解決志向リスク評価を阻害する要因は何か? 日本リスク学会シンポジウムの議論から

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要約

解決志向リスク評価を阻害する要因は何か?について、2022年6月24日に開催された日本リスク学会シンポジウムの議論をもとに整理しました。Jリーグの成功事例やコロナウイルス対策における問題などから、意思決定する側の意識・組織文化の問題が大きいと考えられました。

本文:解決志向リスク評価を阻害する要因

リスクに関する話題は次から次へと現れては警笛を鳴らし、そしていつしか忘れさられていく、というサイクルを繰り返します。最近でもコロナが危険、ワクチンは危険、マスクで熱中症の危険、地震が危険、船は沈没するので危険、農薬やマイクロプラスチックで生き物が死ぬので危険、などなどたくさんの警笛が鳴らされています。

それぞれの対象ごとに、リスクを評価して管理するなどの対策がとられています。リスク評価とはある問題がどれだけ悪いものかを評価し、社会に警笛を鳴らす役割を持つものだ、と思われているかもしれません。ところが、リスク評価は警笛を鳴らすことが目的ではなく、あくまで「意思決定支援」であって、どのような管理対策をとるべきか、あるいはとらなくてもよいのか、の判断根拠を提示することが目的です。

ここで問題になるのが、リスクだけを評価しても(その問題がどれだけ悪いものなのかがわかっても)、どんな対策をとればよいのかという判断根拠としては不十分であることです。

なんだそんなのカンタンじゃん、悪いものを禁止すればリスクは無くなるよ

実際にはそんな簡単なことではないのですね。そもそも技術的に対策が可能かどうか、対策にかかる費用はどれくらいか、対策の効果はどれくらいか、対策によって別のリスクが増えること(リスクトレードオフ)はないか?、対策は人々に受け入れられるものか、などなどこのくらいのことを考えなければ現実的な対策は決められません。

そこで、実際に実行可能な管理対策の候補をいくつか列挙して、それぞれを実行した場合のリスク低減効果、コスト、リスクトレードオフなどを評価してあげると、どの対策を選択したらよいかの判断根拠としてより有用なものとなります。これが解決志向リスク評価と呼ばれるものです。本ブログでも関連するいくつかの記事を書いています。

コロナウイルスのリスクガバナンスにおける科学と政治その5:リスク評価・管理の分離から解決志向リスク評価へ
専門家はリスク評価、行政・政治はリスク管理という評価・管理分離論がリスク対策においては主流となっていますが、今回のコロナウイルス対策の事例を見てもいろいろと不都合が浮かび上がってきました。「解決志向リスク評価」はそのような関係性を再構築するものです。

ただし、解決志向リスク評価もそんなに簡単なことではありません。そこで本記事では、解決志向リスク評価を阻害する要因は何か、というお題目を設定しました。ちょうど先週に開催された日本リスク学会のシンポジウムの議論を中心に説明していきます。

日本リスク学会春季シンポジウム

2022年6月24日に日本リスク学会の2022年度年次春季シンポジウムが開催されました。毎年6月に開催されています。

2022年度年次春季シンポジウムのご案内

テーマは「社会課題の解決につながるリスク評価とは?」であり、まさに解決志向リスク評価を取り上げたものです。基調講演は私が行い、それに続いて事例パートとして、コロナウイルス対策、海洋プラスチック問題、防災、気候変動、データ利活用などの話題提供がありました。

産総研の保高氏による講演では、つい先日にニュースとなった、Jリーグでの声出し応援エリアの上限が3000人から7000人に緩和へ、という決定の根拠となった研究が紹介されました。

産総研:スポーツイベントの声出し応援に関する新型コロナウイルスの感染リスク評価

産総研:スポーツイベントの声出し応援に関する新型コロナウイルスの感染リスク評価

声出し応援エリアの人数、応援席の配置、マスク着用率、マスクの種類、などいくつかの対策オプションをとった場合の感染リスクの変化を評価したもので、まさに解決志向リスク評価になっていますね。Jリーグの意思決定の根拠となったことで、ほんとうに「社会課題の解決につながるリスク評価」になりました。

マスクの着用率と不織布マスクを着用することが重要のようです。そして実際の声出し応援導入試合における声だし応援席のマスク着用率は、99.7~99.8%と非常に高い(それ以前の試合や当日の一般席よりも高い)結果でした。

