新興化学物質としてのダイオキシン類・環境ホルモン問題を振り返ります

dioxins 化学物質

要約

PFASやマイクロプラスチックなど注目度の高い「新興化学物質」の事例として、1990年代後半のダイオキシン類・環境ホルモン騒動を振り返ります。これらは当時のメディアによって人類滅亡の勢いで報じられましたが、実際のリスクはどの程度だったのかについても解説します。

本文:ダイオキシン・環境ホルモン問題

流行りの環境リスクが次々と現れ、近年はPFASやマイクロプラスチックなどが化学物質の環境リスクとして特に注目されています。このようなものを「新興化学物質」と呼びます。

新興化学物質とは「環境中での存在が認識され、ヒトの健康や生態系への悪影響が懸念されているものの、科学的な知見が不十分であり、現時点で法規制等が十分に議論されていない、あるいは法的措置の対象外となっている物質群」と定義されます。

新興化学物質は未知の部分が多いために研究対象となっている段階の物質ですので、現時点でそれらが高リスクと判断できるだけの化学的根拠があるとは限りません。科学的知見が蓄積され、法的規制や監視の枠組みが確立された物質は新興化学物質ではなくなります。

新興化学物質としてもっとも大きな社会問題に発展したのは、やはり1990年代後半以降のダイオキシン類と環境ホルモンでしょう。新興化学物質を考える上では外すことのできない歴史的事項だと思います。

そんな社会を大きな混乱に巻き込んだダイオキシン類ですが、現在では国際的にはストックホルム条約、日本ではダイオキシン類対策特別措置法(ダイオキシン法)による規制・監視対象となっており、新興化学物質には該当しないとみなされます。

以下はGoogle Trendsによる検索数の推移(ピークを100とした相対値)です。データが得られる2004年以降は検索数、すなわち社会的関心がどんどん減っていったのがわかります。

trends

PFASなどの問題に取り組む際にも、ダイオキシン類・環境ホルモン騒動の歴史は必ず知っておく必要があるでしょう。これらは当時のメディアによって「世紀末的な恐怖」として人類滅亡の勢いで報じられ、社会的パニックに近い反応を引き起こしました。

本記事では、ダイオキシン騒動、環境ホルモン騒動に分けて当時の状況をおさらいし、最後に実際のリスクとしてはどの程度だったのか?という総括をしておきましょう。

ちなみにアイキャッチ画像はAIに環境ホルモンの影響について描かせた結果出てきたものです。人間がメス化して人口が減少し、人類滅亡に至る様が描かれていますね。

ダイオキシン騒動

1990年代後半に、日本では廃棄物焼却炉から排出されるダイオキシン類が深刻な社会問題となりました。急性毒性の半数致死量の比較から、「ダイオキシンの毒性は青酸カリの1000倍!」などの表現がメディアで繰り返されました。

そしてこの騒動の象徴的なできごとが、1999年のテレビ朝日「ニュースステーション」による所沢ダイオキシン報道です。この報道では、一部のお茶の葉から高濃度で検出された数値が「葉っぱもの」と表現され、あたかもホウレンソウをはじめとする野菜全体が汚染されているかのように連想させ、周辺農産物の不買運動・価格暴落を招きました。

この報道に対して地元農家が風評被害を受けたとしてテレビ朝日を提訴、2004年にテレビ朝日側が1000万円払って和解しました。ただし、この報道では所沢市周辺の産業廃棄物処理施設周辺のダイオキシン汚染問題を取り上げており、ダイオキシン=廃棄物問題というイメージを定着させました。

このようなごみ焼却炉主犯説に基づいて1999年にダイオキシン法が制定され、ダイオキシンが出ないように焼却炉の更新に多大なコストが投入されました。その結果、庭でなにかを燃やしていると毒を出すな!と苦情が出るようになったり、お寺や神社で落ち葉を焼けなくなったりしました。尾瀬の山小屋でごみを燃やすのがけしからんという記事も出て、ヘリコプターで大きな焼却場まで運ぶことになったりもしたのです。

ついでに塩化ビニル製品(塩ビ)を燃やすとダイオキシンが出るということで、塩ビの排斥運動に発展しました。塩ビを使わない消しゴムが出たり、家電や自動車メーカーまで脱塩ビ宣言を出したのです(実際には塩ビは難燃性に優れており火災のリスクを下げる)。ただし、ダイオキシンの発生量は塩ビを燃やしても通常のごみを燃やしてもあまり変わりません。ラップでは「ダイオキシン0%!」なる宣伝文句が付けられた製品もありました。

一方で、環境中ダイオキシンは過去の農薬(PCP、CNP)の不純物が環境中に蓄積したものの寄与が大きいことがわかりました。実際に、廃棄物の焼却は増加傾向であるのに対し、母乳中ダイオキシンの曝露量は1970年代からすでに減少傾向にあったのです。人間の摂取源はほぼ食品由来ですが、野菜よりも魚介類が多くを占めていました。

