多くの人が間違って使っている言葉「予防原則」について改めて解説します

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要約

あまり理解せずに使っている例が多い「予防原則」という考え方についてまとめます。「予防原則」と「予防的アプローチ」と「未然防止」の違いについて、弱いバージョンと強いバージョンの違いについて、リスクトレードオフには対応できないこと、について解説していきます。

本文:予防原則の解説

コロナ対策は大げさにしすぎて後から「あれは大げさだったね」と笑い話にすればよいのだ!

ワクチン接種は長期的な悪影響がわからないのでやめたほうがよいのよ!

このように、コロナ対策における態度についていろいろな声が聞こえてきます。どちらも「疑わしき場合は危険と考えろ」、「後悔するよりも安全が第一」という「予防原則」的な考え方ですね。でもなんだか両者は矛盾しているような気がしませんか?コロナ感染拡大が手遅れになる前にワクチンを接種しよう、一方でワクチンの危険性が明らかになってからでは遅すぎる、というのは両立しませんね。

本ブログでも以前に、1970年代のアメリカにおける新型インフルエンザ対策の失敗について取り上げました。フォード政権はリスクを過大評価し100万人が死亡するという予測を立て、ワクチン接種を推し進めました。実際には死者はほとんど出ず、一方でワクチン接種者のギランバレー症候群の発症率が10倍になりました。

なぜコロナウイルスのリスクについて「俺は最初から知っていた」論者が後から湧いて出てくるのか?予測のリスク学その2
人の記憶は結果がわかってから「最初からそうだと思っていた」というように都合よく置き換わるバイアスがあります。なので、コロナ対策のように不確実な状況での決定をたまたま成功しても失敗しても必然的に(能力が高い/低いから)そうなった、という評価をしてしまいがちです。

どちらの態度においても「予防原則」という言葉が軽々しく使われていて、あまりきちんと理解されないままに言葉が一人歩きしているような印象を受けます。

そこで本記事では、今改めて予防原則について解説してみようと思います。まず予防原則と類似の概念との違い、弱いバージョンと強いバージョンの違い、リスクトレードオフには対応できないこと、の順で解説していきます。

「予防原則」と「予防的取り組み」と「未然防止」は異なる

まずは「未然防止」という考え方から始めましょう。

「未然防止」とはリスクが明らかなものに対してそれが顕在化する前に防止することです。酒を飲んだら運転しない、塩辛いものはほどほどにする、危険な地域で夜一人で出歩かない、などはリスクを上昇させることがわかっていることについて被害を未然に防止するための行動になります。

化学物質規制においても未然防止の考え方が基本になります。例えば農薬の生態リスクについては、「生活環境動植物の被害防止に係る農薬登録基準」が設定され、このリスク評価をクリアしなければ製造・販売・使用等ができません。とりあえず使ってみて何らかの被害が出たら禁止にしようか、という考え方ではないのです。

環境省_農薬登録基準について

影響が出てからでは遅すぎるという考え方であり、普通に常識的な考え方になりますね。

次に、「予防原則」と「予防的取り組み」はリスクがあるかどうか不明な場合でも対策をするべきという考え方で、「未然防止」とは異なります。

予防原則的な考え方は1970年あたりのドイツの環境政策における事前配慮原則(Vorsorgeprinzip)あたりを出発点としているようです。

現在日本でもっとも浸透している定義は1992年のリオ宣言に見られます。これは「深刻な、あるいは不可逆的な被害のおそれがある場合には、完全な科学的確実性の欠如が、環境悪化を防止するための費用対効果の大きい対策を延期する理由として用いられてはならない」というものです。

しかし、ここで使われている言葉は「Precautionary Approach」であってこれは日本語にすれば「予防的取り組み」になります。一方で、欧州で使われている予防原則は「Precautionary Principle」です。

予防原則「Precautionary Principle」という言葉が使われている1998年のウイングスプレッド宣言では「ある行為が人間の健康あるいは環境への脅威を引き起こす恐れがある時には、たとえ原因と結果の因果関係が科学的に十分に立証されていなくても、予防的措置がとられなくてはならない」と書かれています。

