要約
PFOS・PFOAの水中基準値(目標値、指針値)超過がニュースとなっていますが、基準値を超えただけではリスクの大きさはわかりません。曝露マージンや影響率などのリスクを実際に計算することでその大きさを判断できます。結果的に、PFOS・PFOAのリスクは平常時でも基準値超過の水を飲んだとしてもかなり低いことがわかりました。
本文:PFOS・PFOAのリスク
PFOS・PFOAの基準値(ここでは目標値、指針値と同義とする)超えがもたらすリスクについて二回に分けて書いています。前編では基準値の根拠について書きました。
今回はその2ということで後編になります。PFOS・PFOAの水中基準値の超過がもたらすリスクについて計算していきます。次に、平常時のリスクについて、水・大気・食事をすべて考慮して計算していきます。
まず、ニュースではよく「基準値の何倍検出!」などの見出しが躍る場合が多いです。
しかし、「何倍」という数字から判断できることはほとんどありません。世界各国の基準値は前編で示したとおり、PFOSで50~600ng/L、PFOAで50~10000ng/Lとなっています。日本の50ng/Lは諸外国と比べると最も低くなっています。例えば検出された濃度がPFOS150ng/L、PFOA150ng/Lだったとすると、日本では合算して300ng/Lですので基準値の6倍になりますが、カナダの基準ではPFOS600ng/L、PFOA200ng/Lと別々に設定されているので基準値クリアです。
では日本人は欧米人に比べてPFOS・PFOAに特別に弱いのでしょうか?そんなことはありません。もともと基準値の根拠はヒトに対する影響を調べたものではなく、動物実験から決めた数字です。
基準値と比較してもわからないとなれば一体どうすればいいの?と思うかもしれません。そういう時は実際にリスクを計算してみましょう。本記事ではそんな場合のリスクの計算方法を示していきます。
PFOS・PFOAの基準値超過した水道水の曝露量と曝露マージン
前編で紹介したニュースでは基準値50ng/Lの30倍程度の濃度が検出された例もあるようです。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200612/k10012467461000.html
(2020年8月9日修正。リンク切れ)
ただし、これらは飲料水ではありませんので今回のリスク評価では対象としません。実際の飲料水中の濃度としては厚生労働省の資料(令和元年度
第2回水質基準逐次改正検討会https://www.mhlw.go.jp/content/10901000/000597714.pdf)を見ていきましょう。
10ぺージの表3に水道原水と浄水中の濃度が出ています。PFOAの検出率は年々下がっており、濃度が減少傾向にあると言えるでしょう。平成30年度で浄水(実際に私たちが飲む水)中最大濃度は130ng/Lとなっています。最大濃度なので、これがずっと続くことはありませんが、仮にそのような濃度が続いたときのリスクを計算してみます。例えば基準値(50ng/L)を超過している130ng/Lの水を体重50kgの人が2L飲み続けたら、PFOS+PFOAの摂取量は
130ng×2L/50kg/day = 5.2ng/kg/day
と計算されます。
比較する毒性値として、日本のTDI20ng/kg/dayの根拠(説明は前編をご覧ください)となったラットの2世代毒性試験の体重低下をエンドポイントとしたNOAEL(無毒性量)= 0.1mg/kg/dayを使用します。
130ng/Lの水を飲み続けた場合の摂取量と比較すると、NOAELの1/19230となります。このときの19230という数字を「曝露マージン(Margin of Exposure, MOE)」といいます。食品安全のリスク指標としてよく使われる数字です。何かしらの影響がでるまでどの程度余裕があるかという数字で、数字が大きいほど余裕が大きい(=リスクが小さい)という意味になります。
PFOS・PFOAの平常時の曝露量と曝露マージン
PFOS・PFOAの基準値の根拠では、飲み水からの寄与率は10%という仮定が入っていました。後の90%は大気や食品由来になります。水・大気・食品すべて合わせて平常時のリスクはどれくらいになるかを次に計算していきます。
