要約
Google Trendsを用いて農業と環境リスクのトレンド(環境保全型農業、環境リスクの要素、環境保全に向けた最新技術のトレンド)を眺めました。「みどりの食料システム戦略」の策定や一部の環境ブームの盛り上がりにもかかわらず、環境保全型農業に関する注目度は下がってきているのが現実です。
本文:農業と環境リスクのトレンド
農業と環境は相互依存的な関係にあります。農業とは生物資源を有効利用する行為であるため生物多様性の保全が重要になり、気候が変われば農業生産は大きな影響を受けるためその防止が重要です。反対に、農業で使用する農薬・肥料などが水系に流出すれば生物多様性への影響が懸念されますし、農業由来で発生するメタンガスや一酸化窒素などが気候変動を加速します。
このような農業と環境の関係は非常に重要なトピックであり、今年になって農林水産省が策定した「みどりの食料システム戦略(以下、みどり戦略)」などにつながっていくわけです。
本ブログでもこのみどり戦略において掲げられている「化学農薬(リスク換算)50%減」について解説した記事を書きました。これは現在非常に人気のある記事になっています。
ただし、一部でこのようなトピックでの盛り上がりがあるのは事実ですが、現実に世の中の関心が大きく高まっているのか?となるとかなり疑問なところがあります。そこで、本記事ではいつものsns定点観測の手法を用いて世の中の注目度の長期トレンドを探ってみたいと思います。
具体的には、Google TrendsというGoogleの検索履歴ビッグデータを活用するツールを用いて、2004年以降の各種キーワードの検索数の推移を見ていきます。検索数の推移が世の中の注目度の推移とここではみなします。有機農業などの農法、農薬や肥料などの環境リスクの要素、ドローンやAIなどのみどり戦略で期待されている最新技術、という3つに分けてデータを見ていきましょう。
環境保全型農業のトレンド
まずは環境保全型農業のトレンドを見ていきます。環境保全型農業には、堆肥施用による土づくり&土壌炭素の蓄積、農薬や肥料の低減による生物多様性の保全などがあります。
制度としても有機農業や特別栽培、エコファーマー制度などがあります。有機農業は有機JASの認証制度があり、特別栽培は慣行と比べて農薬や肥料を50%削減した栽培方法、エコファーマーは都道府県ごとに認定される環境保全型農業に取り組む農業者のことです。
これらのキーワードの検索数トレンドを以下に示します。縦軸は実際の検索数ではなく、この検索の中での検索数の最大値を100とした場合の相対値です。
どんどん盛り上がっているのかと思いきや、その逆であることがわかりますね。特に2010年あたりまでとそれ以降とで大きなトレンドの違いが出ています。「環境保全型農業」、「有機農業」、「特別栽培」、「エコファーマー」の全てのキーワードで2010年以降は注目度が減っています。ただし、2021年の有機農業はその前の数年間と比べると少し増加しているように見えます。これはみどり戦略の影響があったのでしょう。
有機農業の取組面積は農林水産省の「有機農業をめぐる事情」という資料に見ることができます。有機JAS認証を取得している農地は農地全体のわずか0.2%程度で頭打ち状態になっています。認証を取得していない有機農業(認証していないなら何をもってかは?)は増加傾向にありますが、合わせても0.5%程度です。
同じ資料の中で特別栽培農産物は12万haと書かれており、換算すれば2.3%程度になります。こちらは推移がわかりません。
エコファーマーの認定者数の推移も調べたところデータがあったのでグラフにすると、検索数の推移と同様に2010年あたりをピークとしてその後下がり続けていることがわかります。
このように、一部の盛り上がりとは逆に世の中全体では別に盛り上がっていない、という「隠れたホンネ」が浮かび上がりました。
環境リスクの要素のトレンド
次に環境リスクを構成する要素のトレンドを見ていきます。環境リスクの要因としては農薬や肥料があり、影響を受けるものは気候変動や生物多様性です。これらのキーワードの検索数トレンドを以下に示します。
農薬に関しては毎年6月に検索ピークがきます。そして、2012~2015年あたりは低くなっていますがその後は増加傾向に転じます。2013~2014年の境目にピーンと急なピークが見られますが、これはアクリフーズ農薬混入事件(冷凍食品に殺虫剤マラチオンが混入された事件)があった時ですね。
肥料に関しては農薬と同様に季節変動があり毎年5月にピークがきます。長期トレンドも農薬と同様で、一旦下がった後に2015年あたりからまた増加傾向にあります。
