リスク指標としての損失余命はわかりやすい?その3:損失余命の倫理的側面を考える際の3つの視点

by age リスク比較

要約

損失余命をリスク指標として使う場合、若者が1人亡くなるのと高齢者が数人亡くなるのが同じ程度のリスクと計算されます。このようなエイジズム(年齢による差別をすること)にはどのような倫理的側面があるのかを3つのタイプのエイジズム(健康最大化、生産性、フェアイニングス)から考えてみます。

本文:リスク指標としての損失余命の倫理的側面

前回までに損失余命に関する記事を二つ書いてきました。まず、コロナウイルスによる損失余命を計算し、比較のためのリスクのものさしを用意しました。

リスク指標としての損失余命はわかりやすい?その1:コロナウイルスの計算事例
コロナウイルスによる損失余命を計算してみました。死者数に加えて死亡時の年齢の情報、その時点での年齢別平均余命の情報(生命表)を基に計算すると、2020年10月14日時点(死者数1633人)で合計損失余命:18898年、死亡者1人あたり:11.6年、人口10万人あたり:15年、人口1人あたり:1.3時間という結果となりました。
リスク指標としての損失余命はわかりやすい?その2:リスクのものさし損失余命版
損失余命を指標としてリスク比較する際にもリスクのものさし(一定のリスク比較のセット)があると便利です。「がん、自殺、交通事故、火事、落雷」の5つの要因の損失余命を最新(令和元年)のデータを用いて解析し、リスクのものさしとして活用できるようにしました。

さて、リスク指標として死亡率を使う場合、若者であっても高齢者であっても誰が亡くなっても1人は1人とカウントとします。一方で損失余命は死亡時の平均余命を使いますので、20歳の男性(平均余命61.8歳)が1人亡くなるのと78歳の男性(平均余命10.4際)が6人亡くなるのが同じ程度のリスクと計算されます。

このような年齢による死亡の重み付けについて、高齢者差別にはならないのか?という考えもあります。もう一つの観点は、若者の1年と高齢者の1年は本当に同じ価値を持つのか?という問題になります。本記事では損失余命をリスク指標として使用することの倫理的な側面を、3つのタイプのエイジズム(ageism、年齢による差別をすること)から考えてみたいと思います。

平均寿命

多くの場合健康の指標としてまずは平均寿命が使われます。平均寿命とは出生時の平均余命です(死亡時年齢の平均値ではありません)。世界各国の平均寿命の100年間の推移を以下に示します。ロシア以外は右肩上がりに伸びていますし、日本は世界の最長寿国の一つになっています。

LifeExpectency
出典:OECDのデータをもとに作成

健康の指標はさまざまなものがありますが、その一つとして平均寿命を使うこと自体に異議を唱える人はあまりいないのではないでしょうか。平均寿命を延ばすには死亡率よりも損失余命を減らすことがより直接的になります。また、政策面で考えると、平均寿命とGDPには相関関係があり、健康をとるか経済をとるかという二者択一ではなく両者は相互に関係しています(健康であればよりお金を稼げるし、お金に余裕があれば病気を予防・治療できたり弱者を助けられる)。

ちなみに、本シリーズの損失余命の計算に使用した令和元年の最新の生命表では、0歳児の平均余命は男性で81.4歳、女性で87.5歳になっています。世界の平均は72歳程度なので、大きな差があります。

一方で、理想の寿命は80代くらいだといわれているようですね。

何歳まで生きたい?理想の寿命1位は「80歳」 趣味がある人ほど長生きしたい傾向も | キャリコネニュース
趣味なびは3月26日、「『趣味』に関するアンケート調査」の調査結果を発表した。調査は2月13日~15日の期間に、30~59歳の男女1204人を対象にインターネット上で実施。30~50代の約80%の人が、「趣味がある」と回

寿命の価値を考える3つの視点

エイジズムには以下の図に示すように、一年の価値が相対的にどう変化していくかの考え方によって3つのタイプに分かれます。

ageism

最初のタイプは健康最大化エイジズム(図の一番上)です。異なる年齢における人生の1年はすべて同じ価値である、という考え方です。若者の1年も高齢者の1年も同じ価値を持つわけですから、損失余命は基本的にこの考え方によります。1年がすべて等価であるなら、若者のほうがより多くの余命を残しているため、若者の命のほうが価値が高くなります。

2番目のタイプは生産性エイジズム(図の真ん中)です。各年齢における生産性に応じて1年の価値が変わってくるという考え方です。この場合の生産はお金の意味だけではなく、より広い社会的な貢献度という意味だと思います。年齢に社会的重み付けをするDALY(disability-adjusted life year、障害調整生命年)はこの考え方によります。本ブログでは大麻のリスク比較でこの指標を使いました。

大麻は酒やたばこよりも安全か?リスク比較によって検証する
大麻の死亡リスクを推定したところ「10万人あたりの年間死者数1人」となり、酒「同15.9人」やたばこ「同59.9人」と比較してかなり低いものでしたが、絶対値として無視できるほど低いというわけでもありませんでした。死亡に至らない精神疾患なども考慮したDALYで比較しても、酒やたばことのリスクの差が埋まりませんでした。

