マーケティングの手法を取り入れたリスクコミュニケーション:EFSAの最新レポートを紹介します

social-media リスクコミュニケーション

要約

EFSA(欧州食品安全機関)が最近公表した「リスクコミュニケーションの今後の方向性」に関するレポートを紹介します。マーケティングの手法を用いて情報の受け手を3つのレベル(エントリー、インフォームド、テクニカル)に分類し、それぞれの層に対して適切な難易度のメッセージを、適切なチャネルを通して届けるという方向性が示されています。

本文:リスクコミュニケーションの今後の方向性

マーケティングでは、顧客を年齢・性別・地域のような属性や、好みなどの心理的特性も含めてグループ分け(セグメンテーション)し、商品を売り込む層を絞り込んでいくこと(ターゲティング)が一般的です。消費者のニーズが多様化してきたことで、全員に届く商品を作るのが難しくなってきていることで、セグメンテーションの重要性が増しています。

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マーケティングに欠かせないキーワード「セグメンテーション」とはどんな意味?|@DIME アットダイム
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リスクコミュニケーション(以下、リスコミ)においても、情報の受け手の興味や科学的リテラシーが多様なので、それぞれの層にあったメッセージを届ける必要があります。このようにターゲットを絞ったリスコミは、公衆衛生の分野ではすでに結構あります。メッセージをきちんと理解してくれて、行動に移してくれる層に向けて特化したメッセージを発するというやり方になります。全員に届けようとするメッセージは、結局のところ誰にも届かないメッセージになってしまいます。

メッセージを理解するだけではなくて「行動」してくれる層をターゲットとする、というのがポイントです。ここでいう「行動」とは、例えば健康増進みたいなメッセージに対して、本人が健康によい生活習慣を送るようにするという意味もありますし、さらにそのことを周囲に広めてくれるいわゆる「インフルエンサー」という意味もあります。層を絞ることで結果的に多くの人にメッセージを届けられるようになるのです。

ところが、化学物質や食品安全の分野では、あまりこういう取り組みを見かけないように思います。そんな中、EFSA(European Food Safety Authority, 欧州食品安全機関)はリスクコミュニケーションの今後の方向性というレポートを2021年2月に公表しました。主著者のAnthony Smith氏は、EFSAのコミュニケーション責任者であり、社会調査の方法とアドバイスに関するEFSAワーキンググループの議長を務めているとのことです。

Future directions for risk communications at EFSA
This editorial proposes directions for the European Food Safety Authority (EFSA) to meet its current and future obligations as a source of public information an...

この内容は、上記のようなマーケティング分野の手法が多く取り入れられており、私にとっては非常に興味深いものでした。

本記事ではこのレポートの中身を紹介し、ターゲットを絞ったリスコミについて考えていきたいと思います。

EFSAによるリスクコミュニケーションの今後の方向性

全部は紹介しきれないので、以下ポイントを絞って紹介していきます。

・食品関連のリスクに関するメッセージを提供する際には、相手となる人々の食品安全の認識と理解、リスクの認識、情報のニーズを考慮する必要がある。つまり、メッセージの発信側ではなく受け手側主導のコミュニケーションへ移行していく。

・食品安全の理解と情報ニーズは、心理的・社会経済的・文化的・地理的などさまざまな要因に応じて大きく異なる。また、消費者にとって食品の安全性は、品質、産地、味、栄養素含有量、環境への影響、価格など食品の選択に影響を与える多数の要因のうちの1つにすぎない。

情報の受け手の行動、EFSAとの関係、科学的リテラシーに関する仮定などを用いて、受け手を以下の3つのレベルにクラスター化する:
1.エントリーレベル:科学にあまりなじみがなく、リスクとメリットや選択の判断材料となる簡潔な情報を求めている
2.インフォームドレベル:ある程度リスクに関する知識があり、科学以外に政治経済的関心がある
3.テクニカルレベル:リスクの専門家

・この10年で人々の情報に関する行動は革命的変化が起こっている。特に15~24歳のヨーロッパ人の45%が、食品関連のリスクに関してはソーシャルメディアが主な情報源であると述べている。今後はソーシャルメディアへの対応が基本となり、以下のような状況の変化にも対応していく必要がある:次世代のウェブツール、オンラインコミュニティ、キャンペーン、マルチメディア、テレビ、ニュースメディア。

