マイクロプラスチック汚染の本命はタイヤ摩耗塵?~新たなハザード6-PPDキノンとの関係~

tire 化学物質

要約

マイクロプラスチックの排出源としてのタイヤの重要性を示し、タイヤ摩耗塵の健康・環境影響について整理し、新たなハザードとしての6-PPDキノンについてまとめます。6-PPDキノンはサケに対する毒性が強いことから今後要注目です。

本文:マイクロプラスチックとタイヤ摩耗塵

マイクロプラスチックのリスクについてはこれまで本ブログで3つの記事を書いてきましたが、それぞれ大きな反響がありました。

学術会議の提言から読み解くマイクロプラスチック問題のからくり
日本学術会議が2020年4月に公表したマイクロプラスチックに関する提言の内容をまとめて紹介します。マイクロプラスチック汚染が進んでいる現状と、生海洋物やヒト健康への影響を懸念する内容ですが、リスク学的な視点からはツッコミどころも多いです。リスク評価がないままに悪いものと印象付けていると感じます。
マイクロプラスチック問題その2:リスク評価者の視点がマイクロプラスチック問題のモヤモヤを解き明かす
マイクロプラスチック問題について議論されたJSTのワークショップ資料の中からリスク評価の視点を紹介します。世界における規制、生態リスク、発生源、流出防止策、ペットボトル規制論などについて、リスク評価者の視点がマイクロプラスチック問題のモヤモヤを解き明かしていきます。
マイクロプラスチック問題その3:被覆肥料カプセルの問題はリスクの問題ではない
被覆肥料のプラスチックカプセルの問題について、リスクの視点から全体像を整理しました。被覆肥料由来のマイクロプラスチックの排出は全体の1%以下であり、マイクロプラスチックの生態リスクは現状で懸念レベル以下であることから、リスクの問題というよりはごみ問題として考えるべきです。

世間での動きを見ていると、相変わらずレジ袋やらプラストローやらペットボトルやらがやり玉にあげられているように見えます。これらをやめても実際のどのような効果があるのかについてはよくわかりません。

特にレジ袋有料化の目的は、プラごみ問題や気候変動問題の解決ではなく「消費者のライフスタイルの変革を促すこと」と書かれてしまっているのです。

レジ袋有料化検討小委員会
環境省のホームページです。環境省の政策、報道発表、審議会、所管法令、環境白書、各種手続などの情報を掲載しています。

マイクロプラスチックによるヒトの健康や生態系への影響についても過剰にあおられています。これについては冒頭にあげた過去記事をご覧ください。

そんな中、本当に注意しなければいけないものもあります。これがタイヤ摩耗塵です。タイヤは「プラスチック」なの?と疑問に思う人が多いのですが、合成ゴムはプラスチックに含まれます。タイヤがクルマの走行により摩耗し、その粉塵の微粒子(これもマイクロプラスチックの一つ)が道路に溜まったり舞い上がったりし、その後雨水で水域に流されていきます。

さらに注目すべきなのが「6-PPDキノン」という高い毒性を持つ物質です。これはタイヤに添加される酸化防止剤の「6-PPD」が環境中で酸化して生成するもので、タイヤ摩耗塵の中にも含まれ水域に運ばれます。これがアメリカでギンザケの大量死に関係しているかもしれないという研究が発表され、新たなハザードとして注目されています。

本記事では、まずマイクロプラスチックの排出源としてのタイヤの重要性を示し、タイヤ摩耗塵の健康・環境影響について整理し、新たなハザードとしての6-PPDキノンについてまとめます。

マイクロプラスチックの発生源としてのタイヤ

マイクロプラスチックの発生源については、冒頭に紹介した過去記事の2番目ですでに整理してありますので、ここではそのおさらいをしてみましょう。

ドイツのフラウンホーファー研究所による報告書(リンクは記事最後の補足参照)によると、マイクロプラスチックの全体の排出量は2500g/年/人程度、その内訳としてタイヤ摩耗塵がトップの1228g/年/人となっています。ほぼ半分を占めていることがわかりますね。

ついでに摩耗アスファルトは第3位の228g/年/人、道路上の標識が第9位の91g/年/人となっており、自動車走行に由来するものが多くなっています。ちなみによくやり玉にあがるプラスチック包装容器は第8位の99g/年/人です。ただし、プラスチック包装容器に比べると自動車とマイクロプラスチックを関連付けた話を聞くことはほとんどありませんね。

