シロアリ防除剤としてのネオニコチノイド系殺虫剤のリスク

termite 化学物質

要約

シロアリ防除剤としてのネオニコチノイド系殺虫剤の使用時のリスクについてまとめました。まずシロアリ防除剤のリスク管理について整理し、次に論文の情報からネオニコチノイド系殺虫剤のリスク評価を行い、最後にシロアリ防除剤のリスク比較事例を示します。

本文:シロアリ防除剤としてのネオニコチノイド系殺虫剤のリスク

ネオニコチノイド系殺虫剤と言えば、ミツバチへのリスク懸念から欧州で農薬使用としての規制が強化され、日本でもミツバチに対するリスク評価制度が導入されたところです。本ブログでは欧州での規制が必ずしもリスクの低減につながっていないことをまとめました。ネオニコチノイド系殺虫剤が禁止されても代わりに他の殺虫剤を使用するだけだからです。この記事は本ブログでもトップクラスのアクセス数があります。

オランダの政策評価書から明らかになったネオニコチノイド系殺虫剤禁止後のリスクトレードオフ
欧州でネオニコチノイド系殺虫剤が規制されましたが、その後のリスク低減効果について、オランダが公表した政策評価書の内容を紹介します。規制の当初から指摘されていたこと(ネオニコチノイド系殺虫剤を禁止しても他の農薬に切り替えるだけでリスクは減らない)が現実になったことが明らかとなっています。

ネオニコチノイド系殺虫剤は農薬(農業用途での使用)だけではなく、シロアリ防除用の薬剤としても使用されています。シロアリ防除剤も過去から現在までにいくつかの変遷がありました。以下の記事が参考になります。

シロアリ駆除の薬剤・種類を解説【過去から現在まで】|シロアリ1番!
シロアリの薬剤には土壌処理剤と木部処理剤がありますが、それらに使用できる防蟻成分として公益社団法人しろあり対策協会で認定されている防蟻成分は20種類、防腐成分も9種類存在します。今回はこれらの防蟻薬剤が、シロアリに対してどのような効果を発揮しているのか、詳しく解説していきます。

1950年代からは有機塩素系殺虫剤のクロルデンが使用されていましたが、難分解性・高蓄積性・毒性等の懸念から世界中で使用が禁止されました(日本では1986年に禁止)。

その後は有機リン系殺虫剤のクロルピリフォスなどが使用されるようになりました。ただし、これも毒性が強いことやシックハウス症候群(揮発した薬剤を吸い込んで気分が悪くなるなどの症状が出る)などの懸念から、2000年の業界自主規制を経て2003年に使用禁止となりました。

現在ではネオニコチノイド系殺虫剤をはじめ、ピレスロイド系殺虫剤、カーバメート系殺虫剤、フェニルピラゾール系殺虫剤などが使用されています。過去に使用されてきたものに比べると安全性が改善されています。殺虫剤以外ではホウ素や木材注入材(有効成分として銅を含む)なども使われています。

私もシロアリ防除剤についてはあまり詳しくないのですが、最近この用途でのネオニコチノイド系殺虫剤の使用についても不穏なニュースを見かけるようになりました。

幻冬舎GOLD ONLINE:恐ろしい…EUの禁止農薬が使われる「日本のシロアリ対策」驚愕の実態

恐ろしい…EUの禁止農薬が使われる「日本のシロアリ対策」驚愕の実態 | ゴールドオンライン
知られざる「日本の住宅とその性能」について焦点をあてる本連載。今回は、劣化対策、特にシロアリ対策(防蟻)についてみていきます。

EUで禁止されているからキケンという理屈で書かれています。ところが、EUではミツバチへのリスク懸念から屋外での使用が禁止されているのであって、施設内での使用は認められており、人体への影響が懸念されているわけではありません。この記事では木材注入材やホウ素の使用がよいと書かれていますが、冒頭に記したように「ネオニコチノイドだけ」使用をやめても問題解決にはなりません。