これまでのone‐size‐fits‐all approach(全員に届けようとするメッセージを作ること)から、受け手のニーズに合わせたものに変えていく必要がある:
1.テクニカルレベル向けのコンテンツ:専門ジャーナルであるEFSAジャーナルですでに確立できているが、ソーシャルメディアとの統合によりさらに強化できる
2.インフォームドレベル向けのコンテンツ:リスク評価の状況、関係する専門家の詳細、関係する宣言、会議の議事録など、新しいワンストップショップ(Open.EFSAポータル?詳細不明)に統合される。科学出版物の平易な要約は、この層にとって重要な要素である。
3.エントリーレベル向けのコンテンツ:一般向けのコンテンツは、専門的知識のない受け手に合わせる必要がある。一人称と二人称を使って視覚的な形式にしたり、多言語対応も必要。

・ソーシャルリスニング(補足に記載)やフラッシュポーリング(詳細不明だが、ツイッターなどで簡易にアンケートをとったりするようなイメージかな?)などの新しいツールは、情報の受け手をよりよく理解するのに役立つ(従来の社会調査を補完する)。

情報の受け手のセグメンテーションのための分析

さて、上記のEFSAのレポートでは、情報の受け手(ターゲットオーディエンス)を3つのグループに分類(セグメンテーション)し、それぞれのレベルにあった情報を、それにあったチャネルを通じて提供する、ということがキモでした。ここで、3つのグループへのセグメンテーションについてもう少し詳しく見ていきましょう。参考とするのはEFSAが2019年に公表している以下のレポートです。

Guidance on Communication of Uncertainty in Scientific Assessments
This publication is linked to the following EFSA Supporting Publications article:

セグメンテーションはEFSAによるユーザーの広範な調査の結果に基づいています。例えば、ウェブサイトのアクセス解析や、ユーザー数千人の調査、ニュースレターの購読者(約3万人)の情報、一般向けの「Ask EFSA」サービスに寄せられた情報提供の内容、欧州機関、加盟国、消費者団体、NGO、産業界、メディアなどの関係者へのインタビューなどです。あらゆるものが「データ」として活用できる、ということですね。

その結果を、3つのレベル(エントリー、インフォームド、テクニカル)と、情報の受け手のカテゴリ、コミュニケーションのためのコンテンツ(産物)、仮定の関係を整理したものがp12のTable1です。これをざっと日本語でまとめなおしたものを下に示します。

segmentation

ソーシャルメディアの活用について、エントリーがFacebookでインフォームドがTwitterなのはどういう使い分けなのかよくわかりませんでしたが、とにかくさまざまなチャネルを使い分けていきますよ、ということです。

また、一つのコンテンツの中でも3つのレベルの受け手に届けることができる、ということも書かれています。例えば、ニュース記事の見出しや冒頭の段落は、エントリーレベルの受け手に理解できるような表現とし、後に続く段落ではインフォームドやテクニカルレベル向けの詳細な情報を提供する、などです。

EFSAのレポートをふまえてリスコミの今後の展望を考える

マーケティングは、「作りたいものをどうやって売るか?」から「どうやってニーズに合ったものを作るか?」へ変化し、さらに「ニーズを細分化してそれぞれに合ったものを提供する」に進歩してきました。EFSAのレポートを読んでみて、マーケティングと同じようにリスコミの戦略も変わりつつあるのかな、という予感がしました。

新型コロナウイルス対策におけるリスクコミュニケーションにおいても、以下の資料に見られるように、情報の受け手をよく知ることがステップの一つとして書かれています。

リスクコミュニケーション及び地域社会への積極的な働きかけの準備とコロナウイルス疾患(COVID-19)への対応暫定ガイダンス 2020 年 3 月 19 日 WHO(World Health Organization) 仮訳:日本リスク学会リスクコミュニケーションタスクグループ
https://www.sra-japan.jp/2019-ncov/fbox.php?eid=11077&s=o