予防原則に関するウィングスプレッド会議/声明

リオ宣言の中身を「予防原則」と言う人が多いのですが、「予防原則」と「予防的取り組み」は区別したいものです。では両者はいったいどこが違うのでしょうか。

予防的な取り組みも予防原則も、科学的に不確実であっても対策を講じるところまでは同じです。文面的には、対策が費用対効果の大きい場合に限るかどうか、という違いがあります。さらに以下の資料によると、前者は科学的なリスク評価を尊重するのに対し、後者は科学的なリスク評価より政治的な判断を尊重する、という違いがあります。

化学物質と環境円卓会議(第8回)資料2-2予防的な取組方法と予防原則に関する国際会議等における議論の状況(早水さん講演資料):予防的な取組方法と予防原則に関する国際会議等における議論の状況

化学物質と環境円卓会議(第8回)議事要旨

ただし化学物質のリスク評価では、ケースによってデータの揃い具合などの不確実性の違いが大きいので、未然防止と予防的取り組みの間の線引きはあいまいな部分もあります。

予防原則には弱いものから強いものまで段階がある

ここでは予防原則には弱いバージョンから強いバージョンまでいろんなものがあるということを解説します。単純に「疑わしいものを罰する」という強硬措置のイメージが変わってくるでしょう。

例えば、発がん性のある化学物質のリスク評価・管理を考えてみましょう。農薬では動物実験で発がん性が認められれば、その農薬は使用できません。これはADI(許容一日摂取量)が決定できず、残留農薬基準値も設定できないからです。人間を使って人体実験はできませんが、ヒトにおける発がん性の証拠がなくても規制できるということを意味します。

これだって立派な予防原則(不確実であっても予防的措置をとる)ではないでしょうか。こういう弱いバージョンの考え方に対して反対する人はあまりいないでしょう。

次に、発がん性物質のリスク評価で用いる線形閾値なしモデルを考えてみます。これは、実験的に(疫学的に)影響が検出できない低い曝露量における発がん確率について、原点に向かって外挿する直線を引いて計算する、というモデルです。(線形閾値なしモデルの詳細については過去記事を参照してください)

東日本大震災から10年。放射性物質のリスク評価・管理を振り返る:その1 リスク評価編
東日本大震災による原発事故後の放射性物質の許容量と基準値の根拠について整理しました。緊急時と平常時、内部被ばくと外部被ばくという軸の組み合わせで4つの許容量があり、それぞれ別々のロジックにて決まっています。許容量が決まれば後は、実効線量換算係数などのパラメータを使って食品中濃度に換算することで、食品中放射性物質の基準値が決まります。

これについても、基本的にリスクを過大評価するような考え方となっています。つまり、不確実な場合にはリスクを過大に見積もって判断する、という科学というよりもポリシーに近いプラクティスになっています。これだって立派な予防原則的考え方です。

このような弱いバージョンを考えると「予防原則」と「予防的取り組み」の間の線引きはだんだんとあいまいになり、単に言葉の違いだけになってきます。そういう場合であっても欧州が「原則(principle)」という言葉を好み、一方で日本やアメリカは「原則」という言葉は強すぎるので「取り組み(approach)」という言葉を好む、などの違いがあります。

一方で、もっとも極端な強いバージョンを考えてみましょう。例えば、北朝鮮は核兵器を開発している危険な国であるため、実際に他国に被害を与えるかどうかはわからないが先制攻撃が正当化される、などの考え方になります。また、危険そうな奴は実際に犯罪を犯すかどうかはわからないが予防原則で事前に逮捕して拘留できる、などの論も予防原則の暴走バージョンとなるでしょう。国がこんなことをやりだすと、どんどん専制的な国になっていきます。こんな国に住みたいとは思いませんね。

もちろん日本の刑事裁判では「疑わしきは罰せず」が原則であり、予防原則とは正反対です。どこまでの範囲で予防原則が適用されるべきか?どこまでの強さの予防原則が適用されるべきか?このような線引きを明確にすることなく予防原則を振り回す人は、危険な思想の持ち主と思われても仕方ありません。

