天然物による健康影響は原因特定が難しい:謎の腎臓病を引き起こした物質の事例

natural-mistake 化学物質

要約

小林製薬が製造した紅麹サプリメントによる腎臓疾患が報告されましたが、天然物による健康影響は原因物質の特定が非常に困難です。腎臓病を引き起こした類似の事例として、ヨーロッパのバルカン地方で発生した謎の腎臓病の原因物質を特定するに至るまでの興味深い出来事を紹介します。

本文:天然物による健康影響は原因特定が難しい

小林製薬が製造した紅麹サプリメントによる腎臓疾患が報告されたの2024年3月22日でした。本記事を書いている4月4日の時点で死者5人、入院196人という数字が報告されています。

厚生労働省:健康被害情報

健康被害情報
健康被害情報について紹介しています。

紅麹サプリメントの効果と副作用はどのようなものかは以下の記事が非常によくまとまっています。英語の記事ですが右クリックで簡単に翻訳できます。

WebMD.com: Red Yeast Rice

Red Yeast Rice and Cholesterol
Red yeast rice is known to reduce cholesterol. Know why the FDA banned a few supplements containing its extract and why more research is nee...

紅麹菌によって発酵させた米から抽出したエキスはコレステロール値の改善に効果があると言われています。これはモナコリンKという成分によるもので、コレステロール値を改善する医薬品であるロバスタチンと同じ構造をしています。

ただし、シトリニンという物質が生成することによる腎臓病のリスクがあることも知られています。
(小林製薬の製品ではシトリニンが生成していないことが確認されています)

その後、健康被害が出た製品のロットから青カビに由来する「プベルル酸」が見つかりました。ただしこのプベルル酸が原因かどうかはまだ不明です。

このような天然物に由来するサプリメントや健康食品などによる悪影響の原因物質を調べるのは非常に難しいものです。天然物にはどんな成分がどのくらい含まれているのかそもそもよくわかっていないからです。

今回のような天然物による腎臓病の事例として有名なのがアリストロキアという植物によるアリストロキア酸腎症です。本記事では、天然物による健康影響は原因特定が難しいという事例として、この謎の腎臓病にまつわる出来事を解説します。

天然物と人工物はどっちが安全か?

天然物と人工物はどちらが安全でしょうか?イメージ的には、天然物は安全で人工物はキケンな感じがします。天然物なので安全です、という宣伝文句で売られているような商品もたくさんあります。ただし、天然物はさまざまな多数の物質の集合体であり、その成分がわかっているものは一部のみです。それ以外のほとんどの構成成分はわかっていません。

そのわかっていない成分の中には毒性を持つものもたくさんあります。普通に食べている分には量的に微量なので特に問題なかったりします。ただし、それを抽出・濃縮して健康食品、サプリメントとして商品化された場合、普通では食べられないような量の成分を摂取してしまうことになります

その結果、普通に食べていても大丈夫なものでも健康に悪影響が出てしまうこともあるでしょう。つまり、長年の食経験があるから安全というわけではないのです。

また、食べてすぐ、ただちに影響があるものはその原因も比較的わかりやすいほうですが、その逆、長期的に食べ続けて初めて影響が出るものの場合はその原因を解明するのは著しく難しくなります。

人工的に合成された成分を医薬品、農薬、添加物などに使用する場合には、事前に多くの安全性試験の結果からリスク評価が行われ、通常使用した場合に安全が確認されたものだけが販売されることになります。安全性試験の中には長期の試験も含まれており、ただちに影響がないものであっても慢性影響について評価されます。

トクホ(特定保健用食品)についても国によって効果や安全性が評価されています。それに比べると紅麹サプリのような機能性表示食品は、そのような安全性審査の制度がなく事業者による評価のみとなります。国際的な試験ガイドラインに準拠した試験結果のセットを揃える必要もありません。

人を対象とした臨床試験も行われることがあります。数十人を対象とした試験により効果や安全性を検証した、という試験が多いです。中には以下で指摘されているような問題のある方法で行われた試験もあります。

その食品を食べた人と食べない人の間でコレステロールが減ったなどの差が本当に意味のある差なのかどうかを調べる必要があり、統計的に意味のある差がついたときに「有意差がある」と言います。

上記の業者は有意差が出なかった(効果がないと判定される)場合に、有意差が出るまで何度でも試験を繰り返すという内容の宣伝をしています。何度も繰り返せば偶然に差が出ることもあるため、こういうやり方は禁じ手となっています。
(現在はこの有意差保障プランはなくなったようです)

原因不明の腎臓病

次に天然物による腎臓病の事例と、その原因解明が非常に困難だったことについて解説します。参考文献は「ナチュラルミステイク」という本です(詳細は最後の補足参照)。

アリストロキア(Aristolochia属、ウマノスズクサ属)はハーブとして長い歴史を持つ植物で、長年安全であると思われてきました。ところが、二つの偶然の出来事が重なってこの物質の腎臓への毒性が知られるようになったのです。

一つ目の出来事とは、1920年代あたりからヨーロッパのバルカン地方で珍しい腎臓病(通称バルカン腎症)が発生したことです。この腎臓病はバルカン地方の中でも特定の小さな農村部でのみ見られ、なんらかの有害物質の影響が考えられました。

