有機フッ素化合物PFASのリスクその1:米国のPFOS・PFOAの規制強化の根拠は免疫力の低下

tap-water 基準値問題

要約

世界的な規制強化の流れにある有機フッ素化合物PFASについて複数回にわたり解説します。その1では、PFOS・PFOAの米国の飲料水新基準値案に焦点をあてて解説します。有害性評価ではワクチン抗体価の減少というあまり見なれないエンドポイントを採用しています。

本文:米国のPFOS・PFOAの規制強化の根拠

ここ最近で最も世間を騒がせている化学物質といえば「PFAS」です。毎日のようにニュースが流れてくるようになりました。特に大きなニュースは米軍基地からPFASを含む泡消火剤が漏出したことが明らかになったことでしょう。

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PFAS含む泡消火剤 米軍横田基地内で漏出 地下水調査の状況や課題は | NHK
【NHK】有害性が指摘されている化学物質「PFAS」は、多摩地域などでは地下水から国の暫定の目標値を上回る値が検出されています。東京都は「アメリカ軍横田基地内で、これまでに3件、PFASを含む泡消火剤が漏れ出たことを確認した」と7月4日に国から連絡があったことを公表しました。PF...

このニュースの見出しには「PFAS」と書かれていますが、実際にはPFOSとPFOAのことです。PFASは「ペルフルオロアルキル化合物」と「ポリフルオロアルキル化合物」の総称で、PFOSやPFOAを含んでいますが実際のところ数千種類という多数の物質を含むグループです。

本ブログでは過去記事にはPFOS・PFOAの基準値の解説を行いました。その時点(2020年)では日本の水道水の基準値(PFOS・PFOAの合算で50ng/L)が世界一厳しい基準だったのです

有機フッ素化合物PFOS・PFOAのリスクはどのくらい高いか?その1:世界一厳しい日本の基準値のからくり
PFOS・PFOAは最近になり日本で水道水や環境水での目標値・指針値(基準値的なもの)が50ng/Lと策定されました。一方世界各国では70~10000ng/Lまで幅があり、日本が世界一厳しくなっています。無影響とされる量や基準値を決める際の仮定の組み合わせによりこのような差が出てきます。
有機フッ素化合物PFOS・PFOAのリスクはどのくらい高いか?その2:基準値を超えた場合と平常時のリスクを計算する
PFOS・PFOAの水中基準値(目標値、指針値)超過がニュースとなっていますが、基準値を超えただけではリスクの大きさはわかりません。曝露マージンや影響率などのリスクを実際に計算することでその大きさを判断できます。結果的に、PFOS・PFOAのリスクは平常時でも基準値超過の水を飲んだとしてもかなり低いことがわかりました。

記事を書いてから3年が経過し、世界各国で動きが活発化してきたのですが、特に米国が日本よりも一桁低い基準値案を提案してきました。

日本でも、2023年に入ってから環境省が以下の二つの会議を新たに立ち上げて今後の規制の方向を検討しています。

環境省:PFOS・PFOAに係る水質の目標値等の専門家会議

PFOS・PFOAに係る水質の目標値等の専門家会議
環境省のホームページです。環境省の政策、報道発表、審議会、所管法令、環境白書、各種手続などの情報を掲載しています。

環境省:PFASに対する総合戦略検討専門家会議

PFASに対する総合戦略検討専門家会議
環境省のホームページです。環境省の政策、報道発表、審議会、所管法令、環境白書、各種手続などの情報を掲載しています。

今回はPFASその1として、上記の会議資料を参考としてPFOS・PFOAの米国の新基準値案に焦点をあてて解説します。加えて、WHOが提案している基準値や日本の対応なども合わせて紹介します。最後に、厳しさを増す世界各国の規制の流れをどう受け止めたらよいかについての意見を述べます。

米国の飲料水中PFOS・PFOA基準値

米国の飲料水の基準値は、これまでPFOS・PFOAの合算で70ng/Lでした。日本の50ng/L(合算値)よりも少し高いですね。これが一変、2022年6月に暫定的な飲料水の生涯健康勧告値(ただしこれは規制値ではない)としてPFOSで0.02ng/L、PFOAで0.004ng/Lと提案されたのです!これまでよりも何桁も低くなっています。一体何が起こったのでしょう?

