緊急事態のクライシスコミュニケーションにおける3つのポイント

crisis-communication リスクコミュニケーション

要約

リスクコミュニケーションはケア・コミュニケーション、コンセンサス・コミュニケーション、クライシス・コミュニケーションの3つに分類できますが、緊急事態に対応するためのクライシスコミュニケーションについて、事前準備、世論の把握、メディア対応という3つのポイントに絞って解説します。

本文:クライシスコミュニケーションのポイント

リスクコミュニケーション(リスコミ)については本ブログの過去記事で「ある特定のリスクについて関係者間(ステークホルダー)で情報を共有したり、対話や意見交換を通じて意思の疎通をすることであって、関係者間の相互理解を深めたり、信頼関係を構築することが目的となります。」と書きました。

リスクコミュニケーションの成功・失敗とは何か?その1:WEBによる情報発信の効果の測定方法
リスクコミュニケーションが成功した・失敗したなどと語られることがありますが、何をもって成功・失敗と言うのでしょうか?WEBによる情報発信を例にして、計測によってその効果を評価する方法を紹介します。ユーザーによる評価、A/Bテストによる表現方法の違いの評価、SNSを用いた情報発信後の反応を計測する方法を活用します。

ただし、リスクコミュニケーションはその性質によって3つに分類できます
1.ケア・コミュニケーション:科学的な情報提供
2.コンセンサス・コミュニケーション:リスクについて社会が意思決定するために行われる情報共有・対話・意見交換
3.クライシス・コミュニケーション:現在発生中の危機管理のためのコミュニケーション

本ブログではネット上における情報提供、すなわちケア・コミュニケーションの話を中心に書いています。上記の過去記事では、「一方的な情報提供ではなく双方向的であって、情報発信側の思うがままに人々を操る方法ではありません。」とも書きましたが、ネット上の情報提供は一方的ではなく、コメントが付いたり、それに対して返信ができたりなど、双方向的な性質を持っています。

この中でもクライシスコミュニケーションはリスクコミュニケーションのもともとの起源と考えられます。1980年代から事件・事故が発生した際の危機管理における広報活動が注目されるようになりました。

例えば1982年のジョンソン&ジョンソン社のタイレノール事件対応があります。これは、市販の解熱鎮痛薬「タイレノール」に青酸カリが混入され、7人が死亡した事件です。ジョンソン&ジョンソン社はこれ以上の犠牲者を出さないことを最優先に行動し、全米でタイレノールの自主回収、メディアを通じて危険性を広く国民に警告、再発防止策として当時医薬品で初となる開封防止包装の導入、を実施しました。このような対応はクライシスコミュニケーションのお手本とされています。

リスクコミュニケーションがいわゆる社会の炎上時の火消しの技術、と考える人が多いのはこのような起源をもつからでしょう。

本記事では、これまで本ブログで扱ってこなかったクライシスコミュニケーションについて解説します。ただし、本記事でクライシスコミュニケーションのプロセスのすべてを書くことは無理ですので、事前準備、世論の把握、メディア対応という3つのポイントに絞って整理していきます。

準備が重要

リスク管理と危機管理は性質が異なります。リスク要因として火災を考えた場合、リスク管理としては火災の発生前にスプリンクラーや防火シャッター、消火器の設置を行ったり、可燃物の貯蔵の規制などを行ったりなどの防火対策があります。危機管理では火災発生後に、消防への連絡、避難、消防隊到着前の初期消火、ケガ人の対応などの対応があります。これらはどちらかやればよいわけではなく、両方が重要です。

まずは危機管理における事前の準備の重要性についてです。事件や事故のような緊急事態は突然やってきます。事前に準備が必要と言われても、そもそも発生が予測できなければ準備できないのでは、と考えるかもしれません。

ただしここでいう準備とは、緊急事態が発生した際にどのようなプロセスで対応するか、内部・外部に対するコミュニケーションの方法のようなルールを決めておくことです。

マニュアルの策定は準備において最も重要なことでしょう。マニュアルには以下のようなことを記載します:
・過去の緊急事態における対応事例(自組織でも外部でもよい)
・組織内での対応や報告などの役割と責任、どこまで情報共有するかなどのルール
・メディア対応の方法
・SNSの利用方法
・平時における訓練方法
・記録の方法
・各段階でのチェックリスト

火災でいう避難訓練・消火訓練などもまた重要な準備です。知識を学んでルールを決めるだけでは緊急事態においてうまくできるとは限りません。特定の事故事例を想定して外部へリスク情報を作る練習や、記者会見の練習なども訓練の一部です。

また、平時からのリスクコミュニケーションによって組織の信頼を高めておくこともまた準備の一つといえるでしょう。

2005年の8月にアメリカのルイジアナ州周辺を襲ったハリケーンカトリーナは、死者1400人超、ニューオーリンズは市街地の8割が水没、避難者数は40万人という、激甚な被害をもたらしました。このとき、上陸前に強制避難命令が出ていたにもかかわらず、10万人以上の市民は避難せずに、被害の拡大につながりました。

