要約
自殺のリスク評価の第1回として、年代別の自殺リスクについてまとめます。自殺リスクはかつては高齢者が高かったのですが、若者ほど増加傾向で高齢者ほど減少傾向となっています。また、リスク指標として死亡率で見るか、損失余命で見るかで結果が大きく変わります。
本文:自殺リスクは若者ほど増加傾向で高齢者ほど減少傾向
今回は自殺のリスク評価について2回連続で書いていきたいと思います。その1では年代別の自殺リスクについてまとめ、その2では職業別の自殺リスクについてまとめます。
自殺というと、以前は高齢者が健康問題を苦にして自殺する人が多い、というイメージでした。以下のニュースを見ると、がんと診断された患者は自殺するリスクが高くなることが示されています。
時事通信:がん患者自殺リスク1.8倍 107万人を2年間追跡調査―「診断後早期の対策を」・厚労省研究班
高齢化が進んでいるので総数としては今でもこのような例は多いままではありますが、自殺をリスクで考えると、またイメージがガラッと変わってきます。本記事ではどのようにイメージが変わるのかを実際に示していきます。
特に以前と比べると、自殺リスクは若者ほど増加傾向で高齢者ほど減少傾向であり、自殺は高齢者の問題から若者の問題に変化したことがわかります。自殺リスクは幸福度の指標の一つになりますので、高齢者の幸福度が上がった一方で若者の幸福度が下がったことがうかがえます。
自殺リスクは若者ほど増加傾向で高齢者ほど減少傾向
本ブログのRiskTools(各ページの上部にリンクがあります)にはリスクの経年変化をグラフで表示する機能があります。この機能を使って、年代別の自殺リスク(人口10万人あたりの年間死者数)の推移を見ていきましょう。
まずは男性の場合が以下の図になります。10代、20代は増加傾向にあることがはっきりとわかりますね。30代、40代は傾向としてははっきりしません。50代以上では減少傾向にあることがわかるでしょう。特に80代では非常にはっきりしています。
次に女性の場合は以下の図のようになります。10代の増加傾向は男性に比べてものすごいはっきりしています。20代も増加傾向で、30代と40代は明確ではありませんが増加しているように見えます。50代以上になると減少傾向に変わります。70代と80代の減少傾向は男性に比べて非常にはっきりしていますね。
つまり、自殺リスクは若者ほど増加傾向で高齢者ほど減少傾向にあることがはっきりとしており、それは男性よりも女性のほうでより明確であることもわかりました。
次に、同じ年における自殺リスクの年代差について整理してみましょう。これもRiskToolsの機能を使います。
まずは男性の場合は以下の図のようになります。1995年の時には基本的に高齢になるほどに自殺リスクは上昇していました。もう一つのポイントは50代に一度ピークが来ることです。家族を抱えて経済問題に苦しむ年代だからでしょうか。私たちの自殺のイメージ(自殺=高齢者の問題)はまさにこのような時代に作られたものと言えますね。
これが2020年になると大きく様変わりします。85歳以上が最も高いことは変わりませんが、それ以外の年代は20代以上で大きく変わりません。自殺リスクは若者ほど増加して高齢者ほど減少した結果、現在はこのような状況に変わったのです。
次に女性の場合は以下の図のようになります。1995年の時には高齢になるほどに明確に自殺リスクが上昇し、男性のように50代のピークもありません。男性のように経済的に家族を支える必要がないからでしょうか?
そして2020年になると、男性と同じように年代差の傾向が消えてしまっています。一番自殺リスクが高いのは20-24歳となりました。これはかなり衝撃的な変化で、男性よりも変化が大きく見えます。私たちの知識もアップデートが必要ですね。
損失余命で考える自殺リスク
自殺リスクは若者ほど増加傾向で高齢者ほど減少傾向であることがわかりました。また、年代別の自殺リスクを見ると、以前は高齢者に偏っていた年代差がほとんどなくなってしまいました。
将来ある若者の自殺が増えるということは、余命の損失がより大きくなることを意味します。そのため、自殺リスクを考える際には死亡率(人口10万人あたりの年間死者数)ではなく、損失余命で見る必要があると考えられます。
損失余命の計算方法については本ブログの過去記事で説明してありますので、詳細はこちらをご覧ください。
本記事では1995年と2020年の自殺による損失余命を比較してみましょう。計算には当該年度の生命表、年代別の人口、年代別の自殺による死者数のデータが必要です。2020年の生命表は第23回生命表、1995年の生命表は第18回完全生命表を使用しました。自殺による死者数は、人口動態統計->死亡->年->上巻 死亡 第5.15表を使いました。
死亡率で見た場合の自殺のリスクは1995年で「人口10万人あたり年間死者数として17.2人」であり、2020年で「人口10万人あたり年間死者数として16.4人」であり、1995年と比べて5%程度減少しています。
ところが、損失余命で見た場合には、1995年で人口10万人あたり496年、2020年で人口10万人あたり535年であり、1995年と比べてむしろ8%も増加しています。
年代別で見ると以下の図のようにさらに顕著に差が出てきます。1995年の時には20代と50代に二つのピークが見られ、50代のピークのほうが大きくなっています。一方で2020年になると、ピークは20代の一つだけとなり、しかも圧倒的に若者に偏重していることがわかります。
政府の自殺対策は何をリスク指標とするべきか?
