はちみつやミツバチはどのような農薬で汚染されているのか?

beewax 化学物質

要約

グリホサートという除草剤の成分がはちみつ中から基準値を超えて検出されたことが話題になっています。ただし、そもそもはちみつやミツバチがどのような農薬で汚染されているのかは実際のところあまり知られていません。そこで農薬汚染の実態をまとめ、リスク評価を行いました。

本文:はちみつとミツバチの農薬汚染

化学物質のリスクの中でも農薬の残留基準値超過は定期的に話題になります。前回は「春菊から基準値の180倍の農薬で食べると嘔吐や失禁」などというセンセーショナルな見出しが話題となりました。これについては本ブログの過去記事で詳細に説明しています。

農薬の残留基準値を超過した際に健康影響を判断するための3つのステップ
農薬の残留基準値を超過したニュースを例に、健康影響を判断するステップとして以下の3つを紹介します。1.農薬評価書を活用して農薬の毒性、無影響量などを調べる2.影響が出るまでどの程度その食品を食べる必要があるのかを計算する3.リスクを評価し、そのリスクが受け入れられるかどうかを考える「基準値の〇〇倍!」という数字から判断できることはほとんどないことがわかります。

そして最近は、はちみつからグリホサートという除草剤が基準値以上の濃度で検出されたというニュースが流れています。その後の続報にて、さらに別ブランドのはちみつからも基準値超えのグリホサートが検出されたと報じられました。

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グリホサート(農薬としての商品名ラウンドアップ)はいま世の中で大きく叩かれている農薬です。数年前まではネオニコチノイド系農薬がさかんに叩かれていましたが、今やその役を完全に奪ってしまいました。この辺のてん末について詳しく知りたい方は以下の記事などをご覧ください。

AGRI FACT:ラウンドアップはなぜ風評被害に遭っているのか?【解説】

ラウンドアップはなぜ風評被害に遭っているのか?【解説】 | AGRI FACT
安全性が高く、有用な除草剤として古くから世界中で使用されているラウンドアップが危険な農薬であるかのような風評被害に遭っている。

これに対してはつみつメーカー側は、健康への影響はないが念のため自主回収するという発表を行っています。その際に引用した厚生労働省の発表(はちみつ中グリホサート基準値超過の別事例)を見ても、健康被害が起こることはなさそうです。

輸入食品に対する検査命令の実施  

ところで、グリホサートやネオニコチノイド系農薬など特定の農薬ばかりが話題になりますが、そもそもはちみつやミツバチはどのような農薬で汚染されているのか、その全体像はいまいち見えてきませんね。

そこで本記事では、はちみつやミツバチの農薬汚染の実態についての研究成果を紹介します。特に、養蜂で使う殺ダニ剤が見落とされていることに注目します。最後に、話題の農薬と養蜂で使う殺ダニ剤とでリスク比較をしてみましょう。

はちみつはどのような農薬で汚染されているか

最初にはちみつ中の農薬について見ていきましょう。以下の論文は、これまでにはちみつ中の農薬濃度を測定した多数の研究をまとめたレビューになっています。

El-Nahhal (2020) Pesticide residues in honey and their potential reproductive toxicity. Science of The Total Environment, 741, 139953

Redirecting

さらにこの論文中では毒性値(ヒトに対するARfD値)との比(ハザード比という)をとってリスク評価を行っています。ただし、ハザード比の計算方法が間違っていて、リスクを大きく見積もりすぎているなどの問題点があります。そこでここではリスクありかなしかではなく農薬間の相対的な比較を見るにとどめておきましょう。

相対的にリスク大きいもの(大人のハザード比が10以上のものを抽出)は、ほとんどが過去に使われていたDDTやディルドリン、HCH等のPOPs農薬でした。POPs(Persistent Organic Pollutants:残留性有機汚染物質)とは、難分解性・高蓄積性・長距離移動性・有害性という特徴を持つ物質のことで、地球規模の汚染が懸念されることからPOPs条約(残留性有機汚染物質に関するストックホルム条約)によって世界的に規制されています。

