欧州の農薬削減目標(リスク50%減)は法規制の撤回前にすでに達成されていた

pesticide-in-EU 化学物質

要約

日本の「みどりの食糧システム戦略」が参考とした欧州の農薬削減目標について解説します。欧州では2023年にすでに農薬のリスク50%削減を達成しましたが、農薬削減目標の指標2つ(農薬の使用量とリスクを50%減、より有害な農薬使用を50%減)の具体的な計算方法などを紹介します。

本文:欧州の農薬削減目標

農林水産省の「みどりの食糧システム戦略」では、2050年までに化学農薬の使用量をリスク換算で50%減という政策目標を立てています。この通称「みどり戦略」は欧州のFarm To Fork(農場から食卓まで、の意味)戦略にならったもので、Farm To Fork戦略でも2030年までに農薬使用量とリスクを50%減という目標が定められています。

最近になり、この欧州のFarm To Forkによる農薬削減目標は2023年の時点ですでに達成されていたことが報告されました。

HEALTH AND FOOD SAFETY - Annual update shows very positive progress in meeting pesticide reduction targets

この話を見て私は「あれっ?」と思いました。なぜなら、この目標はすでに撤回されたのでは?と思っていたからです。例えば以下を見ると「フォンデアライエン欧州委員長は2月6日、2030年までに農薬使用量を50%減らす目標を撤回すると表明しました。」と書いてありますね。

EUが農薬半減目標を撤回 農業戦略を見直し|世界のアグリフード
フォンデアライエン欧州委員長は2月6日、2030年までに農薬使用量を50%減らす目標を撤回すると表明しました。6月の欧州議会選挙を前に、環境規制の強化に対する農家の抗議行動が欧州各地で激化したことを受け、軌道修正を迫られました。これにより、欧州連合(EU)の農業・食料政策を定めた...

これはどういうことだろう?と思って最初の欧州のニュースをよく見ると「The non-binding EU target to reduce the use and risk of chemical pesticides by 50% by 2030」とあり、「法的拘束力のない目標」となっているのですね。

欧州委員会はFarm To Fork戦略の農薬削減目標を達成するために、「the sustainable use of plant protection products and amending Regulation(SUR、植物保護製品の持続可能な利用規則)」と呼ばれる法案を2022年に発表しました。この法案には法的拘束力のあるさまざまな規制が含まれていました。

欧州委、2030年までに化学農薬の使用量を50%削減する規則案発表(EU) | ビジネス短信 ―ジェトロの海外ニュース

このSURに反発した農家のデモが激化し、2024年にこのSURは廃案となりました。あまりに急激なやり方に反発が大きかったわけです。この時点で法的拘束力のある規制は無くなりましたが、Farm To Fork自体が撤回されたわけではないので、農薬削減目標(法的拘束力なし)そのものは残っていた、ということですね。

そもそもSURが撤回される前の2023年にすでに目標を達成していた、という点もなかなか興味深いですね(SURいらなかったのでは???)。

本記事ではこの欧州の農薬削減目標を詳しく説明します。まず、農薬削減目標の指標2つ(農薬の使用量とリスクを50%減、より有害な農薬使用を50%減)がどのようなものかについて説明し、リスク換算の方法とは?、「より有害な農薬」とは何か?についてさらに詳しく見ていきましょう。

欧州の農薬削減目標

まず、欧州がFarm To Fork戦略で定めた農薬削減目標は二つの指標があります。それは(1)化学農薬の使用とリスクの50%削減、(2)より有害な農薬の使用の50%削減、です。

Pesticide reduction targets - Progress
Pesticide reduction targets

削減の基準となる年は2015~2017年であり、この3年間の平均値が基準となります。基準を100として、各年の農薬リスクをその比として表しています。

(1)の指標の推移をグラフで表したものが下の図です。2022年以降に50以下になったので、目標達成になっています。

EUtrend-use-risk
https://food.ec.europa.eu/plants/pesticides/sustainable-use-pesticides/pesticide-reduction-targets-progress/eu-trends_en

(2)の指標の推移は下のグラフになります。2023年で73であり、こちらの目標はまだ達成できていません。

EUtrend-more-hazardous
https://food.ec.europa.eu/plants/pesticides/sustainable-use-pesticides/pesticide-reduction-targets-progress/eu-trends_en

上記のグラフは欧州全体の推移を示したものでしたが、以下のページでは欧州各国それぞれの推移を見ることができます。このように各国にプレッシャーを与えていくようですね。

Member States: Trends
Member States: Trends in the use and risk of chemical pesticides and in the use of more hazardous pesticides.

クロアチア、イタリア、アイルランド、ルクセンブルク、オランダ、ポルトガル、ルーマニア、スロベニア、スペインが50%以上の削減を達成しています。特にオランダの削減率(77%)はエグいですね。

逆にあまり減っていないのはオーストリア、デンマーク、スウェーデンなどです。ただし、基準年の時点ですでにかなり減らしていたりすると、そこよりもさらに減らすのが難しかったりするので、単純に削減率だけで優劣を議論しないほうがよいと思われます

次から、(1)の「リスク」とは何か?(2)の「より有害な農薬」とは何か?についてさらに詳しく説明していきます。

リスク指標の計算方法

リスク指標の計算方法は以下に掲載されています。計算用のExcelシートもダウンロードできます。

Redirect

ここでは、農薬の使用とリスクを測定する統一リスク指標(HRI-1)と緊急認可の数に基づく統一リスク指標(HRI-2)について掲載されています。ただ、先ほど示した二つの指標のうち、「(1)化学農薬の使用とリスクの50%削減」の指標はHRI-1と同じようですが、「(2)より有害な農薬の使用の50%削減」の指標とHRI-2は異なるようですね。

よく見ていくとこの統一リスク指標は欧州委員会指令(EU) 2019/782に基づくリスク指標であり、Farm to Fork戦略における農薬削減目標のリスク指標とは異なるものかもしれません。よく似た二つのリスク指標を並べて計算することにどのような意味があるのかはよくわかりませんでした。

Harmonised risk indicators
On 15 May 2019, Commission Directive (EU) 2019/782 establishing harmonised risk indicators to estimate the trends in risk from pesticide use...

