ソーシャルディスタンスのからくり4:スパコン富岳が示す距離1mの効果

social-distance 基準値問題

要約

ソーシャルディスタンスが感染予防に効果的であることが、スパコン富岳による飛沫の飛散シミュレーションによって示されています。一連のシミュレーションを総合すると「マスクなしなら2m、マスクありなら1m」となり、これまでの日本のソーシャルディスタンスの基準と一致することがわかりました。

本文:スパコン富岳が示すソーシャルディスタンス1mの効果

最近「ウレタンマスク警察」などという言葉が出てきていますが、施設などで「ウレタンマスクお断り」などの事例が起こっているようです。これは理研のスパコン「富岳」のシミュレーション結果に基づき、全音楽譜出版社によって作成されたイラストが根拠とされています。

各地でウレタンマスクが“悪者扱い”、病院や学校で「お断り」 あるイラストが誘因か/デイリースポーツ online
先日、いつものようにウレタンマスクを着けて出勤しようとすると…突然妻から「ウレタンマスクは危ないからやめて」との声とともに、不織布(ふしょくふ)マスクへの交換を強いられた。使い捨ての不織布マスクとは違い、洗えて何度も使えるウレタンマスクは経済的。しかも、ちぎれるような耳の痛みに悩まされなくても済むのだが…。妻にウレタン...

いらすとやの素材を使ったキャッチ―なイラストが、そのわかりやすさ(誤解しやすさ)から広く拡散し、ウレタンマスクはダメという風潮につながっています。

一体どんなことが主張されているのか、富岳のシミュレーション結果の資料を見てみたところ、ウレタンマスクがダメみたいなことは全く言っておらず、場所・行動・状況などのリスクに応じて使い分けてほしいというまとめでした。

むしろこの富岳のシミュレーション結果は、マスクの素材うんぬんよりもソーシャルディスタンスの重要性についての貢献が大きいと思います。

ソーシャルディスタンス(フィジカルディスタンス)はコロナ発生以降社会になじんできたようで、あまり話題にせずとも距離を保つのは当然のようになってきました。それでもどのくらい距離をとればよいのか、効果はあるのか、根拠は何なのか、といった疑問はまだまだ多いようです。その証拠に、本ブログの人気記事であるソーシャルディスタンスの基準(日本ではマスクなしで2m、マスクありで1m)の根拠を書いた記事はいまだに非常に人気があります。

何メートル離れれば安全なのか?ソーシャルディスタンスのからくり
ソーシャルディスタンスの距離は、ニュージーランドとイギリスで2m、米国では1.8m、オーストラリアで1.5m、シンガポールで1mです。日本ではマスクなしで2m、マスクありで1mです。この差は科学的な根拠に基づくものではなく、それぞれ科学と現実の狭間から生まれたものであろうと推測されます。

本記事では、ソーシャルディスタンスの効果に注目して富岳のシミュレーション結果を解説していきます。また、ただ解説するだけではなくリスク学的な考察も加えていこうと思います。

富岳による飛沫の飛散シミュレーション

理研の坪倉氏による一連の研究が行われており、これまでに記者向けの勉強会を4回開催しています(こういうのすごくよい取り組みですね)。

室内環境におけるウイルス飛沫感染の予測とその対策(課題代表者;理化学研究所/神戸大学 坪倉 誠)
この課題について 教室における飛沫飛散シミュレーションの例(京都工芸繊維大学 山川提供) 新型コロナウイルスは、せきやくしゃみ、声を出すことなどで発生する飛沫のほか、これらの飛沫のうち非常に小さいものであるエアロゾルによっても感染が広がる可

人と人が接する際に、普通の会話・咳・くしゃみなどによってウイルスを含んだ飛沫が口から飛び、それが感染拡大の原因になります。飛沫を浴びないためにはマスク・距離をとる・換気が重要になります。感染者の発する飛沫がどこにどれくらい飛んでいくのかは、空気の流れ・湿度・温度などの複合的な影響を受けるため、その推定には膨大な計算が必要になるようです。そこで、「CUBE」という超大規模熱流体解析ソフトをスーパーコンピュータ「富岳」を使って動かして、大規模なシミュレーションを行っています。

本記事執筆時の最新の記者勉強会は2020年11月26日のもので、坪倉氏による講演動画がYouTubeにあがっています(これも素晴らしい取り組みです)。

2020年11月26日にオンラインで開催された理研計算科学研究センターの記者向け勉強会の動画:スーパーコンピュータ「富岳」記者勉強会 室内環境におけるウイルス飛沫感染の予測とその対策(4)