ほかにも、防災対策では水害対策のほうは解決志向リスク評価が導入されているが、地震対策についてはあまり進んでいないなどの興味深い事例も報告されました。

気候変動対策では、シナリオをいくつか作って将来予測をするなどのやり方が通常ですので、最初から解決志向リスク評価に取り組まれてきたと思います。

以下、このシンポジウムの中で取り上げられた解決志向リスク評価を阻害する要因について説明していきます。

解決志向リスク評価を阻害する要因1 基調講演から

解決志向リスク評価を阻害する要因として、ヒントになりそうなのが、2022年4月28日の朝日新聞に掲載された以下のニュースです(全文は読めていない)。

朝日新聞デジタル:尾身氏「政府が納得しない」 夜の緊急招集、憤る専門家「話が違う」

尾身氏「政府が納得しない」 夜の緊急招集、憤る専門家「話が違う」:朝日新聞デジタル
政府の新型コロナウイルス対策分科会は27日、5月の連休後に感染が急拡大した場合の対応として、四つの選択肢を政府に示した。政府が選択肢から選んで責任を負うという、新たなやり方を求めたい専門家。リスクを…

政府の新型コロナウイルス対策分科会は27日、5月の連休後に感染が急拡大した場合の対応として、四つの選択肢を政府に示した。政府が選択肢から選んで責任を負うという、新たなやり方を求めたい専門家。

リスクをとることを嫌い、これまでどおり専門家の中で見解を一つにまとめて示すよう求める政府――。

(中略)

 翌21日夜に突然設けられたオンラインでの非公式の緊急会合。集まった委員らに尾身氏はこう話した。

 「選択肢を示すだけでは、政府が納得しない」

専門家は選択肢を示して、どれを選択するかは政府が決める、というまさに解決志向型のやり方が示されています。ただし、政府側がそれに難色を示している構図です。つまり、政府側は「専門家の意見を聞いて決めました」という説明をするのがラクなので、これからもそうして欲しいという意味です。自分たちが選択肢の中から決断した根拠を説明したり、その責任を負ったりしたくない、という考えが透けて見えますね。

コロナ分科会第16回(令和4年4月27日)の資料および議事概要は以下で公開されています。

新型インフルエンザ等対策推進会議|内閣官房ホームページ
内閣官房,新型インフルエンザ等対策推進会議

この中の資料3が4つの選択肢を提示するもので、分科会の資料というよりも分科会構成員が提出した個人的意見のような形になっているようです(たぶんここが政府側からの抵抗の結果によるものなのでしょう)。以下のように考え方AとB、考え方①と②の組み合わせで4通りの選択肢になります。


【考え方A】上記の基本的な感染対策を行うことを前提として、まん延防止等重点措置等により社会経済活動を制限することで、感染者数の抑制により重点を置く。
【考え方B】上記の基本的な感染対策を行うことを前提として、法に基づく社会経済活動の制限を講じず、人々の自主的な対応を尊重し、教育を含む社会経済活動を維持することにより重点を置く。

【考え方①】公衆衛生・医療上の特別な対応を維持し、感染者や濃厚接触者に対する行動制限及び特定の医療機関での隔離・診療で対応し、可能な限り、医療機関や宿泊施設での隔離を行う。
【考え方②】公衆衛生・医療上の特別な対応を軽減し、社会の医療資源全体で対応し、治療上入院が必要でない限り、地域の医療機関や在宅での診療を優先する。

https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/ful/taisakusuisin/bunkakai/dai16/gijisidai.pdf

ただし議事概要を見ると、数人の専門家から「Bの②に移行すべき」などと意思決定まで踏み込んだ発言が出ており、ちょっと危ういなあという気もします。一方で、どの選択肢をとるかは価値観の側面が強いため専門家が判断すべきことではない、という意見もありました(これが本来の解決志向型)。

ということで、選択肢とその判断根拠を提示される政府側が意思決定の説明責任と結果責任を受け入れられるかどうか、というところが解決志向リスク評価を阻害する要因になりそうです。

解決志向リスク評価を阻害する要因2 パネルディスカッションから

本シンポジウムの各話題提供者による講演後のパネルディスカッションでは、解決志向リスク評価を阻害する要因についてさまざまな意見がありました。以下に紹介していきます。

