要約
コロナ相談・受診の目安(37.5度以上が4日間続く)は、医療崩壊を防ぐために設定された基準ですが、一方で個人の自由を制限するというジレンマもあります。この基準がどのように誕生して、その後どのように消えたのかについて調べました。公衆衛生か個人の自由かという議論は明示的にはありませんでした。
本文:コロナ相談・受診の目安(37.5度以上が4日間続く)のからくり
コロナ禍におけるレギュラトリーサイエンスの事例として、以前に本ブログでは以下の4つの線引き問題を取り上げてきました:
・ソーシャルディスタンス2m
・相談・受診の目安の「37.5度以上が4日間続く」
・発症後8日間で職場復帰
・都道府県ごとの自粛緩和基準
このうち3つについてはすでに本ブログで解説を書いてきましたが、相談・受診の目安の「37.5度以上が4日間続く」についてはまだ未整理でした。これは、保健所への相談や医療機関への受信が殺到してパンクするのを防ぐために設けられた基準です。
ところが、受診もしくはPCR検査を希望しても、この条件に満たないため断られるケースが出てきます。公衆衛生的な視点では、医療崩壊を防いで高リスクである高齢者の命を守ろうと考えます。一方で、個人の視点としては、コロナかどうか不安なのに受診・検査したくてもできないというのは自由を制限されていると感じます。
本記事では、このような公衆衛生vs個人の自由のはざまでどのようにして「37.5度以上が4日間続く」という線引きが生まれ、そして消えていったのかについて追いかけていきます。
相談・受診の目安の「37.5度以上が4日間続く」の誕生
まず、相談・受診の目安は2020年2月17日付けの厚生労働省から自治体担当者宛ての事務連絡「新型コロナウイルス感染症についての相談・受診の目安について」に記載されています。
2.帰国者・接触者相談センターに御相談いただく目安
https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000596978.pdf
○ 以下のいずれかに該当する方は、帰国者・接触者相談センターに御相談ください。
・ 風邪の症状や37.5度以上の発熱が4日以上続く方
(解熱剤を飲み続けなければならない方も同様です。)
・ 強いだるさ(倦怠感)や息苦しさ(呼吸困難)がある方
○ なお、以下のような方は重症化しやすいため、この状態が2日程度続く場合には、帰国者・接触者相談センターに御相談ください。
・ 高齢者
・ 糖尿病、心不全、呼吸器疾患(COPD 等)の基礎疾患がある方や透析を受けている方
・ 免疫抑制剤や抗がん剤等を用いている方
(妊婦の方へ)
妊婦の方については、念のため、重症化しやすい方と同様に、早めに帰国者・接触者相談センターに御相談ください。
(お子様をお持ちの方へ)
小児については、現時点で重症化しやすいとの報告はなく、新型コロナウイルス感染症については、目安どおりの対応をお願いします。
○ なお、現時点では新型コロナウイルス感染症以外の病気の方が圧倒的に多い状況であり、インフルエンザ等の心配があるときには、通常と同様に、かかりつけ医等に御相談ください。
通常の人は4日、高齢者や基礎疾患のある人等は2日、ただしだるさや息苦しさがあれば待たなくてよいとなっています。2020年2月16日に開催された新型コロナウイルス感染症対策専門家会議(第1回)の資料にその根拠らしきものが出てきます。
<受診・相談の目安>
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/novel_coronavirus/senmonkakaigi/gaiyou_r020216.pdf
〇 一般の人にメッセージを出すときは、その人たちが受診する医療機関の医師へのメッセージとセットで出すべき。