順位排出源排出量
g/年/人
1自動車タイヤ1228
2廃棄物漏洩302
3摩耗アスファルト228
4プラスチックペレット損失182
5人工芝グラウンドからの流出131
6工事現場における漏洩117
7靴底の摩耗109
8プラスチック包装容器99
9道路上の標識マーク91
10洗濯による衣類繊維由来76

ちなみに、人工芝の摩耗は第5位の131g/年/人となっています。それがどうしたの?と思われるかもしれません。実は人工芝の充填剤には廃タイヤがリサイクルされて使用されているのです(関連サイトへのリンクは記事最後の補足参照)。アスファルトにも使用されています。このようなタイヤのリサイクル製品はタイヤの二次的な排出源ということができるでしょう。

他の文献(リンクは記事最後の補足参照)にあたってみると、日本での測定に基づいた数字もありました。日本ではタイヤ摩耗塵の発生量は1900g/年/人という数字が出ており、ドイツの推定値よりも高いですね。ただし、計算方法の違いなどもあるため単純な比較はできません(大きく分けて走行キロ数から計算する方法とタイヤの流通量から計算する方法がある)。

これまで自動車由来の環境影響としては、燃料の燃焼由来のCO2発生(による地球温暖化)やNOx・SOxなどの大気汚染物質が主なターゲットとなってきました。技術の進歩により燃費は向上し、排ガスはよりクリーンになっています。

ただし、自動車が電動化やハイブリッド化するとバッテリーが大型化し、車重量が増えてタイヤも大きくする必要があるため、タイヤの摩耗が増加します。すなわち、タイヤ摩耗塵の発生(すなわちマイクロプラスチックの発生)は今後も増加することが予想されるのです。

タイヤ摩耗塵の影響と対策

タイヤの摩耗塵は一旦空気中に舞い上がり、雨が降った際に雨水中にトラップされて地上に降ってきます(湿性沈着)。

空気中に舞い上がった際には人間が吸い込みます。自動車由来の摩耗塵の中にはゴムや合成ポリマー、金属、カーボン、添加剤、アスファルトの摩耗塵、ブレーキの摩耗塵など、さまざまなものの混合物ですが、基本的に影響は粒子の大きさに依存するとみなされています。いわゆるPM2.5(直径2.5μm以下の大気中に浮遊している微粒子)のような微粒子になると肺に到達しやすく、影響も大きくなります。PM2.5は肺がんを引き起こす発がん性もあり、濃度レベルを考えると化学物質の中でも高リスクなものです。

ブレーキパッドに添加されるアンチモンという金属(これも発がん性の可能性がある)の大気中濃度をモデルで予測した研究(リンクは記事最後の補足参照)によると、幹線道路沿いでは特に濃度が高くなり、100m程度離れると濃度が下がります。幹線道路沿いに住んでいるとこのような摩耗塵への曝露は増加すると考えられます。

また、雨水とともに水域に流出した場合、特に金属は毒性が強く水生生物への影響が懸念されます。リスク評価まではここでは書ききれないので詳細はまた別の機会にさせていただきます。「6-PPDキノン」についてはこの後で説明します。

ここまで書くと、タイヤ摩耗塵がなぜレジ袋やペットボトルのようにやり玉にあがってこなかったのか、不思議に思われます。この原因としては以下の3つが考えられます:
1.クルマは便利すぎて悪いものというイメージがないから
2.目立たないから
3.わかっててもどうにもならないから

1は感情ヒューリスティック(解説した過去記事へのリンクは記事最後の補足参照)の話になります。2について、大型のプラごみや被覆肥料のように由来がわかりやすいものは「目立つ」のでやり玉にあげられやすいのに対して、摩耗塵のように細かいものは存在が目立たなく、由来もわかりにくいのです。3について、レジ袋からマイバッグへ・ペットボトルから水筒へ、のように容易に代替がイメージできません。

タイヤ摩耗塵の対策について、ここで面白い製品を紹介します。「タイヤコレクティブ」はタイヤに取り付けることで、摩耗塵を補足して収集することができます。タイヤが摩耗する際にゴムの粒子中にある帯電した炭素を、静電気を帯びた銅板が組み込まれた装置を使って捕らえるものです。以下のWEBサイトの説明によると大気中への排出を60%低減できるとのことです。

タイヤの摩耗粉がもたらす環境汚染に挑む 真のゼロエミッション車を目指す英スタートアップ : サステナブル・ブランド ジャパン | Sustainable Brands Japan
自動車がもたらす公害は排気ガスだけではない。走行時に生じるタイヤの摩耗粉も大きな課題だ。英ロンドンに本拠を置くスタートアップ「タイヤコレクティブ」はタイヤの摩耗を調査し、微粒子を発生源で捕らえる技術を開発している。

