要約
河川水からPFASが高濃度で検出された場合、ヒトの健康に対するリスクだけではなく水生生物に対する生態リスクも考える必要があります。健康影響におけるADIに相当する生態影響のPNECを整理すると、現時点でPFOS・PFOAの生態リスクの懸念は低いと判断されました。
本文:PFOS・PFOAの生態リスク
最近「PFASが検出された!」というニュースを連日のように目にします。今回も一つ紹介しましょう。
ユーよっかいち:矢合川の水質検査で暫定目標値の60倍超えるPFAS検出、四日市公災害市民ネット調査、下流域に上水道の水源地
発表によると、市民ネットは矢合川の智積橋から上流へ向け、桜町一の谷までの約4キロ間の9カ所で4月1日に採水、全国のPFAS汚染に詳しい原田浩二・京都大学准教授に測定を依頼した。
その結果、国道306号に近い矢合弟橋東右岸の小川で、国際的に健康被害が指摘されているPFOAが3047.57ng/Lを示すなど、高い数値が測定された。PFOAについては南山橋、よまとり墓所前合流点、矢合妹橋、智積橋の採水地点でも暫定目標値の2倍から17倍を超えていた。
PFOAが最大で3.0μg/L出ていますね。小さくて流量の少なそうな川で、化学物質の濃度が高濃度になりそうな条件を備えています。汚染源は不明とありますが、近くに大きな太陽光発電所があります。周辺には田んぼも多く、農薬も結構な濃度で出るでしょう。
本ブログではPFASについて多数の記事を書いてきましたが、これらはすべてヒトに対する健康リスクの話でした。今回は地下水とかではなく河川水で結構な濃度が出ているので、水生生物に対する生態リスクについても考えてみるべきでしょう。
そこで本記事では、まずざっくりと生態リスク評価のプロセスを紹介し、次に健康影響評価におけるADIに相当する生態影響評価のPNECをPFOS・PFOAについて調べた結果を整理します。最後に生態リスクの評価結果をまとめていきましょう。
生態リスク評価における有害性評価
化学物質の生態リスク評価の基本は、環境中濃度が生態系に影響を与えない濃度(予測無影響濃度,もしくはPredicted No Effect Concentration, PNEC)を比較することです。環境中濃度がPNECを下回っていればリスクは懸念レベル以下だとみなせます。PNECを基準値として定めることもあります。
このあたりの考え方は本ブログの過去記事にもまとめてあります。
さて、ここでの「PNEC」は農薬等の健康影響評価におけるADI(Acceptable Daily Intake, 許容一日摂取量)と似ているものです。生態系に対するPNECの決め方を簡単にまとめておきましょう。
・3点セットの毒性試験と不確実係数
これは最も基本的なPNECの決め方です。日本の化審法や農薬の生態リスク評価はこの方法を使います。3点セットとは、魚類(メダカやコイなど)、甲殻類(オオミジンコ)、藻類(ムレミカヅキモという緑藻の一種)の3種の試験生物種のセットのことです。
これらの種を使った毒性試験には短期の急性毒性試験と長期の慢性毒性試験があります。農薬は使用する時期が決まっており、それ以外の時期は曝露されないため急性毒性が主に使用され、PFASなどの長期間曝露されるものについては慢性毒性を使うことになります。
3種の毒性試験の結果得られる無影響濃度の一番低い値を、不確実係数で割ってPNECを決定します。不確実係数の数字はさまざまなリスク評価の制度によってかなり違います。種間の感受性差の10(試験していない種に対する影響を考慮)、室内試験と野外環境の差の10(野外では化学物質以外のさまざまなストレスが重なるため)、急性毒性と慢性毒性の差の10~100(慢性毒性試験の結果がない場合)などを組み合わせます。これも、健康影響評価においてマウスなどの動物試験で得られる無影響量を不確実係数(通常100)で割ってADIを計算する方法と似ていますね。
・種の感受性分布
生態系にはさまざまな種が生息しており、それをたった3種の試験で代表させるというのはいささか乱暴かもしれません。そこで、もっと多数の種を試験をした場合には種の感受性分布という手法を用いてPNECを求めることができます。
多数の種の毒性試験結果を対数正規分布に適合させ、その分布から95%の生物種を保護できる濃度を算出し、これをPNECとします。さらに不確実係数を適用する場合もあります。詳しく知りたい方のために決定版とも言えるマニュアルが農研機構から公表されています。
・さらに高度な手法
野外又は屋内に人工的に設置した水界を用いて化学物質の生物群集に対する応答を調べるメソコスム・マイクロコスム試験があります。多種類の生物が生息している系であるため、生物間相互作用や比較的長期的な影響を見ることができる利点があります。