最初はブルガリアの農村にて特定されましたが、のちにユーゴズラビアやルーマニアでも同様の腎症が見つかり、少なくとも25000人がこの腎症を発症したとのことです。

しかしながら50年にわたって原因特定の研究が続けられたにもかかわらず、その原因物質は不明のままだったのです。最初はウイルス、化学物質汚染、カビ毒、セレン欠乏症、重金属などが疑われました。

もう一つの出来事は1990年代にベルギーで発生したハーブによる腎臓障害です。痩せる薬として漢方薬を使用した100人以上に重度の腎不全が見られました。これらの患者の多くは腎臓移植または人工透析が必要となったのです。

漢方薬を分析したところアリストロキア酸が含まれることがわかり、Aristolochia fangchiという植物が漢方薬に誤って使用されたことが原因であることがわかりました。よってこの腎症は漢方腎症と名付けられました。

本来はAristolochia fangchiではなくStephania tetrandraというつる性の植物が使用されるはずだったのです。この2種の外観は似ても似つかないものですが、後で説明するように漢方としての呼び名が似ていることから間違ったようです。

もう一つ重要なことはバルカン腎症と漢方腎症の症状がよく似ていることでした。この類似性から、バルカン腎症の患者が食べていた小麦がアリストロキア酸に汚染されていることがわかりました。小麦畑に雑草として生育していたAristolochia clematitisの種子が小麦に混ざっていたのです。

これらの二つの出来事が重なったことでバルカン腎症と漢方腎症は同じものとみなされ、アリストロキア酸腎症と呼ばれるようになりました。

アリストロキア酸腎症は日本でも

さて、ベルギーの漢方腎症の患者についてはその後も追跡調査が行われ、その結果尿路上皮がんの発生率が非常に高いことがわかりました。そして、アリストロキア酸を用いた動物実験などから強力な発がん性を持つこともわかったのです。

国際がん研究機関(IARC)もアリストロキア酸についてグループ1「ヒトに対して発がん性がある」と分類しています。現在日本ではアリストロキア酸を含む生薬は製造が禁止されています。

このようなことがわかってきたおかげで、世界中でアリストロキア酸を含んだハーブ製品による腎症や尿路上皮がんなどの健康障害が明らかとなりました。そして日本でも同様の症例が見られています。特に以下の論文では関西地方で続出したことが報告されています。

田中ほか (1997) 関西地方におけるChinese herbs nephropathyの多発状況について. 日本腎臓学会誌, 39(4), 438-440

関西地方におけるChinese herbs nephropathyの多発状況について
J-STAGE

その後国による注意情報が以下のように出されました。サイシン(細辛)、モクツウ(木通)、ボウイ(防已)、モッコウ(木香)が注意を要する生薬として書かれています。これらは日本で流通しているものは大丈夫ですが、中国でアリストロキア酸を含むものが同じ名前で呼ばれていたりするので注意が必要なのですね。

厚生労働省:医薬品・医療用具等安全性情報No.161(平成12年7月号)

医薬品・医療用具等安全性情報 No.161
医薬品・医療機器・再生医療等製品の承認審査・安全対策・健康被害救済の3つの業務を行う組織。

このような注意喚起の後も以下の論文のような症例が報告されています。服用していた漢方薬を分析したところアリストロキア酸が検出されたことで判明しました。

藤村ほか (2005) 民間療法によって末期腎不全に至ったアリストロキア酸腎症の例. 日本腎臓学会誌, 47(4), 474-480

民間療法によって末期腎不全に至ったアリストロキア酸腎症の1例
J-STAGE

本症例の薬剤は中国からの輸入品を袋詰めにして「漢ボウイ(漢防已)」として販売されていた。これを血清尿酸値を下げる目的で患者自身が一般の漢方薬局店にて購入した。アリストロキア酸を含有する「広防已」(ウマノスズクサ科)と本来の「漢防已」(和名;オオツヅラフジ)が混同されて輸入販売されてしまったと推測される。

ということで、天然物を原料とするものは長い歴史があるものでも安全とは限らず、さらに歴史があるゆえに疑われにくく、原因究明が困難になってしまいます。健康食品やサプリメントなど、天然物由来のものであっても医薬品や農薬などで行われているような厳格な安全性評価が必要であることを示しています。

まとめ:天然物による健康影響は原因特定が難しい

小林製薬が製造した紅麹サプリメントによる腎臓疾患が報告されましたが、天然物による健康影響は原因物質の特定が非常に困難です。腎臓病を引き起こした類似の事例としてアリストロキア酸腎症があります。バルカン地方で発生したバルカン腎症とベルギーで発生したやせ薬による漢方腎症の類似性から原因物質が特定されました。

補足

ナチュラル ミステイク-食品安全の誤解を解く-

https://www.amazon.co.jp/dp/4904397088/

天然物が安全というわけではないということが主な内容です。良い本だと思いますが、事例や規制などが海外の話なのでなかなかとっつきにくい本だとも思います。今回紅麹サプリの健康影響が発生してから、同様の事例はないものかとこの本を読み返していたときにアリストロキア酸腎症の話を見つけました。

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