POPs以外の農薬では、養蜂で使う殺ダニ剤のリスクが比較的高くなっています。ミツバチはダニが媒介する病気に弱いので、ミツバチに毒性の弱いフルバリネートやアミトラズなどの殺ダニ剤を使います。この二つは現在日本でも使っています。

リスクが相対的に高いとされた農薬も、検出された濃度だけを見ると高いように見えますが、そもそも検出率は低くなっています。濃度の平均値を計算する際は、検出された濃度だけを平均するのではなく、検出されなかったものを検出限界の1/2などの値をあてはめて全部合わせて平均しないと現実とかけ離れた数字になりますね。

POPs農薬や養蜂で使う殺ダニ剤に比べると、ネオニコチノイド系農薬やグリホサートなどは検出されるものの全然たいしたことのないレベルとなっています。

ミツバチはどのような農薬で汚染されているか

次に、ミツバチやハチの巣中の農薬について見ていきます。以下の論文は、アメリカで多数のハチの巣サンプルを集め、ハチ、みつろう、花粉中の農薬を測定した研究です。

Mullin CA et al (2010) High Levels of Miticides and Agrochemicals in North American Apiaries: Implications for Honey Bee Health. PLoS ONE 5(3): e9754

High Levels of Miticides and Agrochemicals in North American Apiaries: Implications for Honey Bee Health | PLOS ONE

みつろうとは、詳しくは以下のサイトを見ていただきたいのですが、ハチの巣を構成する蝋でできたもので、はちみつを採った後に残ります。ろうそくや化粧品、養蜂の土台などに使われるものです。

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みつろう中の農薬で検出率が高いのはフルバリネートやクマホス、アミトラズなどの養蜂で使う殺ダニ剤です。特にフルバリネートとクマホスはほぼすべてのサンプルから出てきます。クマホスは日本では使われていません。他には殺虫剤のクロルピリフォスやエンドスルファン(後にPOPs指定)、殺菌剤のクロロタロニル(TPNとも呼ばれる)がよく出てきます。

濃度が高いのはやはりフルバリネート、クマホス、アミトラズです。フルバリネートは平均で7.4mg/kgという高濃度です。冒頭のグリホサートの基準値超過事例が0.05mg/kgですから、2桁も上になりますね。

次に花粉中の農薬は、フルバリネート、クマホス、アミトラズに加えて、殺虫剤のクロルピリフォスやエンドスルファン、除草剤のペンディメタリンが高い検出率となっています。

検出率は低いものの濃度が高くなっているのは殺虫剤のアルディカルブやイミダクロプリド(の代謝物)、殺菌剤のキャプタン、除草剤のプロパニルなどです。みつろうでは検出率も濃度も上位が同じでしたが、花粉は両者の上位が違っています。

最後にミツバチそのものから検出された農薬を見ると、検出率が高いのはフルバリネートとクマホスが圧倒的に上位、高濃度の農薬はアミトラズ、フィプロニル、カルバリル(いずれも殺虫剤で検出率は低い)になりました。

はちみつとみつろうのリスク比較

このように見ていくと、はちみつでもミツバチでも、世間で話題になる(叩かれている)農薬と実際に汚染されている物質とはまた違っていることがわかります。もっと養蜂で使う殺ダニ剤に注目する必要があると思います。

最後にいくつかのリスクを評価して比較してみたいと思います。農薬のリスク評価の手順は以前の記事に詳しく書いていますので、ここでは説明を省きます。

農薬の残留基準値を超過した際に健康影響を判断するための3つのステップ
農薬の残留基準値を超過したニュースを例に、健康影響を判断するステップとして以下の3つを紹介します。1.農薬評価書を活用して農薬の毒性、無影響量などを調べる2.影響が出るまでどの程度その食品を食べる必要があるのかを計算する3.リスクを評価し、そのリスクが受け入れられるかどうかを考える「基準値の〇〇倍!」という数字から判断できることはほとんどないことがわかります。

