要約
農薬とも肥料とも異なるカテゴリの農業資材であるバイオスティミュラントについて解説する記事のその2です。バイオスティミュラントのリスクとして、バイオスティミュラントを名乗って農薬まがいの資材が出てくる可能性について、過去の農薬取締法改正の歴史を踏まえながら解説します。
本文:バイオスティミュラントのリスクは?~
農薬とも肥料とも異なるカテゴリの農業資材であるバイオスティミュラントについて解説する記事のその2です。バイオスティミュラントで農薬削減できるなんて本当なの?という疑問から調べたことをまとめます。
その1では、まずバイオスティミュラントとは何かについて整理し、欧州における規制の枠組みなどを解説しました。
バイオスティミュラントは非生物的ストレスを緩和する点において農薬(生物的ストレスを緩和)とは異なります。欧州では肥料を規制する法律によって規制されていますが、日本では法規制が未整備です。そのためか、日本ではまだ生物的ストレスへの対応と非生物的ストレスへの対応がごっちゃになっているような印象を受けます。
また、バイオスティミュラントは天然物由来で安全とされていますが、農薬と比べてきちんとリスク評価されているわけではありません。もちろん海藻とかビタミンなどがそれほどリスクが高いとも思えませんが、微生物の抽出物となると、小林製薬の紅麹サプリメントのような事故が起こらないとも限りません(記事最後の補足参照)。
他にも、最近はほとんど見かけなくなりましたが、以前は「農薬じゃないので安全です」というキャッチフレーズで農薬まがいの資材が売られることがありました。中には効果を出すためにコッソリと農薬の成分が混ぜられていたりする事件も発生しています。
バイオスティミュラントのリスクを考えると、前者のバイオスティミュラントそのもののリスクよりも、むしろ後者のほう(効果を増すために農薬成分が添加される)の可能性が高そうです。これは2002年の農薬取締法改正の歴史が物語ります。
本記事では、バイオスティミュラントのリスクとして、ちょっと遠回りになりますがまずは日本の農薬とバイオスティミュラントの区別があいまいな現状を解説し、次に既存のバイオスティミュラント的な農薬についても解説します。最後にバイオスティミュラントを名乗って農薬まがいの資材が出てくるリスクについて説明してまとめとします。
日本では農薬とバイオスティミュラントの区別があいまい?
前回の記事にて、
・バイオスティミュラントは非生物的ストレスを緩和する
・農薬は病害虫や雑草などの生物的ストレスを緩和
というように違いを解説しました。ところが、日本ではその辺があまりきちんと区別されていないのかもしれません。
まず、農林水産省によるみどりの食料戦略システム(農薬の使用量をリスク換算で50%削減するという目標を提示)においても、「植物の生育を促進し、病害に対する抵抗性を向上する資材(バイオスティミュラント)を活用した技術を開発(p39)」などと書かれています。後で説明するように病害抵抗性誘導はれっきとした農薬の作用です。「免疫力向上」みたいな科学的にあいまいな表現もありますね。
https://www.maff.go.jp/j/kanbo/kankyo/seisaku/midori/attach/pdf/index-10.pdf
また、以下のバイオスティミュラントを紹介する論文でも、
・海藻、海藻抽出物、多糖類
・アミノ酸
・ミネラル,ビタミン
・微生物資材
・キチン、キトサン
・酵母資材
・ミネラル
などの多くのカテゴリのバイオスティミュラントに病害抵抗性を誘導する作用があると書かれています。このような生物的ストレスへの緩和効果を持つものはバイオスティミュラントではなく農薬扱いとするべきでしょう。
鳴坂ら (2022) バイオスティミュラントはどのように植物保護に貢献できるか?. 日本農薬学会誌, 47, 69-72
さらに以下の研究紹介では、農薬もバイオスティミュラントも区別がされていないように見えます。
市場性の高い作物の重要病害を防除可能なバイオスティミュラントを開発することを目標とする
最終的にはバイオスティミュラントを完成させ、その農薬登録を目指す。
https://www.naro.go.jp/laboratory/brain/innovation/results/files/2021_results_kaihatsu-23.pdf
バイオスティミュラントにこのような生物的ストレスへの緩和作用を期待しているので、「バイオスティミュラントで農薬削減」という主張が広がってしまうのでしょうね。
バイオスティミュラント的な農薬
バイオスティミュラントに病害抵抗性を誘導する効果があるのなら、ちゃんと農薬登録審査を受けて、効果やリスクを評価すべきでしょう。植物を健康にしてこれまでの農薬の代替になるほどの効果があるなら登録をとれるはずです。以下に紹介するように、実際にこのようなこのような作用を持つ農薬があります。
例えば以下の記事にあるように、プロべナゾールという殺菌剤(商品名オリゼメート)は病原菌を殺すのではなく、植物の抵抗性を誘導する作用を持ちます。
岩田道顯 (2015) プロベナゾール開発秘話と今後の展望 農薬を変えた農薬. 植物防疫, 69(8), 532-536