まだ開発段階ではありますが、非常にユニークな技術だと思います。

新たなハザード6-PPDキノン

「6-PPDキノン」という物質がギンザケの大量死に関係しているのでは?との示唆が科学誌「Science」に報告されたのは2020年の12月で非常に新しい話です(リンクは記事最後の補足参照)。

タイヤの酸化防止剤として添加される6-PPDは使用中に6-PPDキノンに変化し、摩耗塵とともに雨水経由で河川に流出します。これがギンザケに非常に高い急性毒性を持つのです(半数致死濃度はなんと0.095μg/L!農薬でもこんなに強い毒性ありません)。

かなり種特異的に毒性が出るようで、サケ科以外の生物にはほとんど毒性がなく、サケ科の中でも全ての種に毒性が出るわけではないようです。こんな毒性のパターンは農薬を含めて他の物質では見たことがありません。

この物質を突き止めるまでに長い研究が必要でしたが、以下のサイトでは日本語で解説が書かれています。

東京大学 FSI海洋プラスチック研究:ギンザケの急性死は自動車タイヤ由来の化学物質が引き起こしている?~アメリカの研究者らが高い可能性を指摘

ギンザケの急性死は自動車タイヤ由来の化学物質が引き起こしている?~アメリカの研究者らが高い可能性を指摘
アメリカ北西太平洋のギンザケが,繁殖のために都市部の小川に遡上した際,嵐によ...

また、この記事の筆者が日本のタイヤメーカーに「6-PPDなどの酸化防止剤をどのくらい使っているか」と質問したが「公表できない」と言われたことが書かれています(そりゃそうでしょう)。

6-PPDキノンについては現在数多くの研究が進んでいるようなので、今後もどんどん情報が出てくるでしょう。タイヤ由来のマイクロプラスチックとともに注目すべき新たなタイヤ由来のハザードと言えます。

まとめ:マイクロプラスチックとタイヤ摩耗塵

マイクロプラスチックの排出源としてタイヤの摩耗がトップになっており、タイヤがリサイクルされたアスファルトや人工芝由来の二次的な排出も含めると、マイクロプラスチック問題の本命と言えそうです。さらに、タイヤ由来の6-PPDキノンという新たなハザードが同定され、サケに対する影響が強いことから今後注目が必要です。

補足:参考情報

ドイツのフラウンホーファー研究所による報告

Plastics in the environment - Fraunhofer UMSICHT
Resource Management in the Circular Economy: We bring value chains together. We combine feasibility and potential studies with strategy cons...

廃タイヤのリサイクルについての情報

販売製品について|北海道の廃タイヤ回収・ゴム原料の新生ゴム
リサイクルから販売までここまでやります“新生ゴム”新生ゴムは廃タイヤをリサイクルし、ゴムチップなどの...

日本におけるタイヤ摩耗塵の発生量の情報:
Kole et al (2017) Wear and Tear of Tyres: A Stealthy Source of Microplastics in the Environment. Int. J. Environ. Res. Public Health, 14(10), 1265

Wear and Tear of Tyres: A Stealthy Source of Microplastics in the Environment
Wear and tear from tyres significantly contributes to the flow of (micro-)plastics into the environment. This paper compiles the fragmented ...

大気中アンチモン濃度の予測についての研究:
永井ほか (2009) 大気拡散モデルによる大気中アンチモンの曝露解析. 環境科学会誌, 22(2), 61-72

大気拡散モデルによる大気中アンチモンの曝露解析
J-STAGE

感情ヒューリスティックについて解説した本ブログの過去記事

「コロナでだけは死にたくない」とはどういうことか?「良いリスク」と「悪いリスク」の違い
「コロナでだけは死にたくない」という人が結構いるとのことですが、死に方にも良い―悪いという認知があるように、リスクにも良いリスク―悪いリスクという認知があります。専門家による分析的なリスクの大きさの判断とは異なり、良い―悪いという感情がリスクやベネフィットの大きさの認知にも大きく影響します。

ギンザケに対する6-PPDキノンの影響:
Tian et al (2020) A ubiquitous tire rubber-derived chemical induces acute mortality in coho salmon. Science, 371, 6525, 185-189

Handle Redirect

6-PPDキノンはメダカ、ゼブラフィッシュ、ミジンコ、ヨコエビには毒性が低いことを示した研究:
Hiki et al (2021) Acute Toxicity of a Tire Rubber-Derived Chemical, 6PPD Quinone, to Freshwater Fish and Crustacean Species. Environ Sci Technol Lett, 8, 9, 779-784

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