ほかにもメソコスム試験のような多種系の試験をモデルで表現する生態系モデルによる解析など、研究レベルではいろいろな方法がありますが、実際の生態リスク評価では3点セットや種の感受性分布による方法が主流となります。
PFOS・PFOAのPNEC・基準値
PNECの導出方法について整理してきたところで、文献や各国の報告書などからPFOS・PFOAのPNEC(もしくは基準値)を見ていきましょう。文献リストは記事最後の補足にあります。
PFASのような長期に残留する物質は慢性毒性ベースのPNECが適切です。PFOS・PFOAについては多数の生物種に対する慢性毒性試験結果が得られるため、種の感受性分布によってPNECを導出することが適切でしょう。
文献1)Li et al (2021)
種の感受性分布によって導出された慢性毒性ベースのPNECはPFOSで1.2μg/L、PFOAで6.7μg/Lでした。おおむね藻類や水草には毒性が弱く、魚類や節足動物に対して毒性が強く出ます。
文献2)Zhang et al (2024)
内分泌かく乱作用について調べた毒性試験結果から導出されたPNECはPFOSで2.52μg/L、PFOAで18.7μg/Lでした。
文献3)と文献4)は米国の報告書で、水生生物保全のための水質基準を定めたものです(ただしドラフト版)。種の感受性分布により導出されたPFOSの基準値は急性で3000μg/L・慢性で8.4μg/L、PFOAの基準値は急性で49000μg/L・慢性で94μg/Lでした。
文献5)はオーストラリアとニュージーランドの報告書で、文献3)文献4)と同様に水生生物保全のための水質基準を定めたものです。PFOSについて、種の感受性分布により導出された95%の種を保護できる濃度レベルは0.48μg/Lでした(慢性毒性ベース)。オーストラリアとニュージーランドのガイドラインでは、生物蓄積性のあるものは保護レベル95%ではなく99%を推奨していますが、99%の場合は0.091μg/Lとなります。
文献6)はオランダの報告書で、水生生物保全のための水質基準を定めたものです。PFOSのMPC (いくつかある基準値の一つ、maximum permissible concentration)は0.00065μg/Lですが、これは生態影響ではなく、魚を人が食べた場合の影響を考慮したものです。淡水水生生物に対するMPC(慢性毒性ベース)は0.023μg/L。MPCの根拠は一番低いLOEC(最低影響濃度)がユスリカの2.3μg/Lで、これに通常の不確実係数10に加えてLOECであることを理由に追加の10を適用しています。
以上をまとめると以下のようになります。PFOSのPNECもしくは基準値は0.023~8.4μg/Lの範囲で100倍以上の差があり、オランダ(RIVM)が最も低いです。また、オランダがいかに早い段階で基準値を設定していたかがよくわかります。これはさすがです。
文献 | 年 | PFOS | PFOA |
Li et al | 2021 | 1.2 | 6.7 |
Zhang et al | 2024 | 2.52 | 18.7 |
USEPA | 2022 | 8.4 | 94 |
Australian and New Zealand | 2023 | 0.48 | – |
RIVM | 2010 | 0.023 | – |
ただし、私の意見としてはオランダの基準値0.023μg/Lは低すぎると思います。多種のデータがそろっている場合、普通は種の感受性分布を用いて不確実係数は3あたりが適用されるはずです。LOECしか得られないので種の感受性分布を適用しなかったとありますが、この説明は疑問があります。それにLOECしか得られない場合の追加の不確実係数は通常3程度であるので、これを適用すれば2.3/(3×3)=0.26μg/Lあたりになります。これでも一番低い値ですが、PNECがこれ以下になることはなさそうです。
PFOS・PFOAの生態リスク評価
さて、以上でPNECを整理できたので、次は環境中濃度と比較することで生態リスクを評価しましょう。
冒頭で紹介したニュースでは、PFOSが最大0.027μg/L、PFOAが最大3.0μg/Lでした。この値をそれぞれのPNECと比較してみましょう。PFOSのほうはRIVMの基準値を少しだけ超えていますが、毒性試験で影響が見られる最低の濃度は2.3μg/Lであるため、その1/100の濃度で実際に何らかの影響が出ることは考えにくいです。PFOAは3つのPNEC・基準値のいずれと比較しても濃度のほうが低くなっています。
