コロナウイルスとのたたかいは何をもって収束と言えるのか?都道府県独自基準のからくり

traffic-light 基準値問題

要約

安全とは「許容できないリスクのないこと」と定義されるので、許容できないリスクの定義が必要です。コロナウイルス対策に関しては医療崩壊が起こることが許容できないリスクとみなされ、都道府県ごとに異なる状況にあわせて独自の基準が出されてきました。

本文

ソーシャルディスタンスの記事において、そもそもコロナウイルス対策で何をもって安全とするか?さえ定義されていない、ということを書きました。

何メートル離れれば安全なのか?ソーシャルディスタンスのからくり
ソーシャルディスタンスの距離は、ニュージーランドとイギリスで2m、米国では1.8m、オーストラリアで1.5m、シンガポールで1mです。日本ではマスクなしで2m、マスクありで1mです。この差は科学的な根拠に基づくものではなく、それぞれ科学と現実の狭間から生まれたものであろうと推測されます。

ゼロリスクを求めると経済活動や学校の再開はできないため、「許容可能なリスクレベルがどのくらいか」ということを示さなければいけません。これに対して国に先駆けて大阪府がまず最初に独自の数値目標をだし、他の都道府県も独自に基準を出してきました。

https://ovo.kyodo.co.jp/covid19/a-1446831

2020年5月20日修正。上記リンク切れ。以下のサイトでも同様の記事。

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基準の内容は地域で異なる。大阪は、PCR検査の陽性率や重症患者の病床使用率といった指標を示し、1週間連続での達成を条件としている。愛知は1日当たりの新規感染者数、7日間の平均入院患者数などを指標とした。

青森や宮城などは休業要請を既に解除したため、基準は作らない。「感染者数が少なく、基準を設けるのは現実的に困難」(長野)として策定を見送る地域もある。

山梨は基準を作らないが、感染防止対策を事業者側に示し、一定の条件を満たすなど県が認めた場合に個別に休業要請を解除する。

大阪府はまず医療崩壊が起こることを「許容できないリスク」であるとしました。感染爆発による医療崩壊が起これば欧米のように死者数がどっと増えるだろう、という考え方になります。この医療崩壊を防ぐという目標を具体的に数字に落としたものが「大阪モデル」の基準となります。実行不可能な基準を作っても当然意味がありませんので、経済への影響とのバランスも見据えながら設定した基準であろうと推測されます。

数値目標を決めるのは対策には必須です。安全のための目標は安全目標といいますが、なぜ安全目標が大事かを知るにはリスクと安全の違いを知る必要があります。まずはこれについて解説して行きます。少し長いですがご容赦ください。知っている人は読み飛ばしてください。

リスクとは、安全とは

「リスク」という言葉はこのブログでもさんざんたくさん書いてきましたので今更感がありますが、きちんとした定義について問われれば言葉に詰まる人が多いのではないでしょうか。似ている概念として「安全」という言葉があります。リスクと安全はどう違うのでしょうか。

まずリスクは一般的に「結果の重大さ×その発生確率」として表現されます。例えば、破局的噴火や小惑星衝突など、その結果は重大だけど発生確率は低いという性質のものがあります。反対に、蚊にさされたり紙で指を切ったりなど、その結果はささいなものだけど発生確率は高いという性質のものもあります。これらは性質が大きく異なるものの、両者はともに「リスクは低い」と表現されることになります。

ここで、結果の重大さを「人の死」等に固定すると、単に発生確率でリスクを計算できるようになります。これまでコロナのリスクなどを10万人あたりの年間死者数で比較してきました。5月12日現在で643名の死者数が報告されていますので、人口で割ると10万人あたり0.51人となります。

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のリスクを比較したいときに押さえおきたいポイント4つ。その1:リスク指標の計算
新型コロナウイルス感染症がどれくらい怖いものなのかを知るにはそのリスクをほかのリスクと比較することが大切です。リスクを比較する際に重要なポイントはリスクの指標(大きさ)を揃えることです。人口10万人あたりの年間死者数で表現することで、日本と諸外国のコロナウイルスのリスクを比較したり、コロナウイルス以外のリスクと比較できるようになります。