シミュレーションが示すソーシャルディスタンスの効果

まず10月13日の第3回勉強会から、ソーシャルディスタンスの効果に関係する部分を見てみましょう。

2020年10月13日にオンラインで開催された理研計算科学研究センターの記者向け勉強会の動画:スーパーコンピュータ「富岳」記者勉強会 室内環境におけるウイルス飛沫感染の予測とその対策(3)

動画の18:30ころ~:飛沫の到達量への距離の影響をシミュレーションした結果。0.8m, 1.0m, 1.2mの3つの条件でシミュレーションしたところ、咳をしたときに正面の人に到達する飛沫量(以降すべて粒子数ベース)は0.8mで40%程度、1mで20%程度、1.2mで5%程度となっています。1m以内になると急激に増えていきます。

咳ではなく普通に会話した場合でも傾向としては同様です。飲食店にて4人でテーブルに座った場合、正面の人との距離が0.8mくらいになってしまい、会話した人の飛沫の5%程度を浴びてしまいます。一方で、はす向かいの人は1mを超えているので到達する飛沫は1%程度になります。横の人は最も距離が近く、なんと発した飛沫の30%程度を浴びてしまうとのことです。やはり1m以上離れると急激に浴びる飛沫の数は減るようです。

次に11月26日の第4回の方を見ていきます。

動画の2:00ころ~:咳をしたときの飛沫の飛び方の解析結果。大粒の飛沫(おおむね5μm以上)は1m以内に落下し、5μm以下のマイクロ飛沫(エアロゾル)はそれよりも遠くまで飛びます。咳をしなくても、普通に会話を3分程するだけで咳を2回するのと同じくらいの飛沫が飛んでしまうという結果になっています。

動画の中でも引用されている以下の論文を見ると、飛沫の粒径分布からして15~20%程度が5μm以下エアロゾルでしょうか。咳でも普通の会話でも粒径分布はあまり変わらないようです。つまり1m離れるだけで80~85%程度の飛沫を避けられることになります。これは第3回勉強会の結果とも大体合っていますね。
Chao et al (2009) Aerosol Science 40, 122-133

Characterization of expiration air jets and droplet size distributions immediately at the mouth opening
Size distributions of expiratory droplets expelled during coughing and speaking and the velocities of the expiration air jets of healthy volunteers were measure...

上記はマスクを着用しない場合ですが、マスクをすることで大粒の飛沫については漏れることをほぼ防げます。エアロゾルについては正面には飛びませんがマスクと顔の隙間から漏れて空気中を漂うため、これは換気で取り除く必要があります。この勉強会の中ではマスクの素材の違いについて調べています。

動画の8:50ころ~:マスクの素材による飛沫の漏れ方の違いを解析した結果。ウレタンや布はマスク正面を透過するエアロゾルがあり、不織布は素材にもよるものの、正面には漏れにくいが隙間からは漏れます。どれがよいというものではなく、リスクに応じた素材を選択すればよいとのことです。

18:30ころから:野外での飛沫シミュレーションの結果。野外でも無風であれば1mの距離にいる人に発する飛沫の10%程度が到達してしまいます。これは屋内と同じですね。これが1m70cm離れるとさらに半分(5%程度)になります。そして1mの距離でもマスクをすることで飛沫の到達をほぼ完全に抑えられるようです。マウスガードの場合は1m70cm離れるとほぼ飛沫の到達が抑えられます。

飛沫感染リスク評価に向けて

コロナは飛沫による感染がメインなので、このような飛沫の見える化は大事ですね。勉強会動画の中でも、ウイルスが見えないから侮ったり逆に過度に恐れたりすると話されていました。しかし、マスクなしで普通に会話しただけでこんなに相手の発する飛沫を浴びているというのは結構ショッキングな事実でした。知りたくなかった人も多いと思います。

上記のシミュレーション結果を総合的に解釈するなら、効果的な距離はおおむね「マスクなしなら2m, マスクありなら1m」ということになるでしょう。これはなんと冒頭で紹介したソーシャルディスタンスの根拠の記事に書いたものと全く同じです!記事を書いた5月の時点では距離に関する根拠は乏しいものでしたが、後付けでこれを裏付けることになりました。

ところで、勉強会動画の中ではリスク評価(感染リスクの定量的評価など)という言葉がたくさん出てきます。ところが、これは基本的に飛沫の数をシミュレーションしただけで、本来の感染リスクを評価したものではありません。浴びた飛沫の量→曝露したウイルス量→感染確率までを評価したものがリスク評価と言えるでしょう。また、感染したとしてもウイルスの初期曝露量によってその後の重症度にも影響します。