とりあえずここでは農薬の使用とリスクを測定する統一リスク指標(HRI-1)について見ていきましょう。

農薬の使用量を有害性で重み付けするために、各農薬の有効成分は4つのグループ(1~4)と7つのカテゴリー(A~G)に分類されます
グループ1:低リスクな微生物由来の物質(カテゴリーA)と化学物質(カテゴリーB)
グループ2:微生物由来の物質(カテゴリーC)と化学物質(カテゴリーD)
グループ3:他の農薬に代替すべき候補物質で、発がん性・生殖毒性・内分泌かく乱物質として分類されていない物質(カテゴリーE)と、発がん性・生殖毒性・内分泌かく乱物質として分類されている物質(カテゴリーF)
グループ4:未承認または承認が取り消された物質(カテゴリーG)

グループ1が最も低リスクでグループ4が最も高リスクということですね。そして、農薬の使用量に対して以下の係数を掛け算してすべての農薬を合計します。最後にその合計値を、基準年を100とした場合の比としてリスク指標とします。
グループ1:1
グループ2:8
グループ3:16
グループ4:64

最もリスクを減らしているオランダの報告を見ると、グループ1の農薬使用は大きく増えて、グループ2の農薬使用はほぼ横ばい、グループ3とグループ4は大きく使用が減りました。また、殺虫剤のリスクはほぼ減っておらず、除草剤と殺菌剤は約半減、貝類防除剤は8割減となっています。

オランダの統一リスク指標に関する報告(オランダ語ですが、自動翻訳を駆使すれば読めます)

Harmonised Risk Indicator (HRI) in Nederland
In mei 2019 heeft de Europese Commissie 2 indicatoren vastgesteld die de trend weergeven in de verkoop in kilogram werkzame stof en het aant...

「より有害な農薬」とは?

農薬削減目標のもう一つの指標「(2)より有害な農薬の使用の50%削減」については、以下のように記載されています。

規則 (EC) No 1107/2009 の第24条に従って代替候補として承認され、実施規則 (EU) 540/2011の付録Part E に記載されている1つ以上の有効物質を含む植物保護製品、または実施規則 (EU) 2015/408の付録に記載されている1つ以上の有効物質を含む植物保護製品のこと

https://food.ec.europa.eu/plants/pesticides/sustainable-use-pesticides/pesticide-reduction-targets-progress_en

実施規則 (EU) 540/2011については、以下(記事執筆時点で最新の2025年5月15日版)に長々としたリストがあり、その下のほうにPart Eというところがあるので、そこに記載されている農薬ということになるのでしょう。

EUR-Lex - 02011R0540-20250515 - EN - EUR-Lex

また、実施規則 (EU) 2015/408については、以下(記事執筆時点で最新の2025年7月1日版)にリストされている農薬が該当するようです。

EUR-Lex - 02015R0408-20250701 - EN - EUR-Lex

何をもってこのリストに加えられているかはよくわかりませんが、統一リスク指標(HRI-1)のグループ3にあるものとだいたい同様であるようです。そうすると、発がん性・生殖毒性・内分泌かく乱作用のような、ハザード(有害性)による分類であると考えられます

どのような有害性があるか、というよりもその有害性が実際に起こりうるかどうか(リスク)で判断すべきなのですが、曝露量の情報はここでは反映されていないようです。

本来、リスクを定量化するのであれば、曝露量の分布(個人間の変動を表す)から、ADI(許容一日摂取量)を超過する確率を計算するのが一番よいと思います。これは確率論的リスク評価と呼ばれており、これまでの実績もたくさんある方法です。

まとめ:欧州の農薬削減目標

欧州のFarm To Fork(農場から食卓まで、の意味)戦略における「2030年までに農薬使用量とリスクを50%削減する」という目標について解説しました。目標達成のための法規制は撤回されましたが、2023年にすでに目標達成したことが報告されました。農薬のリスク指標については、農薬を4つのグループに分けて重み付け係数を設定し、使用量に重み付けして合計する手法が採用されています。

補足

日本のみどり戦略におけるリスク指標の計算方法は本ブログの過去記事に書きましたのでそちらを参照してください。ヒトに対する毒性の指標であるADI(許容一日摂取量)によって3段階に分けて重み付けする方法となっています。欧州のハザード分類をベースとした手法よりも穏当な手法ではないかと考えられます。

みどりの食糧システム戦略における「化学農薬(リスク換算)50%減」を解説します
農林水産省の「みどりの食糧システム戦略」では、2050年までに化学農薬の使用量をリスク換算で50%減という政策目標を打ち立てました。このリスク換算の方法として、毒性の強さを示すADI(許容一日摂取量)を使ってリスク係数を求めて使用量を重みづけしていく方向性が出されました。

コメント

タイトルとURLをコピーしました