私としては、意思決定側が解決志向リスク評価を受け入れられるかどうかは組織文化やトップの意識のあり方の問題が大きく、これが変化するのは時間がかかるものだという考えを示しました。
(これはたぶんリスコミやELSI、EBPMやDXに至るまで同様ではないかと思います。補足1の記事参照)

また、「科学的に決めました」といういわばマジックワードに頼りすぎた、という面が指摘されました。リスク評価はファクトのみで構成されるわけではなく、価値判断なども含んでいます(補足2の記事参照)。そのため、価値判断も含むレギュラトリーサイエンスの中身をしっかり示していく必要があるのでは、という意見がありました。

さらに、個別の局所最適ではなくさまざまなトレードオフの中で全体的な最適化を意思決定層が目指していることが重要である、との意見もありました。このようなトップの意識があると解決志向リスク評価は受け入れられやすいでしょう。

ただし、みんながみんなこのような情報をもとに意思決定できるという前提は限界があるのでは、という意見もありました。実際に複数のシナリオからなるリスク評価結果を示した際に、「結局どれが正しいの?」という正解を求められることが多いという話も出てきました。正解じゃなくて価値判断なんですよ、と言ってもなかなか理解されないとか。

そのような場合に、「これが正解なのでこうしてください」と言い切ってしまうのも一つの考え方として必要ではないかという意見もありました。例えば災害情報などでは、一人一人に情報をもとに意思決定させるよりも、「とにかく避難してください」というメッセージを送るほうがよい場合もあります。

Jリーグの成功事例からは、相手側の理解は時間がかかるので、理解できるまで粘り強くコンタクトし続けるべき、というような話もありました。

以上で、パネルディスカッションでの議論の紹介を終わりますが、結局のところ、意思決定者にリスク情報をもとに判断したいという意識があるかないか、が重要であると感じました。専門家以外はデータをもとにした判断なんかできない、とみなしてしまうのは短絡的だと私は考えています。Jリーグの事例がうまくいったのはその意識が高かったからではないでしょうか。

専門家以外の人でも、日々さまざまな情報を考慮して(トレードオフなども含めて)総合的な意思決定をちゃんとしています。例えば「今日何を食べようか」ということを考えても、何を食べたいという気持ち、価格、食品によるベネフィット、塩分やカロリーなどのリスク、などを総合的に考えて意思決定しています。何が正解というものではなく、専門家などの第三者に「これを食べろ」と決めてもらわずに自分で決めたいと考えているはずです。

ということで、能力がないというよりは意識の醸成に時間がかかるということで、解決志向リスク評価についてもあせらずに提案し続けてはみるのはどうでしょうか。

まとめ:解決志向リスク評価を阻害する要因

解決志向リスク評価を阻害する要因は何か?について、2022年6月24日に開催された日本リスク学会シンポジウムの議論をもとに整理しました。意思決定する側にリスク情報をもとに判断したいという意識があるかないか、という組織の問題が大きいと考えられました。この意識の醸成には時間がかかるため、粘り強く訴えていくしかないということのようです。

補足

本記事に関連する本ブログの過去記事一覧です。

1.リスコミは人材よりも組織の問題が大きいことを解説した記事:

「〇〇にリスコミの専門家がいれば、、、」という声が「〇〇にリスコミの専門家がいるのになぜ、、、」という声に変わる理由
組織にリスコミの専門家が入るだけでは上手くいかないのは(1)大きな組織ほどヒエラルキー構造が強く専門家の意見が反映されにくい、(2)リスコミを活用しようとする組織への変革が追いついていない、という理由が考えられます。そして現在のリスコミ人材の育成は、組織・現場のことをよく知る関係者のリスコミ能力を高める方向に進んでいます。

2.リスク評価は断片的なファクトから問題可決につなげる作法であることを解説した記事:

リスク評価はファクトではない~断片的なファクトから問題解決につなげる作法~
リスク評価はファクトではなく、むしろ「ファクトがわかってからでは遅すぎる」という問題に対応するための作法と言えます。断片的なファクトを最大限有効に活用して、知見が欠けている部分は推定や仮定を置いて穴埋めし、政策などの意思決定の根拠として活用できるようにしたものです。

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