次に、リスクと似た概念である「安全」についての定義を説明します。ISO/IEC Guide51:2014(規格に安全に関する面を導入するためのガイドライン)においては、安全とは“freedom from risk which is not tolerable”すなわち「許容できないリスクがないこと」と定義されています。
(tolerable=耐容可能、acceptable=許容可能と用語を分けて使うこともありますが、ここでは基本的に同じ意味とします)

安全とはゼロリスクを示すものではなく、そのリスクが許容できるか否かが重要であることがわかります。よって、安全を評価するためには、(1)リスクの大きさを評価する、(2)そのリスクが許容できないかどうかを決める、という二つのステップが必要になるのです。許容できないかどうかの基準となるリスクレベルのことを「安全目標」と呼びます。これは分野や時と場合によって大きく違うことがポイントです。つまり、分野によって許容可能なリスクレベルは異なり、単純に「リスクレベルが○○以下は安全」と決められるものではないのです。

安全の線引きは国や文化や時代によって違う

例えば交通事故においては、政府が平成28年3月に決定した第10次交通安全基本計画において、道路交通事故の発生から24時間以内に亡くなる方の数を2500人以下とするという安全目標を定めています。他にも、河川堤防は200年に一度の洪水に耐えうるように設計され、発がん物質では生涯10万人に1人の死亡リスクが管理目標とされ、放射線の曝露は年間1mSv以下とすることが目標とされます。また、かつての第5次交通安全基本計画(1991~1995年)では目標値は死者数1万人以下であり、時代に合わせて安全目標自体も変化するものであることがわかります。さらに、日本では餅やフグなどのリスクが高い食文化や、毎回死者を出すような危険なお祭りが未だに続いていたりしますが、これは文化がリスクを許容しているものと考えられます。このように、安全は時代や国、文化によっても違うため、科学的に(客観的に)評価できるものではありません。安全は科学的なもの・安心は心理的なもの、という安全・安心二分論は誤りなのです。

これもリスクの分野における線引き問題の典型的なもので、以前書いた記事のソーシャルディスタンスの距離のように、科学のみで決まるというよりは社会的な合意によるものとなります。

何メートル離れれば安全なのか?ソーシャルディスタンスのからくり
ソーシャルディスタンスの距離は、ニュージーランドとイギリスで2m、米国では1.8m、オーストラリアで1.5m、シンガポールで1mです。日本ではマスクなしで2m、マスクありで1mです。この差は科学的な根拠に基づくものではなく、それぞれ科学と現実の狭間から生まれたものであろうと推測されます。

今回都道府県ごとに異なる目標が出てきたことを紹介しましたが、コロナウイルス対策は国による考え方の違いも明確であることが指摘されています。日本や欧米は医療崩壊を防ぎながら最終的に集団免疫獲得を目指すウイルス共存型、台湾やニュージーランドなどは島国だからこそ可能になる完全排除型、スウェーデンは淘汰による集団免疫獲得型となっています。スウェーデンはその過程で多数の死者が出ていますが(5月12日現在で10万人あたり32人、日本の約60倍!)、それを許容してきたといえます。イギリスも当初この考え方でしたが途中で方針転換しました。

各都道府県の独自基準

前置きがだいぶ長くなりましたが、安全目標はそもそも一律に決まるものではないということがわかっていただけたかと思うので、コロナウイルス対策の地域独自基準について詳しく見ていきます。

大阪府

大阪モデル/感染拡大・医療提供体制のひっ迫状況を示す指標
大阪モデルについて(令和5年5月8日をもって終了しました)大阪モデルとは◆大阪府では、新型コロナウイルス感染症の感染拡大状況及び医療のひっ迫状況を判断するため、令和2年5月5日に府

警告点灯基準(すべて点灯で自粛を段階的実施)
①感染経路不明者の前週増加比:1以上
②感染経路不明者数:5~10人以上
③確定診断検査における陽性率:7%以上

警告消灯基準(すべて7日連続消灯で自粛を段階的に解除)
②感染経路不明者数:10人未満
③確定診断検査における陽性率:7%未満
④患者受入重症病床使用率:60%以上