水道水は上記厚生労働省の資料より、検出限界(10ng/L)以下が70%程度と多いので、平均的には10ng/Lを下回っているでしょう。仮に平均を定量下限の1/2程度(かなり安全側の仮定)として5ng/Lとすると、曝露量は
5ng×2L/50kg/day = 0.2ng/kg/day
となります。
食品由来は魚介類の寄与率が高いようです。食品安全委員会のパーフルオロ化合物ファクトシート(令和元年9月3日更新版)を見てみましょう(13-14ページ)。http://www.fsc.go.jp/factsheets/index.data/f03_perfluoro_compounds.pdf
(ちなみにこの資料の最新版に検索でたどり着くのは困難です。なんとかならないものでしょうか。。)
日本の調査はいくつかあります。
①厚生労働科学研究費補助金 トータルダイエット調査(2007)
調査した14群の食品群のほとんどで未検出であったため正確な摂取量を把握するのは困難。未検出値を0として計算した場合の摂取量
PFOS:0.98 ng/kg体重/日
PFOA:0.06 ng/kg体重/日
未検出値に検出下限値の1/2の値を用いた場合の摂取量
PFOS:12.1 ng/kg体重/日
PFOA:11.5 ng/kg体重/日②環境省:ダイオキシン類をはじめとする化学物質の人へのばく露量モニタリング調査 (陰膳方式)(2011年)
全対象者15人 PFOS 平均0.69(範囲Nd-2.9)ng/kg体重/日, PFOA 平均0.57(範囲Nd-1.7)ng/kg体重/日③農林水産省:トータルダイエットスタディ(2012-2014年)
http://www.fsc.go.jp/factsheets/index.data/f03_perfluoro_compounds.pdfより抜粋
PFOA:0.072-0.75 ng/kg体重/日
PFOS:0.60-1.1 ng/kg体重/日
各食品群の主たる寄与は、PFOAでは魚介類82%、藻類9%、肉類8%、PFOSでは魚介類97%と推定。
ざっくりとまとめるとPFOS+PFOAで1~2ng/kg/dayといったところでしょうか。未検出値に検出下限値の1/2の値を用いるとかなり過大評価になりそうです。
大気由来については、環境省の化学物質環境実態調査から、中央値でPFOSが2.7pg/m3, PFOAが13pg/m3, 合わせて15.7pg/m3となります(水質汚濁に係る人の健康の保護に関する環境基準等の見直しについて(第5次答申)http://www.env.go.jp/press/files/jp/113983.pdfの32ページ)。曝露係数として呼吸により空気を15m3/day吸うと仮定しますので、
15.7pg/m3×15m3/50kg/day = 235.5pg/50kg/day = 4.7pg/kg/day = 0.0047ng/kg/day
と計算されます。ほぼ全体の曝露量には寄与しないようですね。
水(0.2ng/kg/day)+大気(0.0047ng/kg/day)+食事(1~2ng/kg/day)ですので、全部合わせてPFOS+PFOA曝露量は2ng/kg/day程度としましょう。これはNOAELの1/50000になり、曝露マージンは50000となります。
リスクのものさしで示すPFOS・PFOAのリスク
さて、上記で曝露マージンとしてPFOS・PFOAのリスクを示しました。基準値超えの水を飲んでも、平常時でもマージンは十分に高く、リスクの懸念は低そうです。しかし、これまでに本ブログでは、コロナウイルス関係では10万人あたりの死者数によるリスク比較を行ってきました。曝露マージンでは10万人あたりの死者数と比較できませが、やはりほかのリスクと比較しないとリスクの大きさの相場観はつかめないでしょう。
動物実験のNOAELとは、PFOS等の化学物質を与えずに飼育したコントロール区と統計的に有意な影響が出ない最大濃度のことをいいます。「統計的に有意」というところがポイントで、ゼロリスクを意味する数字ではありません。実験デザインや得られるデータによりますが、NOAELを影響率に直すと1~10%程度になります。ここでは5%と仮定しましょう。つまり、PFOS・PFOAの摂取量0.1mg/kg/dayのとき、100匹のうち5匹に影響(体重減少)が出ることになります。これで割合に換算できます。