避難しなかった人々は政府・行政に対する不信感を強く持っていたという研究があります。普段からのリスクコミュニケーションによって政府の信頼を高め、市民が気象情報・災害情報に注意する姿勢を構築しておく必要があったと考えられます。

世論の把握が重要

事前準備の次は、実際に緊急事態が発生した際の世論の把握についてです。このプロセスでは、事件・事故に対する世論の受け止め方を理解し、外部に向けた情報提供の受け手を想定し、その情報ニーズを特定します。

まずはメディアの報道姿勢などをチェックすることが重要です。報道姿勢から、誰が加害者で誰が被害者とみなしているかという扱いを知ることで、メディア対応を考えます。また、世間は何に怒っているか、という世間的なモラルを把握します。組織は普段は業界内での価値観や慣例で動いているため、世間的なモラルはそれとは大きく異なることを忘れがちになります。業界の慣例と一般社会の慣例との違いが重要な場合は、それを説明することが必要になります。

報道姿勢の分析から、報道リスクランク(どの程度炎上しそうか)を、以下のように5段階で評価することができます:
1:全国メディアでネガティブ報道され、事業に重大な影響、報道陣が多数押し寄せる事態
2:ローカルニュースでネガティブな報道、社会的な信用失墜につながる、ローカルニュースからの問い合わせ
3:単一メディアでネガティブな報道、社会的な信用失墜につながる
4:取引先などのネガティブな報道に巻き込まれイメージ悪化、
5:会社に直接関係ないが、同じ業界での不祥事によって業界全体のイメージ悪化

また、世論を収集・解析するにはソーシャルリスニングが有用です。本ブログではソーシャルリスニングの手法を用いて定期的にリスクに関するトレンドを調べた記事を公表しています。

SNS定点観測
「SNS定点観測」の記事一覧です。

例えば、2023年3月にコオロギ食についてネットで炎上した際には、Google Trends, Yahoo!知恵袋、Twitterを用いたソーシャルリスニングを行った結果、大きく分けてコオロギ食は危険(プリン体が多い、微生物汚染がある)という話と社会的不正(税金投入&利権、企業による法的措置、給食による強制、他にやるべきことがある)という話の二つに分かれることが示されました。

コオロギ食は新規のリスク?ネットの反応を分析しました
コオロギ食についてネット上での炎上が続いていますが、Google Trends, YAHOO!知恵袋、Twitterを用いたソーシャルリスニングを行って、ネット上の反応を分析しました。コオロギ食は危険、コオロギ食推進は社会的不正がある、という大きく二つの反応が示されましたが、ネット上の情報の多くは不正確でした。

2020年12月に珪藻土製品に基準値を超えるアスベストが検出された問題の際には、YAHOO知恵袋から情報を得て、
・回収方法(連絡が来るのを待つのか?どこで買ったか覚えていなくても大丈夫か?レシートがなくても大丈夫か?)
・類似の商品は大丈夫か?
・ヤスリで削ったり割ったりした場合のリスクはどのくらいか?
などの情報ニーズが整理できました。

珪藻土製品に混入したアスベストは危険なのか?その1:基準値の根拠と情報ニーズ
珪藻土製品に基準値を超えるアスベストが検出された問題について調べたところ、基準値0.1%はリスクベースではなく、実行可能性や分析法の限界によって決まっていることが推察されました。つまり、基準値を超えているから危険という判断はできません。また、現在どのような情報提供が必要になるのか、ソーシャルリスニングの手法を用いて情報ニーズを整理しました。

クライシスコミュニケーションというとメディア対応の技術に関心が向きがちですが、そもそも何をコミュニケーションするか、という内容も重要です。

報道姿勢や世論(ネット上での世論も含む)は、組織・組織トップによる初期対応や発言によって大きく変化しますので、その変化をモニタリングすることも重要です。

例えば2006年6月に発生したスイス・シンドラー社のエレベーターによる高校生の死亡事故のケースでは、事故直後から責任は自分たちにないと主張して謝罪せず、批判が高まりました。

事件の経緯とシンドラー社の対応
シンドラー社製エレーベーターでのトラブルが相次いで明らかになるにつれて、同社の説明は次第にそのニュアンスを変えてきた。JINビジネスニュースでは、事故発生からの同社の説明を一覧にまとめた。シンドラー社対応一覧6月3日 事故発生も連絡取れず港区「シティハイツ竹芝」のエレベーターで死…

最近でも2024年1月に名古屋のテーマパーク、レゴランドにて入場ゲートでのスタッフ対応のミスがSNS上で拡散し、レゴランド・ジャパンの社長自らそのアカウントに対して「問題提起、ありがとうございます」で始まるダイレクトメールを送り、さらにその内容を公開したことがきっかけとなり、さらに大きな炎上となりました。

