東日本大震災から10年。放射性物質のリスク評価・管理を振り返る:その1 リスク評価編

deadline 基準値問題

要約

東日本大震災による原発事故後の放射性物質の許容量と基準値の根拠について整理しました。緊急時と平常時、内部被ばくと外部被ばくという軸の組み合わせで4つの許容量があり、それぞれ別々のロジックにて決まっています。許容量が決まれば後は、実効線量換算係数などのパラメータを使って食品中濃度に換算することで、食品中放射性物質の基準値が決まります。

本文:放射性物質のリスク評価・管理再考その1

2011年3月11日の東日本大震災から10年が経過し、当時を振り返る的な報道が多く流れています。原発事故の処理はまだ先が長いですが、少なくとも福島県産の食品安全に関するリスクの懸念はもうないと言えるでしょう。それでも東北産食品の海外での輸入規制はまだ続いています。安全性というのは非関税障壁の都合の良い口実になっています

毎日新聞:原発事故後の食品輸入規制、今も42の国・地域で 動き鈍い東アジア

原発事故後の食品輸入規制、今も42の国・地域で 動き鈍い東アジア | 毎日新聞
 2011年3月の東京電力福島第1原発事故に伴い、近隣国を中心に導入された東北産などの農林水産物や食品への輸入規制が、10年を経た現在も続いている。日本政府は科学的根拠に基づかない風評被害として撤廃を求めてきたが、特に厳格な輸入停止措置を取る中国や韓国などの緩和の動きは鈍く、近隣では固定化しかねない

当時はまだ見慣れなかったシーベルトやベクレルといった単位が出てきて、よくわからない数字に基づいてい何かが決まっていく様を見て、基準値の根拠というものに強く興味を持つきっかけとなりました。そして現在、本ブログにおいても基準値の根拠はメインコンテンツの一つになっています。

本記事では、当時調べたことなどを再度掘り起こして、だいぶ忘れかけてきている放射性物質の許容量や基準値設定の根拠について書いていきます。

放射性物質の被ばく許容量の根拠

ここでは放射性物質の許容量についてまとめていきます。

まずは事故後1年までの緊急時では、食品等に由来する内部被ばくの許容量について、
・放射性ヨウ素 50 mSv/年(=実効線量 2 mSv/年)
・放射性セシウム 5 mSv/年
となっていました。これは以下の報告書に出てくる数字が使われているのですが、その根拠としては以下のように書いてあります。

原子力安全委員会原子力発電所等周辺防災対策専門部会環境ワーキンググループ報告書 (1998)

本指標は、飲食物中の放射性物質が健康に悪影響を及ぼすか否かを示す濃度基準ではなく、緊急事態における介入レベル(防護対策指標)、言い換えれば、防護対策の一つとしての飲食物摂取制限措置を導入する際の判断の目安とする値である。

https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r98520000018iyb-att/2r98520000018k4m.pdf

わかりにくい文章ですが、ようするにこれは超えると健康に悪影響を及ぼすという許容量ではないのです。実効性を伴わないようなむやみやたらに厳しい規制をしないように、という目安です。もう少し言い換えれば、費用対効果に見合った対策をしなさいという意味です。

事故から1年経過して、平常時における食品等に由来する被ばく許容量は1mSv/年と設定されました。これはコーデクス委員会のガイドラインにおける飲食物の貿易に適用される値が根拠となっています。こちらも、超えたら何か健康に悪影響があるレベルとか、そういうリスク的な根拠を持った数字ではありません。

最初この許容量を決める際に食品安全委員会に諮問を出したのですが、「おおよそ生涯100mSv以下では有意な影響は検出できない(許容量はわからない)」という答申を返しました。これは、わからないことはわからないという「科学的な態度」として正しいのですが、社会からの要請に対してあまり役に立たない答えだったと言えます。レギュラトリーサイエンスの欠如と整理できる事例ですね。リスク評価とリスク管理を組織的に分離してしまった弊害とも言うことができるでしょう。

assessment-management

上記は食品等に由来する内部被ばくの許容量で、外部被ばくはまた別の許容量があったりします。最初に事故後の緊急時における避難の基準として20mSv/年が設定されました。これは職業曝露の線量限度が根拠となっています。「危険な職業などの死亡リスクと比較すると、年間1000人に1人程度の死亡リスクは受け入れられないレベルではない」といった判断から、その死亡リスクに相当する被ばく量として設定された数字です。

その後に設定された平常時に向けた除染のための外部被ばく目標値は1mSv/年となりました。これも受け入れられるリスクレベルから決まっています。居住する地域によって自然由来の放射線の量は変動があり、その差はだいたい1mSv/年程度になります。それでも引っ越す際に放射線の量を気にして居住地を決める人はいません。これはすなわち、1mSv/年程度の追加被ばくによるリスクは人々に受け入れられているということだ、と判断したのです。

ここで面白いのは、内部被ばくと外部被ばくは許容量の設定根拠・ロジックが違うのに、数字自体は同じ1mSv/年になっていることです(外部被ばくの許容量のロジックは結構好きです)。いろいろ理屈をつけながらも「1」という数字はきりが良いので、落としどころになりやすかったのでしょう。