基準値(50ng/L)を超過している130ng/Lの水を体重50kgの人が2L飲み続けたら曝露マージンは19230でしたので、ざっくりと比例計算すれば
0.05/19230 = 0.0000026 = 0.26×10-5
となり、10万人あたり0.26人の影響となります。ただし、ここで行った比例計算は発がんリスクの計算で使用する考え方ですが、かなり過大評価することになります。さらにエンドポイントは死亡ではなく体重減少になります。実際には10万人あたり0.26人よりも大幅に低くなることになります。
平常時の水+大気+食事と全部合わせたPFOS+PFOAのリスクは曝露マージン50000でしたので、
0.05/50000 = 0.000001 = 0.1×10-5
から、10万人あたり0.1人と算出されます。これも実際のリスクはこれより大幅に低くなるでしょう。
これを、コロナウイルスのリスクでも使った「リスクのモノサシ」で示してみます。
要因 | 10万人あたり死者数 | 元データ |
がん | 297 | 人口動態調査(2018年) |
自殺 | 15.9 | 人口動態調査(2018年) |
交通事故 | 3.6 | 人口動態調査(2018年) |
火事 | 0.81 | 人口動態調査(2018年) |
PFOS+PFOA 基準値超えの水 | 0.26以下 (ただし体重減少) | NOAEL0.1mg/kg/dayと 曝露量5.2ng/kg/day |
PFOS+PFOA 平常時 | 0.1以下 (ただし体重減少) | NOAEL0.1mg/kg/dayと 曝露量2ng/kg/day |
落雷 | 0.0024 | 警察白書(2000~2009年の平均) |
ということで、無視できるほど低くもありませんが普段から特別気にするほどでもない、というだいたいの相場観がわかっていただけたかなと思います。
まとめ:PFOS・PFOAのリスク
「基準値の何倍」という表現はインパクトがありますがここからリスクの大きさを判断できることはほとんどありません。そのような場合はリスクを計算することが重要です。濃度から摂取量に換算し、毒性値との比を計算すると曝露マージンとなります。通常は曝露マージンを計算して終わりですが、10万人あたりの影響率に換算してほかのリスクと比較することも可能です。ただし、かなり不確実性の高い数字なので解釈に注意が必要です。PFOS・PFOAのリスクは平常時でも基準値超過の水を飲んだとしてもかなり低いことがわかりました。
補足
細かい話なので補足に持ってきます。曝露マージンの計算をする際は摂取量と比較するのは動物実験のNOAELであり、TDIではありません。これはなぜか?という疑問を持つかもしれません。TDIは動物実験のNOAELをベースとして動物とヒトとの種差や集団のなかの感受性差を考慮して決められます。その際に、基本的に種差や感受性差の情報が不足していますので安全側に考えて不確実係数(UF)で割り算します。情報が多ければUFは少なくて済み、情報が少なければUFが大きくなります。つまり、TDIは毒性の大きさだけではなくそこに情報量の大小が含まれています。TDIを使うと毒性を見ているのか情報量を見ているのかわからなくなりますので、通常TDIではなくNOAELを使用します。
本記事で計算した10万人あたりの影響を受ける人数は、不確実性の高い数字です。そもそもが動物実験の情報から出発し、さらにNOAEL以下のところの低用量での影響を線形外挿で計算しているため、どうしてもかなりざっくりとした数字になってしまいます。情報がない不確実な部分を様々な仮定で埋めながら計算しているわけです。これがリスク評価やレギュラトリーサイエンスの方法論の一つです。このような仮定を積み重ねたリスクの数字は桁が同じなら大体同じくらいに考えていた方がよいです。それでも何も数字がわからないよりは、おおざっぱでもだいたいの数字がわかっていた方がいろいろな判断に便利ですね。
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