リスク比較の手法は示す相手や目的に依存する―相手・目的にあったリスク比較を行うポイント

risk-comparison リスク比較

要約

リスク比較を行う際に重要なことは、まず比較を示す相手と示す目的を整理することです。
どの指標を使うか?どの方法を使うか?どこまで細かくやるか?何と何を比較するか?などは、比較を示す相手や比較を示す目的に大きく依存します。このことを交通事故のリスクを例にして説明しました。

本文:相手・目的にあったリスク比較を行うポイント

本ブログではリスク比較をメインコンテンツの一つとしています。これまでにいろいろなリスク比較をしてきました。

リスク比較
「リスク比較」の記事一覧です。

基本的なポイントとしては以下の4つがあると考えています:
・リスクの指標としてはいろいろあるがまずは人口10万人あたりの年間死者数で示す
・リスクのものさしを一緒に示す(恣意的に比較対象を選択しない)
・数字の信頼性(不確実性)を明示する
・サブ集団で分けていくと全体のリスクと異なるものが見えてくる

こういうリスク比較をしたいのだけど、、、という質問を受けることがあるのですが、リスク比較をするときはその目的が最も重要です。どの指標を使うか?どの方法を使うか?どこまで細かくやるか?何と何を比較するか?などは、比較を示す相手や比較を示す目的に大きく依存するのです。

比較を示す相手と目的、というのは一般の人向けのリスクコミュニケーションなのか、ある程度詳しい人が集まった組織内での説明のためなのか、政策を議論するためなのか、経営判断のためなのか、とかそういうことです。評価の手法だけを考えているとこの辺が案外忘れさられてしまいます。

本記事では、リスク比較においてどこまで考えたらよいのか、ということを交通事故のリスクを例に考えてみます。交通事故のような統計情報があってもかなり複雑だということがわかります。

次に、じゃあどうすればよいのか、ということで、まずは解像度を下げてやってみて、少しずつ解像度を上げていくという考え方を紹介します。誰を相手に何のためにリスク比較をするのか、という情報から適切なリスク比較の手法を選択するには、たくさんの引き出しを持っておく必要があることを最後に示します。

リスク比較の手法は目的次第:交通事故のリスク比較を例に

令和元年(2019年)の交通事故による死者数は、厚生労働省の人口動態統計によると4279人で、10万人あたり年間死者数は3.4人となります。これが基本のリスク指標となります。これは国による統計値を使っていますから信頼性は高いはずです。ところが、こういう信頼性が高いデータが得られる場合でも注意が必要です。

まずは以下のようなことを考えてみましょう。
・交通事故死の定義(事故発生から24時間以内に死亡)が変わるとリスクも変わる
・交通事故も乗用車とバイク等移動手段で分ければリスクが違う
・年代別でもリスクが相当違う
・地域で分けてもリスクが変わる

また、死亡率以外にも、損失余命を計算したり、非致死的影響も含めたDALYなどのリスク指標も計算できます。さらにこれ以外にも、死者数を割る分母を「年間」という時間単位ではなく「移動距離」ごとに変えたリスクも計算できます。「移動距離」ではなく「移動時間」あたり、「移動1回」あたり、のリスクも計算できるでしょう。

じゃあ、いったい何を計算すれば「正解」なのか?という疑問が出てくると思います。ところが、これには「正解」というものがないのです。なぜなら、どんな手法を用いてどんな指標を計算し、何と何を比較するかは、何を目的としてリスクを評価するかに依存するからです。例えば以下のように、いろいろなケースが考えられます。

・交通安全政策を議論するため、シートベルトを装着したときとしないときのリスクを比較したい
->交通事故による死傷者数と死者数をシートベルト装着者と非装着者に分け、シートベルト装着者の致死率(死者数/死傷者数)と非装着車の致死率を比較する。データは交通安全白書にある。

・自分が旅行する際にどの移動手段を用いるべきかを決めるため、移動手段(自動車、鉄道、飛行機、船)ごとのリスクを比較したい
->移動距離ごとのリスクを比較する。自発的な移動に限定し、移動している人の死者と車などにはねられた死者は分ける必要がある。移動手段ごとの死者数は人口動態統計にある。輸送量(移動した人の数×距離)の情報は、飛行機・船・鉄道は統計情報があり、自動車は「自動車燃料消費量調査」の統計データから推定できる。

・日常のリスクについて幅広く知ることを目的に、移動のリスクを他の種類の行動のリスクと比較したい
->事故時の致死率や移動距離ごとの死者数では比較ができない。仕事やレジャーなど行動に伴うリスクであれば、行動時間あたりの死者数で比較可能。

