要約
GRIスタンダード(情報開示基準のうちの一つ)には、開示項目の一つに生物多様性が含まれています。2回目の記事では、企業による実際の生物多様性評価の事例(富士通とコカ・コーラボトリング)を紹介し、評価指標やツールについても解説します。
本文:GRIスタンダードによる生物多様性評価の事例
GRI(Global Reporting Initiative)スタンダードはTNFDのような情報開示基準のうちの一つであり、CSR(企業の社会的責任)を念頭に置いて「自社が環境へ与える影響を評価して、適切に管理しよう!」を主目的としています。
この中で生物多様性評価についても実践的な形でまとめられています。前回の記事では、GRIスタンダードとはなにかについて整理し、GRIスタンダードにおける生物多様性評価についてまとめ、TNFDとの関係について解説しました。

GRIスタンダードの中にはエネルギー、生物多様性、大気への排出、労働安全衛生、多様性と機会均等など、特定の項目に関する詳細な開示事項を提示する「項目別スタンダード」があります。この中の「GRI 101:生物多様性2024」では、マネジメントに関する事項が3つ(101-1~101-3)、項目別の開示事項が5つ(101-4~101-8)あります。
・方針と目標 (101-1)
・生物多様性へのインパクトの管理 (101-2)
・アクセスと利益配分 (101-3)
・生物多様性へのインパクトの特定 (101-4)
・生物多様性へのインパクトを伴う場所 (101-5)
・生物多様性の損失の直接的な要因 (101-6)
・生物多様性の状態の変化 (101-7)
・生態系サービス (101-8)

社長!前回のおさらいが終わったところですので、続きをお願いします!

ヨシ、では今日はGRIスタンダードによる開示について、実際に企業の開示事例を紹介しよう。
ということで本記事はGRIスタンダードと生物多様性評価についての第2回として、企業による実際の生物多様性評価の事例を紹介します。
紹介する事例は富士通とコカ・コーラボトリングの2社です。特に深い理由はありませんが、いろいろと情報を探している中で見つけやすかったのと、内容が比較的わかりやすかったので事例として選びました。
実際の企業の事例:富士通
まずは富士通の事例から見ていきましょう。以下のサステナビリティのページから各種情報にアクセスできます。

ここから、「富士通グループサステナビリティデータブック」->「GRIスタンダード/国連グローバル・コンパクト/SASBスタンダード対照表」という資料にたどれます。
この資料は項目別の開示情報をまとめたものではありません。項目別の開示情報がWEBサイトのどこにあるかを示すリンク集のようになっている資料です。つまり、GRIスタンダードについてまったく独自に開示の作業が必要なわけではなく、この事例のようにすでにあるWEBサイトの情報との対照表を作ることで対応可能になっています。
「GRI 101:生物多様性2024」関係は、環境リスクへの対応、自然共生(生物多様性の保全)にリンクされています。



