、このように数字が分かれる点についてどのように考えればよいかを考察してみましょう。

USEPA2023のスロープファクター:0.0293(ng/kg/日)-1を使った場合、曝露量が34ng/kg/日を超えると発がん確率が1、つまり100%腎臓がんになってしまうという計算になります。

ただし、USEPA2016のスロープファクターの根拠となったラットの動物実験(補足の文献2)では、300ppmの投与群(曝露量にして15mg/kg/日=15000000ng/kg/日!)でも腎臓の腫瘍は見つかっておらず、しかも死亡率にも影響がなかったのです。

ということを考えると、USEPA2023のスロープファクターはさすがにありえない数字だと考えられます。また、この根拠となった腎臓がんについては食品安全委員会の評価書案(p130~)では以下のように記載されています。

b 腎臓

 動物試験では、PFOS、PFOA 又はPFHxS による腎臓がんの関連を報告した研究はない。

 疫学研究では、血清PFOA 濃度又は推定血清PFOA 濃度との関連について3編の報告があり、メタ解析の結果でも正の関連が示されている。しかし、関連が示された研究においては、それぞれ、血中濃度が居住情報等からの推計であること、腎臓がん・膵臓がん・精巣がん・肝臓がん以外のがん患者を対照群として選定しているため対照群の選択の適切性に懸念があること等が不確実性としてある。また、ばく露レベルが高いと考えられる職業性ばく露との関連を検討したコホート研究では腎臓がんとの関連を認めないとする報告もあり、結果に一貫性がみられないことから、現時点では関連の有無を判断するための証拠は限定的である。

ということで、証拠のレベルや一貫性の観点からは腎臓がんのリスク評価はあまり信頼性が高くないと言えそうです。なにせ100%腎臓がんになるという曝露量よりも何桁も高い量を曝露させてもラットはピンピンしているわけですから、現実味に欠けると言わざるを得ません。

まとめ:PFOS・PFOAの発がんリスク

IARC(国際がん研究機関)はPFOSを「発がん性がある可能性がある」、PFOAを「ヒトに対して発がん性がある」に分類しましたが、日本の食品安全委員会は証拠は不十分としています。発がん性がある(+遺伝毒性あり)と仮定した場合の発がんリスクを計算した結果、USEPA2023のPFOAに対するスロープファクターを使用した評価を除けば、最大限大きめに見積もった場合でもPFOS・PFOAの発がんリスクはそれほど高くないことが示されました。

補足:文献情報

PFOSのスロープファクター (USEPA2023)の根拠

文献1:Butenhoff et al (2012a) Chronic dietary toxicity and carcinogenicity study with potassium perfluorooctanesulfonate in Sprague Dawley rats. Toxicology, 293, 1-15

Redirecting

PFOAのスロープファクター (USEPA2016) の根拠

文献2:Butenhoff et al (2012b) Chronic dietary toxicity and carcinogenicity study with ammonium perfluorooctanoate in Sprague-Dawley rats. Toxicology, 298, 1-13

Redirecting

文献3:USEPA (2016) Drinking Water Health Advisory for Perfluorooctanoic Acid (PFOA)

https://www.epa.gov/sites/default/files/2016-05/documents/pfoa_health_advisory_final-plain.pdf

PFOAのスロープファクター (USEPA2023)の根拠

文献4:Shearer et al (2021) Serum Concentrations of Per- and Polyfluoroalkyl Substances and Risk of Renal Cell Carcinoma. Journal of the National Cancer Institute, 113, 580-587

Serum Concentrations of Per- and Polyfluoroalkyl Substances and Risk of Renal Cell Carcinoma
AbstractBackground. Per- and polyfluoroalkyl substances (PFAS) are highly persistent chemicals that have been detected in the serum of over ...

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