リスク指標としての損失余命はわかりやすい?その2:リスクのものさし損失余命版

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要約

損失余命を指標としてリスク比較する際にもリスクのものさし(一定のリスク比較のセット)があると便利です。「がん、自殺、交通事故、火事、落雷」の5つの要因の損失余命を最新(令和元年)のデータを用いて解析し、リスクのものさしとして活用できるようにしました。

本文:リスクのものさし損失余命版

前回の記事にて、コロナウイルスによる損失余命を計算してみました。

リスク指標としての損失余命はわかりやすい?その1:コロナウイルスの計算事例
コロナウイルスによる損失余命を計算してみました。死者数に加えて死亡時の年齢の情報、その時点での年齢別平均余命の情報(生命表)を基に計算すると、2020年10月14日時点(死者数1633人)で合計損失余命:18898年、死亡者1人あたり:11.6年、人口10万人あたり:15年、人口1人あたり:1.3時間という結果となりました。

この損失余命を指標としてリスクを比較する際に、リスクのものさしが必要となります。その理由は、「○○のリスクはたばこや酒のリスクよりも低いのだから許容するべきである」などのように、恣意的に比較対象を持ってきてリスクを許容させる思惑が透けてしまうのを防ぐためです。死亡率(10万人あたりの年間死者数)をリスク指標とする場合には、すでにリスクのものさしを使ったリスク比較の事例を示しました。

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のリスクを比較したいときに押さえおきたいポイント4つ。その2:リスクのものさし
リスク比較をする際には、比較対象を都合よく選んで「○○よりも小さいから気にするな」という類のメッセージを出してはいけません。それを避けるために、常に一定のリスク比較のセット(リスクのものさし)を使って新型コロナウイルス感染症のリスクを比較してみます。

ここでのリスクのものさしとは、「がん、自殺、交通事故、火事、落雷」の5つの要因を標準的なリスク比較セットとして提供するものです。

ものさし以前のそもそもの問題として、損失余命は単位がバラバラです。前回紹介したように、たばこ1本あたり12分、コーヒー1杯あたり20秒というのを比較しようにも分母が違うので比較できません。

損失余命によるリスク比較といえば、産業技術総合研究所の蒲生昌志氏による研究が有名ですが、こちらは(たぶん)1人あたりの年間ではなく生涯の損失余命になっています(例えばこちら:http://risk.kan.ynu.ac.jp/ws2001/Gamo_slide.pdf)。化学物質では生涯のリスクを計算することは普通ですが、化学物質以外のさまざまなリスクを比較したい場合、特にコロナのように突発的に出てきたエマージングリスクの場合生涯よりも年間のほうが比較しやすいと思います。

今回は損失余命によるリスク比較する際に、死亡率の比較に使用しているリスクのものさしが損失余命で使えるかどうかを試してみることにします。

がん・交通事故・火事・自殺による損失余命

まずはがん・交通事故・火事・自殺による損失余命を計算します。使用するデータは以下の通りです。最近2019年(令和元年)のデータが公開されましたので、最新のデータを使います。
人口動態調査->死亡->2019->下巻 2 死亡数,死因(死因簡単分類)・性・年齢(5歳階級)別

人口動態調査 | ファイル | 統計データを探す | 政府統計の総合窓口
人口動態調査は、我が国の人口動態事象を把握する上で重要な統計調査です。同調査は戸籍法及び死産の届出に関する規程により届け出られた出生、死亡、婚姻、離婚及び死産の全数を対象として、毎月実施されます。  人口動態調査では、一人の女性が一生の間に生む子どもの数に相当する合計特殊出生率や...

ここでは性別・年代別(5歳階級)・死因別の死者数が出てきます。年代が5歳階級なので、平均余命も5歳階級のものを用意する必要があります。前回の記事にならってこれを計算すると以下のようになります。

年代男性女性
0~4歳79.585.6
5~9歳74.680.6
10~14歳69.775.7
15~19歳64.770.7
20~24歳59.865.8
25~29歳55.060.9
30~34歳50.055.9
35~39歳45.251.0
40~44歳40.446.1
45~49歳35.741.4
50~54歳31.136.7
55~59歳26.632.0
60~64歳22.327.3
65~69歳18.222.7
70~74歳14.718.7
75~79歳11.214.4
80~84歳8.110.6
85~89歳5.77.4
90~94歳3.95.0
95~99歳2.73.2
100歳以上1.51.8

あとは、年代ごとに死者数×平均余命を計算して、すべての年代を合計します。結果は以下のようになります。

がんがん交通事故交通事故火事火事自殺自殺
死者数損失余命死者数損失余命死者数損失余命死者数損失余命
合計376411502288342791045269951659219389629785
死者1人あたり13.324.416.732.5
人口10万人あたり29839803.482.80.813.115.4499.0