〇 重症で原因が不明のときにPCRを回すのが妥当ではないか。
〇 キャパシティーの観点から、検査は何を目的とするのかを明確にすべき。
〇 相談を勧奨する対象をそのまま検査対象としない方がよい。ポイントは入院や医療が必要な方であり、発熱または呼吸困難という基準は適切だと思う。高齢者の場合はあもう少し緩い基準の方がよいかもしれない。
〇 症状は素人から見るとインフルエンザと変わらない。普通の人はどちらか判断つかないのでは。
〇 普通の風邪だと症状のピークは3~4日だが、新型コロナウイルス感染症では7~10日でも治らない。“普通の風邪”とずれていると気づけるような内容があるといい。
〇 ドクターショッピングは止めるべきというメッセージを伝えるべき。
〇 子供の陽性例は少なく、軽症が多い。
〇 妊婦についてはデータがないので、引き続き注意すべきという状況。
〇 風邪の症状があれば自宅で安静にして、症状が長引けば相談センターに連絡してもらうという流れが望ましい。
〇 発熱は現行の基準どおり、37.5 度以上で良い。
特に重要なのが「普通の風邪だと症状のピークは3~4日だが、新型コロナウイルス感染症では7~10日でも治らない。“普通の風邪”とずれていると気づけるような内容があるといい。」の部分ですね。4日経てば普通の風邪ではないことが素人でもわかるので、それから相談せよとなったわけです。
専門家会議が2月16日開催で、厚労省の通知がその翌日の2月17日付ですから、この会議の議論を踏まえて「37.5度以上が4日間続く」の線引きが誕生したと考えるのが自然でしょう。
ただ、専門家会議は議事概要しか公開されていないので、専門家の考えるニュアンス的なものがよくわかりません。そこで、3月10日の参議院予算委員会公聴会における専門家会議副座長尾身茂氏の発言を見てみましょう。
○公述人(尾身茂君) その議員の四日の話、実はあの文書も、高齢者のことは例外規定をはっきり書いてあって、もう少しそれは我々も政府も説明すべきだったと思いますけど、はっきりもう申し上げたのは、四日というのは普通の人で、高齢者とか基礎疾患がある人は二日となっていて、もっと言えば、私、個人的にはもう初日でもいいと思いますけど、そうすると例のいっぱいになっちゃうということがあるので、まあこれは。
https://kokkai.ndl.go.jp/#/detail?minId=120115262X00120200310¤t=1
一般の人はなぜ四日かというと、日本で、国際医療センターなんかで実際の国内の患者を診た臨床科の先生だと、どうも今回の場合には症状が随分長く続いて、まあ五日ぐらいまで、で、症状が悪くなるのは一週間を超えてということがあるので、一般の人は三日ぐらいまで少し我慢していていただいて。
ただし、先生おっしゃるように、高齢者対策が肝ですので、高齢者については四日じゃなくてもっと前にして。さらに、症状で特にだるさというのがかなり今回の特徴と、あと、もう初日から、デーワンから息切れだとか息の速さ、こういうものについてはもう初日からというふうに、だってそこのところの説明はそういうふうに書いてあって、もちろん高齢者とそうじゃない元気な人と一緒にするという趣旨じゃないので、ちょっとそこが少し説明の仕方が悪かったと思いますけど、そこはそういうことで、十分、議員の先生のおっしゃる高齢者の方はほっといたらもっと悪くなる、早めにやるというのはもう私も大賛成です。
「一般の人は三日ぐらいまで少し我慢していただいて」という部分がポイントですね。やはり公衆衛生的な視点として、個人の行動に我慢が必要という認識が見えます。「例のいっぱいになっちゃう」という表現からもそれがわかります。個人の自由の制限についてどう考えるかについては、明示的には出てきませんね。
相談・受診の目安から「37.5度以上が4日間続く」が消えた?
