農業は危険な職業なのか?リスク比較から見えた農業の死亡リスクのからくり

tractor リスク比較

要約

農業は大変な職業というイメージはあっても、危険な職業というイメージはないかもしれません。ところが、農作業中の事故による死亡リスクは他の職業と比べても非常に高く、しかも経年的に増加しています。業種別の死亡リスクでみても他業種よりも高くなっています。この原因は農家の高齢化にあると考えられます。

本文:農業の死亡リスク

もしあなたのお子さんが「警察官や消防士になりたい、自衛隊に入りたい」と言ったら、きっと危険な職業というイメージで心配する人が多いのではないでしょうか。でももしも同じように「農業をやりたい」と言ったときに、大変な職業というイメージで心配することはあっても、死と隣り合わせの危険な職業というイメージで心配することはあまりないでしょう。ところが、以下のニュースでもわかるとおり、農業は危険な職業であるようです。

農業は「危険な職業」だった!? 死亡事故割合は建設業の2倍 目立つ高齢者の機械操作ミス

農業は「危険な職業」だった!? 死亡事故割合は建設業の2倍 目立つ高齢者の機械操作ミス(1/3ページ)
トラクターなどの大型機械を使った農作業中に、事故で死亡する人の割合が増加している。就業人口10万人当たりの死者数は、高所作業など危険と隣り合わせの仕事が多い…

このニュース記事を見ると、事故による死亡リスク(本ブログでおなじみの人口10万人あたりの年間死者数)は全産業平均で減少傾向にあって、建設業でも減少傾向です。だいたい20年間で半減くらいになっています。ところが農業では逆に増加傾向にあります。平成7年に10万人あたりの年間死者数で10人未満であったのが、最新情報の令和元年では16.7人まで増加しました。「危険な職業」のイメージである建設業よりも3倍、全産業平均の10倍以上にまでなってしまいました(以下の農水省の資料参照)。
https://www.maff.go.jp/j/press/seisan/sizai/attach/pdf/210216-2.pdf

前回の記事では農林水産省による「みどりの食糧システム戦略」での化学農薬使用量(リスク換算)50%減について解説しました。もちろんこの戦略は農薬の話だけではなくて、持続可能性の観点からのより包括的な政策となっています。

みどりの食糧システム戦略における「化学農薬(リスク換算)50%減」を解説します
農林水産省の「みどりの食糧システム戦略」では、2050年までに化学農薬の使用量をリスク換算で50%減という政策目標を打ち立てました。このリスク換算の方法として、毒性の強さを示すADI(許容一日摂取量)を使ってリスク係数を求めて使用量を重みづけしていく方向性が出されました。

例えば、以下のように労働安全についての記載もあります。

p11 ⑤労働安全性・労働生産性の工場と生産者のすそ野の拡大
(労働安全性の向上等)
・人間や機械の安全で効率的な作業を前提とした作型・樹形による生産体制の構築
・農作業事故等のリスクを低減し、持続的な農業生産にも資するGAPの導入の推進
・現場ニーズに沿った労働安全や省力化・省人化、生産プロセスの標準化やカイゼン活動の促進
・危険な作業や営農管理等を代行する機械・機器の自動化

https://www.maff.go.jp/j/kanbo/kankyo/seisaku/midori/attach/pdf/index-7.pdf

農業というのは結構なハイリスクな職業なので、農薬のように「農作業中の事故死を半減する」みたいな具体的な目標もほしかったところですね。

(しかしこの戦略の本文PDFは検索もできないようになっているし、コピペもできなくてあまりに不便すぎる。実際のところあんまり活用してほしくないのかな?)

