世界疾病負荷(GBD)研究における化学物質の評価

GBD-chemicals-in-food リスク比較

要約

WHOは9種類の化学物質を含む食事由来の各種ハザードのリスクランキングを発表しました。この中で化学物質の評価がどのように行われたかを解説し、実際の評価結果から注目すべき点をまとめ、今回の結果をどのように捉えたらよいかを考察します。

本文:GBD研究における化学物質の評価

2026年6月に、WHOは主に食中毒を要因とする各種ハザードのリスクランキングを発表しました。大きな特徴としては、9種類の化学物質のリスクも含まれている点になります。以下がWHOによるリリースです。

WHO: Unsafe food causes 866 million illnesses and 1.5 million deaths annually, young children at highest risk

Unsafe food causes 866 million illnesses and 1.5 million deaths annually, young children at highest risk
Children aged less than five years face almost three times the risk of illness from unsafe food than older children and adults, according to…

食品媒介細菌やウイルス、寄生虫感染などの生物学的危険因子への曝露が、食中毒の大部分(2021年には約8億6000万人)の原因となっている一方、化学物質への曝露は死亡原因の不均衡な割合を占めている。2021年には、汚染食品による死亡のうち、化学物質による危険因子が実に73%を占めた。これらの化学物質関連の死亡のほとんどは、無機ヒ素(42%)と鉛(31%)に関連しており、これは主にこれらの物質への曝露が心臓病やがんのリスクを高めるためである。
(中略)
この推定値は42種類の食品媒介性有害物質を対象としていますが、データ不足のため、その他多くの潜在的に重要な有害物質を含めることができませんでした。これらには、抗菌剤耐性菌、残留農薬、パーフルオロアルキル物質(PFAS)などが含まれます。
(中略)
2000年から2021年までの国レベルのデータは、各国政府が最も負担の大きい分野に政策や行動を集中させるのに役立ちます。これらの推計値は、国のリスクランキングを支援することを目的としており、各国政府が食品安全上の脅威を比較し、介入の優先順位を決定し、複数分野にわたる連携を強化し、資源をより効果的に配分することを可能にします。

(Google翻訳による日本語訳)

ということで、化学物質のリスクのうち、無期ヒ素や鉛のリスクが高いという内容になっています。また、9種類以外にも農薬やPFASなど他の物質の評価にも取り組んだようですが、まだデータ不足で進んでいないようです。

このようなリスクランキングを作ることで、どのリスクから対策をとるべきかという優先順位付けや、リスクの大きいものにより多くの対策予算をつぎ込んだりなどの政策支援に役に立ちます。

この取り組みは、世界疾病負荷(Global Burden of Disease: GBD)研究の一環です。GBD研究はWHOを母体とする世界的な研究プロジェクトで、死亡率や損失余命、DALY(disability-adjusted life year:障害調整生命年)をリスク指標として比較可能な形で表しているのが特徴です。

本ブログにおいても、GBD研究の結果を紹介する記事を複数書いています。例えば以下は食品関係のリスクを俯瞰した記事です。

食品関係のリスクを俯瞰する試み:農薬やPFASなどの位置づけはどの辺か?
食品によるリスクの全体像はどのようなもので、どの要因がどのくらい大きいのか?という全体を俯瞰するマクロなアプローチが不足しています。そこで、世界疾病負荷研究のデータを用いて食品関係のリスクを俯瞰します。農薬やPFASなど話題の化学物質の位置付けも併せて示します。

上記の記事では自分で評価した農薬やPFASの結果も含めて書きましたが、GBD研究では化学物質の評価はあまり含まれていません。これは化学物質の評価は死亡率や損失余命、DALYなどの指標で評価するのは通常ではないからです。

そこで、本ブログでは簡易に動物実験の結果から死亡率や損失余命、DALYなどの指標で評価するための手法を提案しました。それが以下の記事です。

動物実験の結果から化学物質の死亡リスク、損失余命、DALYを求める方法の一案~PFOS・PFOAを例に~
リスク比較ではさまざまなリスクを統一指標で評価する必要がありますが、化学物質のリスクは動物実験から評価することが多いため、死亡率や損失余命、DALYなどの指標で表現することが困難です。そこで、動物実験の結果のみを用いて死亡率、損失余命、DALYを求める簡易な方法を提案します。