予防原則はリスクトレードオフに対応できない

続いて、予防原則の考え方はリスクトレードオフに対して無力あることを覚えましょう。リスク管理ではほとんどの場合に「あちらを立てればこちらが立たぬ」というリスクトレードオフを考慮する必要があります。

以前に本ブログでも記事にしましたが、2013年のEUのネオニコチノイド系殺虫剤の規制はまさしくこのような例となりました。ネオニコチノイド系殺虫剤のミツバチに対するリスク評価は不確実性が高く、かなり安全側に偏った評価をベースに規制が行われました。その際に他の殺虫剤とのリスク比較は行われず、規制対象だけに予防原則が適用されました。その結果リスクが減るどころか増えてしまったてん末については過去記事をご覧ください。

オランダの政策評価書から明らかになったネオニコチノイド系殺虫剤禁止後のリスクトレードオフ
欧州でネオニコチノイド系殺虫剤が規制されましたが、その後のリスク低減効果について、オランダが公表した政策評価書の内容を紹介します。規制の当初から指摘されていたこと(ネオニコチノイド系殺虫剤を禁止しても他の農薬に切り替えるだけでリスクは減らない)が現実になったことが明らかとなっています。

本来であれば、代替となる殺虫剤にも予防原則を適用しなければ一貫性がありません。そうなると代替の殺虫剤について「リスクが上がるかどうかはわからないが予防原則を適用してネオニコチノイドを禁止することはできない」となってしまいます。つまりリスクトレードオフ関係にある両者に同時に予防原則を適用すると、何もできなくなってしまうのです。

労働環境における化学物質管理においても、安易な物質代替によって同じような問題が起こっていますが、これについても過去記事で解説しています。

化学物質の安易な代替によるリスクトレードオフは職場の化学物質管理でも大きな課題となっている
有害性が判明して規制された化学物質から、有害性情報がほとんどないため規制されていない化学物質への安易な代替によるリスクトレードオフは、職場の化学物質管理においても発生しています。そこで本記事では労働安全衛生法による職場の化学物質管理の見直しの方向性について解説します。

他にもいろいろと例を挙げてみましょう:

  • マイクロプラスチックの原因となるペットボトルを禁止すれば、衛生的な水を安全に運べる手段がなくなり、水由来の感染症が増加するかもしれない
  • 原子力を禁止すると石炭火力が増え、大気汚染が進行して健康被害が起こるかもしれない
  • 大量破壊兵器を持っているかもしれないイラクを先制攻撃すると戦争でより多数の死者が出るかもしれない
  • コロナ感染防止のためロックダウンをすれば運動不足で健康に影響が出るかもしれない
  • ワクチンを推奨から外せばワクチンによって予防できたはずの病気で亡くなってしまうかもしれない

このように、前者に予防原則を適用するなら、後者の「~かもしれない」のほうにも同時に予防原則を適用しないのはおかしいのです。そして後者にも予防原則を適用すれば前者の規制などができなくなり、結局のところ何もできなくなります。

自分の「キライなもの」にだけ予防原則を適用するのは、「俺は〇〇がキライ」と言っているのと何も変わりません。不確実な部分が大きい場合であっても、すでにわかっている知識を最大限活用してリスク評価を行い、意思決定に役立てようとするレギュラトリーサイエンスの考え方が結局のところ必要になります。

まとめ:予防原則の解説

「予防原則」と「予防的アプローチ」と「未然防止」は線引きがあいまいな部分もありますが、それでも用語は分けて使うべきです。「予防原則」はリスク評価よりも政治判断を重視する立場です。また、予防原則にも弱いものから強いものまであり、どこまで受け入れるべきかについての線引きが必要です。さらに、リスクトレードオフ関係にある両者に同様に予防原則を適用してしまうと何もできなくなるということに留意が必要で、自分の嫌いなものだけに適用すると一貫性がなくなります。

補足

本記事は下記の本を参考にして書きました。

恐怖の法則: 予防原則を超えて キャス サンスティーン著

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