4.コミュニティへの積極的な働きかけ
・ 主要なオーディエンスの関心、態度、信念を理解する方法を確立する。
・ ターゲットオーディエンスを特定し、その知識と行動に関する情報を収集する。(例えば、誰を信頼しているか、どのように情報を得ているか、日々の習慣、懸念事項)
・ ソーシャルメディアを通じた働きかけ。オーディエンスに積極的に情報を提供し、すべての質問を収集して回答する。
・ 人々が電話をかけて質問できるように、ラジオ番組を通じた働きかけ。
・ コミュニティへの働きかけを支援できるコミュニティのインフルエンサーとネットワークを特定する。(インフルエンサーは、例えば、地域社会の指導者、宗教指導者、医療従事者、伝統的な治療者、代替医療提供者。ネットワークは、例えば、女性団体、地域保健ボランティア、青少年団体、宗教団体、労働組合、およびポリオ、マラリア、HIV の社会運動者など)
・ 障がいのある方や読み書きのできない方のために、特別な情報や関わりのニーズを予測する。

https://www.sra-japan.jp/2019-ncov/fbox.php?eid=11077&s=o

ところで、セグメンテーション・ターゲティングは有効であるとともに、さまざまな問題も一緒についてまわります。例えばターゲティング広告は個人のwebサイトの閲覧履歴から、その人の属性や興味などを把握し、それにあった広告を表示する仕組みです。個人情報の保護の問題があり、Googleは利用を制限するなどの動きが出ています。

日本経済新聞:Google、なぜターゲティング広告を制限?

Google、なぜターゲティング広告を制限?
2021年3月4日の日本経済新聞朝刊1面に「グーグル、広告制限を強化」という記事がありました。米グーグルがインターネット利用者の行動を追跡する「ターゲティング広告」に関する技術の使用制限を強化します。利用企業に支持されてきた技術をなぜ制限するのでしょうか。ネット広告は一人ひとりの閲覧履歴を使って配信対象をターゲティング...

ターゲティング広告は個人情報の問題に限りません。例えば「30代女性」という属性に対し、育児中の人が多いというのは統計的には「正しい」のですが、その層に育児関連の広告を集中して流すようにすると、子供ができなくて悩んでいる人が苦痛を感じるなどの問題もあります。

リスコミにおいても、webサイトの閲覧履歴などからAIがユーザーのリテラシーを判断して、そのリテラシーに応じた難易度のメッセージが出てくる、みたいなリスコミwebサイトは技術的には可能だと思います。ただし、おそらく倫理的な問題の方が大きくなるでしょうね(要するに相手がアホだと判断している、みたいなことですから)。

こういうのはユーザーがみずから情報のレベルを選択可能であることが必要で、しかもレベル間のメッセージが矛盾していないようにする必要があります。例えば、テクニカルレベル向けではリスクの不確実性について詳細に説明しておきながら、エントリーレベル向けでは「絶対安全です」などと言い切ったりすると、受け手は「自分たちはダマされてる」感が出てきてしまいます。

この辺の問題はELSIの範疇になるでしょうか。倫理的な問題などに十分配慮しつつも新しい方向性を模索していくことが重要です。

まとめ:リスクコミュニケーションの今後の方向性

リスクコミュニケーションにおいては情報の受け手の興味や科学的リテラシーが多様なので、マーケティングの手法を用いてそれぞれの層にあったメッセージを、適切なチャネルを通して届ける必要があります。EFSAが公表したレポートはこのような方向性を示すものです。ここでは情報の受け手を3つのレベル(エントリー、インフォームド、テクニカル)に分類(セグメンテーション)し、マルチメディアやソーシャルメディアなど多様な手段で情報を発信し、相互にコミュニケーションしていく、という方向性となっています。

補足

本ブログの記事の構造は、一貫して要約、本文、まとめ、補足の4つに大きく分けています。これは実のところ、読者のレベルごとに分けて書くことを目指してきました。EFSAの用語を借りれば、要約はエントリーレベル、本文・まとめはインフォームドレベル、補足は論文情報などを含めたテクニカルレベル向けに考えています(この補足のように必ずしもそうなっていない場合もあるのですが)。これはEFSAのレポートに出てくるやり方と一致しています。

また、EFSAのレポートにも出てくるソーシャルリスニングについては、本ブログにて連載記事にしています。これによって常に情報ニーズを探るように心がけています。さらに、この手法はリスコミにはかなり有効だという感触をこれまでに得ています。まだその辺を上手く言語化できていませんが、これを体系的に示すことが今後の目標です。

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