ドアノブなどを拭くのは本当にムダなのか?コロナウイルス表面除染のリスク学

disinfectant リスクガバナンス

要約

コロナウイルスの感染経路は飛沫が重要なので、モノの表面はドアノブなどの「みんなが触るところ」よりも「飛沫が直接かかるところ」に注意が必要です。消毒薬はその使用自体にリスクがある次亜塩素酸やアルコールよりも家庭用洗剤で十分ですが、規制の枠組み上商品にそのような表示ができません。

本文:コロナウイルス表面除染のリスク学

2021年の2月に英科学誌Natureに掲載された社説にて、コロナウイルスの感染経路は飛沫(エアロゾル含む)がメインであり、モノの表面に触れることによる感染はレアケースであると述べられています。にもかかわらず飛沫対策よりも表面除染対策にコストが掛けられすぎている、と問題提起しています。

Nature 590, 7 (2021) Coronavirus is in the air ? there’s too much focus on surfaces

Coronavirus is in the air — there’s too much focus on surfaces
Catching the coronavirus from surfaces is rare. The World Health Organization and national public-health agencies need to clarify their advice.

新型コロナウイルス発生初期にはまだ感染経路として飛沫と接触と両方が重要とされていたので、表面除染が重要と言われていました。また、モノの表面でコロナウイルスは数日は生きている、という情報がそのころよく出ていましたが、実際のウイルス量よりもかなり高い量で実験されており、生存日数が過大に評価されていたのではと言われています。

感染防止対策が云々ということについては公衆衛生や感染症の専門家にお任せするとして、本記事では優先順位の低い対策をやめられない理由を考察し、さらにドアノブなどの表面除染は本当にムダかということについて考えてみます。拭くべき場所はドアノブなど「みんなが触るところ」ではなかったというオチです。最後に、消毒薬そのもののリスク管理が現時点で法規制の落とし穴になっており、日用品活用の壁になっている、という話を書いていきます。

なぜ優先順位の低い対策をやめられないのか?

よくニュースなどで消毒薬を散布している映像が流れるように、そういう映像は「絵」になりやすいのだと思います。絵になりやすいということは、換気などに比べて「対策をやってます」というアピールになりやすい、ということを意味します。それゆえに特に公共的な空間では人々から求められてしまいます。

ただ、やっている方も「対策をやった気になる」ことが問題で、本当に重要な対策がおろそかになってしまう懸念もあります。これについては「いいことした分だけ悪いこと(本当に重要なことをサボる)をしたくなる」心理的効果である「免罪符効果」について書いた過去記事も参考にしてください。

いいことした分だけ悪いことしたくなる?コロナ禍における免罪符効果(モラルライセンシング)
いいことした分だけ悪いことをしたくなる心理的効果の「免罪符効果」についてまとめました。コロナ対策でも何か対策をやった分だけ他の対策をさぼってしまったり、自分が対策をやった分だけ感染者に差別的感情を抱いたりということが考えられます。感染防止対策の目的と道徳的な善悪を切り離すことが重要です。

また、そもそも表面除染を行う動機として、感染防止効果が高いと思ってやっているわけではなく、「みんながやっているから」という規範意識が動機になっているのかもしれません。もしそうだとすると、いかに表面除染の優先順位が低いという情報提供をしてもあまり意味がなさそうです。

みんながやっているという規範については過去記事でも書きましたが、例えばマスクについても、感染防止のためというよりは「みんながやっているから」が動機になっているようです

「緊急事態宣言下なのに外出している奴がこんなにいる」という報道は逆効果
「緊急事態宣言なのに外出している奴がこんなにいる」という論調の報道は怒りの感情を高めるだけで逆効果となり、逆に「自粛している人がこんなにいます」という部分を強調したほうが一人一人の行動の効果を実感できるため効果的と考えられます。現状では出歩いている奴を罰したいという感情を高め、人々の分断や差別をまねく懸念があります。

