日焼け止めで淡水生態系は致命的な影響を受けるのか?生態リスクを考える際のポイント

sunscreen 化学物質

要約

日焼け止め成分が海外で規制されるなど、生態系への影響が注目されています。「一般的な日焼け止め成分は淡水生態系にとって危険であることが判明」と題したニュースを例に、生態リスクを考える際のポイントを紹介します。

本文:日焼け止めの生態影響

「一般的な日焼け止め成分は淡水生態系にとって危険であることが判明」と題したニュースがEurekAlertに掲載されているのを見つけました。EurekAlertとは、有名な科学雑誌「サイエンス」を出版しているAAASが運営する科学ニュースサイトです。

Common sunscreen ingredients prove dangerous for freshwater ecosystems
The results show that long-term exposure to ultraviolet (UV) filters--including avobenzone, oxybenzone, and octocrylene--is lethal for some ...

内容は、日焼け止め成分への長期曝露は淡水環境に生息する一部の生物にとって致命的であることを示している、というものです。

さて、一部の日焼け止め成分はサンゴ礁に悪影響を与えるなどの懸念によりすでに海外で規制の動きが見られます。

海外で次々と日焼け止めの販売や使用が禁止に!対象の国と対策を解説

海外で次々と日焼け止めの販売や使用が禁止に!対象の国と対策を解説 1 ページ目
暑い日差しから私たちの肌を守る日焼け止めが、海洋汚染の原因になっていることをご存じでしょうか。海外では日焼け止めによる海洋汚染を防ぐために、次々と販売禁止になっています。どのような国が日焼け止めの禁止を行い、どのような対策を行っているのでしょうか。

パラオでは世界に先駆けて2020年1月1日から、有害指定化学物質の入った日焼け止めなどの販売・使用が禁止になります。
中略
対象の有害指定化学物質は、以下の10種類。
オキシベンゾン
オクチノキサート(製品表示名:メトキシケイヒ酸エチルヘキシルなど)
オクトクリレン
エンザカメン
トリクロサン
メチルパラベン
エチルパラベン
ブチルパラベン
ベンジルパラベン
フェノキシエタノール
中略
パラオに続き、ハワイでも2021年1日1日から、有害指定化学物質の入った日焼け止めの販売や流通が禁止になります。ただし、医師が処方する場合は規制の対象外とのこと。
中略
対象の有害指定化学物質は、以下の2種類。
オキシベンゾン
オクチノキサート(製品表示名:メトキシケイヒ酸エチルヘキシルなど)

https://ecotopia.earth/article-2238/

今回、日焼け止め成分の生態リスクについて、ニュースの元となった論文を調べてみました。そこから淡水生態系へ危険で致命的な影響があるのかどうかを評価していきます。

日焼け止め成分がミジンコに与える悪影響

ニュースの元となった論文を読んでみましょう。論文のハイライトには「ミジンコは環境中の現実的な濃度(environmentally realistic concentrations)で毒性を発現する」と書いてあります。

Boyd et al (2021) A burning issue: The effect of organic ultraviolet filter exposure on the behaviour and physiology of Daphnia magna.
Science of The Total Environment, 750, 141707

Redirecting

ジャーナルは環境科学の有名な国際総合誌「Science of The Total Environment」です。インパクトファクターは6.55、これに論文が掲載されれば普通に「すごいね」と言われるレベルの雑誌です。ただ、タイトルの最初に「A burning issue(火急の問題)」なんて書いてある時点でまあちょっとヤバい論文だと思わざるを得ません。

この研究ではアボベンゾン、オキシベンゾン、オクトクリレンの3つのオオミジンコ(Daphnia magna)に対する毒性試験を行っています。ここでは規制対象のオキシベンゾン、オクトクリレンの結果だけ見ます。

48時間の急性毒性試験での半数影響濃度(EC50)は以下の通り(以下、単位はすべてマイクログラム/L):
オクトクリレン 30ug/L
オキシベンゾン 1200ug/L

そのほか、走光性応答障害がオクトクリレン2ug/L以上の濃度で見られ(ただし有意差なし)、200ug/Lで48時間の曝露後に生存率が低下しました。

21日間の慢性毒性試験では、オクトクリレン7.5ug/L、オキシベンゾン100ug/Lで生存率が低下しました。

まとめると、オキシベンゾンよりもオクトクリレンのほうが毒性が強いということ、オクトクリレン濃度が2ug/L以上でなんらかの影響が出てくるということになります。結局「火急の問題」とは何だったのでしょうか?その説明は特にありませんでした。

environmentally realistic concentrationを考える

実際のenvironmentally realistic concentrationがどの程度になるかを調べてみました。冒頭に挙げたニュース記事では「人気のビーチエリアで起こりうる濃度で曝露させた」とあるのですが、上記論文で試験を行ったミジンコは淡水の生物なので、曝露濃度の仮定そのものが間違っているようですね。とりあえずここではビーチエリアで本当に起こりうる濃度を考えてみましょう。

徳島県の海水浴場にて日焼け止め成分を分析した研究事例がありました。人出の多い日曜日で日中100-300人程度の海水浴客がいたという状況です。最大の検出濃度は以下の通りです:
・オキシベンゾン 0.02ug/L
・オクチノキサート 0.6ug/L
・オクトクリレン 0.3ug/L
(この3つ以外にも測定していますが全然検出されてません)

この調査が優れているのは時間変動を見ていることですね。海水浴客が来る昼間に濃度がピークになり、その日の夜にはもう検出されないレベル(<0.01ug/L)まで濃度が下がります。つまり速やかに海水で希釈されて濃度が下がるわけです。調査は日曜日ですから、他の曜日ともなればもっと濃度が低くなりますね。