本記事では、まずシロアリ防除剤のリスク管理について整理し、次に論文の情報からネオニコチノイド系殺虫剤のリスク評価を行い、最後にシロアリ防除剤のリスク比較事例を示します。

シロアリ防除剤の自主管理

農薬と同様の殺虫剤有効成分をシロアリ防除剤として使用する場合は、農業用途ではないため農薬取締法の規制の範囲外となります。そこで日本しろあり対策協会などの業界団体が、薬剤を認定したりシロアリ防除の資格を認定したりするなどのリスク管理活動を行っています。

しろあり対策協会
当協会は、木造建築物のシロアリ被害および腐朽を防止する目的で、国土交通大臣の許可を得て結成された50余年の歴史を持つ団体です。

 土壌処理剤及び予防駆除剤の認定は、木材保存剤等審査会に保存性能について審査を依頼し、この審査結果に基づき本会の学識経験者で構成される薬剤等認定委員会で、効力・安全性・環境への負荷・使用法・使用後の廃棄方法等を総合的に審査し認定しています。
 防蟻又は防蟻・防腐効果を有する材料及びその施工方法については、それらの防除効果と安全性について防除技術委員会が独自に性能を審査し登録を行っています。

https://www.hakutaikyo.or.jp/jigyou/nintei

さらに安全管理基準も定めています。これは農業用途でいうGAP(Good Agricultural Practices)のことで、正しい使用方法を定めるものです。農薬も「正しく使用する限り」は安全とみなされており、「薬剤そのものの安全性」と使用者が「正しく使用すること」は安全確保の両輪となります。

薬剤認定・工法登録 規定集
https://www.hakutaikyo.or.jp/contents/uploads/yakuzai_kitei.pdf
安全管理基準
https://www.hakutaikyo.or.jp/boujo/files/anzenkanri.pdf

薬剤の安全性に関するQ&Aなどもあります。ただ、認定している薬剤は安全ですと言っているだけで、なにをもって安全なのか(どのようなリスク評価をして、どこで安全の線引きをしているか)などの説明はありません。農薬登録審査においては評価書が全て公開されていることなどを踏まえると、この辺はもっと詳しい情報公開が必要ではないかと考えます。

薬剤に関すること | Q&Aカテゴリ | シロアリQ&A | 公益社団法人 日本しろあり対策協会
当協会は、木造建築物のシロアリ被害および腐朽を防止する目的で、国土交通大臣の許可を得て結成された50余年の歴史を持つ団体です。

シロアリ防除剤としてのネオニコチノイド系殺虫剤のリスク評価

次に、ネオニコチノイド系殺虫剤をシロアリ防除剤として使用する際のリスクについて、論文を調べてみましたので紹介します。

斎藤ら (2015) シロアリ駆除剤由来のネオニコチノイド系殺虫剤による室内環境汚染. 東京健安研セ年報, 66, 225-233
https://www.tmiph.metro.tokyo.lg.jp/files/archive/issue/kenkyunenpo/nenpou66/225-233.pdf

この論文では、住宅内の空気(浮遊している微粒子)とハウスダスト中のネオニコチノイド系殺虫剤(イミダクロプリドやクロチアニジン)を分析しています。そこから成人の曝露量(1日の呼吸量を成人15m3、ハウスダスト摂取量を成人50 mg/dayと仮定)を算定すると、ADI(許容一日摂取量)に占める割合はイミダクロプリドで0.17%、クロチアニジン0.002%、シプロコナゾールで0.002%という結果でした。また、空気由来よりもハウスダスト由来の方が曝露量の寄与割合が大きいようです。

また、シロアリ防除後2週間(新築ではなくリフォーム時)の住宅で濃度が高かったが、床の拭き掃除を続けたところ、濃度が大幅に低下したとのことです。ADIとはずっとその曝露量が長年続いた場合の許容摂取量ですから、濃度ピーク時の曝露量と比較してもあまり意味がないのです。急性的に影響が出る曝露量は通常それよりさらに高くなります。