同様に、ベトナムで大量にまかれた枯葉剤にも不純物としてダイオキシンが含まれていました。ただし、そのベトナムでもダイオキシン曝露量は日本の半分程度でした。しかしこのことは日本のニュースで「日本人のダイオキシンレベルはベトナムの2倍」などと書かれてしまいました。

また、摂南大学教授(当時)の宮田秀明氏による母乳中ダイオキシン濃度の測定結果から、日本人は他国と比べて非常に高いという報告がされました。これも社会に大きな不安を与えましたが、その後行われた厚生省による測定結果では他の先進国と同等であるという結果になったのです。

このように、メディアによる報道を火元として大きな騒動が起こりましたが、1999年のダイオキシン法の制定以降は報道が徐々にトーンダウンし、「騒動」は収束に向かったのです。

環境ホルモン騒動

ダイオキシン騒動と同時期、1996年に出版されたシーア・コルボーンによる著書「Our Stolen Future(邦題:奪われし未来)」をきっかけに、環境ホルモンへの不安が爆発しました。化学物質が生物のホルモン作用をかく乱し、精子数の減少やメス化によって人類の絶滅を招くというシナリオはメディアでセンセーショナルに扱われたのです。

環境ホルモンは97年に作られた和製の言葉で、正式名は「外因性内分泌かく乱化学物質」です。「奪われし未来」が日本で出版されると、あらゆる異常が環境ホルモンで説明されるようになりました。

多摩川のコイがメス化した話(ノニルフェノールが疑われた)や、歯の詰め物のビスフェノールAが危ないとか、カップ麺の容器が危ない(スチレンダイマー、スチレントリマーの溶出が疑われた)とか、さまざまな不安があおられたのです。

さらには、先ほど解説したダイオキシン騒動も環境ホルモン騒動と時期を同じにしており、ダイオキシンも環境ホルモンの一種であるという主張から不安が増幅されました。

そして環境庁は1998年に調査研究プロジェクト「SPEED’98」を立ち上げ、環境ホルモンの疑いがある67物質のリストを公表しました。しかし、この「疑いがある物質」はメディアによって「有害な犯人リスト」としてすり替えられてしまいました。これで日本中がパニックに陥ったのです。

その結果、カップ麺容器や学校給食の食器(ビスフェノールAを原料とするポリカーボネート製)から微量の化学物質が溶け出すというニュースが流れると、科学的なリスク評価を待たずにそれらを排除する動きが加速しました。疑わしきは罰する(禁止すべき)という予防原則論の歯止めが利かなくなったのです。

なんでも予防原則を適用すると、例えば母乳にダイオキシンが含まれているから母乳をやめたほうがよいということにもなってしまいます。しかし母乳には免疫機能の向上などのメリットもあるため、母乳をやめるのにもリスクが伴います。このリスクにも予防原則を適用すればなにもできなくなってしまいます。予防原則ではなくリスクに基づくべき、というのはこのような例からもわかります。

さて、SPEED’98では、途中で2物質(スチレンダイマー、スチレントリマー)が外され、カップ麺容器の環境ホルモン疑惑は払拭されました(それでも容器の素材は変わってしまった)。さらに優先的に調べる物質19が選ばれ、2004年にその調査結果がまとめられました。

その結果、哺乳類への環境ホルモン作用は確認できず、ノニルフェノール、オクチルフェノール、ビスフェノールAはメダカに精巣卵(オスの精子の周辺に卵の元になる細胞が観察される状態)ができることが報告されました

環境省は2004年に結果をまとめたパンフレットを公表して、リストの廃止を行うことで一定の収束に達したのです。また、その後もExTENDプログラムとして研究は続いています。

ノニルフェノール、オクチルフェノール、ビスフェノールAの環境ホルモン作用に関しても、環境中濃度よりかなり高い濃度で起こります。なお、多摩川のコイのメス化は人間の尿由来の本物の女性ホルモンが原因と推察されました。

また、大豆に含まれるイソフラボンなども女性ホルモン活性を持っており、環境ホルモンはこれらと比べても非常に低い作用しか持っていませんでした

結局リスクはどの程度だったのか?

ダイオキシン類は「青酸カリの1000倍も毒性が強い」などと言われていますが、急性毒性の半数致死量は青酸カリが5mg/kg程度、ダイオキシンが0.0006mg/kg程度です。確かに1000倍以上ダイオキシンのほうが毒性が高いのですが、日本人の平均的なダイオキシンの摂取量はこれよりも何桁も低い(1~2pg/kg/日程度 = 0.000000001~0.000000002mg/kg/日)ので、まったく問題ありません。

ダイオキシン類の耐容一日摂取量(TDI)は、4pg-TEQ/kg体重/日です。このTDIは、動物実験による
・雌性生殖器の形成異常
・精子数の低下
・遅延型過敏反応の発現
などのエンドポイントにおける最小影響量(LOAEL)相当の体内負荷量(体内蓄積量)を、WHOが設定した一日摂取量に換算する式によって変換し、安全率10で割って得られました。また、TEQとは、ダイオキシン類に含まれる各物質の毒性の強さで重み付けして量を合計した値です(以下に出てくる濃度もTEQ換算)。発がんなどの影響についてはより高い曝露でないと観察されません。ダイオキシンの発がん性は遺伝子損傷性ではないので閾値を設定できます。