https://www.jppn.ne.jp/jpp/s_mokuji/20150814.pdf
オリゼメート粒剤の有効成分プロベナゾールの作用メカニズムが,植物の自然免疫力を向上させて病原菌からの侵害を軽減することにあるからである。このメカニズムは,それまでの防除剤とは全く異なることから,プロベナゾールは,多くの農薬化学企業,植物の感染生理・分子生物研究者等の関心を集めることになった。
また、プロベナゾールの代謝物であるサッカリンは甘味料としても使われていますが、病原菌への抵抗性誘導を持ち、農薬登録申請がされています。
https://www.maff.go.jp/j/council/sizai/nouyaku/attach/pdf/37-5.pdf
他にも、殺菌剤のヒドロキシイソキサゾール(商品名タチガレン)は、以下の商品紹介にあるように、
・根の生育促進
・移植時の発根及び活着促進
・砂壌土、高温、低温又は高密度は種苗における水稲用除草剤起因の生育抑制軽減
などの作用があります。これはもう農薬というよりもむしろバイオスティミュラント的ですね。
さらに、アサヒビールが開発した「ビール酵母抽出グルカン」は、病害抵抗性誘導剤として農薬登録されています。以下にあるようにいろいろな活用事例があるようです。
アサヒバイオサイクル:活用事例①農業
食品安全委員会:評価書 ビール酵母抽出グルカン
ということで、本当に効果があるバイオスティミュラントは農薬登録をとることが効果の評価の面でも、リスク評価の面でも好ましいことになります。ただ、そうしてしまうと「農薬削減」にはならず、むしろ使用量が増えてしまうかもしれません。バイオスティミュラントで農薬削減、というストーリーにはやはり疑問が増すばかりです。
農薬まがいの資材と2002年の農農薬取締法改正
さて、農薬登録をとれるほどの効果が見込めないものがバイオスティミュラントを名乗って使用されるとなると、冒頭で紹介したような農薬成分をコッソリ添加してしまうような農薬まがい資材が出てくる可能性が考えられます。
この「農薬まがい資材」とはいったいどのようなものでしょうか?以下の農林水産省のWEBサイトには、農薬まがい資材(農薬疑義資材)の取り締まり事例が掲載されています。
農林水産省:農薬疑義資材コーナー
この中の1例として以下のようなものがあります。
農林水産省は、株式会社 セリエ(神奈川県横浜市)が製造・販売した製品「漢方の力DE 収量・食味安定」及び「天然の力DE 野菜・果樹元気」に農薬の有効成分であるピレトリン類が殺虫効果を有する程度含まれることを確認し、同社に立入検査を実施しました。
https://www.maff.go.jp/j/nouyaku/n_sizai/attach/pdf/index-5.pdf
「天然の力で野菜・果樹元気」などという製品名はいかにもバイオスティミュラントのキャッチフレーズみたいな感じですね。ちなみにピレトリンという殺虫成分は除虫菊などの花に含まれる天然成分で、農薬として使われますが有機農業でも使用できます。ちゃんと「天然」由来の農薬成分を入れてくるところがなんともイヤラシイ感じはします。
このような資材は農林水産省が厳しく取り締まっているわけですが、これは2002年に無登録農薬(農薬の有効成分を含むのに農薬登録されていない農業資材)の問題が発生し、その問題を受けて農薬取締法が改正され、そのような資材を使用した農家にも罰則が科されるようになったことが背景にあります。
2002年に登録の無い農薬を大規模に販売していた業者が逮捕され、これを契機に農薬の安全性を疑問視する報道が過熱しました。その中にはダイホルタンやプリクトランなどの安全性の問題から登録失効した農薬が含まれていたのです。青森県では無登録農薬を使用したリンゴが大量に廃棄処分となり、自殺する農家も出たということです。この時の状況は以下の論文に記載されています。
瀬崎滋雄 (2003) 無登録農薬問題が残したもの -奈良県の事例を中心として-. 日本農薬学会誌, 28, 264-269
バイオスティミュラントを名乗る資材にも農薬が添加されていたなどの事態が一旦起きてしまうと、一気に規制強化に進みかねません。
まとめ:バイオスティミュラントのリスクは?
バイオスティミュラントのリスクとして、バイオスティミュラントそのもののリスク(例えば小林製薬の紅麹サプリメントのようなイメージ)と、効果を増すために農薬成分がコッソリ添加されるようなリスクが考えられます。後者は2002年の農薬取締法改正の背景となった事件から想定されるものです。
補足
バイオスティミュラントの記事その1でも紹介した小林製薬の紅麹サプリメントによる健康被害の話に関連する記事を紹介します。紅麹菌によって発酵させた米から抽出したエキスはコレステロール値の改善に効果があると言われています。これはモナコリンKという成分によるもので、コレステロール値を改善する医薬品であるロバスタチンと同じ構造をしています。医薬品と同じ成分を含んでいるなら、そもそも最初から医薬品を使用したほうが良いでしょうね。
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