欧州で規制強化に向かう殺虫剤スルホキサフロルの例から学ぶ生態毒性情報の読みかたのポイント

honeybee 化学物質

要約

欧州で規制強化に向かう殺虫剤スルホキサフロルについて日欧米の動きを整理し、さらにネオニコチノイド系農薬とどちらがマシかを判断するためにミツバチや水生生物に対する毒性の比較を行いました。ここでは特に毒性情報の探し方や読みかたのポイントに焦点をあてて解説します。

本文:スルホキサフロルの生態毒性情報

本ブログにて欧州におけるネオニコチノイド系農薬の規制その後について紹介した記事は非常に大きなアクセスがあります。ピレスロイド系殺虫剤への代替によってリスクが下がっていないことが指摘されています。

オランダの政策評価書から明らかになったネオニコチノイド系殺虫剤禁止後のリスクトレードオフ
欧州でネオニコチノイド系殺虫剤が規制されましたが、その後のリスク低減効果について、オランダが公表した政策評価書の内容を紹介します。規制の当初から指摘されていたこと(ネオニコチノイド系殺虫剤を禁止しても他の農薬に切り替えるだけでリスクは減らない)が現実になったことが明らかとなっています。

そのネオニコチノイド系農薬の次世代型として開発されたのがスルホキサフロルという殺虫剤です。化学構造はネオニコチノイドと違うものの、同じような作用特性を持っています。

2022年4月14日付けの以下のニュースによると、スルホキサフロルについて、ハチへの影響の懸念から欧州で屋外での使用を規制する方向だということです(まだ決定ではないようですが)。農薬製造会社はこれは政治的決定で失望しているとコメントしました。米国もこの方向に賛同していません。

EURACTIV: EU decision to restrict bee-harming pesticide causes tension with US

EU decision to restrict bee-harming pesticide causes tension with US
The European Commission has taken the decision to restrict the use of the pesticide 'sulfoxaflor' to indoor-only after concerns over its imp...

スルホキサフロルはネオニコチノイドと比較して環境影響はマシなものであり、むしろネオニコチノイドからスルホキサフロルに代替することでリスクを低減できるのではと私は考えています。つまり、この決定は非常にもったいないと思いました。

本記事では、スルホキサフロルをめぐる日欧米の動きや、ネオニコチノイドに比べてミツバチ・水生生物への毒性がどの程度か、ということを整理していきます。また、このような場合にすぐにデータを参照できるように、データへのアクセスや毒性情報の読みかたに特に焦点をあてました。

スルホキサフロルをめぐる日欧米の動き

まずは、このスルホキサフロルという殺虫剤をめぐる日欧米の動きを簡単に整理しましょう。

欧州ではスルホキサフロルは2015年に登録されました。欧州で農薬のリスク評価を担当するEFSA(欧州食品安全機関)の評価結果によると、いくつかのシナリオでミツバチやハナマルバチへの影響の懸念があり、マルハナバチや単独性のハチに対する毒性試験データの不足などが指摘されました。要約は日本の食品安全委員会が日本語でまとめたものがあります。冒頭のニュースによると、欧州での規制はこの評価結果がベースとなっているようです。

Handle Redirect

食品安全委員会:欧州食品安全機関(EFSA)、補強データを考慮した有効成分スルホキサフロルに関する農薬リスク評価のピアレビューを公表

食品安全関係情報詳細

米国では、2013年に初めて登録されましたが、2015年に米国蜂蜜生産者協会が起こした裁判により一度登録が抹消されました。その後、EPA(米国環境保護庁)がミツバチへのリスクの再評価を行い、2016年に再登録されました。ただし、ミツバチが訪花する開花期を除いたり、ミツバチが好まない作物に限定したりという制限つきでした。2019年には適用が拡大したようです。

http://organic-newscp.info/cat/index_pest_Sulfoxaflor.html

スルホキサフロルは日本では2017年に登録されました。野菜、果樹、水稲に適用があり、水稲ではウンカやカメムシ等の防除に使用されます。日本におけるミツバチへのリスク評価は2018年の農薬取締法改正により新たに導入されたため、評価自体はこれからになります。ただし、ミツバチの危害防止のため、使用時の注意事項として以下のことが書かれています:

5) ミツバチに対して影響があるので、以下のことに注意すること。
① ミツバチの巣箱及びその周辺にかからないようにすること。
② 関係機関(都道府県の農薬指導部局や地域の農業団体等)に対して、周辺で養蜂が行われているかを確認し、養蜂が行われている場合は、関係機関へ農薬使用に係る情報を提供し、ミツバチの危害防止に努めること。

以下、参考情報
農林水産省:農薬による蜜蜂の危害を防止するための我が国の取組(2016.11月改訂)

農薬による蜜蜂の危害を防止するための我が国の取組(2016.11月改訂):農林水産省

ミツバチに対する毒性の比較

次に、ネオニコチノイド系農薬とスルホキサフロルのミツバチに対する毒性の比較を行ってみましょう。

本来は毒性だけではなくリスク(毒性と曝露のバランス)の比較を行う必要があります。ただし、ネオニコチノイドとスルホキサフロルは使用量や使用方法、使用後の環境動態が類似しているため、ここでは簡易的に毒性の比較のみで考えます。本来は毒性のみではなく、使用量や使用方法、使用後の環境動態を考慮した曝露評価も併せて考える必要があります。

ここから先では毒性データへのアクセス方法やその読みかたも併せて紹介していきます。

毒性データが一番よくまとまっている資料は、農林水産省が公表している農薬の審査報告書です。農林水産省のWEBサイト(https://www.maff.go.jp/index.html)の下のほうにある消費・安全局の「生産資材の安全確保」に進みます。

sizai

そこから「農薬」をクリックして農薬コーナーに進み、さらに「農薬の審査報告書」に進みます。

sinsa

スルホキサフロルの報告書はありますが、ここ10年くらいに登録された農薬に限定されているので、ネオニコチノイド系農薬の報告書はここには一つもありません。なので、また別の情報源にあたる必要があります。
(この辺は非常に厄介なところだと思います。)

審査報告書 スルホキサフロル
https://www.maff.go.jp/j/nouyaku/n_sinsa/attach/pdf/index-24.pdf

スルホキサフロルの審査報告書のp149にミツバチの毒性試験の結果が記載されています。成虫を用いた48時間の毒性試験は接触曝露の試験(直接液体をかける)と経口曝露の試験(農薬を含んだ餌を与える)の二種類の試験があり、
・接触ED50=0.539ug/bee
・経口ED50=0.146ug/bee
と書かれています。ED50(50% effective dose)は48時間で半数が死ぬ投与量です。1匹あたり0.146ugのスルホキサフロルを食べると半分は死ぬことになります。この二つの数字をベースとして比較します。

また、1000倍希釈液をハウス内のイチゴに散布した試験結果が3例記載されており、ミツバチの訪花活動5-7日まで影響あり、死亡数は影響なしが2試験・影響ありが1試験という結果でした。これも一応覚えておきましょう。

次に、ネオニコチノイド系農薬の中から、ミツバチに毒性が高いとされるイミダクロプリド、クロチアニジン、ジノテフランの3つの毒性データを探します。このために農薬抄録という資料を探しましょう。

独立行政法人農林水産消費安全技術センター(FAMIC)のWEBサイト(http://www.famic.go.jp/)から、農薬->「農薬抄録及び評価書」に進みます。

syoroku

抄録の読みづらいところはPDFファイルの分割版しかなく、目的であるミツバチの毒性がどのファイルにあるのかいくつも開いてみないとわからないところです。最初に1番目のファイルを開いて目次を見て「有用動植物等に及ぼす影響」のページ数から大体のあたりをつけます。そして頑張ってデータを探すと以下の情報が得られます。

イミダクロプリド:
・成虫の48時間 接触ED50=0.045ug/bee
・1000倍希釈液をケージ内の菜の花に散布した場合、48時間後に82.5%死亡

クロチアニジン:
・成虫の48時間 接触ED50=0.04426ug/bee
・成虫の48時間 経口ED50=0.00379ug/bee
・2000倍希釈液をハウス内のイチゴに散布した場合、5,15日後の巣箱導入では再起不能

ジノテフラン:
・成虫の48時間 接触ED50=0.109ug/bee
・成虫の48時間 経口ED50=0.014ug/bee
・1000倍希釈液を開花中のレンゲ圃場に散布した場合、当日のみ訪花忌避行動が観察された