最終的に信号機に例えて青、黄、赤の3段階に状況を分け(通天閣と太陽の塔のライトアップの色が変わるようです)、段階的に対策の強さを決めるというものです。5月12日現在ではすべて消灯ですが、運用から7日間経過していないため「黄色」であり、自粛解除まで至っていません。

茨城県

【茨城版コロナNext】緊急事態措置等の強化・緩和に関する判断指標

①重症病床稼働率【県内】
②病床稼働率【県内】
③1日当たりの陽性者数【県内】
④陽性者のうち濃厚接触者以外の数【県内】
⑤陽性率【県内】
⑥1日当たりの経路不明陽性者数【都内】
をそれぞれ4段階の基準値を示し、それによってStage1(感染が抑制できている)からStage4(医療爆発・医療崩壊のリスクが高い)までを決定し、それぞれのステージによって段階的に対策の強さが決まるというものです。

5月12日現在ではStage2となっています。東京都にこの基準をそのままあてはめればまだStage4(医療爆発・医療崩壊のリスクが高い!)です。県南地域は都内に通勤する人が多いので都内の一日感染者数が基準のひとつになっていることがオリジナリティーが高いな部分ですね。

東海3県

東海3県の自粛緩和基準も独自に設定されているようです。

「経済再開に動く段階」 東海3県、制限緩和へ独自指標:朝日新聞デジタル
愛知県は11日、新型コロナウイルス対策の休業要請などを判断する際の基準値を発表した。三重県も同日、県の緊急事態措置解除などの「基本的考え方」を示した。岐阜県は既に休業要請などの緩和に向けた独自の基準…

【愛知】
①新たな感染者数が10人未満(週の平均)
②検査を受けた人に占める感染者の割合(陽性率)が5%未満(過去7日間)
③入院患者数が150人未満(週の平均)
※いずれかを超えた場合は「注意」となり、外出、休業要請など一部の規制に入る。「危険」は①20人以上②10%以上③250人以上。基準にあてはまると「完全な規制をお願いする」

【岐阜】
①新規感染者数の合計が週に7人未満
②検査に占める陽性者が週の平均で7%未満
③感染経路不明な感染者の合計が週に5人未満
④入院患者数が60人未満
⑤全身管理を行う重篤者数が3人未満
※すべての基準を2週間程度連続して下回れば、近隣県の感染状況なども踏まえて、段階的に休業要請などの対策を緩和

【三重】
①直近5日間の新規感染が3例以下
②直近5日の新規感染者が10人以下
③入院患者数が20人以下

この3県だけを見ても見事にバラバラ過ぎておもしろ、、、(なんて言ってはいけないのですが)。ただ、この3県は県をまたぐ通勤が多そうなので、対策も連動しているようです。例えば三重県は以下のようになっており、3県の状況を加味しています。https://www.pref.mie.lg.jp/common/content/000889292.pdf
(2020年5月17日修正、リンク先なくなりました)

このように、各地域でバラバラになっているのは、
(1)休業要請は知事の判断で実施という制度設計
(2)感染状況が地域によって全く異なっている
(3)茨城県のように感染が主に都内から持ち込まれるという地域ごとの特殊な状況
(4)医療キャパシティの違い

などの理由によるものと考えられます。加えて、
(5)各都道府県にあると思われる専門家会議(的なもの)のメンバーの考え方の違い
なども関係するかもしれません。まだまだわからないことの多い新興感染症ですから、まずはやってみて、これではダメだとなればまた数字を変えればよいのです。

このような科学だけでは決められない線引き問題はレギュラトリーサイエンスの非常に良い例です。

まとめ

コロナウイルス対策では、国ではなく都道府県ごとに異なる独自基準が出てきました。休業要請は知事の判断で実施という制度設計、感染状況が地域によって全く異なっている、感染経路の地域ごとの特殊な状況、医療キャパシティの違い、専門家会議(的なもの)のメンバーの考え方の違い、などによりこのような地域ごとに異なる基準となったと考えられます。違いはあれど安全目標を数字に落とし込むことは重要です。

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