「環境リスクへの対応」のページでは、環境リスクマネジメントの体制や水リスクの評価と管理、化学物質管理関係の情報が記載されています。
「自然共生(生物多様性の保全)」については2つのページがあります。
一つ目のページでは、2030年までの中期目標として、
・生物多様性への負の影響を25%以上低減する(基準年度:2020年)
・生物多様性への正の影響を増加させる活動を推進する
ということが書かれています。
生物多様性の保全活動の具体例としては以下のようなものがあります:
① シマフクロウの音声認識プロジェクト
② 熱帯雨林 ハラパンの森(Forest of Hope)への支援
③ プラスチックごみによる汚染が深刻な島「対馬」での海岸クリーンアップ活動
④ 「石垣島 野底ウミショウブ群落 自然共生サイト」における海洋モニタリング及び地元小学校児童への教育活動
加えて、TNFD対応、自然共生サイトへの登録で30by30(2030年までに陸・海の30%以上を保全・保護する国の目標)へ貢献、社員向けe-ラーニングの実施などについて記載があります。正直に言えば4つの保全活動は本業との関係がよくわからず、小手先な印象を受けます。
二つ目のページでは、生物多様性への負の影響を25%以上低減する(基準年度:2020年)という目標についての具体的な記載があります。「エコロジカル・フットプリント」を指標として生物多様性への負の影響を評価したとあります。
富士通グループの企業活動におけるエコロジカル・フットプリント評価の結果、自社およびサプライチェーンにおける「CO2排出」が要因の92%を占めることが分かりました。また、「水資源利用」が残りの8%を占めますが、これは主に「エネルギー利用」に起因していることが分かり、「CO2排出」と「エネルギー利用」で要因の99%を占めることが特定できました。このことは、すなわち、省エネルギーや再生可能エネルギー導入等のGHG排出の削減に向けた活動によって、エコロジカル・フットプリントも低減できることを意味します。つまり、富士通グループの場合、生物多様性への負の影響を低減するためには、気候変動対策が有効であることが明確になりました。
そして、CO2排出削減を進めた結果、生物多様性への負の影響が2020年度比28.5%低減したとのことです。これが本当に生物多様性影響を評価していると言えるのかどうかは後ほど解説します。
また、TNFDに基づく情報開示については以下に記載があります。「ENCORE」という分析ツールによって、「水・土壌への有害汚染物質の排出」による自然への影響の重要度が高いと特定されました。また、生態系サービスの劣化により、原材料調達や操業、製品・サービス提供に影響が出たり、社会や法規制の変化への対応にコストがかかり、対応不足によって企業の評判が低下する、といったリスクも特定されました。

実際の企業の事例(コカ・コーラボトリング)
次に、コカ・コーラボトリングの事例を見ていきます。以下のサステナビリティのページから各種情報にアクセスできます。

ここから、下の方にある「非財務情報」のボックスの中の「GRI内容索引」というページにたどれます。これも富士通と同様で、項目別の開示情報がWEBサイトのどこにあるかを示すリンク集のようになっています。
「GRI 101:生物多様性2024」関係は、「持続可能な生物資源の保全」、「TNFD提言に基づく開示」の2つのページでかなりの部分がカバーされています。


「持続可能な生物資源の保全」のページでは、保全目標が設定されています。指標として「工場水源域における生物多様性保全活動の実施率」を用いており、これは17ある工場の水源域において、生物調査または啓発活動のいずれかを実施した割合で示されます。
・27%(2025年実績)
・60%(2030年目標)
・100%(2035年目標)
具体的には以下のような取り組みが示されています。
・多摩工場の水源域「東久留米市南沢緑地保全地域」における取り組み(多摩工場で働く社員等が遊歩道の整備を実施)
・明石工場の水源域「ささやまの森公園」における取り組み(明石工場で働く社員等が、鹿から植生を守るための防護柵の設置を行い、植生数が増加したことを確認)
・広島工場の水源域「広島県三原市」における取り組み(広島工場で働く社員等が植物の生育と水源涵養機能の向上を目的として間伐や植樹を実施)
・熊本工場の水源域「阿蘇草原」における維持活動の取り組み(生態系保全を目的とした社員による野焼きボランティアへの活動支援を実施)
・「水源の森えびの」が「OECM」として国際データベースに登録(宮崎県えびの工場の水源域森林の保全を実施し、環境省により「自然共生サイト」に認定)
・「水源の森ほうき」 にて本格的な生物調査を開始(鳥取県大山工場の水源域森林にて専門家による生物調査を実施)
・生物多様性を「Biome」(バイオーム)アプリで楽しく!Nature cafe(ネイチャーカフェ)の開催(社員の生物多様性への理解促進を目的に、「Biome」アプリを活用してオフィス近隣の公園での生き物探しを実施)
これらは各工場の水源域を保全するという方向性に特化しており、本業との関係も明確で、富士通よりも方向性はしっかりしていると感じます。最後のBiomeを使った調査も楽しいですね。
また、2022年からは工場周辺流域における生物多様性への影響の評価を始めています。重要な生物多様性のある地域においては、外部専門家の指導に基づき環境的影響の調査を行い、リスクの回避・最小化、結果のモニタリング、開示を進めいくとのことです。本格的な生物多様性影響評価に取り組み始めたという段階ですね。この辺も富士通よりしっかりしているように感じます。
「TNFD提言に基づく開示」のページでは、分析の結果として「水」、「気候変動」、「周辺生態系」、「森林等の土地利用」、「廃棄物」の5つが会社の事業における自然に関する重要課題として特定されました。
ただし、この5つの重要課題は事業への影響(財務マテリアリティ)であり、生物多様性に対する影響(インパクト・マテリアリティ)のことではありません。
GRIスタンダードによる生物多様性評価の実態

