要約
リスクコミュニケーションが成功した・失敗したなどと語られることがありますが、何をもって成功・失敗と言うのでしょうか?計測結果と目標を比較するだけでなく、改善を繰り返すサイクルがうまく回っているか、というプロセスを評価することも重要です。(1)目的設定、(2)情報の受け手の調査、(3)双方向性の確保、(4)リスコミが継続される仕組みの構築、(5)計測結果に基づく改善を繰り返す仕組みの構築、が評価軸になります。
本文:リスコミのプロセスの評価方法
リスクコミュニケーション(以下リスコミ)の成功・失敗とは何か?について、前回の記事ではWEBによる情報発信を例にして、計測によってその効果を評価する方法を紹介しました。ユーザーによる評価、A/Bテストによる表現方法の違いの評価、SNSを用いた情報発信後の反応を計測する方法を活用します。
これらの計測結果と目標としている数字とを比較することで、成功か失敗かという判断ができるようになります。ただし、リスコミは評価と改善を繰り返すことが重要です。計測の結果が失敗だったとしても、そこから改善を繰り返すというサイクルをうまく回していれば成功につながります。このようなPDCAサイクルがうまく回っているか、などのプロセスを評価することがもう一つのリスコミの評価軸なのです。
リスク学会ではリスクコミュニケーションの評価軸を暫定的に作成しています。これは非常によくできているので多くの人に参考となるものだと思います。以前は学会のWEBサイト内にあったのですが、現在見られないようです。代わりに文科省が作成した「リスクコミュニケーション案内」の冊子のリンクを貼ります。この第3章の80-81ページにリスク学会が作成したリスコミの評価軸が掲載されています。
今回もWEBでの情報発信を例にとり、リスク学会の評価軸にあてはめてみます。この中で、参加者への効果については前回の記事で計測方法を書きました。参加~実施や仕組みの部分はリスコミのプロセスとして評価すべき部分になります。WEBでの情報発信では以下のようなところを評価軸にすると良いのではないでしょうか。
・目的の設定は適切か?
・情報の受け手を絞り込んでそのニーズにあった情報を提供しているか?
・双方向性が確保されているか?
・リスコミが継続される仕組みが整っているか?
・計測結果に基づく改善を繰り返す仕組みが整っているか?
各個人・社会影響の部分については、WEBでの情報発信の目標としては少し大きすぎるのでここでは割愛します。以下、本記事では上記5つの評価軸について説明していきます。
目的の設定は適切か?
目的の適切な設定のためにはリスコミの分類が有効でしょう:
(1)ケア・コミュニケーション
科学的に明らかになっていることについての情報提供が中心
(2)コンセンサス・コミュニケーション
リスクについて社会全体として意思決定するために行われる
(3)クライシス・コミュニケーション
差し迫った危機についてのコミュニケーション
自分がやろうとしているリスコミはこのどれなのか、を考えると目標を立てやすくなります。(1)なら情報の受け手の理解度、(2)なら合意形成がうまくいったか、(3)なら被害を最小限に抑えられたか、などが最終的なアウトカムになります。ただし、リスコミの成功・失敗は最終的なアウトカムの良しあしに力点を置きすぎないほうが良いと思われます。
前回の記事でも書きましたが重要なポイントなのでもう一度書きます。リスコミとは、ある特定のリスクについて関係者間(ステークホルダー)で情報を共有したり、対話や意見交換を通じて意思の疎通をすることであって、関係者間の相互理解を深めたり、信頼関係を構築することが目的となります。一方的な情報提供ではなく双方向的であって、情報発信側の思うがままに人々を操る方法ではありません。
最終的なアウトカムの手前の部分(相互理解・信頼関係の構築)にもっと注目をすべきでしょう。このような目標設定の適切さがリスコミのプロセス評価の1番目になります。
情報の受け手を絞り込んでそのニーズにあった情報を提供しているか?
リスコミのプロセスを図示すると以下のようになります。
WEBでの情報提供において最初にするべきは情報の受け手の調査になります。どのような人をターゲットにするか?そのターゲットはどのような情報を求めているのか?そのような情報ニーズに対してどのような情報を提供するか?を考える必要があります。
「人々はこう考えているに違いない」などと勝手に考えないことが重要です。本来はアンケートなどの社会調査(量的調査)やターゲットとなる層の人々へのインタビュー(質的調査)、窓口に来た問い合わせの分析(これも質的調査)などから考えていくものでした。
もっと簡便に早くできる方法としてはソーシャルリスニングがあります。どのような情報が必要かはみんながすでにsns等に書いてくれていたり、Googleの検索窓に打ち込んでいたりするのです。本ブログではソーシャルリスニングの手法を用いて「リスク」について定期的に調査を行っています。
なにか特に話題になっていることについて情報提供したい場合の事例として、2021年1月に話題となった珪藻土製品中のアスベスト混入問題について過去に記事にしています。ここではYAHOO知恵袋を使って情報ニーズを整理しました。この方法は本当に有効なのでぜひ試してみてください。
ニーズを特定したらそのニーズに合った情報を作成していきます。わかりやすい情報を作成するための技術は過去記事を参考にしてください。
このようなニーズにあった情報の作成がリスコミのプロセス評価の2番目になります。
双方向性が確保されているか?