そんな中、わずか9種類とはいえ、WHOが食品中化学物質による死亡率や損失余命、DALYを報告してきたことは大きな転換点であると思います。

本記事では、今回のWHOによる化学物質の評価がどのように行われたかを解説し、実際の評価結果から注目すべき点をまとめ、今回の結果をどのように捉えたらよいかを考察します。

化学物質のリスク評価方法

まず、化学物質のリスクをどのように評価したのかについて解説します。参考にするのは以下の論文です。

Jakobsen LS et al (2026) WHO estimates of the global, regional, and national disease burden of nine foodborne chemicals, 2000-21: an updated data synthesis. The Lancet Global Health, 14, 103986.

Redirecting

9種類の化学物質は以下の表にまとめたように、それぞれ異なるアプローチで評価しています。なお、キャッサバシアン化合物による「コンゾ(麻痺症)」は、キャッサバを主食とし、水にさらすなどの適切なシアン除去加工が不十分な地域でのみ発生するため、アフリカの特定の9カ国に対象地域を限定して評価しています。

物質影響アプローチ
ダイオキシン男性不妊リスク評価アプローチ
アフラトキシンB1肝細胞がん反事実分析
アフラトキシンM1肝細胞がん反事実分析
キャッサバシアン化合物コンゾカテゴリー的帰属
ピーナッツピーナッツアレルギーカテゴリー的帰属
無機ヒ素肺がん、皮膚がん、膀胱がん、虚血性心疾患反事実分析
カドミウム慢性腎臓病リスク評価アプローチ
心血管疾患、知的障害GBDの鉛負荷と食品由来の割合
メチル水銀知的障害リスク評価アプローチ

それぞれのアプローチについては以下の通りです。

反事実的分析:国別の食品由来の曝露量と用量反応関係から、がんなどが過剰に発生する割合を算出し、これを既存のGBD研究で得られている死因別(〇〇がんなどの)死亡率、損失余命、DALYに適用して、その物質に起因するリスクを推定する

リスク評価アプローチ:国別の食品由来の曝露量と用量反応関係から、疾病の発症確率を算出し、その疾病による死亡率や障害の程度などから、死亡率、損失余命、DALYを評価する

カテゴリー的帰属:アレルギーなど特定の病気の原因が特定の食品(化学物質)であると明確に識別できる場合に、発生した症例を直接原因物質に帰属させて評価する

GBDの鉛負荷と食品由来の割合:すでにGBD研究によって鉛を原因とした死亡率、損失余命、DALYが算出されているため、そこに食品由来の鉛の曝露量から食品由来のリスクの寄与分を算出する

化学物質のリスク評価結果:日本と世界の比較

次に評価結果を見ていきましょう。全ハザード(食中毒+化学物質)、全食中毒、全化学物質(9種類の合計)、各化学物質のリスクを表に示します。死亡率は人口10万人あたりの年間死者数、損失余命とDALYは人口10万人あたりの年数になります。年度は最新の2021年のデータです。

GBD-chemicals-in-food-data

ちなみにこのデータは以下のサイト(シャイニーアプリ!)から得られます。右上の「Results」をクリックして、各種データを選択してみましょう。

WHO estimates of the global burden of foodborne diseases 2000-2021 dashboard

日本では、全ハザードのリスクのうち、ほとんどが化学物質のリスクで占められていることがわかります。化学物質の中では無期ヒ素のリスクが最も高く、次に鉛です。DALYだけはメチル水銀も高くなっています。化学物質に比べると各種食中毒のリスクはかなり低いです。

全世界の結果と日本の結果を比べると、日本は全体的にリスクが低いことがわかります。リスクが高いのはやはり発展途上国ですね。特に、全世界は食中毒のリスクが日本と比べてどの指標でも10倍以上となっており、非常に高いことがわかります。

次に、リスク指標の差を見ていきましょう。死亡率と損失余命は10~20倍くらいの関係にあります。これはつまり、1人の死亡につき失われる余命が10~20年くらいということを意味します。交通事故や自殺などは若い人が死ぬのでこれがもっと大きな数字になりますが、病気で死ぬ場合は高齢者が多いため、10~20年くらいになると思っておけばよいでしょう。

