要約
年次推移や地域差を見る場合には、死者数/人口で計算される租死亡率をそのまま使うと、年齢構成が異なる集団を比較することになり、高齢化の影響を見ているだけになってしまいます。年齢構成を揃えて比較できる年齢調整死亡率を使うと、年次推移や地域差のパターンが違って見えてきます。
本文:リスクの年次推移や地域差を見る際に注意するポイント
リスク比較は、様々な種類のリスクを比較するという文脈で使われることが多いです。本ブログでもコロナウイルスとインフルエンザの比較や大麻と酒・たばこの比較など、これまでいろいろ取り上げてきました。
これに対して、一つの種類のリスク(例えば「がん」など)の年次推移や地域差などを見る場合でも、同様に10万人あたりの年間死者数を指標として比較ができます。あるリスクが年々増えているのか減っているのか、もしくは地域によってどんな差があるのか、という傾向を見ていくのも重要です。特に時代によってリスクが変化するのは当然としても、地域毎にリスクが大きく違っていると問題ですよね。
ただし、年次推移や地域差を見る場合には、さまざまな種類のリスクを比較する場合と比べて特別な注意が必要です。本記事では、この特別な注意について解説していきます。通常使う死亡率(死者数/人口)ではなぜダメなのか、では代わりにどのような指標を使えばよいのか、代わりの指標を用いたリスク比較の順で書いていきます。
年次推移や地域差の場合、祖死亡率による比較はダメ
まず、がん(悪性新生物)のリスクの年次推移(1995年以降)を下のグラフに表します。これはこれまでの本ブログでもよく書いている10万人あたりの年間死者数でリスクを表現していて、単純に死者数を人口で割って計算します。これを租死亡率といいます。元データはいつもの人口動態調査(2019年 上巻 死亡 5-13表)です。
年々増加傾向であることがわかります。この傾向をもとに、がんが増えているのは人工化学物質のせいだなどという主張をする人もいます。
次に、がんの都道府県別リスクを同様に地図で示します。元データは人口動態統計特殊報告です。
ここからどのような傾向が見て取れるでしょうか?なんとなく東京付近などの都会で少なく、地方の田舎で多いような傾向が見えますね。これも、田舎では農家が多く、農薬をたくさん使うからだ、などの解釈をしてしまうかもしれません。
他にもいろいろな解釈が可能です。例えば以下の論文では、社会経済格差と健康の関係を解析するために、都道府県毎の経済格差と生活習慣病(がん、心臓病、脳卒中など)による死者数の関係を調べています。所得格差は都市部ほど小さく、田舎ほど大きくなるような傾向があります。つまり、所得格差が大きい地域ほど生活習慣病リスクが大きく、所得格差の拡大が健康格差に影響しているという懸念を表しています。
仁宮崇 (2017) 社会経済状態と健康との関連. 中国学園紀要 16, 1-6
このような年次推移や地域差の解釈には注意が必要です。それは、がんなどの病気は基本的には高齢者ほどそのリスクが大きく、高齢者が多い集団ほど死亡率も高くなるからです。つまり、がんが年々増えているのも高齢化が進んでいることが主要な原因であり、田舎ほどがんのリスクが高いのも、田舎ほど高齢化が進んでいるからです。
では高齢化の影響を取り除いて年齢構成が同じだったとしたら、がんのリスクの年次推移や地域差がどうなるかを次から見ていきましょう。
年齢調整死亡率の計算
年齢構成の異なる時代や地域毎のリスクの差を比較したい場合に便利なのが年齢調整死亡率です。
厚生労働省:人口動態統計特殊報告 平成27年都道府県別年齢調整死亡率の概況 1.年齢調整死亡率について
https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/other/15sibou/dl/02.pdf
都道府県別に、死亡数を人口で除した死亡率(以下「粗死亡率」という。なお、人口動態統計月報(概数)や人口動態統計年報(確定数)などでは単に「死亡率」という。)を比較すると、各都道府県の年齢構成に差があるため、高齢者の多い都道府県では高くなり、若年者の多い都道府県では低くなる傾向がある。このような年齢構成の異なる地域間で死亡状況の比較ができるように年齢構成を調整しそろえた死亡率が年齢調整死亡率である。この年齢調整死亡率を用いることによって、年齢構成の異なる集団について、年齢構成の相違を気にすることなく、より正確に地域比較や年次比較をすることができる。