相談・受診の目安は厚生労働省からの2020年5月8日付事務連絡「新型コロナウイルス感染症についての相談・受診の目安について」にて以下のように変更されました。
2.帰国者・接触者相談センター等に御相談いただく目安
https://www.mhlw.go.jp/content/000628620.pdf
○ 少なくとも以下のいずれかに該当する場合には、すぐに御相談ください。(これらに該当しない場合の相談も可能です。)
☆ 息苦しさ(呼吸困難)、強いだるさ(倦怠感)、高熱等の強い症状のいずれかがある場合
☆ 重症化しやすい方(※)で、発熱や咳などの比較的軽い風邪の症状がある場合
(※)高齢者、糖尿病、心不全、呼吸器疾患(COPD 等)等の基礎疾患がある方や透析を受けている方、免疫抑制剤や抗がん剤等を用いている方
☆ 上記以外の方で発熱や咳など比較的軽い風邪の症状が続く場合
(症状が4日以上続く場合は必ずご相談ください。症状には個人差がありますので、強い症状と思う場合にはすぐに相談してください。解熱剤などを飲み続けなければならない方も同様です。)
○ 相談は、帰国者・接触者相談センター(地域により名称が異なることがあります。)の他、地域によっては、医師会や診療所等で相談を受け付けている場合もあるので、ご活用ください。
(妊婦の方へ)
妊婦の方については、念のため、重症化しやすい方と同様に、早めに帰国者・接触者相談センター等に御相談ください。
(お子様をお持ちの方へ)
小児については、小児科医による診察が望ましく、帰国者・接触者相談センターやかかりつけ小児医療機関に電話などで御相談ください。
※なお、この目安は、国民のみなさまが、相談・受診する目安です。これまで通り、検査については医師が個別に判断します。
ここのポイントは「症状が4日以上続く場合は必ずご相談ください。症状には個人差がありますので、強い症状と思う場合にはすぐに相談してください。」という部分です。つまり、正確にいうと「37.5度以上の発熱が4日以上続く」が消えたのではなく、「37.5度以上の発熱が4日経過したら必ず相談せよ(4日経過するまでは相談してもしなくてもよい)」になった形です。
この変更については、4月29日の参議院予算委員会でのやり取りがきっかけとなったと考えられます。当該部分の議事録を見てみましょう。
第201回国会 参議院 予算委員会 第17号 令和2年4月29日
○蓮舫君 三月中旬から四月二十八日まで、路上や自宅で突然死、検視して陽性だった、感染していたと分かった方は何人いますか。
中略
○蓮舫君 十八人。日々増えています。そのうち十一人が東京です。
路上で亡くなるとか、あるいは、これ報道されているんですが、都内の単身赴任の社員寮で急死、発熱後も保健所に電話がつながらなかった、検査を受けられたのは発熱から六日後、そして検査結果が出たのは亡くなった後だという報道あるんですよ。今の検査体制だと救えない命あるじゃないですか。著名な芸能人も、自宅待機の間に重症化をして、病院に行って亡くなるとか、家族が会えるのはお骨だとか。おかしいじゃないですか。
やっぱりこの二月に決めた、熱が三十七・五度以上、四日以上続く、呼吸困難、強いだるさ、もうどんどん症例は変わってきているんだから、総理、この検査を受ける要件、緩和してください。総理。○国務大臣(加藤勝信君) これは別に検査を受ける要件ではなくて受診の診療の目安ということでありまして、これについては、三十七・五度、四日というのは、要するにそこ以上を超えるんだったら必ず受診をしていただきたい、そういうことで出させていただきました。
https://kokkai.ndl.go.jp/#/detail?minId=120115261X01720200429¤t=1
そして、倦怠感等がある、これも中には、それも四日だ、あるいは三十七・五度と倦怠感が両方だと、こういう誤解もありましたから、それはそうではないんだと、倦怠感があればすぐに連絡をしていただきたいと、こういうことは幾度となく周知をさせていただいております。
さらにまた、そうした誤解があれば、そうした誤解を解消するように努力をしていかなきゃならないと思いますが、ただ、やっぱりそれ以前の問題として、先ほど申し上げた、やっぱり保健所機能を含めて、そういったところが本来その機能が発揮できるように、我々も一緒になって一つ一つのネック、ボトルネックといいましょうか、課題を解決をしていく。