損失余命とDALYがほとんど同じ数字の場合には、死なないけど障害が続くような影響があまりないことを意味します。差が大きければ逆を意味します。無期ヒ素とか鉛のように、一般的に化学物資では差が大きくなりません。特徴的なのはメチル水銀ですね。死亡や損失余命がゼロであるのに対してDALYの数字が大きくなっています。発生する影響が知的障害なので、死には至らないものの障害が続くと評価されています。

最もリスクが高い無期ヒ素についてもう少し詳しく説明します。無期ヒ素による影響は肺がん、皮膚がん、膀胱がん、虚血性心疾患(心筋梗塞など)の4つが考慮されています。以前なら皮膚がんが主な影響と考えられ、次に肺がんの影響が注目されていました。ところが今回、この4つの影響の中で3つのがんのリスクは低く、リスクのほとんどは虚血性心疾患によるものでした。

この評価結果をどのように受け止めるべきか

最後に、この評価結果をどのように受け止めるべきかについて考察してみましょう。今回のようなリスクランキングを作成する目的は、
・対策の優先順位付け
・リスクの相場観・全体像を俯瞰的に理解する
・リスクコミュニケーションのための素材とする
などがあります。

そのような目的に今回の評価が合致しているか、と言われると「合致していない」となります。今回の評価は微生物による食中毒と9種類の化学物質のリスクのみを抜き出したものであり、食品由来のリスクの全体像を表したものではありません。

そのため今回の結果から、「日本における食品由来のリスクの大部分は化学物質によるもので、化学物質のリスク対策を最優先にしないと大変なことになる」と解釈し、政策判断やリスクコミュニケーションに活用してしまうと「大間違い」となってしまうのです。

本ブログにて食品関係のリスクを俯瞰する試みについてまとめた記事では、以下のように食べすぎ(肥満)、飲みすぎ(アルコール)、食塩摂りすぎの3つが最も高いリスクとなっていました。この上位3つを足すだけで、今回の全化学物質のリスクよりも10倍以上高くなります。

リスク要因10万人あたり年間死者数(人)10万人あたり年間損失余命(年)10万人あたり年間DALY(年)
肥満(高BMI)40.65991065.7
アルコール37.4796.2980.3
ナトリウムの多い食事29.8392.8483.3

これらがリスクランキングに入っていれば結果の解釈は大きく変わるでしょう。食事の生活習慣が非常に重要であって、それらを改善しない限り化学物質のリスクを心配してもほとんど意味がありません。

つまり、リスクランキングの目的に合致させるには、注目されている化学物質のリスクだけをピックアップしてランキングを示すのではなく、幅広いリスクを俯瞰的に並べる必要があるのです。今回の結果だけから何かを判断することのないように注意する必要があります。

最後に今後の課題について考えてみましょう。今回は9種類の化学物質のリスクを評価しましたが、化学物質のリスクの全体像を示すにはまだまだ全然足りません。農薬だけで数百ありますし、流行りものだけでもPFASやら放射性物質やらプラスチックなどいろいろあります。

多数の農薬などを含めて評価物質数を飛躍的に増やすためには、ヒトの疫学データが得られなくても、ラットなどの動物実験の結果から死亡率や損失余命、DALYを評価することがどうしても必要になります。冒頭で紹介した本ブログの過去記事でも簡易な評価法を提案しており、LCAの分野でも同様のアプローチでDALYを指標とした評価が行われています。そのうちGBD研究からもそのような結果が出てくるだろうと思われます。

まとめ:GBD研究における化学物質の評価

WHOは9種類の化学物質を含む食事由来の各種ハザードのリスクランキングを発表しました。反事実的分析、リスク評価アプローチ、カテゴリー的帰属などの複数のアプローチで評価された結果、日本における9種の化学物質によるリスクは、10万人あたりの年間死者数8.9人、DALY178年で、内訳としては無期ヒ素と鉛の割合が高くなっていました。ただし、食べすぎ(肥満)、飲みすぎ(アルコール)、食塩摂りすぎなどのリスクに比べると、化学物質のリスクは非常に小さくなっています。

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