米国は有害性評価を見直し、新たな影響として「免疫力」に注目しました。疫学調査による、血中のPFOS濃度が高いほど子供にジフテリアワクチンを打った際の抗体の増加量が少ない、という結果に注目しました。また、同じように血中のPFOA濃度が高いほど、子供に破傷風ワクチンを打った際の抗体の増加量が少ない、という結果も得られています。

このようなエンドポイント(ワクチン抗体価の減少)は化学物質のリスク評価では見かけたことがありません。

これらの抗体価が下がりだす血中濃度を一日あたりの摂取量に換算し、さらに不確実係数10(ヒト集団内の反応のばらつき)を考慮して参照用量が以下のように決定されました:
PFOS: 7.9×10-9mg/kg体重/日 = 0.0079ng/kg体重/日
PFOA: 1.5×10-9mg/kg体重/日 = 0.0015ng/kg体重/日

基準値(勧告値)案の導出は過去記事に書いたように、寄与率20%、水摂取量が体重×0.054Lとすると
PFOS: 0.0079×0.2/0.054 = 0.029ng/L
PFOA: 0.0015×0.2/0.054 = 0.0056ng/L
となり、ここからPFOSが0.02ng/L、PFOAが0.004ng/Lとなったようです。

ところが、その後さらに大きな動きがありました。2023年3月に第一種飲料水規則案の規制値としてPFOS・PFOAともにそれぞれ個別に4ng/Lが提案されたのです。PFOAではいきなり1000倍も緩くなりました。まだ案の段階なので最終決定ではありませんが、これまた一体何が起こったのでしょう?

これはようするに、本当なら基準値をPFOSで0.02ng/L、PFOAで0.004ng/Lとしたいところだったのですが、このような低すぎる濃度を分析できる手法がまだ確立しておらず、基準値を守れているかどうかを確かめるすべが現時点ではない、ということが問題だったのです。

そのため、分析できる下限の濃度である4ng/Lが代わりに基準値となったのです。このように、リスクベースではなく分析できる下限で基準値が決まるということはよくあることです。例えば本ブログの過去記事では、製品中アスベスト含有率0.1%という基準値は分析できる下限を考慮して決まっていることを書きました。

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また、PFOS・PFOA以外のPFASとしての基準値も提案されています。PFNA、PFHxS、PFBS、GenX(これらはPFASに含まれる化学物質)について、毒性の強さで重み付けして濃度を足し算することで、総PFASとしての基準になっています。これはダイオキシン類と同じような考え方ですね。

WHOのPFOS・PFOA基準値案と日本の対応

水道水質の基準値はWHOがガイドライン値を定めており、日本の基準値はWHOとまったく同じではありませんが、基本的にはWHOの水質ガイドラインにならって決まっています。

そのWHOが2022年9月に、水質ガイドライン作成のための背景文書「飲料水中のPFOS及びPFOA」のパブリックレビュー版を公表しました。この中で暫定ではありますが、ガイドライン値としてPFOS・PFOAそれぞれ個別に(合算せずに)100ng/Lを提案しています。今後パブリックレビューを経て正式なガイドライン値になる流れです。

この100ng/Lという基準値案は、PFOS・PFOAによる健康影響から決められた値ではありません。動物実験や疫学調査などの知見は整理されていますが、結局どれも決め手に欠ける(不確実性が大きい)とのことで、リスクベースの基準値は導出されませんでした。

特にWHOは米国が新たに参考としたジフテリアや破傷風のワクチン抗体価の減少については疑問視しています。抗体価の減少が感染率を上昇させるのかどうかについては不明ですし、そもそもジフテリアは年に1人感染者が出るかどうかという状況なので、実質リスクが上昇するとは思えません。さらに、血中濃度から一日摂取量への換算はモデルを使って行われていますが、このモデルも不確実性が大きいです。

結局のところ、現状の水中濃度が高くても1000ng/L程度であること、通常用いられる浄水処理技術でその90%以上を取り除けること(100ng/L以下になる)、現在の各国の基準値が100ng/L前後であること、などを総合的に判断して100ng/Lという数字になったということです。

このような基準値の導出法はリスクベースというよりもBAT(Best Available Technology, 利用可能な最良の技術)ベース、もしくはALARA(As Low As Reasonably Achievable, 合理的に達成可能な限り低く)の原則ベースになります。