農薬や肥料への注目度は全く減っていないようです。両者ともに季節変動が大きいのですが、消費者側の注目度が季節変動するとは考えにくいので、主に使う側の検索数が影響していると考えられます。
生物多様性については本ブログの過去記事でも紹介したとおり、2010年の名古屋会議(生物多様性条約第10回締約国会議)のあたりをピークとして世間の関心はダダ下がりです。
これでは農薬・肥料の投入を減らして生物多様性を保全しようという動きは鈍いままとなるでしょう。世の中のホンネは農薬・肥料をしっかり使って生産を重視したいということです。
気候変動に関しては2012年あたりからしばらく低空飛行が続いていましたが、2019年を境に注目が上がりはじめます。このグラフでは見えにくいですが、2019年の9月に大きなピークがあるのです。
2019年9月23日の国連気候行動サミットにおいて、スウェーデンの活動家グレタ・トゥーンベリさん(当時16歳)による怒りの演説が話題となったことが関係しているのでしょう。トレンドの変化は明らかにこれが潮目になっており、グレタさんの影響力を認めざるを得ません。
最新技術のトレンド
冒頭に挙げたみどり戦略では、最先端技術を用いて解決!という考え方が強く出ています。その実現性は置いておいて、期待されている技術の注目度も見ていきましょう。
ドローンによる農薬のピンポイント散布、人工知能(AI)を用いた病害虫の発生予察、除草ロボットやアシストスーツによる負担軽減、ゲノム編集による育種などが挙げられています。これらのキーワードの検索数トレンドを以下に示します。
ロボットそのものは新しい技術というわけでもないので、もともと注目度は高いのですが、2014年までは減少傾向になり、そこから横ばいになっています。安定したニーズがあるものと思われます。
ドローンは2014年あたりから上昇してきます。2015年に大きなピークがあるのは、この年の4月に首相官邸に放射性物質を積んだドローンが落下した事件が発生したためです。この時点でドローンの規制が整備されておらず、新たな技術にともなう新たなリスクが指摘されました。その後も注目度は増加傾向にあります。
人工知能についてはこれも以前からあったものではありますが、再度ブームに火が付いたのは2014年あたりからです。ただし、ピークは2016-2017年あたりで、そこから先はもう減少傾向にあります。人工知能が廃れたというわけではなく、特に画像認識などの分野ではあたり前の技術になったとも言えるでしょう。
ゲノム編集は2020年にノーベル賞もとっており非常に有用な技術ですが、世間の注目度はまだ上がってきていないようです。おそらく「遺伝子組み換え技術」の枠内として認識されており、その中の一つの手法ぐらいの認識にとどまっているのではないでしょうか。
まとめ:農業と環境リスクのトレンド
Googleの検索履歴ビッグデータを用いて農業と環境リスクのトレンドを眺めました。「みどりの食料システム戦略」の策定や一部の環境ブームの盛り上がりにもかかわらず、環境保全型農業に関する注目度は下がってきているのが現実です。環境問題解決の切り札とされる最新技術についても注目度は伸び悩んでいるという結果が得られました。気候変動についてはグレタさんの活躍などもあって再び注目度が上がっており、今後の動向も気になるところです。
補足
みどり戦略ではSDGs(Sustainable Development Goals)についても大きく取り上げられています。SDGsの検索トレンドを以下に示します。
2018年ころからグググっと伸びています。まだまだ天井知らずな伸び方をしていますね。SDGsも17の目標同士がトレードオフになるような場合もあるので(目標7のエネルギーをみんなにと目標13の気候変動対策、目標2の飢餓ゼロと目標15の陸の豊かさなど)、それぞれを別個に見ていても実現が難しくなります。
また、GAP(Good Agriculture Practice)は食品安全、環境保全、労働安全を目標として農場が取り組むリスクマネジメントです。環境保全型農業はまずはGAPを基本として考えるべきです(GAPができてから他のことに取り組むべき)。この検索トレンドも示してみましょう。
毎年冬にピークがきますが、2014年以降は徐々に減少傾向にあります。やはりGAPと言えばパーカーやトレーナー、タートルなので冬の売り上げが多く、近年はユニクロやZARA、H&Mに比べて伸び悩んでいると言われているトレンドをよく表していますね。ちょっとこれでは役に立たなさそうです(GAP違い)。。。
コメント