ということで、この結果からはリスクの懸念は低いことがわかります。それでもこの論文では「居住者に不整脈を含む何らかの不快な症状が起きたとの訴えがあった」とか「複合曝露や薬剤の相乗効果についても考慮する必要がある」など、警笛を鳴らすような記述もあります。

もう一つ以下の論文も見ていきましょう。

平ら (2021) 防蟻工事におけるネオニコチノイド系殺虫剤使用と健康障害. 臨床環境医学, 30(2), 37-47
http://jsce-ac.umin.jp/200725/files_jjce/30-2/jjce30-2_01.pdf

これは施工後に気分が悪くなった事例がある、というだけの根拠でネオニコチノイド系殺虫剤が原因であるかのように書かれています。

また施工直後のイミダクロプリドの気中濃度が最大で0.76μg/m3と推算されていますが、これで曝露量を計算しても0.23μg/kg/day(呼吸量15m3/day, 体重50kgと仮定)であり、ADI(57μg/kg/day)よりも1/100以下になります。しかもこれは濃度ピーク時であり、この先どんどん濃度は低くなるはずですから、先ほどと同様ピーク時の曝露量と比較してもあまり意味がありません。

ADIは経口摂取した場合(食べた場合)の影響を示すもので、吸入した場合の影響はまた別の話ではありますが、ここまでADIから大きな差がある状況からは、吸って直ちに影響が出るということは考えにくいでしょう。

シロアリ防除剤同士のリスク比較

最後に、ネオニコチノイド系殺虫剤の使用をやめたらどうなるか?ということを考えてみましょう。なにかを悪者にしてそれを退治するだけでは何も変わりません。その代わりに使われるものとのリスクトレードオフを考える必要があります。

かつてクロルデンが禁止されてクロルピリフォスに代替された際、リスクは本当に減ったのでしょうか?産業技術総合研究所の蒲生氏がリスクを比較した結果が以下にあります。

NITE化学物質管理センター成果発表会2011:リスク比較
https://www.nite.go.jp/data/000010306.pdf

発がん性物質と非発がん性物質のリスク比較というチャレンジングな解析ですが、結果は22枚目のスライドに書かれており、処理家屋の住人や防除作業者に対しては逆にリスク(損失余命で表現)が上昇しているのです。

次に、現在使われているシロアリ防除剤と比較してみます。曝露濃度に関する情報が得られないため、毒性だけの比較になります。急性影響の指標としてLD50(半数致死摂取量)と慢性影響の指標としてADIを比較しました。

物質急性影響LD50慢性影響ADI
クロルデン137-590mg/kg0.5μg/kg/day
クロルピリフォス135mg/kg1μg/kg/day
イミダクロプリド410-440mg/kg57μg/kg/day
ホウ素2660-5140mg/kg160μg/kg/day
>2000mg/kg150μg/kg/day

クロルデンやクロルピリフォスに比べてイミダクロプリドになると毒性が大きく改善したことがわかります。ホウ素や銅になるとさらに毒性が低くなりますが、ADIで見るとそこまで大きくは変わりませんね。ホウ素は人体に無害というわけではありません。

私は薬剤や工法ごとのベネフィット(効果やコスパなど)はわかりませんが、リスクとベネフィットの情報がしっかりと開示されて、防除方法を選択するための判断基準が提示されている状態が理想ではないかと思います。

まとめ:シロアリ防除剤としてのネオニコチノイド系殺虫剤のリスク

シロアリ防除剤としてのネオニコチノイド系殺虫剤の使用についてまとめました。以前に使用されていたクロルデンやクロルピリフォスに比較するとリスクは大きく低下しており、使用時の実際の曝露量はADIを大きく下回ります。このようなリスク情報の開示が重要と考えられます。

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