死者1人あたりの損失余命は自殺>交通事故>火事>がんの順でした。自殺は若年層に多く、がんは高齢者に多いのが原因です。人口10万人あたりにすると、死者数と損失余命の順番が入れ替わるわけではなく、両者ともにがん>自殺>交通事故>火事の順番です。

落雷の損失余命

落雷は上記の統計表では不慮の事故の中に入ってしまっており、人数がわかりません。そこで、別の統計表を参照します。不慮の事故の中のさらに「X33_落雷による受傷者」という分類になります。また、落雷は年間の死者数が非常に少ないので、10年間の平均をとるために10年分を参照します。
人口動態調査>保管統計表(報告書非掲載表)->死因->2010~2019年->10 交通事故以外の不慮の事故(W00-X59)による死亡数,年齢(特定階級)・外因(三桁基本分類)・性・発生場所別

人口動態調査 | ファイル | 統計データを探す | 政府統計の総合窓口
人口動態調査は、我が国の人口動態事象を把握する上で重要な統計調査です。同調査は戸籍法及び死産の届出に関する規程により届け出られた出生、死亡、婚姻、離婚及び死産の全数を対象として、毎月実施されます。  人口動態調査では、一人の女性が一生の間に生む子どもの数に相当する合計特殊出生率や...

この表での年齢は特定階級といって、6段階のかなり大ざっぱな分類となっています。これも同様に特定階級ごとの平均余命を計算しました。

年代男性女性
5~14歳72.178.1
15~44歳51.557.2
45~64歳29.534.8
65~79歳15.018.8
80歳以上6.78.1

15~44歳という30年の幅がある分類になっています。これで平均余命を計算する意味があるのか?と突っ込まれそうですが、なにもデータがないよりはマシとみなします。

10年間で22人が落雷により亡くなっているようです。年平均で2.2人です。損失余命の計算結果は以下の通りです。死者1人あたりの損失余命は36年と自殺よりも高くなっています。(ただし、年齢の階級が大ざっぱなのと人数も少ないので偏りによる影響も考えられます)

年代死者数男死者数女損失余命男損失余命女
5~14歳01078
15~44歳52257114
45~64歳7220670
65~79歳40600
80歳以上0108
合計 10年166524270
男女計 10年22794.2
男女計 年平均2.279.4
死者1人あたり36.1
人口10万人あたり0.00170.063

ものさしによるコロナウイルスのリスク比較

これで5種類のリスクのものさし損失余命版ができました。以下に示す通り、死亡率も損失余命(10万人あたり)も順番は同じで、数字の桁もほどよくばらついていますね。

要因死亡率損失余命損失余命元データ
10万人あたり年間死者数(人/10万人)死者1人あたり損失余命(年)10万人あたり損失余命(年/10万人)
がん298133980人口動態調査(2019年)
自殺15.433499人口動態調査(2019年)
交通事故3.42483人口動態調査(2019年)
火事0.791713人口動態調査(2019年)
落雷0.0017360.063人口動態調査(2010~2019年の平均)

ここに前回の記事で計算したコロナウイルスのリスクを挟みこむと以下のようになります。注意点としては、ものさしのリスクは年間値ですが、コロナはまだ進行途中です。

要因死亡率損失余命損失余命
10万人あたり年間死者数(人/10万人)死者1人あたり損失余命(年)10万人あたり損失余命(年/10万人)
がん298133980
自殺15.433499
交通事故3.42483
コロナ(2020年10月14日)1.311.615
火事0.791713
落雷0.0017360.063

現時点では火事よりも高リスクで交通事故よりも低リスクです。死亡率よりも損失余命でみたほうが火事と同レベルに近づきます。ただし、死亡率と損失余命でリスクの判断が劇的に変化するような差ではなさそうですね。これは、ものさしはリスクの桁がばらけるように項目を選択しているのに対して、死者1人あたりの損失余命は12~36と3倍程度しか違わないからです。おそらく多くの死因の死者1人あたりの損失余命はこのくらいの範囲に収まるのではないでしょうか。

以前このブログで示したようなPFOSやホルムアルデヒドなど化学物質のリスクは、限られた情報からいろいろな推定を経てリスクを計算します。このようなリスクの大きさは感覚的には桁があっていれば大体同じですので、3倍程度の違いでも大体同じと判断します。そうすると死亡率でも損失余命でも大きく判断は変わらないものと想定されますね。

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まとめ:リスクのものさし損失余命版

「がん、自殺、交通事故、火事、落雷」の5つの要因の損失余命を最新(令和元年)のデータを用いて解析し、リスクのものさしとして活用できるようにしました。死亡率でも損失余命でも各要因のリスクの順序は同じであり、死亡率と同じように活用可能と考えられます。

次回も損失余命について書きますが、年齢による死亡の重み付けは倫理的にどのように考えるべきか(高齢者差別にはならないのか?)、について考えてみたいと思います。

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