なお、ダイオキシン法によって定められた基準値は以下のとおりです:
・大気 年平均値0.6pg/m3以下
・水質 年平均値1pg/L以下
・土壌 1000pg/g以下

体重50kgの人が1pg/Lの水を2L飲むと0.04pg/kg/日になるので、TDIの1/100が割り当てられたことになる?
大気は同様に体重50kgの人が0.6pg/m3の空気を15m3/日吸うと0.18pg/kg/日になり、TDIの4%程度が割り振られたことになる?

一方で、1999年時点での日本の平均的な環境中濃度は、大気で0.18pg/m3、水域では0.24pg/L、土壌で6.5pg/g程度です。その後はさらに減ってきています。

ちなみにカネミ油症事件はPCBだけではなく不純物のダイオキシンの影響もあるとされています。発症者のダイオキシン最小曝露量は一般人の25000倍、しかもダイオキシン以外にもPCBを大量に摂取している条件で、です。

また、ウクライナの大統領を務めたユシチェンコ氏が、2004年の大統領選挙期間に毒物を盛られ、後にダイオキシン中毒と診断された事件がありました。一時期重篤な状態になりましたが、その後回復しました。このときのダイオキシン体内濃度は一般人の50000倍以上だったようです。

つまり、TDIは平均的な摂取量の2~4倍ほどで、あまりマージン(余裕度)がないようにも思えますが、実際にはさらに数桁程度高い曝露にならなければ何らかの悪影響が出るまでにはいたらない、ということになります。

環境ホルモンのほうはどうでしょうか。SPEED’98プログラムによる研究の結果、野生生物について環境ホルモンによる影響として、有機スズ化合物によるイボニシ(巻貝の一種)の生殖器異常(メスの貝にオスの生殖器が見られる)が観察されました。

それ以外の、例えばノニルフェノール、オクチルフェノール、ビスフェノールAによる野外での影響については観察されていません。これらは環境ホルモン作用を持つものの、人間の尿由来で環境中に排出される本物の女性ホルモンに比べて非常に低いものでした。

例えばビスフェノールAの評価結果を見てみましょう。メダカを用いたパーシャルライフサイクル試験(受精卵から成熟初期まで曝露する試験)では、890μg/Lの曝露で精巣卵が観察され、無影響濃度(NOEC)は470μg/Lでした。さらに、フルライフサイクル試験(2世代にわたる曝露を行う試験)では、1179μg/Lの曝露で精巣卵が観察され、無影響濃度(NOEC)は247μg/Lでした。

一方で、平成10年~平成14年までの水質調査結果から、年度ごとの95パーセンタイル値の最大値は0.29μg/Lでした。NOECの247μg/Lとの比は851倍であり、現実的なリスクは低いと考えられました。

まとめ:ダイオキシン・環境ホルモン問題

改めて振り返ると、ダイオキシン・環境ホルモンの騒動は常軌を逸したものであったことがわかります。この一連の騒動は、日本のリスクコミュニケーションにおける重要な教訓となりました。科学的に「無罪」を立証することの難しさと、不確実な情報がいかに社会を翻弄するかという事実は、現在進行中のマイクロプラスチックやPFASの問題を考える上でも、極めて重要と言えるでしょう。

また、研究者とその関係者(環境団体など)によるマッチポンプ(危機をあおって研究費を獲得し、その結果でさらに社会的注目を高め、対策に大きな費用をかけさせる一連の流れ)の影響もありました。そして、ちゃんとした総括がないままに次の「毒」に興味を移していく新興化学物質全体の問題も考える必要があります。

補足

本記事を書くために以下の資料や書籍を参考にしています。

環境省 ダイオキシン類 関係省庁共通パンフレット

パンフレット
環境省のホームページです。環境省の政策、報道発表、審議会、所管法令、環境白書、各種手続などの情報を掲載しています。

環境省 ダイオキシンの耐容一日摂取量(TDI)について(概要)
https://www.env.go.jp/content/900405305.pdf

環境省 ― 環境ホルモン戦略計画SPEED’98 ―パンフレット「取組の成果」

SPEED'98における取組み
環境省のホームページです。環境省の政策、報道発表、審議会、所管法令、環境白書、各種手続などの情報を掲載しています。

環境省 平成16年度第1回内分泌攪乱化学物質問題検討会 資料5-2「魚類を用いた生態系への内分泌攪乱作用に関する試験結果について(案)」

平成16年度第1回内分泌攪乱化学物質問題検討会 議事次第
環境省のホームページです。環境省の政策、報道発表、審議会、所管法令、環境白書、各種手続などの情報を掲載しています。

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