線形閾値なしモデル(LNT仮説)によるリスク評価

避難の基準20mSv/年は年間1000人中死者1人というリスクベースで決まった数字ですが、他の内部被ばくや除染の目標値としての外部被ばくの許容量はリスクベースの数字ではありませんでした。ではここで、それらの許容量はどの程度のリスクに相当するかを計算してみます。

ICRP(International Commission on Radiological Protection、国際放射線防護委員会)の1990年勧告(pub60)あるいは2007年勧告(pub103)に基づいて、発がんによる死亡リスクの増加分(増加分というのは他の要因によるがん死亡リスクに加えてという意味)は1Svあたり5%程度となります。100mSv以上では被ばく量とがん死亡リスクに直線的な関係がありますが、それより低い被ばく量では影響が小さすぎて関係がよくわかりません。そこで、原点に向かって外挿する直線を引いて、それによって低線量の被ばくによるがん死亡リスクを判断しようという考え方を採用します(線形閾値なしモデル)。

lnt

この図の点線の部分は事実というよりも仮説的なもの(私は約束事と呼んでいる)で、基本的に大幅にリスクを過大評価していると考えられます。ワーストケース的に考えて放射線のリスクを管理しようという一つの考え方です。化学物質でも発がん性物質のリスク評価にはこのような考え方は普通に使われます。目的は真実の探求ではなく管理対策を決めることである、というレギュラトリーサイエンスの代表的な事例ですね。

ということで、避難の基準である外部被ばくの許容量20mSv/年は10万人あたりの年間死者数100人(つまり1000人に1人)に相当します(この辺の年間に換算する部分もざっくりとしています)。また、食品などの内部被ばくや除染の目標となる外部被ばくの許容量1mSv/年は10万人あたりの年間死者数5人に相当します(ただし大幅に過大評価している値)。自然由来の放射線でも1mSv/年くらいありますので、これですでにリスク管理の目安である10万人あたり1人を超えていることになります。

こうやって10万人あたりの年間死者数に換算することで、本ブログでおなじみのリスク比較ができるようになります。こういうリスク比較自体がダメ!、というような意見も当時はたくさんありました。ただ、化学物質では線形閾値なしモデルでリスクを定量化して、他のリスクと比較するというようなプラクティスは普通にあります。

食品中放射性物質の基準値の根拠

以下の図のように、放射性物質による内部被ばくの許容量を
・食品からの寄与率
・一日の食品摂取量
・希釈率
・実効線量換算係数
などのパラメータで食品中基準値に換算します。

criteria

まずは許容量を各食品群に割り当てます。暫定基準では5種類の食品群に1mSvずつを割りあてます。2012年以降の新基準値では飲料水に0.1mSv、そのほかに0.9mSvを割り当てます。

食事摂取量は成人男子なら一般食品で2117g(性別・年代ごとに設定)、飲料水は2Lなどとなっています。

さらに希釈率として、汚染された食品が50%であると仮定します(これは実際のところかなり過大な数字)。

実効線量換算係数はベクレルをシーベルトに換算するためのもので、成人の場合
・セシウム137で0.013 μSv/Bq
・セシウム134で0.019 μSv/Bq
などとなっています。実際の基準値の計算では、この係数が年代や核種によって違ってくるのでもっと複雑ですが、計算結果自体にはそれほど影響を与えません。

後は以下の式に年代・性別ごとの数字をあてはめて、放射性物質濃度に換算します:
線量(mSv) = 放射性物質濃度(Bq/kg) × 食品摂取量 × 希釈率 × 実効線量換算係数

一般食品の新基準値では、これで出てきた年代・性別ごとの数字の最小値から基準値が100Bq/kgとなりました。さらに、乳児用食品や牛乳は子供への配慮として一般食品の半分の数字である50Bq/kgが適用されました。

新基準値を設定する際は「暫定基準値でも安全だが、より一層の安全と安心を確保するため・・・」という説明がなされています。これはロジックとしては苦しい感じがします。この新基準値の適用により、どれくらい「より一層の安全と安心が確保」されたのかは次回の記事に書く予定です。

まとめ:放射性物質のリスク評価・管理再考その1

本記事では東日本大震災による原発事故後の放射性物質のリスク評価・管理として、許容量と基準値の根拠について整理しました。内部被ばくと外部被ばくはそれぞれ別々のロジックにて許容量が決まっています。また、原発事故後1年の緊急時と、その後では許容量の数字もそのロジックもまた違っています。許容量が決まれば後は、実効線量換算係数などいくつかのパラメータを使って食品中濃度に換算することで基準値が決まります。

次回はこのようにして決まった基準値によるリスク管理についてさらに書いていきたいと思います。

補足

拙著「基準値のからくり」では、第4章に放射性物質の基準値、第7章に原発事故「避難と除染」の基準値、という章を設けて詳細に解説しています。

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ICRPによる発がん死亡リスクについては以下が詳しいです。

被ばくによってガンで死亡するリスクについて

被ばくによってガンで死亡するリスクについて(放射線と原子力発電所事故についてのできるだけ短くてわかりやすくて正確な解説)

ICRP pub103 (2007)の和訳
https://www.icrp.org/docs/P103_Japanese.pdf

放射性物質の食品中基準値の設定については以下に情報があります。

厚生労働省:基準値の設定について

食品中の放射性物質への対応 - さらに詳しい情報|厚生労働省
食品中の放射性物質への対応 - さらに詳しい情報について紹介しています。

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