これ、前と一緒じゃないかとおっしゃいましたけど、これは一個一個、本当に現場も相当努力をしながらやっていただいております。東京都においては、医師会がPCR検査やりましょうと手を挙げていただいております。そして、中には、今我々、PCR検査の人手という問題がありますので、歯科医師の方にも協力をお願いいたしました。そうやって一つ一つ乗り越えながら、地域と一緒になって、国民の皆さんが、あるいは地域の皆さんが安心していける、こういう状況を一日も早くつくるべく努力をさせていただきたいと思います。
ここのポイントは加藤厚労大臣による「三十七・五度、四日というのは、要するにそこ以上を超えるんだったら必ず受診をしていただきたい」というという発言ですね。つまり、「37.5度以上の発熱が4日以上続く」という目安は、4日我慢するという意味ではなく、4日熱が続いたら必ず相談するという意味だというのです。これはどうも先の尾身氏による「一般の人は三日ぐらいまで少し我慢していただいて」という発言とは明らかに意味が違います。
この予算委員会がゴールデンウイーク入り口の4月29日で、連休を挟んで5月8日に相談・受診の目安がもう変更されています。そうなると、加藤大臣の発言に合わせるように相談・受診の目安が変更された、と考えるのが自然でしょう
この変更の過程においても特に個人の自由の制限をどう考えるかについての議論は明示的には得られませんでした。それどころか「最初から個人の自由なんて制限してませんでしたよ」という見解があとから出てきた形です。
まあこれは5月に入って感染ピークを抜けたのでもう制限しなくてもパンクしないだろう、という状況の変化も変更の理由としてあるでしょう。その中で「公衆衛生か個人の自由か」という議論はうやむやになってしまた、という感じですね。
公衆衛生の倫理
公衆衛生vs個人の自由のような話はネットで少し調べただけでもたくさん出てきましたが、以下の論文は私のような門外漢にも読みやすかったです。
児玉聡 (2007) 公衆衛生の倫理学(Public Health Ethics)とは何か――英米圏の文献レビューによる概説――(ドラフト)
2003 年のウィードとマッキーオンによれば、公衆衛生においては三つの倫理的ジレンマがある。一つはエビデンスの問題(evidence to action)であり、科学的なエビデンスがどれだけあれば公衆衛生的介入をすることが義務となるかという問題である。もう一つは、アドボカシーの問題(the pitfalls and promise of publicadvocacy)であり、たとえば公害問題などで公衆衛生的介入の必要性を強く主張することは、科学者としての客観性や中立性とジレンマをもたらす。最後は個人の自由と共通善のバランス(the balance between individual freedom and the common good)の問題であり、たとえば義務的な予防接種や水道水にフッ素を入れるかどうかといった場面で生じるジレンマである。
http://plaza.umin.ac.jp/~kodama/bioethics/public_health_ethics_survey20060730.pdf
この3つのなかでも最後の「個人の自由と共通善のバランス」つまり、パターナリズムの問題が最も大きな倫理的問題である、とされています。コロナ文脈であれば、感染拡大を防ぐために個人の行動をどこまで制限しても良いのか、という問題です。本ブログにおいてもソーシャルディスタンスのナッジを扱った記事でパターナリズムの問題を書きました。
とはいえ、私は倫理について論じたいわけではなく、どのようにして相談・受診の目安の線引きが生まれてそして消えたかに興味があったわけです。社会科学系の言葉でいえば手続きの正当性や決定プロセスの透明性の部分になります。
まとめ:コロナ相談・受診の目安(37.5度以上が4日間続く)のからくり
コロナ相談・受診の目安(37.5度以上が4日間続く)は、2020年2月16日の第1回のコロナ専門家会議で議論されて決まり、2020年4月29日の参議院予算委員会における加藤厚生労働大臣の発言に合わせるように修正された、と考えられます。
専門家の間では医療崩壊を防ぐために相談・受診をある程度我慢してもらう(個人の自由を制限する)という認識があったようですが、政府としてはそもそも最初から個人の自由なんて制限していなかった、という見解が後から出てきた形です。
補足
レギュラトリーサイエンスの事例として取り上げた4つのうち、3つの解説記事を貼っておきます。本記事と合わせてご覧ください。
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