本記事では、職業別のリスクという観点から農業に従事するリスクについて調べていきます。業務中の死亡リスクについて、農業と警察官・消防士・自衛隊を比べてみます。その次に業種別の死亡統計を見て、農業のリスクを他の業種と比較していきます。年齢調整死亡率を見ることでハイリスクな農業のからくりが見えてきます。

農業の死亡リスクの比較

業務中の死亡リスクは、農業の場合は上記のように10万人あたりの年間死者数16.7人、建設業なら5.4人、全産業で1.3人になります(令和元年度)。

もっと危険な職業は何かと考えると、警察や消防、自衛隊などが頭に浮かびます。

以下の資料によると、平成19~28年の自衛隊の殉職者数は合計109人で、年平均10.9人です。自衛官の人数は約23万人ですから、10万人あたりの年間死者数では4.7人となります。

「過去10年間の自衛隊の航空機事故件数」「過去10年間の自衛隊の殉職者数」防衛省提出資料より

「過去10年間の自衛隊の航空機事故件数」「過去10年間の自衛隊の殉職者数」防衛省提出資料より | 日本共産党 衆議院議員 宮本徹のホームページです。
防衛省提出資料 過去10年間の自衛隊の航空機事故の件数防衛省提出資料 過去10年間の自衛隊の殉職者数

消防白書に掲載されている数字から、平成25~30年の消防職員の公務による死亡は合計40人で、年平均6.7人です。消防職員は約16万人なので、10万人あたりの年間死者数では4.2人となります。

刊行物 | 総務省消防庁
火災の予防や消火、救急、救助など国民一人ひとりが安心して暮らせる地域づくりに取り組む消防庁の情報を発信しています。

警察官の殉職についてはネットを探してもデータは見当たりませんでしたが、以下のサイトによれば、年間10名程度であり、警察官が約30万人いることから、10万人あたりの年間死者数では3.3人となります。

警察官で殉職はある? | 警察官の仕事・なり方・年収・資格を解説 | キャリアガーデン
警察官を目指す人のための職業情報サイト|キャリアガーデン

ということで、自衛隊、消防士、警察官の業務中の事故等による死亡リスクは農業に比べて1/5~1/4程度とかなり低いことがわかりました。

これらの職業のリスクの大きさを示すために、いつものようにリスクのものさしとともに示してみます。

要因10万人あたり
年間死者数
がん297
農業・事故死16.7
自殺15.9
自衛隊・殉職4.7
消防士・殉職4.2
交通事故3.6
警察官・殉職3.3
火事0.81
落雷0.0024

業種別の死亡リスク比較

業種別の死亡リスクについては5年ごとに行われている人口動態職業・産業別統計を見るとわかります。これは死亡時の職業・産業を整理したものです。

平成27年度 人口動態職業・産業別統計の概況

平成27年度 人口動態職業・産業別統計の概況|厚生労働省
平成27年度 人口動態職業・産業別統計の概況について紹介しています。

これを男性に限定していくつかの業種を抜粋してグラフにしたものが下の図です

occupational-risk

まず目に付くのがダントツで高い「無職」です。なんと働いているよりも働かないほうが死亡リスクが高いのかと誤解しがちですが、定年などでリタイヤした人は皆無職になりますので、ようするに高齢になって働かない・働けない人たちが多い集団です。当然ながら、現役で働いている人よりも死亡率が高くなります。

業種別で見ていくと、鉱業・採石業・砂利採取業が一番高く、その次が農業・林業ということになりますね。漁業も高いようです。

ところで、これは仕事中の事故による死亡のこととは限りません。仕事に関係ない病気や仕事以外の事故なども含んだ数字です。なので10万人あたりの年間死者数で表すと非常に大きい数字になってしまいます。それでも死亡リスクを比較することで、こういう業種は寿命を縮めるかも、などの傾向が明らかになるかもしれません。ただし、注意する点がありますので、それを以下に続けます。

農業の高い死亡リスクのからくり

本ブログでは「年次推移や地域差の場合、粗死亡率による比較はダメ」と過去の記事で書きましたが、職業別で比較する場合も粗死亡率(上の業種別グラフ)ではダメです。年齢調整死亡率で比較しないと、そもそも集団の年齢構成が違うと何を比べているのかわからなくなります。職業の危険度とは関係なく、年齢構成の高い集団の死亡率が高くなるのは当然です。

リスクの年次推移や地域差を見る際には集団の年齢構成の違いに注意が必要

リスクの年次推移や地域差を見る際には集団の年齢構成の違いに注意が必要
年次推移や地域差を見る場合には、死者数/人口で計算される租死亡率をそのまま使うと、年齢構成が異なる集団を比較することになり、高齢化の影響を見ているだけになってしまいます。年齢構成を揃えて比較できる年齢調整死亡率を使うと年次推移や地域差のパターンが違って見えてきます。