さらに、一度やりだすとやめるのが難しいのは検査等も同じですね。狂牛病の全頭検査や、福島県におけるコメの全袋検査なども、安全であることが明らかになってからもなかなかやめられませんでした。やめるということ自体に不安を感じる人が多いということなんですね。実際に「消毒していると安心できる」という声もあるようです。

本当に表面除染はムダなのか?消毒すべきはドアノブではない

モノの表面からの感染リスクは低いという情報をもう一つ見てみましょう。

ニューズウイーク:新型コロナ、物の表面を触って感染のリスクは低いことが明らかに 米調査

新型コロナ、物の表面を触って感染のリスクは低いことが明らかに 米調査
<米タフツ大学の研究によると、公共の場にある物の表面を触れることから新型コロナに...

調査は昨年4-6月、マサチューセッツが新型コロナの第1波に見舞われているさなかに行われた。横断歩道の信号機用押しボタンやごみ箱の蓋に付いているハンドル、食料品店や銀行など生活に不可欠な店舗の出入り口のドアノブなど、公共の場所にある物の表面を綿棒でぬぐい、新型コロナのウイルスが採取されるかを調べた。

https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2021/02/post-95593_1.php

ドアノブやスイッチなどをたくさん調べたようで、コロナウイルスの検出されないか、検出されても微量であり、その結果から表面除染の効果は低いとしています。

しかし、私が表面除染に詳しい方から聞いた話で、「コロナウイルスは飛沫が重要なので、飛沫が直接かかる場所がウイルスのホットスポットになる。ドアノブに向かって話しかけるわけじゃないからドアノブを拭いてもムダ」と聞いて非常に納得した覚えがあります。

ドアノブ、エレベーターのスイッチ、電気のスイッチなど、よく表面除染の対象となっている場所はいずれも直接しゃべりかけるような場所ではありません。こういうところからの感染リスクは確かに高くないのでしょう。

一方で、テーブルなどは複数人が座って話をする場所ですので、飛沫がかかりやすいところです。電話は直接至近距離で話しかけるモノです。職場などの共通の電話はホットスポットですね。スマホも同様にホットスポットになりますが、基本パーソナルユースのモノです。ただし、画像や動画など回し見したりするなどの行為がリスクになりそうです。唾液がついたティッシュなどを捨てるゴミ箱のフタなどもホットスポットになりそうですね。

このように、「みんなが触る場所」ではなく「飛沫が直接かかる場所」を表面除染の対象としたほうがよいのではないでしょうか。ドアノブばかりに注目して表面除染はムダと決めつけないほうがよさそうですね。

表面除染には何を使ったらよいのか?どうして製品にわかりやすく書いてくれないのか?

最初のコロナウイルス感染拡大期にはエタノール消毒液が不足して手に入らない状況がありましたが、現在は供給が回復しています。ただし、価格的にも比較的高価なうえ、次亜塩素酸やアルコールを大量に使用して吸引すると具合が悪くなったりするため、消毒薬の使用自体にリスクがあります。

一方で、普通の石鹸や洗剤の成分である界面活性剤を使用して十分にコロナウイルスを不活性化できることがわかっているので、こちらを使ったほうが安価でしかも安全です。ではどうしてこのような日用品に「コロナウイルスの不活性化に効果があります」と表示してくれないのでしょうか。こういう表示があればエタノールよりもコチラを選ぶ人が増えそうです。
(スマホなどの電子機器については、メーカーがWEBサイトなどで除染の推奨品を公表していますので、それに従った方がよいです)

実はここに法規制の落とし穴があったのです。どういうことなのか、以下の論文から引用していきます。この論文は、コロナウイルスやインフルエンザウイルスに対して不活性化効果を有する化合物のレビューとして有用なまとめになっています。

横畑ほか (2020) 接触感染経路のリスク制御に向けた新型ウイルス除染機序の科学的基盤―コロナウイルス,インフルエンザウイルスを不活性化する化学物質群のシステマティックレビュー―. リスク学研究 30, 5-28

接触感染経路のリスク制御に向けた新型ウイルス除染機序の科学的基盤―コロナウイルス,インフルエンザウイルスを不活性化する化学物質群のシステマティックレビュー―
J-STAGE

