要約
安倍首相が病気を理由に辞任を表明しましたが、病気を揶揄する声も上がっています。この「病気になるのは自己責任」という考え方はコロナウイルス感染者への差別や誹謗中傷と根本が同じです。感染対策をとっているかどうかも集団としての感染確率が高いか低いかの問題でしかなく、感染したという結果を個人の責任に帰するべきではないでしょう。
本文:コロナ自己責任論と差別
安倍晋三首相は2020年8月28日の記者会見で首相を辞任することを発表しました。
朝日新聞デジタル:「総理にあり続けるべきではない」 安倍首相が辞任表明
「私自身の健康上の問題について話したい」と切り出した首相は、今年6月の定期健診で持病の潰瘍(かいよう)性大腸炎の再発の兆候があると指摘されたことを明らかにした。そして、「先月中旬から体調に異変が生じ、体力をかなり消耗とする状況となった。8月上旬には、潰瘍性大腸炎の再発が確認された」と説明した。
https://www.asahi.com/articles/ASN8X5SJVN8XUTFK02S.html
この辞任を受け、宮城県選挙区から選出されたの石垣のりこ参議院議員(立憲民主党)はツイッターで、
「大事な時に体を壊す癖がある危機管理能力のない人物」を総理総裁に担ぎ続けてきた自民党の「選任責任」は厳しく問われるべきです。
https://twitter.com/norinotes/status/1299238780834988035
と発言して炎上しました。
その後その所感として書面の文章を掲載しました。
「同じ理由(潰瘍性大腸炎)で辞めることのないように環境を整備する」ことが必要だったはずです。しかし、政府・与党はそれを怠りました」
https://twitter.com/norinotes/status/1299336337368084480
しかしながらあまり釈明になっておらず、その後所属する立憲民主党から指摘を受けて謝罪しました。
「危機管理能力がないから大事な時に体を壊す」、「環境を整備すれば病気で辞めることはなかった」という考えは、「病気は努力で防げる=病気は自己責任=病気にかかった人は非難されて当然」という考え方です。これは差別の根本の考え方になります。この部分に関しては所感でもわざわざ同じことを繰り返しているように、おかしな考え方だという認識はないようです。
「自業自得の人工透析患者なんて、全員実費負担にさせよ!無理だと泣くならそのまま殺せ!今のシステムは日本を亡ぼすだけだ!!」と書いた長谷川豊氏を彷彿とさせますね。
さて、新型コロナウイルス感染症についても、感染者に対する差別や誹謗中傷が大きな問題となっています。感染者が謝罪に追い込まれる事例も多くなっています。コロナ感染は自己責任だから謝罪して当然なのでしょうか?本記事ではコロナ禍における自己責任と差別について書いていきます。まずコロナ感染についてどのような差別が起こっているのか、次にコロナ感染の自己責任論について論じ、最後に差別を防ぐための対策についてまとめていきます。
コロナ禍における差別とはどんな問題か?
コロナについて、感染者だけではなく感染者の周辺や感染リスクが高い人に対してどのような差別や誹謗中傷があるのか、ニュースで事例を見てみます。
朝日新聞デジタル:(社説)コロナと中傷 差別許さぬ姿勢を共に
最近では、運動部などで起きた集団感染を公表した高校と大学が理不尽な非難を浴びた。島根県の私立高では、関係ない生徒の写真もネットに掲載され、奈良県の私大の学生たちは、教育実習の受け入れ先やアルバイト先から参加や出勤の見合わせを求められたという。
中略
奈良の大学の地元首長は「世間さまに謝れという圧力が、私たちの心をむしばんでいく」と述べ、萩生田光一文部科学相は感染者や学校を責めないよう求めるメッセージを出した。
https://www.asahi.com/articles/DA3S14603708.html
河北新報:医療従事者、差別に苦しむ 保育所「利用控えて」 タクシーは乗車拒否
同じ病院では、育児休業から復帰予定だった看護師が、保育所から「5月中は利用を控えて」と求められ、復帰を延期した例もあった。市内でタクシーの乗車を拒否された医療スタッフもいたという。
https://www.kahoku.co.jp/tohokunews/202005/20200522_13003.html
ここで起こっていることは統計的差別になります。感染者が出た組織の一員、医療従事者とその家族、東京から来たなど、統計的にはほかの人に比べて感染している確率は高いことは事実になります。つまり、統計的差別はある意味合理的な判断の結果であるともいえます。ただし、人権の問題や公平性の問題があるためこれを防ぐことが必要になります。
参考:統計的差別
統計的差別というのは、差別を行う意図がなくても、理論的な統計値から物事を判断した結果、差別につながってしまうという事象のことです。
女性は産休や育休を取得するケースも多く、また、結婚や出産によって退職する場合もあります。これは統計的に見ても事実であり、そのために平均賃金が低くなっていると考えることもできます。
しかし、こうした統計データを元に、「女性は退職する可能性があるため、あまり重要なポストに付けられない」と考えるのは、統計的差別にあたってしまうのです。
https://www.kaonavi.jp/dictionary/statistical-discrimination/
コロナ感染の自己責任論
「コロナ感染は自業自得」日本は11%、米英の10倍…阪大教授など調査
「感染する人は自業自得だと思うか」との質問に、「全く思わない」から「非常に思う」まで賛否の程度を6段階で尋ねた。