計算式も上記の資料に書いてあります。昭和60年のモデル人口を使用して「年齢調整」します。ただ、モデル人口をそのまま使うより、年齢階級毎の人口の割合を使ったほうが計算は簡単になります。この場合、各年齢階級(5歳刻み)の租死亡率と人口割合をかけて、それを全て足すと年齢調整死亡率になります。以下のように表で示したほうがわかりやすいですね。2019年男性のがんの年齢調整死亡率の計算例を示しています。A×Bの総和である149.5が年齢調整死亡率(人口10万人あたり死者数)になります。もともとは366ですから、半分以下になります。
年齢階級 | がん租死亡率 (A) | モデル人口 | 各年齢階級の割合 (B) | A×B |
0~4歳 | 1.5 | 8,180,000 | 0.068 | 0.1 |
5~9歳 | 2.1 | 8,338,000 | 0.069 | 0.1 |
10~14歳 | 2.3 | 8,497,000 | 0.071 | 0.2 |
15~19歳 | 1.9 | 8,655,000 | 0.072 | 0.1 |
20~24歳 | 3.2 | 8,814,000 | 0.073 | 0.2 |
25~29歳 | 4.4 | 8,972,000 | 0.075 | 0.3 |
30~34歳 | 6.3 | 9,130,000 | 0.076 | 0.5 |
35~39歳 | 11 | 9,289,000 | 0.077 | 0.9 |
40~44歳 | 20 | 9,400,000 | 0.078 | 1.6 |
45~49歳 | 41 | 8,651,000 | 0.072 | 3.0 |
50~54歳 | 82 | 7,616,000 | 0.063 | 5.2 |
55~59歳 | 168 | 6,581,000 | 0.055 | 9.2 |
60~64歳 | 325 | 5,546,000 | 0.046 | 15.0 |
65~69歳 | 584 | 4,511,000 | 0.038 | 21.9 |
70~74歳 | 872 | 3,476,000 | 0.029 | 25.2 |
75~79歳 | 1269 | 2,441,000 | 0.020 | 25.8 |
80~84歳 | 1852 | 1,406,000 | 0.012 | 21.7 |
85歳~ | 2869 | 784,000 | 0.007 | 18.7 |
総和 | 120,287,000 | 1 | 149.5 |
年齢調整死亡率によるリスクの年次推移・地域差
では、いよいよ年齢調整死亡率の数字を見ていきましょう。がんの年齢調整死亡率の年次推移(1995年以降)を下のグラフに表します。元データは人口動態調査(2019年 上巻 死亡 5-14表)です。
上記の租死亡率と違って、経年的に減少傾向にあります。つまり、租死亡率で見た時に増加傾向にあったのは高齢化が主因であり、年齢構成を揃えてみると医療の発達などによってむしろ死亡率は減少している、ということになるのです。
次に、都道府県別のがんの年齢調整死亡率を示します。元データは人口動態統計特殊報告です。
租死亡率では都市部ほど死亡率が低く田舎ほど高い傾向が見られましたが、年齢調整死亡率ではその傾向が見えにくくなりました。こちらも、田舎ほど農薬で汚染されていたり経済格差が大きいためがんになりやすいというわけではなく、田舎ほど高齢化が進んでいることが原因でした。年齢調整をした後のがんリスクが高いのは青森・秋田・鳥取県などで、低いのは長野・滋賀・福井・大分県などでした。
ところで、本記事は年齢調整死亡率というものを教えることを目的として書いているわけではありません。上の地図で示すように都道府県毎のがん年齢調整死亡率は132~202とかなりの幅があり、これは「健康格差」と呼ばれるもので、これを示すことが本記事の本来の目的です。地域毎の健康格差は上記に書いたように解釈を誤ることが多いため、ちょっと遠回りをして示すことにしたのです。
なぜ健康格差があってどうやれば解消できるのか、という点は立派に研究になるテーマであって、私がブログで簡単に手出しできるものではありません。その代わり、リスクの格差(不平等)をどのように表現したらよいのか、という点についてリスク学的な視点から書いていきたいと思います。今回はすでに長くなったので次回の記事になります。
まとめ:リスクの年次推移や地域差を見る際に注意するポイント
年次推移や地域差を見る場合には、死者数/人口の租死亡率をそのまま使うと、年齢構成が異なる集団を比較することになり、高齢化の影響を見ているだけになってしまいます。その代わりとなるのが年齢調整死亡率で、これを使うことによって高齢化の影響を取り除いてリスクの年次推移や地域差がわかります。
コメント