さらに生産性エイジズムには投資の回収の考え方も入っています。出生時の1年の価値が非常に低くなっていますが、まだ育児や教育に関する投資などが入っていないため、この時に死なれても相対的に「もったいなくない」と考えます。20歳前後は教育の投資が終わりに差し掛かるころで、これから生産活動に入ります。なので、教育にかけた投資を全く回収していないこの時期に死なれるのが一番「もったいない」となります。高齢期に入ると教育にかけた投資はもう回収しきっており、さらに長生きすると今度は医療・福祉への投資額が大きくなるのでやはり死なれても相対的に「もったいなくない」となります。

こう書いてしまうとなんだかとても「冷たい」考え方のようですが、すべての人がその人生において各年齢を経験するため差別にはならない、と判断されているようです。

3番目のタイプはフェアイニングス・エイジズム(図の一番下)です。これは年齢による健康度の変化に注目したものです。健康な1年は不健康な1年よりも価値が高いという考え方です。若者のほうが高齢者よりも一般的に健康なので、1年の価値は若者のほうが高くなります。傾きが急になるほど(加齢による健康の見通しが悪いケース)、より若者と高齢者の間で1年の価値の差が大きくなります。つまり、健康最大化エイジズムよりもさらに若者を優遇することになります。

「フェアイニングス」の意味はわかりにくいのですが、人間は同じだけの量(年数や健康状態)の人生を享受する権利を持つという公平性の観点のことのようです。

DALYの計算においては、損失余命(死亡数×死亡時平均余命)と損失健康年(障害を受けた人数×障害の継続年数×障害のウェイト)を足し算します。損失健康年は、死ななくても健康を損なった年数をカウントしますので、やはり健康な1年は不健康な1年よりも価値が高いという考え方が入っています。一方で損失余命のほうは、生きていられさえすればどんな健康状態であってもすべて1年の価値は同じとカウントします。

以下、参考とした論文です:
岸本充生 (2008) ヒト健康影響の理論と指標
日本LCA学会誌4, 401-407

LCAを支える理論と手法―Part 5
J-STAGE

Tsuchiya A et al. (2003) Measuring people’s preferences regarding ageism in health: some methodological issues and some fresh evidence
Science and Medicine 57, 687-696

Redirecting

高齢者よりも若者を優先する倫理的な側面

平均寿命のところで理想の寿命は80代くらいと考える人が多いとの調査結果を紹介しました。1年の価値がずっと同じであるのなら(健康最大化エイジズム)、できるだけ長生きしたいと考えるはずですので、1年の価値は80代くらいになると低くなってくるという考え方(フェアイニングス・エイジズム?)がやはりどこかにあるようにも思えます。

医療経済学等の分野ではこうしたエイジズムに関する人々の選好が調べられてきました。例えば、「2人の患者または年齢の異なるグループのうち、両方を一度に治療できない場合には、どちらを優先すべきかを回答者に尋ねる」などの方法です。

上記の土屋有紀氏(シェフィールド大学)による研究では、130人にインタビューを行い、高齢者よりも若者を優先することには広い同意があるとの結果が得られています。ただし、エイジズムの3つの考え方の選好についてはかなり意見が分かれる結果となっています。

さらに上記の岸本充生氏(当時産業技術総合研究所)の論文ではスウェーデンでの調査結果が紹介されており、30歳1人を救うことは50歳では4.9~7.7人、70歳では34.5~40.8人を救うことと同等であったとのことです。これを獲得余命年数で割って1年あたりに換算すると、30歳の人の余命1年の価値は、50歳の人の余命3.0~4.7年、70歳の人の余命9.6~11.3年に相当したそうです(原典にはアクセスできず)。上記のエイジズムのタイプでは、2番目(生産性エイジズム)か3番目(フェアイニングス・エイジズム)が支持されているということになるでしょう。

ただし、いずれにしても(死亡率でも損失余命でもDALYでも)功利主義的な考え方です。これは最大多数の最大幸福というもので、個人ごとの幸福の合計を高めよう、という考え方です。みんながそこそこ健康である状態と、すごく健康な人とすごく不健康な人がいる状態とを比較する場合に、健康度の合計が同じであればそれは同じ状態とみなされます。なので、ここでは分配論や正義論みたいな話は出てきませんが、倫理というからにはそういう議論もないとバランスを欠いてしまうのです。

ここまでくると私の論じられる範囲になくなってくるため、この辺で終わりにしたいと思います。ただし、マキシミン原則など頭に入れておくべきこともありますので、その辺はまた機会があれば書いてみたいと思います。

まとめ:リスク指標としての損失余命の倫理的側面

エイジズム(年齢による差別をすること)には健康最大化、生産性、フェアイニングスの3つのタイプがあり、それぞれ年齢による1年の価値の変化の形が異なります。医療経済学の研究によれば、高齢者よりも若者を優先するということ自体には広い同意がありますが、3つのタイプのどれが好ましいかは意見が分かれるようです。損失余命をリスク指標として使用する場合にはこのような倫理的な側面を知っておいてもよさそうです。

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