他にもハチを用いたいろいろな試験の結果が書かれていますが、比較可能なものだけを抜き出しました。

接触の場合も経口の場合も、スルホキサフロルのED50は他のネオニコチノイド3剤に比べて一桁程度高く、すなわち毒性が低いことを示しています。

散布試験のほうは、それぞれ散布方法(野外かケージかハウス内か)、散布した作物、影響の記載などがバラバラなため単純な比較はできません。ただ、おおむねイミダクロプリドとクロチアニジンは影響が大きく、スルホキサフロルとジノテフランは比較的影響が小さいと解釈できます。

つまり、毒性試験の結果と散布試験の結果を比較すると、スルホキサフロルは他のネオニコチノイド系農薬よりもハチに対してマイルドであることがわかります

水生生物に対する毒性の比較

水生生物への影響については規制の根拠とはなっていませんが、ついでに見てみましょう。ネオニコチノイド系農薬は魚類、ミジンコ、藻類にはほとんど毒性がなく、これはスルホキサフロルも同様です。そこで、水生昆虫のユスリカ幼虫を用いた毒性試験結果で比較することになります。

ミツバチの試験結果が掲載されていた農薬の審査報告書を見ると、
・ユスリカ幼虫 48時間 EC50 309ug/L
と書かれています。EC50(50% effective concentration)は48時間で半数が死ぬ水中農薬濃度です。309ug/Lのスルホキサフロルに曝露されると48時間で半分死ぬことになります。この数字をベースとして比較します。

ネオニコチノイド系農薬は「水域の生活環境動植物農薬登録基準」の報告書を見ます。
(農薬抄録にも書かれているのですが見づらいので別の資料にあたります)

環境省のWEBサイト(http://www.env.go.jp/index.html)の「水・土壌・地盤・海洋環境の保全」に進みます。

mizudojyo

次に、「農薬対策」に進み、「(1)水域の生活環境動植物の被害防止に係る農薬登録基準について」に進みます。

noyaku
suiiki

「水域の生活環境動植物の被害防止に係る農薬登録基準」の報告書がズラーっと並んでいますので、イミダクロプリド、クロチアニジン、ジノテフランの3つの報告書からユスリカ幼虫の毒性データを探すと、
・イミダクロプリド:19.7ug/L
・クロチアニジン:28ug/L
・ジノテフラン:36ug/L
というデータが得られました。

ミツバチに対する毒性と同様に水生生物の場合も、スルホキサフロルのEC50は他のネオニコチノイド3剤に比べて一桁程度高く、すなわち毒性が低いことを示しています。スルホキサフロルは水生生物にも比較的マイルドな農薬であることがわかりました。

まとめ:スルホキサフロルの生態毒性情報

欧州で規制強化に向かう殺虫剤スルホキサフロルの日欧米の動き、ミツバチや水生生物に対する毒性の比較についてまとめました。スルホキサフロルの毒性はネオニコチノイド系農薬に比べてよりマイルドなものであり、ネオニコチノイド系農薬からスルホキサフロルへの代替を進めることによりリスクの低減につながると考えられます。

補足

本記事と同様に毒性情報の読みかたを紹介した記事として、以下の二つを紹介します。

コロナ治療・予防薬としてのイベルメクチンのリスク評価から学ぶ毒性情報の読み方のポイント
コロナ治療・予防薬としてイベルメクチンを服用することについて、特に妊婦は胎児の催奇形性があるのでダメ、という警告が発せられています。実際にこの催奇形性のリスクはどの程度かを知るためにリスク評価を行いました。毒性情報の読み方のポイントを示しながら解説します。
農薬の残留基準値を超過した際に健康影響を判断するための3つのステップ
農薬の残留基準値を超過したニュースを例に、健康影響を判断するステップとして以下の3つを紹介します。1.農薬評価書を活用して農薬の毒性、無影響量などを調べる2.影響が出るまでどの程度その食品を食べる必要があるのかを計算する3.リスクを評価し、そのリスクが受け入れられるかどうかを考える「基準値の〇〇倍!」という数字から判断できることはほとんどないことがわかります。

コメント

タイトルとURLをコピーしました