また、総PFASとして、測定可能な30種類(PFOS・PFOAも含む)のPFASの合算として500ng/Lというガイドライン値も提案されました。これもPFOS・PFOAと同様で、現状の技術により達成可能であるからということが根拠となっています。

一方で日本の対応ですが、検討の結果、現状を維持することとされています。すなわち、水質管理目標設定項目(水道水質基準よりもワンランク下)としてPFOS・PFOA合算で50ng/Lを維持するということです。

今後は総PFASとしての基準値の設定について検討が進んでいくことになるでしょう

世界各国のPFOS・PFOA規制強化の流れをどう受け止めるか?

ここまで、特に米国、WHO、日本の動きについて紹介してきました。これ以外にもPFOA・PFOS・PFNA・PFHxSの4物質合算の基準値が以下のように出てきています:
デンマーク 2ng/L
スウェーデン 4ng/L
ドイツ 20ng/L
微妙な違いがあるのがまた面白いところではありますが、まるでどこが一番厳しくできるかという競争のようにも見えてしまいます。

このような、厳しさを増す世界各国の規制強化の流れをどう受け止めたらよいのでしょうか?ここでは(1)安全目標(何をどれだけ守れば十分か?)(2)規制強化によってリスクがどれだけ減るか?、という二つの観点から考えてみましょう。

まず1点目は、何が問題なのか?何を守りたいのか?どれだけ守れば十分か?の議論が置き去りになっていることです。実際にPFOS・PFOAによって死亡率が上昇したり、病気が増えているなどの結果は得られていません。

その段階よりももっともっと前段階の話、つまりコレステロール値の上昇であるとか、ワクチン抗体価の減少であるとか、そういうレベルの影響で規制をかけようとしているのです。「影響」ではあるのですが、「悪影響」と本当に言えるのか?というようなレベルです。

しかも、PFOS・PFOAはすでに世界中で製造が禁止されており、規制措置が終了しています。これ以上濃度や摂取量が増えることはなく、逆にゆっくりと下がっていく一方です。現状悪影響が出ていない、かつ、これ以上増えることがないものをさらに規制強化してどのような意味があるのでしょうか?

2点目は規制強化によってリスクがどれだけ減るか?ということです。冒頭で紹介した本ブログのPFOS・PFOAの過去記事(二番目のほう)でリスク評価について解説しました。そこでは、PFOS・PFOAの摂取は食品由来がメインであり、その中でも魚介類由来が多くなっています。なので、飲料水だけをメチャクチャきれいに処理したところでPFOS・PFOAの摂取量はほとんど変わらないのです

さらにWHOが指摘したように、ジフテリアの感染者数がほとんどいない中で、ワクチン抗体価の多少の増減が実際の感染リスクの増減にどう関係するのかわかりません。

そして、もっともっと大きな問題があります。各国の規制がPFOS・PFOAからそれ以外の「PFAS」に広がりを見せていることです。PFASも似たようなものなんじゃないの?と思うかもしれませんが、PFAS問題は実のところPFOS・PFOA問題とはまったく別の問題と考えたほうがよいでしょう。これに関しては次回の記事で書いていきたいと思います。

まとめ:米国のPFOS・PFOAの規制強化の根拠

PFOS・PFOAの米国の飲料水新基準値案に焦点をあてて解説しました。有害性評価ではワクチン抗体価の減少というあまり見なれないエンドポイントを採用しましたが、最終的な基準値案は分析技術の限界によって決まりました。一方でWHOはALARAの原則的な基準値案を提案しました。

次回はPFOS・PFOAを含むPFAS全体の規制動向について解説していきます。特に欧州では予防原則による(リスク評価を伴わない)PFAS排除の動きが進んでいます。

有機フッ素化合物PFASのリスクその2:フッ素樹脂が巻き添えで欧州のPFAS規制対象になった
PFAS問題の解説として、PFOS・PFOAからPFASへ世間の注目が変化したことをGoogle trendsを用いて示します。次に、PFASとは何か?についてリスクの観点から大きく3つに分けて解説します。そして欧州で進んでいるリスク評価を伴わないPFAS一律禁止措置の動向について紹介します。

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