薬機法で規制を受ける表現(“ ウイルスを不活性化する” の類)は,認可医薬品のみに許可されており,薬品医療機器法等の第68条(承認前医薬品等の広告の禁止)の遵守の観点からも,環境除染のための日用品の位置づけは曖昧な状況にある。結果的に日用品では,ウイルス除染に有効な製品が存在しても,そのことを伝える手段が「(物理的な意味を含む)除去」などに限定されているため,ウイルス除染のために必須なウイルス不活性化製品は日本市場では存在しないが如くの状況になっていたのではないか。

ということで、コロナウイルスの不活性化に効果があるとわかっているものであっても、例えば家庭用洗剤として販売されている商品に「コロナウイルスを不活性化できます」とは記載することが難しいようなのです。

このような状況はさすがにマズイということで、NITE(製品評価技術基盤機構)がコロナの表面除染に有効な商品のリストを公開することになりました。

NITE(製品評価技術基盤機構):新型コロナウイルスに有効な界面活性剤が含まれている製品リスト

新型コロナウイルスに有効な界面活性剤が含まれている製品リスト | ナイト | 製品評価技術基盤機構
製品評価技術基盤機構のホームページです。新型コロナウイルスに有効と判断のあった界面活性剤を含む家庭用洗剤のリスト

普通の台所用洗剤などが掲載されており、コロナウイルスの除染に有効であることが示されていますね。動画も公開されており、表面除染の仕方などが解説されています(ドアノブとか一生懸命拭いているのは勘弁してあげてください。。。)。手指に掛けたり空間噴霧しないよう注意も呼びかけられています。

これに関しては先ほどの論文の中でも以下のように記載されており、法律的な整理が必要とあります。


ウイルス不活性化試験の科学的証拠を添えて「洗剤に含まれる界面活性剤で新型コロナウイルスが効果的に除去できます」と伝達したNITEの情報発信は,2020年5月下旬以降の日本社会へのCOVID-19対策指針として大きく社会に反響を与えた。しかしながら,NITEの発信には「本委員会で進める有効性評価は新型コロナ対応に係る国民向け広報等での活用を目的としたものであり,「医薬品,医療機器等の品質,有効性及び安全性の確保等に関する法律」(薬機法),「食品衛生法」,その他の関連する法令等における評価を意味するものではない」と脚注があるとおり,国内関係法令との規制障壁を整理する必要が伺える。

他方、米国では日本の農薬取締法に相当するFIFRA規制において消毒薬もカバーしており、早い段階(3月上旬から)でコロナ除染に効果のある製品を評価してそのリストが公開されていました。日本でもこういうことができるような規制の枠組みの再整理が求められている、ということですね。

つい最近も、消毒薬だけではなくて銅合金がコロナウイルスの不活性化に効果があるということで登録がなされました。ドアノブなどの表面素材として使えるとのことです。
(日本でもすでに抗菌作用をうたって銅を製品化したものがありますが、法的にはどうなっているのでしょう?)

米国環境保護庁:EPA Registers Copper Surfaces for Residual Use Against Coronavirus

EPA Registers Copper Surfaces for Residual Use Against Coronavirus | US EPA
EPA News Release: EPA Registers Copper Surfaces for Residual Use Against Coronavirus

まとめ:コロナウイルス表面除染のリスク学

コロナウイルスの感染経路は飛沫(エアロゾル含む)が重要で、モノの表面経由は少ないことが指摘されていますが、それはすなわち「みんなが触るところ」よりも「飛沫が直接かかるところ」に注意する必要がある、ということになります。ドアノブやスイッチに向かって話しかけるわけではないので、表面除染するべきはドアノブではなく飛沫が直接かかる場所になります。消毒薬はその使用自体にリスクがある次亜塩素酸やアルコールである必要はなく、家庭用の洗剤などで十分だったりしますが、現在の規制の枠組み上商品にそのような表示ができないことが問題となっています。

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