その結果、「どちらかといえばそう思う」「やや――」「非常に――」の三つの答えのいずれかを選んだのは、米国1%、英国1・49%、イタリア2・51%、中国4・83%だった。これに対し、日本は11・5%で最も高かった。反対に「全く思わない」と答えた人は、他の4か国は60~70%台だったが、日本は29・25%だった。
https://www.yomiuri.co.jp/national/20200629-OYT1T50107/
ということで、各国間の比較で衝撃的な結果が出ています。コロナ感染自己責任論は世界的に起こっている現象というよりも、日本の特殊事例なのではないでしょうか。
日本のコロナ対応では感染リスクを定量的に評価せず、とにかく自粛、三密を避けてマスクを着用しソーシャルディスタンスをとれ、というメッセージをひたすら繰り返しました(今でも続いています)。これにより、コロナ感染はこれらの対策により制御可能だという認知が高まり、それが逆に「感染者は対策をとっていない人だから非難されて当然」という考えを生み出したのかもしれません。
三密を避けるなどの対策をとっている集団と対策をとっていない集団でコロナ感染リスクが統計的に差が出ることはおそらく事実でしょう。これは育児中の女性が休みを多くとりがちだったり仕事を辞めやすいことが統計的に事実であることと同じ構造です。よって「感染者は対策をとっていない人だから非難されて当然」というのは統計的差別にあたります。
それでは、院内感染などで受動的に感染した人と、積極的に外出した結果感染した人は全然別ではないか?後者のほうは完全に自己責任だから謝罪して当然、差別されて当然ではないか?という意見もでてくるかと思います。
コロナに感染するかどうか不確実な状況で、素直に活動を自粛するか、感染リスクをとってさまざまな活動を行うか、というのはリスク選好度(リスクテイカー度)が関係します。男女でリスク選好度は異なり、一般的に男性のほうがリスクテイカーであることが知られています。これまでも本ブログではYAHOO!!知恵袋の解析において、夫婦の片方(たいていは旦那のほう)がコロナ感染を気にせず出かけたがっており妻がそれを止めようとして夫婦間のトラブルになる事例がたくさん注目を集めてきたことを書いています。
リスク選好度は生まれつきもったものと育った過程で形成されるものと両方あるわけですが、生まれつきもったもので差別するのはまさに男女差別や人種差別と全く同じ構造です。
コロナへの偏見・差別をどう防ぐか?
コロナへの偏見・差別どう防ぐかは私の論じられる範囲を大きく超えていますので、情報を紹介するにとどめておきます。
WHOは2月とかなり早い段階で「COVID-19 に関する社会的スティグマの防止と対応のガイド」を出しています。非公式日本語訳が以下にあります。
https://extranet.who.int/kobe_centre/sites/default/files/pdf/20200224_JA_Stigma_IFRC_UNICEF_WHO.pdf
基本的にはリスクコミュニケーションの問題として扱われています。言葉を大切に(差別を助長する言葉を使わない)、それぞれの役割を果たす(政府、市民、メディアがそれぞれ適切なコミュニケーションをとる)、コミュニケーションのヒントとメッセージ(誤情報の修正、共感を呼ぶ物語をシェアする、医療従事者を励ますなど)などの対応が示されています。
コロナ専門家会議も偏見や差別に対するメッセージを何度も出してきました。そして、コロナ対策分科会の「偏見・差別とプライバシーに関するワーキンググループ」が2020年9月1日に初めて開催されました。この資料はすでに公開されており、凄いボリュームです。差別の事例も満載ですし、対策についても追いきれないくらいの情報があります。
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/ful/wg_h_1.pdf
今後、医療関係者などにヒアリングを行った後に11月に中間取りまとめというスケジュールのようです。
まとめ:コロナ自己責任論と差別
病気は自己責任という考え方が差別の根本にある考え方ですが、日本では国会議員にまで自己責任論が広がっているのが問題であるといえるでしょう。感染対策をとっているかどうかも集団としての感染確率が高いか低いかの問題でしかなく、感染したという結果を個人の責任に帰するべきではないでしょう。また、その確率の大小(リスクの大きさ)を定量的に議論することを徹底的に拒否してきたことも日本の大きな問題ではないかと思います。
補足
男女のリスク選好度の違いについては以下の論文があります。
Croson and Gneezy (2009) Gender Differences in Preferences. Journal of Economic Literature, 47, 1-27
https://rady.ucsd.edu/faculty/directory/gneezy/pub/docs/gender-differences-competition.pdf
男女のリスク選好度の違いの原因について、不確実な状況に対する感情的反応の違い、確率についての異なる認識、男性はリスクの高い状況を脅威ではなく挑戦と考える傾向がある、などと述べられています。また、経営者と起業家を対象とした研究ではリスク選好に性差は認められなかったなどの研究結果もあるようです。リスクテイカーの性質をもった人が起業家になるので差がなくなるのでしょうね。
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