レクリエーションの場における紫外線吸収剤の調査結果 – 徳島県

年報2015|徳島県ホームページ

もう一つの国内の分析事例を見てみます。2011年に沖縄のビーチで日焼け止め成分を分析しています。検出された最大濃度は以下の通りです:
・オキシベンゾン 1.3ug/L
・オクチノキサート 0.1ug/L
・オクトクリレン 0.08ug/L
(この3つ以外で目立つのはホモサレートが最大0.2ug/L)

論文にはサンプリング日の曜日が書いてなかったので自分で調べてみると、ピーク濃度を示した7月31日もしくは8月14日はいずれも日曜日でした。時間変動は調べてませんが、干潮時にサンプリングしたとだけ書いてありました。これも自分で調べてみると、沖縄の2011年7月31日および8月14日の干潮時刻は両日ともに午後1時台であり、最も人出の多い時間帯と考えてよさそうです。

Tashiro, Kameda (2013) Concentration of Organic Sun-blocking Agents in Seawater of Beaches and Coral Reefs of Okinawa Island, Japan. Marine Pollution Bulletin, 77, 333-340

Redirecting

つまり、最も濃度が高くなる時間にサンプリングしており、この濃度がずっと続くことはなさそうです。時間変動を考慮すれば、急性的な曝露濃度は最大検出濃度の1/3以下、さらに曜日を考慮すれば慢性的な曝露濃度は最大検出濃度の1/10以下になっているはずです。environmentally realistic concentrationと言いたければそのくらいのレベルを考えるべきでしょう。

結局のところ、日焼け止めはミジンコに致命的な影響を与えるのか?

(初期的な)生態リスク評価では、毒性値と曝露濃度を比較してリスクの有無を判断するのが通常です。

48時間の曝露でミジンコへ毒性の出る濃度 2ug/L
オクトクリレンの急性的曝露濃度 0.1ug/L(最大検出濃度0.3ug/Lの1/3)
これらを比較すると、普通に考えて少なくとも日本のビーチではあまり問題なさそうという判断になるかと思います(そもそも淡水ミジンコはいませんが)。

それが論文中では「現実的な濃度(environmentally realistic concentrations)で毒性を発現する」となり、ニュースサイトでは「淡水生態系にとって危険であることが判明」「淡水環境に生息する一部の生物にとって致命的である」となってしまいます。

このような大げさに影響をあおる論文は、一流誌と評価されるような雑誌にも日常的に大量に掲載されています。いちいち読んで反論などとてもできません。今回たまたま読んでみたというだけで、予想通りやっぱり大げさな主張になっていました。

特に、environmentally realistic concentrationやenvironmentally relevant concentrationなどと書いてある論文は、大抵は実際よりも高い濃度で実験しており、本当に現実的な濃度で実験しているものはほとんど見たことがありません。なので、このワードが出てきただけで私の中では信頼性が落ちてしまいます。

さて、このような状況の中、冒頭に紹介したようにパラオやハワイなどで規制が進んでいるわけですが、オキシベンゾンなどの代替として酸化チタンや酸化亜鉛などの使用が増加しそうです。

酸化チタンや酸化亜鉛などの天然素材の日焼け止めならOK
日焼け止めに使われる紫外線から肌を守る成分には、以下の2つの種類があります。
紫外線吸収剤
紫外線散乱剤

オキシベンゾンやオクチノキサートといった有害指定化学物質は、「紫外線吸収剤」とよばれるもの。紫外線を吸収して、エネルギーとして放出させることで肌を紫外線から守るしくみです。

一方で「紫外線散乱剤」は、酸化チタンや酸化亜鉛といった、天然の鉱物からとれる物質が原料。肌を覆って紫外線を反射させ、物理的に紫外線から守るしくみです。

酸化チタンや酸化亜鉛は天然成分のため、海の環境への影響が少なく、有害指定化学物質を含む日焼け止めの使用が禁止された国でも使用できます。

https://ecotopia.earth/article-2238/

「酸化チタンや酸化亜鉛は天然成分のため、海の環境への影響が少なく」の文字に呆然としてしまいます。亜鉛の生態系への影響が低いわけがありません。結局は臭いものにフタをしただけで実際の生態リスクが下がったかどうかはどうでもよい、ということになりかねないですね。

まとめ:日焼け止めの生態影響

現実的な濃度で〇〇という生物に影響が見られた、という研究は多数報告されていますが、本当に現実的な濃度かどうかを調べてみることが生態リスクを考えるポイントになります。濃度の報告値も最大値だけがニュースとなるパターンが多いですが、本当の現実的な濃度はそれよりも低いことに注意が必要です。

今回のニュースで取り上げられた論文の情報を用いて簡単な生態リスク評価を行った結果、日焼け止めの濃度が高くなりそうなビーチエリアであっても生態系に致命的な影響が出るということはなさそうです。

補足:ミジンコよりもサンゴ礁への影響が重要なのでは?

「灼熱の問題」論文では、サンゴへの影響も2ug/L程度で発生するという論文が引用されています(未読)。上記の沖縄のビーチで日焼け止め成分を分析した事例では、サンゴ礁地帯の海水の分析も行っており、いずれのサンプル×成分でも0.01ug/L以下であったことを報告しています。これも比較すれば、ミジンコよりもさらに問題としては低そうだ、と考えるのが自然かと思います。

(2022年7月3日追記)サンゴの影響については続編の記事を書きました。

生態リスクを考える際のポイントその2~日焼け止め成分が紫外線により毒性が強くなる?
日焼け止め成分が紫外線照射により毒性の高い代謝物に変化するという内容の論文を例に、化学物質の生態リスクを考える際のポイントを紹介します。現実的な濃度よりも数桁以上も高い濃度で実験されており、実際の環境中で同様の影響が起こるかどうかを考えることがポイントになります。

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