社長!ありがとうございました。でも結局GRIスタンダードのために独自になにか取り組みをしているというよりは、これまでの取り組みをGRIスタンダードにあてはめている、ということなんですね。

結局そういうものなのじゃよ。立派なカンバンを掲げたところで中身が伴わなければあまり実効性がないのじゃ。わかったかの!
なんだかTNFDのときと同じようなやりとりが見られましたね。結局のところ生物多様性の評価はまだまだこれからなのです。
富士通で指標として使われた「エコロジカルフットプリント」についても補足しておきましょう。食料、木材、エネルギーなどの年間消費量や、排出されるCO2の量を調べ、そのCO2を吸収するのに必要な森林の面積などで指標化します。
評価される土地形態の区分は以下のとおりです:
耕作地:農作物や繊維を作るための土地
牧草地:家畜を育てるための土地
森林地:木材や紙を作るための土地
漁場:魚介類を獲るための水域
CO2吸収地:排出された二酸化炭素を吸収するのに必要な森林面積
建築用地: 建物や道路などのインフラがある土地
エコロジカル・フットプリント算定ガイドブック(企業編)という資料が公開されており、富士通はこのやり方をベースにしていると思われます。

これを見てわかるように、「エコロジカルフットプリント」も生物多様性を評価したものではありません。現在の算定方法では「人間が利用する土地」が基本となっており、人間以外の動植物が必要とする土地の面積などは考慮されていないのです。
Spaceship Earth:エコロジカルフットプリントとは?計算方法や日本の現状、私たちにできること

また、TNFD対応で使用される「ENCORE」についても補足します。このツールは、産業別に11セクター139グループに分けて、それぞれの生産プロセスが自然にどの程度「依存」し、自然にどの程度「影響」を与えているかを評価するものです。セクター、グループ、生産プロセスを選択するだけのものであり、各会社の独自の情報を使って評価するものではありません。本格的な評価は「ENCORE」である程度分析対象を絞ったあとで行うものですが、まだ企業の取り組みはそこまで進んでいません。
GRIスタンダードへの対応も、単に対照表(リンク集)を作るだけのパターンが多いようです。これだけでなにかの判断をせよと言われても困りますね。せめて対照表のリンク先の情報をAIに読み込ませて、GRIスタンダードの開示項目に沿った報告書をAIにまとめさせる、みたいなことはやってもよさそうです。
まとめ:GRIスタンダードによる生物多様性評価の事例
GRIスタンダードにおける生物多様性の評価事例として富士通とコカ・コーラボトリングの事例を紹介しました。これまでの自社の取り組みに対してGRIスタンダードがどのように対応しているかの対照表(各情報へのリンク集)を作って対応していることがわかります。評価指標に関しても、「エコロジカルフットプリント」は生物多様性を直接評価したものではなく、実際の生物多様性評価はまだまだこれからの課題となっています。
補足
企業の生物多様性への取り組みについて解説した以下の記事も併せて読むと理解が深まります。




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