おそらくですが、農薬を測れば少なくともPFOS・PFOAを上回る生態リスクの懸念が出てきそうな地点です。
他の地点の濃度は以下のNHKのマップから調べてみましょう。
NHK:河川・地下水などPFAS全国マップ2種類で詳しく
以下の図のような地図が掲載されており、クリックすると濃度が表示されます。上部のタブを「河川・湖沼」にして、どこでどれくらいの濃度かを調べましょう。
河川水でのPFOSの最大濃度は神奈川県引地川の0.43μg/L(自衛隊基地の近く)、PFOAの最大濃度は奈良県寺川の0.49μg/L(環境基準点!)でした。
PFOSの場合はRIVMの基準値を超えていますが、これも影響が見られる最低の濃度は2.3μg/Lであることや、他の4つのPNEC・基準値を下回っていることを考えると、「何らかの軽微な影響が出ている可能性はあるが、その可能性はかなり低い」くらいの解釈が妥当でしょう。
PFOAに関しては最大濃度でもいずれのPNEC・基準値を下回っており、リスクの懸念は低いと考えられます。
PFOS・PFOAともにすでに製造・販売等は禁止されており、今後は徐々に濃度が低下していく一方になりますが、逆に言えば規制される前はもっと濃度が高かった可能性が高いです。生態リスクの懸念が低いのはあくまで「現時点で」ということになるでしょう。
まとめ:PFOS・PFOAの生態リスク
多数の生物種に対する毒性値が得られる場合に適用可能な「種の感受性分布」という手法を用いて導出されたPNECは、PFOSで0.48~8.4μg/L、PFOAで6.7~94μg/Lでした。これまで観測された河川水のPFOS・PFOA濃度はこれらのPNEC値を下回っており、現時点で生態リスクの懸念は低いと判断されます。
補足
文献1) Li, Q., Wang, P., Hu, B. et al. (2021)
Perfluorooctanoic Acid (PFOA) and Perfluorooctanesulfonic Acid (PFOS) in Surface Water of China: National Exposure Distributions and Probabilistic Risk Assessment
Arch Environ Contam Toxicol 81, 470-481
文献2)Jiawei Zhang, Huanyu Tao, Jianghong Shi, Hui Ge, Bin Li, Yunhe Wang, Mengtao Zhang, Xiaoyan Li (2024)
Deriving aquatic PNECs of endocrine disruption effects for PFOS and PFOA by combining species sensitivity weighted distributions and adverse outcome pathway networks
Chemosphere, 346, 140583
文献3)USEPA (2022)
DRAFT AQUATIC LIFE AMBIENT WATER QUALITY CRITERIA for PERFLUOROOCTANOIC ACID (PFOA)
https://www.epa.gov/system/files/documents/2022-04/pfoa-report-2022.pdf
文献4)USEPA (2022)
DRAFT AQUATIC LIFE AMBIENT WATER QUALITY CRITERIA for PERFLUOROOCTANE SULFONATE (PFOS)
https://www.epa.gov/system/files/documents/2022-04/pfos-report-2022.pdf
文献5)Australian and New Zealand governments (2023)
Perfluorooctane sulfonate (PFOS) in freshwater, toxicant default guideline values for protecting aquatic ecosystems (draft)
文献6)RIVM (2010)
Environmental risk limits for PFOS
https://www.rivm.nl/bibliotheek/rapporten/601714013.pdf
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