このように、リスクの指標を何にするかによって、リスクの見え方もかなり変わってくることがわかります。自殺対策においても、何をリスク指標とするかによって、対策の方向も変わりゆくことでしょう。
損失余命で考えれば自殺は若者の問題としてとらえるべきとなります。厚生労働省の自殺対策のWEBサイトを見ると、実際に政府の対策もこども・若者を対象とした取り組みが強化されていることがわかります。
厚生労働省:自殺対策
ただし、以下のサイトでは「小中高生の自殺者数は、近年増加傾向が続き、令和4年は過去最多となり、深刻な状況です。」と書かれており、自殺者数の推移が掲載されています。これは本来自殺者数ではなく自殺リスク(死亡率)で表示すべきでしょう。こどもの数自体(分母)がどんどん減っているので、自殺者数(分子)だけで考えると自殺リスクの上昇を過小評価してしまいます。
厚生労働省:政府全体でこども・若者の自殺防止に向けた取組を強化します
また、政府は「自殺総合対策大綱」を策定して、定期的に見直しをはかっています。最新の第4次自殺総合対策大綱は令和4年に閣議決定されました。以下の4つが新たな柱となっており、こども・若者対策が前面に出ています。
①子ども・若者の自殺対策の更なる推進・強化
厚生労働省:「自殺総合対策大綱」のポイント
②女性に対する支援の強化
③地域自殺対策の取組強化
④総合的な自殺対策の更なる推進・強化
https://www.mhlw.go.jp/content/001000843.pdf
そして、数値目標として令和8(2026)年までに平成27(2015)年比で30%の減少を目指しています。
誰も自殺に追い込まれることのない社会の実現を目指すため、当面は先進諸国の現在の水準まで減少させることを目指し、令和8年までに、自殺死亡率(人口10万人当たりの自殺者数)を平成27年と比べて30%以上減少させることとする。 ※旧大綱の数値目標を継続
厚生労働省:「自殺総合対策大綱」のポイント
(平成27年:18.5 ⇒ 令和8年:13.0以下)
https://www.mhlw.go.jp/content/001000843.pdf
ここでは指標として死亡率(人口10万人あたりの自殺者数)が使われており、自殺者数を使うよりはマシになっています。ところが、上記で1995年~2020年にかけて自殺の死亡率は5%減少したのに損失余命は8%も上昇したことを示しました。死亡率が減っているので状況が良くなっているように見えますが、実際には自殺者の年代構成がどんどん若者にシフトしているので損失余命は増えてしまっているのです。
政府がこども・若者の自殺対策を前面に出すなら、数値目標となるリスク指標も損失余命を使うべきでしょう。
まとめ:自殺リスクは若者ほど増加傾向で高齢者ほど減少傾向
年代別の自殺リスクについてまとめました。自殺リスクはかつては高齢者が多かったのですが、若者ほど増加傾向で高齢者ほど減少傾向となっており、現在では死亡率で見ると年代差がなくなっています。さらに損失余命で見ると若者に大きく偏重しており、全体でも過去よりも増加してきています。自殺対策においても指標として死亡率よりも損失余命で考えるべきでしょう。
次回は業種別の自殺リスクを整理して、農家は自殺リスクが高いのかどうかを考察します。
補足
損失余命を使う際に考えるべき倫理的側面については本ブログの過去記事にあります。
厚生労働省:相談先一覧
https://www.mhlw.go.jp/content/000787909.pdf
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