感染症も化学物質と同じで、リスク「あり」か「なし」の二択ではなく、曝露したウイルスの量と感染確率は用量-反応関係に従います。よって、これも化学物質と同じで一定量以下の曝露では影響(感染)がありません。この部分が欠けていると、浴びる飛沫量をどこまで下げればよいのかがわかりません。

医学の文献はあまり知りませんが、リスク学の分野では例えば以下のような文書があります。WHOが2016年に公表した文書の日本語訳になります。この中でいくつかの病原性微生物の用量-反応関係について記載されています。80名の人にノロウイルスを曝露させる実験(うち24名が発症)なども出てきますが、想像しただけで辛すぎます。。

国立保健医療科学院 (2020) 定量的微生物リスク評価- 水安全管理への適用 -
https://www.niph.go.jp/soshiki/suido/pdf/r02whoqmra/QMRA_JP_v1_20200327.pdf

また、理研の言う「リスク評価」では感染確率以前に、「浴びた飛沫の量→曝露したウイルス量」の評価もありません。ここが結構重要なポイントだと思います。というのは、シミュレーション結果は基本的に飛沫の「数」がどれくらい減ったかが示されています。ただし、大粒の飛沫1滴とエアロゾル1滴では含まれるウイルス量が当然大きく違います。飛沫の「数」ベースで「大粒の飛沫が80%落下して20%のエアロゾルが相手に到達した」というときに相手に曝露するウイルスの量は80%よりももっと減っているはずです。なので本来は飛沫の「数」よりも「体積」や「重量」をベースにしないとウイルス量と比例しないはずです。

冒頭のウレタンマスク警察の話に戻ると、「ウレタンでは50%飛沫が漏れる」といったときに、これはおそらく(ちゃんと調べてませんが)飛沫の「数」ベースの話と思われます。大粒の飛沫は当然マスクでブロックされますから、ウイルス量と比例する飛沫の「重量」ベースで考えると50%よりももっと低くなるでしょう。

さらには、シミュレーション結果で示されているように、マスクから漏れた飛沫は正面にいる相手に向かって飛んでいくわけではありません。なので、マスクをしない場合に比べてウレタンマスクをした場合に、接した相手の感染確率が50%になるというわけではないのです。本ブログで書いているように、分母が何で分子が何なのか書かれていない「確率」は誤解されやすい、というのがウレタンマスク警察の「からくり」ではないでしょうか。

確率で書くとわかりにくいのでやめよう!その2:死亡率0.001%と言われても、自分が死んだらならそれは100%ではないのか?
これまで新型コロナウイルス感染症のリスクを比較してきましたが、リスクは10万人あたりの死者数、つまりある一定の集団の中の死者の頻度として表現しました。これを確率で表現するといろいろとややこしい問題が出てきますので、リスクコミュニケーションでは確率ではなく頻度で表現したほうがベターです。

まとめ:スパコン富岳が示すソーシャルディスタンス1mの効果

スパコン富岳による飛沫の飛散シミュレーションは、ソーシャルディスタンスが感染予防に効果的であることを示しました。正面の相手に到達する飛沫の量は1m以内だと急激に増えてしまいます。そして1mの距離&マスクによって、相手に浴びせる飛沫はほぼなくなります。「マスクなしなら2m, マスクありなら1m」とされていたソーシャルディスタンスの基準は、このような研究によって(後付けで)裏付けられてきています。

補足

ソーシャルディスタンスについては、これまでに3つの記事を書いています。冒頭に紹介したもの以外に、ソーシャルディスタンス科学的根拠とナッジを応用した実践活動についての記事も合わせて読んでいただくとさらに深まります。

ソーシャルディスタンスのからくりその2:本当に意味があるのかどうかの科学的根拠を調べる
ソーシャルディスタンスの科学的根拠を知りたい場合には「科学的根拠」ではなく「エビデンス」や「メタアナリシス」なのワードとともに検索したほうが質の高い情報にあたります。ソーシャルディスタンスはその根拠は限定的ながら、コロナ感染リスクの低減におおむね効果があると考えてよいでしょう。
ソーシャルディスタンスのからくりその3:強制ではなく行動科学の知見を使ってそっと後押しする手法「ナッジ」
ソーシャルディスタンス対策として、スーパーのレジ前などの足跡マークなどはすでに日常的な光景となっています。これは強制ではなく行動科学の知見を使ってそっと後押しする手法「ナッジ」を活用したものです。

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