このような感じで、いろいろなやり方があるのですが、目的に沿う形でリスク評価を行うことが必要です。また、データが利用可能かどうかも重要なポイントになります。例えば移動距離ごとのリスクを比較したくても、ある移動手段では輸送量のデータがあり、もう一方で輸送量のデータがなければ比較ができません。

まずは解像度が低くてもよいので全体像を示す

リスク比較は難しいね、私には無理だ。。。

と、ここまで読んで途方に暮れてしまうかもしれません。しかし、あきらめるのはまだ早いです。細かくやりだすときりがない、というのがリスク評価の特徴です。しかし、本当にそんなに細かくやらないとダメなのか?を考えてみましょう。

細かいところが気になってしまうとなかなか全体像が見えてきません。ところが、リスク比較は全体像が重要ですので、まずは解像度が荒くてもよいので、すぐに手に入るデータを用いてまずは比較してみる、ということが重要です。

まずはこのように全体像を整理したうえで、この解像度で情報の受け手が上手く理解できるかを想像してみたり、試しに見せてみたりして、どういう指標を使うべきか、どの部分をどれくらい細かくする必要があるかを練り直す、という改善を繰り返すサイクルを回したほうがよいと考えます。

素早い意思決定を目的とするのであれば、評価にかかる時間・コスト的な制約が出てくるため、おおざっぱな評価で意思決定せざるを得ない場合もあれば、何年もかけて詳細な調査を行ってから決められる場合もあります。

このように目的に沿った評価方法を選択する、という部分がレギュラトリーサイエンス的な考え方であり、真実を探求することを目的とした「純粋科学」とは異なるのです。

多数の引き出しを持っていると柔軟に対応できる

ここで「レギュラトリーサイエンス」という言葉を出しましたが、本来は規制の文脈で使われることが多い用語です。ただし、真実の探求を目的とせず、意思決定を目的とする解析であれば、規制の文脈ではなくてもこの言葉を使うのが適当だと思います。

レギュラトリーサイエンス入門としては、コロナ禍におけるソーシャルディスタンスの根拠について書いた以下の記事を読んでいただくとよいでしょう。

何メートル離れれば安全なのか?ソーシャルディスタンスのからくり
ソーシャルディスタンスの距離は、ニュージーランドとイギリスで2m、米国では1.8m、オーストラリアで1.5m、シンガポールで1mです。日本ではマスクなしで2m、マスクありで1mです。この差は科学的な根拠に基づくものではなく、それぞれ科学と現実の狭間から生まれたものであろうと推測されます。

レギュラトリーサイエンスの定義自体は非常にふわふわしたものなので、今回交通事故の事例を出したように、事例ベースで考えるべきものです。このような事例を多数積み上げて自分の中の引き出しを増やすことで、目的に合ったリスク比較の手法(リスク指標の選択、何と何を比較するか、解像度の選択など)選択ができるようになります。実際にリスク評価・管理に取り組む際の疑似体験となるからですね。

リスクといってもさまざまな分野に分かれているため、「この分野ではこうだから、このやり方が絶対正しい」みたいな主張をする人も多いのです。例えば化学物質、食品安全、放射性物質などをとっても、似ているようで結構違います。自分の専門、例えば化学物質の事例のみを知っていても、未来に発生する想定外の事態に対応できません。そのためにもさまざまな事例を疑似体験し、引き出しの数を増やしたほうが多様な事態に対応できると考えています。

多数の引き出しを持つなんてさらに難しそうだね。。。

多数の引き出しを持つには一体どうすればよいのか?とさらに途方に暮れてしまうかもしれません。

本ブログは多分野の「リスク」を扱っていますので、まずは本ブログの継続的な読者になっていただくことをオススメします。また、まとめて学べる書籍であれば拙著「基準値のからくり」が最も適しているでしょう。発売から7年が経過しましたが、今年も増刷されて第6刷となり、ロングセラーが続いています。

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まとめ:相手・目的にあったリスク比較を行うポイント

リスク比較を行う際にはまず比較を示す相手と示す目的を整理しましょう。実際にリスクを評価する際には、細かいことばかりが気になって前に進めなくなることがありますが、解像度が荒くてもよいのでまずは全体像を示すことを心がけましょう。一旦その結果を示してみて、次にどこの解像度をどれくらい細かくすべきかを検討する、というサイクルを繰り返しましょう。そして、自分の専門・興味ある分野だけでなく多数の分野の事例を学んで引き出しを増やすと、目的に最適なやり方はどれか、という柔軟な対応力が高まります。

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