そこで、上の業種別グラフを粗死亡率から年齢調整死亡率にしてみます。

occupational-risk2

こうするとだいぶ違った景色が見えてきますね。粗死亡率では無職を除くと農業・林業は2番目にハイリスクな業種でした。ところが年齢調整死亡率では、農業・林業よりも鉱業・採石業・砂利採取業、情報通信業、漁業、金融・保険業、複合サービス業の方ほうがむしろ死亡率が高くなっています。複合サービス業とは、郵便局や農協などの複数の分野にまたがる業種のことです。

年齢調整をしてもなおかつハイリスクなのが鉱業・採石業・砂利採取業でした。炭鉱とかが危険なのはイメージがつきますが今どき???という感じがします。情報通信業も闇が深そうです。。。

農家は非常に高齢な集団なので、死亡率が高くなるわけです。また、家族経営が多く定年退職もないので、死ぬまで現役みたいになるのかもしれません。グラフの元データの中には死亡時平均年齢というデータもあるのですが、無職以外では農業がもっとも高く77.8歳となっています。冒頭で紹介したニュース記事でも、農業での死亡事故の4割以上が80歳以上となっていますね。


特に目立つのは高齢者だ。26年の死亡事故は65歳以上が295人と84・3%を占め、うち80歳以上は145人で41・4%だった。農水省の担当者は「年齢による判断能力の衰えもあるのだろう」と指摘する。

https://www.sankei.com/article/20160925-JMDQLWKJOFNZRAUAUPTSP2C75I/2/

農研機構・農作業安全情報センターによる死亡事故の動向についての資料を見ると、転倒・転落などが結構多いです。 

令和元年に発生した農作業死亡事故について

農作業死亡事故(R04) | 農作業安全情報センター

転倒・転落は農業に限らず、年齢とともにリスクはどんどん大きくなっていきます。これは本ブログの過去記事でまとめましたので、詳細はそちらをご覧ください。

GoToせずともStayhomeにリスクあり。冬の家庭内のリスクをまとめます。
外出自粛で家に閉じこもっていても、家庭内での溺死、転倒・転落、窒息、火災などでの死者数は合わせて年間1万人以上を超えており、これは多くの人が考えているよりもずっと大きなリスクです。特にこれらは「冬のリスク」と呼べるもので、冬に多く発生するため一層の注意が必要です。

他業種の事故による死亡リスクが減少傾向の中、農業の死亡率が上昇傾向にあるのは、それだけ農家の高齢化がどんどん進んでいることを示していると考えられます。事故を減らす安全対策はもちろん重要ですが、農家の若返りという根本的な対策も重要ではないでしょうか。

まとめ:農業の死亡リスク

農作業中の事故による死亡リスクは他の職業と比べても非常に高く、しかも経年的に増加しています。業種別の死亡リスクでみても他業種よりも高くなっています。ただし、農業はもっとも高齢化した職業であることを考えるとまた違った景色が見えてきます。高い死亡リスクと経年的な増加は高齢化が原因と考えられます。農家の若返りはリスクの低減という意味でも喫緊の課題ではないでしょうか。

補足

ここでは農作業安全についての情報源をざっとまとめておきます。

農研機構・農作業安全情報センター(オススメ!)

農作業安全情報センター -安全で快適な農作業を目指して-
農作業安全情報センターは、農作業事故・安全啓発・安全装備などの情報発信を通じて、農業者の皆さんにより安全な農業機械を正しく使用していただくことで、事故のない安全で快適な農作業の実現を目指しています。「安全コラム」は季節の注意事項やトピックスを毎月掲載しています。「農機安全eラーニ...

農林水産省:農作業安全対策

農作業安全対策:農林水産省

農林水産業・食品産業の作業安全のための規範
https://www.maff.go.jp/j/kanbo/sagyou_anzen/kihan/kyoutsuu_kihan.pdf

農作業安全対策の強化に向けて中間とりまとめ
https://www.maff.go.jp/j/seisan/sien/sizai/s_kikaika/anzen/attach/pdf/kentoukai-4.pdf

私に扱いきれる問題ではありませんが、農業では技能実習生の安全に関する問題もあります。(農業に限ったデータではありませんが)実習生の労災は2倍との情報もあります。

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