レゴランド炎上、冷静に見て何がマズかったのか 「初動対応」を見誤ってしまう企業側の盲点
(4ページ目)名古屋のレゴランドで発生した炎上騒動は、単なるスタッフの対応ミスだけでなく、社長自らの情報発信がさらなる混乱を招いたことでも注目されています。なぜ「ピンチをチャンスに変える」ことができなかったのか、SNS時代の危機管理の本質に迫ります。(このリード文はAIが作成しま…

このように、SNSでは対応の一つを間違えただけで大きな炎上につながるため、世論のモニタリングを踏まえた対応が必要になります。

メディア対応が重要

最後はメディア対応です。事前に準備のない場当たり的なコミュニケーションでは失言によって信頼を大きく損なう可能性が高くなります

緊急事態発生時の初動としては、ホールディングコメント(ただいま情報収集中ですので少々お待ちください、何かわかったらすぐに公開します、という意味のコメント)を発信します。メディアからの問い合わせなどにも同じ文言を繰り返します。

この間に情報収集して対応方針を決定します。そして状況をまとめてプレスリリースを行います。この中には以下のような内容を盛り込みます:
・状況の説明
・会社の姿勢と方針
・必要があれば謝罪
・被害者がいる場合はお見舞い・お悔みの言葉
・原因究明への努力・協力
・必要があれば今後の対策、再発防止の約束

謝罪=法的責任の認定と考えて躊躇する場合がありますが、ここで裁判や補償のことを考えて謝罪が遅れてしまうと致命的なダメージとなるため、躊躇しないほうがよいとされています。ただし、責任の所在については警察や第三者の調査に任せて回答を避けます。

リリース後にはメディアからの問い合わせに対応します。ここでは想定問答集を作っておき、回答にはリリースの内容を繰り返し盛り込みます。記者が突っ込んできそうな都合の悪い問題は、隠ぺいと受け取られないように先に発表してしまいます。また、自分たちも被害者だという姿勢をとってしまうとイメージが悪くなるのでNGです

そして重要になるのが記者会見対策です。メディアトレーニングと呼ばれる準備が必要になります。メディアによる発言の切り取りは当たり前なので、どこを切り取られてもよいように、どの発言にもリリースの内容を繰り返し盛り込むようにします。

他にも以下のようなポイントがあります:
・マスコミではなくその向こうにいる視聴者に向かって話すことを意識する
・想定問答を覚えておく
・感情的にならない
・意地悪な質問にはまともに答えない(リリースの内容を繰り返す)
・回答を避ける際はその理由を話す
・批判をしない
・推測や個人的見解、オフレコを話さない

2017年7月の東京都議選において、当時の安倍首相は街頭演説でヤジを飛ばす人たちに対して「こんな人たちに負けるわけにはいかない」と発言しました。この発言はメディアに切り取られ、一般市民に向けた発言と捉えられてしまい、直後の都議選で自民党が歴史的敗北を喫するきっかけとなりました。視聴者に向かって話す、感情的にならない、批判しない、といったポイントに注意する必要がありました。

また、記者会見では外見による第一印象も重要です。2026年1月にプルデンシャル生命が顧客から不正受領を行った事件に対する謝罪会見の事例が興味深いです。これは経営陣の失言というよりも、まるで新製品の発表会のような司会者のおしゃれすぎるスーツがSNSで注目され、本来伝えるべき内容よりも会見の作法がニュースになってしまったケースです。

プルデンシャル謝罪会見の“おしゃれなスーツ”のダメなポイント |
社員ら100人以上が、顧客から31億円もの額を不正受領していたという前代未聞の不祥事が発覚したプルデンシャル生命。2026年1月23日に開催された謝罪会見の内容について問題視する声が広がっているのはさることながら、そこに臨んだ経営陣の「おし

まとめ:クライシスコミュニケーションのポイント

緊急事態におけるクライシスコミュニケーションのポイントを事前準備、世論の把握、メディア対応という3つのポイントに絞って整理しました。事前準備ではマニュアルの作成、訓練、平時からのリスクコミュニケーションによる信頼の醸成が重要です。世論の把握では、報道姿勢の分析から報道リスクランクを評価したり、ソーシャルリスニングによって市民の反応や情報ニーズを把握することが重要です。メディア対応では公式見解を繰り返し話す、謝罪を躊躇しない、メディアトレーニングを受けるなどが重要です。

補足

本記事は以下の書籍等を参考に書きました。

後藤正彦 (2001) 企業のリスク・コミュニケーション. 日本能率協会マネジメントセンター

503:サービスが利用できませんService Unavailable Error

吉川 (2012) リスク・コミュニケーション・トレーニング. ナカニシヤ出版

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山口明雄 (2018) 危機管理&メディア対応 新・ハンドブック. 株式会社宣伝会議

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