はちみつ中のグリホサート

グリホサートのARfD(急性参照用量、急性毒性の目安)は日本では設定の必要なしとされています。つまり急性毒性が非常に弱く、問題にならないという意味です。欧州では0.5mg/kg/dayとされていますので、この数字を使います。根拠となったNOAEL(無毒性用量)はウサギの試験で50mg/kg/dayです。

はちみつ中濃度は冒頭のニュースで検出された0.05ppm(=50ng/g)を使います。

曝露シナリオは、体重は50kgの大人が1日にはちみつ50gを食べるとします。

摂取量 = 50gはちみつ/50kg/day
= 1gはちみつ/kg/day
= 50ngグリホサート/kg/day
= 0.00005mgグリホサート/kg/day

曝露マージン(NOAELとの比、すなわち毒性が出るまでの余裕度)は1000000となります。非常に大きな数字で全くリスクの問題はありません。

はちみつ中のイミダクロプリド

ネオニコチノイド系農薬の一つであるイミダクロプリドのARfDは0.1mg/kg/dayで、NOAELはマウス、ウサギ、マウスの試験で10mg/kg/dayとなっています。

はちみつ中濃度は上記の論文に出てくる50ng/g(=0.05ppm)を使います。

曝露シナリオはグリホサートと同じです。

摂取量 = 50gはちみつ/50kg/day
= 1gはちみつ/kg/day
= 50ngイミダクロプリド/kg/day
= 0.00005mgイミダクロプリド/kg/day

曝露マージンは200000になります。これも全くリスクの問題になりません。

みつろう中フルバリネート

みつろうなど食べることはないだろうと思いますが、上記のみつろうの紹介サイトを見ると、食べることがあるのだそうです。女の子がみつろう(?)の固まりのようなものをかじっている写真があります。

フルバリネートのARfDは60ug/kg/dayで、NOAELはラットの試験の6mg/kg/dayとなっています。

みつろう中濃度は上記の論文に出てくる平均値の7.4ppm(=7400ng/g)を使います。

曝露シナリオとして、子供がみつろう(?)の固まりをかじっている写真を想定して、体重20kgの子供が20gのみつろうを食べると考えます。

摂取量 = 20gはちみつ/20kg/day
= 1gはちみつ/kg/day
= 7400ngフルバリネート/kg/day
= 7.4ugフルバリネート/kg/day
= 0.0074mgフルバリネート/kg/day

曝露マージンは810になります。これもARfDには達しておらず、リスクの懸念には至りませんが、はちみつ中のグリホサートやイミダクロプリドと比べるとマージンが数桁も低くなりました。

実際にはみつろうをそのままで食べることはないでしょうが(おいしくないので)、食品添加物として認可されており、お菓子の原料などに使われています。フランスの伝統菓子カヌレに使うようですね。食品添加物として鉛やヒ素などの規格基準がありますが、農薬が測定されているかどうかはメーカーの自主管理の範ちゅうではないでしょうか。

まとめ:はちみつとミツバチの農薬汚染

はちみつ中の農薬について話題になっていますが、そもそもはちみつやミツバチがどのような農薬で汚染されているのかはあまり知られていません。はちみつ中の農薬でリスクの面で注目すべきは過去に使用されていたPOPs農薬ですが、検出頻度は低いです。それ以外では養蜂で使用する殺ダニ剤が、はちみつでもミツバチやハチの巣においても高頻度・高濃度で検出されています。

補足

本記事のタイトルでは「農薬」とひとくくりにしてしまいましたが、フルバリネートなどの養蜂で使う殺ダニ剤は正確には「農薬」ではなく「動物用医薬品」です。ただし、同じ成分でも農業用途に使えば農薬になります。両者は規制の法律も異なるのです。

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