リスコミでは双方向性が重要なポイントの一つです。情報提供だから一方的で良いというわけではありません。WEB上でも双方向性を確保する方法は複数あります。前回の記事でも書きましたが、
(1)ユーザーによる情報の評価とそれに基づくフィードバック
(2)情報発信後の反応に基づくフィードバック
(3)SNSによる直接のコミュニケーション
などがあります。
SNSによる直接のコミュニケーションは有効ですが、企業アカウントによる炎上などもたびたび発生していますので防止対策も必要になります。繰り返しになりますが、リスコミでは説得することよりも相互理解・信頼関係の構築を念頭に置くことが重要ですね。このような双方向性の確保がリスコミのプロセス評価の3番目になります。
リスコミが継続される仕組みが整っているか?
リスコミは相互理解・信頼関係の構築を目的としている以上、単発で終わってしまっては達成できません。継続的に続いていくことが重要ですが、継続される仕組みが整っていなければ担当者一人で頑張っていても続いていきません。
そのため、
(1)継続のための組織・予算が確保されている
(2)人材を育成している
ということが必要になります。
そして組織化・予算化されるためには組織のトップがリスコミの重要性を認識している必要があります。これがない中でリスコミの専門家が放り込まれてもその力を発揮できません。このことは過去記事に詳しく書きました。
また、人材育成も重要です。現在リスコミはかなり属人的な技術になっており、それをどう広げていくのかが課題になっています。私がやっているこのブログも私が病気かけがで書けなくなってしまうとそれで終わりです。組織内だけではなくネット上でのインフルエンサーを増やす、というのも立派な人材育成だと思います。このような継続される仕組みの構築がリスコミのプロセス評価の4番目になります。
計測結果に基づく改善を繰り返す仕組みが整っているか?
例えば本ブログは個人でやっているものなので計測も自由にできますし、その結果のフィードバックも自由にできます。ところがこれを組織でやろうとした場合、情報発信担当の人がその企業のWEBサイトのアクセス解析を自由にできるとは限りません。計測に基づいてA/Bテスト(前回の記事に詳しく書いています)をやろうとしても、ツールを導入する必要があるのでそれも自由にできるとは限りません。むしろこれらのことは自由にできないことのほうが多いでしょう。
計測結果に基づく改善を繰り返す仕組みを整えるには組織全体の理解が必要となり、それは大きな組織ほど大変になってくるでしょう。継続の仕組みの部分もそうなのですが、組織全体の問題になってくるのですね。組織のトップの考え方に左右されるものという認識は忘れないほうが良いでしょう。このような改善を繰り返す仕組みの構築がリスコミのプロセス評価の5番目になります。
まとめ:リスコミのプロセスの評価方法
WEBでの情報発信を例に、リスクコミュニケーションの評価方法を整理しました。計測結果と目標を比較するだけでなく、改善を繰り返すサイクルがうまく回っているか、というプロセスを評価することが重要です。そのためには以下のような評価軸で評価していくと良いでしょう:
・目的の設定は適切か?
・情報の受け手を絞り込んでそのニーズにあった情報を提供しているか?
・双方向性が確保されているか?
・リスコミが継続される仕組みが整っているか?
・計測結果に基づく改善を繰り返す仕組みが整っているか?
補足
本記事を書くにあたり、文科省が作成した「リスクコミュニケーション案内」以外で参考にした資料を挙げておきます。
リスク・コミュニケーション・トレーニング ゲーミングによる体験型研修のススメ 吉川肇子編
リスクコミュニケーションの効果性―測定に関する問題提起 金川智惠 https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_safety/food_safety/risk_commu_workshop/pdf/risk_commu_workshop_161214_0003.pdf
また、ニーズに合った情報提供の部分についてもう少し詳しく知りたい方は、欧州食品安全機関が公表したマーケティングの手法を取り入れたリスクコミュニケーションのレポートについて書いた過去記事も参考にしてください。
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