規制制度が立派な欧州と規制は緩いがリスクは低いニッポン

regulation リスクガバナンス

要約

さまざまな分野で「日本も欧米を見習ってもっと強い規制を!」などの話をよく耳にしますが、日本は独自のお願い事ベースの緩い管理が成功してきた実績があります。コロナ対策、性犯罪の履歴確認、農作業安全の3つの事例を取り上げて、規制制度の比較と実際のリスクの大きさを比較すると面白い傾向が見えてきました。

本文:欧州と比べて日本は規制は緩いがリスクは低い

我がニッポンは欧米諸国に比べて規制が緩いなどの話をよく耳にします:
・たばこの規制が緩い
・食品安全(農薬や遺伝子組換えなど)の規制が緩い
・環境規制が緩い(自動車など)
・不動産の規制が緩い(外国に買われ放題)
・医療の規制が緩い(幹細胞治療など)

最近ではAIの規制が緩く、無断学習し放題などと言われることもあります。

欧米がうらやましい!

こんな話もよくありがちですね。ただし、なぜ欧米は規制が強いのか?をよく考えないと間違った議論に流れてしまいます。欧米が規制・制度が立派なのはそうしないとリスクが管理できないからであって、日本はそこまでしなくとも自主管理でなんとかリスクを管理できているので規制まで必要なかったりするのです。

ということで、欧米は規制・制度が立派なのに対し、日本は規制が緩いがなぜかリスクは欧米よりもむしろ低かったりします。しかもいろんな分野で同じような関係性が見られます。これは欧米から見ると摩訶不思議で意味不明なのです。

日本人は強制ではないお願い事をきちんと守り、言うこと聞かない奴は同調圧力で管理します。欧米はピンからキリまでの幅が広く、規制をかけて強制しないと言うこと聞かないので、規制せざるを得ないのです。

ただし、日本も考え方の多様性が増し(均質性が減り)、外国人も増加することでお願いベースのやり方や同調圧力で管理することが徐々に困難になってくるでしょう。例えばLGBTのトイレ問題や富士山の問題(外国人が殺到)など、もはやお願い事ベースの管理では限界が来ているのではないでしょうか。

本記事では3つの事例を取り上げて、規制制度の比較と実際のリスクの大きさを比較してみます。取り上げる事例は新型コロナウイルス対策、性犯罪の履歴確認、農作業安全の3つです。これらはバラバラな3つの分野ですが、非常によく似た傾向が浮かび上がってきます。

コロナ対策:日本は強制力のある対策が少ないが死者数も少ない

コロナ対策においては、欧州では外出制限、マスク義務化、ワクチン義務化など、強制力を持つ(罰則を伴う場合もあり)対策が多く打ち出されました。

日本経済新聞:欧米は私権制限 外出禁止に罰則、日本と強制力で違い

欧米は私権制限 外出禁止に罰則、日本と強制力で違い - 日本経済新聞
新型コロナウイルスによる感染拡大を受け、欧米ではすでに外出禁止など私権制限を伴うロックダウン(都市封鎖)に踏み切った国が多い。欧州では市民の外出を禁止し、違反には罰則を伴うなど国による厳しい私権制限が主流だ。米国は住民への行動制限を各州知事が判断する。国が非常事態宣言も発動してい...

新型コロナウイルスによる感染拡大を受け、欧米ではすでに外出禁止など私権制限を伴うロックダウン(都市封鎖)に踏み切った国が多い。欧州では市民の外出を禁止し、違反には罰則を伴うなど国による厳しい私権制限が主流だ。

BBC:ドイツ、マスク着用を全域で義務化 罰金を科す州も

ドイツ、マスク着用を全域で義務化 罰金を科す州も - BBCニュース
ドイツのすべての州が、新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐため、マスク着用を義務化する方針を発表した。

北部メクレンブルク=フォアポンメルン州は、公共交通機関でマスクを着けていない人には25ユーロ(約3000円)の罰金を科すとしている。他の州はまだ罰則を明らかにしていない。

BBC:オーストリア議会、ワクチン義務化法案を可決 未接種者に罰金

オーストリア議会、ワクチン義務化法案を可決 未接種者に罰金 - BBCニュース
オーストリア議会下院は20日、新型コロナウイルスのワクチン接種を義務付ける政府提出の法案を可決した。近く成立する見通し。同国はヨーロッパで初めて接種を全面義務化する国へと近づいた。

オーストリア議会下院は20日、新型コロナウイルスのワクチン接種を義務付ける政府提出の法案を可決した。近く成立する見通し。同国はヨーロッパで初めて接種を全面義務化する国へと近づいた。

ワクチン未接種の成人は3月中旬以降、罰金3600ユーロ(約46万円)が科される。

一方で日本では、外出自粛のお願い、マスク着用のお願い、ワクチン接種のお願いなどはすべてお願いベースのものでした。ただし、飲食店の時短営業に関しては応じない場合に罰則がありました。

このようなことから、ニッポンは規制が緩い!欧州のようにもっと強い規制を!などの声も挙がっていました。では実際のコロナによる死者数はどうだったのでしょう?規制の強い欧州のほうがコロナを強力に制御できていたのでしょうか?

以下の図を見ると、欧州の各国のほうが軒並み人口あたりのコロナ死者数が多かったことがわかります。規制・制度が立派でもリスクが低いとは限らないという典型的な事例かと思います。

covid-death
出典 札幌医科大学医学部 附属フロンティア医学研究所 ゲノム医科学部門:人口あたりの新型コロナウイルス死者数の推移【世界・国別】
https://web.sapmed.ac.jp/canmol/coronavirus/death.html

性犯罪:日本は性犯罪歴確認の仕組みがないが性犯罪率も少ない

性犯罪については、性犯罪歴がある人に対して子供と接する仕事に就けないように確認する仕組みの導入に向けた議論が日本でも始まりました。ただし、最近のニュースでは足踏みしている様子もあります。

共同通信:性犯罪法案、臨時国会提出を断念 日本版DBS、与党批判で

性犯罪法案、臨時国会提出を断念 日本版DBS、与党批判で | 共同通信
政府は、子どもと接する仕事に就く人に性犯罪歴がないことを確認する制度「日本版DBS」を創設する法案に...

イギリスではこのようなシステム「DBS制度(Disclosure and Barring Service、前歴開示・前歴者就業制限機構)」が2012年から導入され、犯罪歴の照会が義務化されています。

NHK:性犯罪歴は?私に性行為を強要した先生が塾講師に

子供を性犯罪から守るDBSとは?性犯罪歴チェック 日本はどうすれば? | NHK | WEB特集
【NHK】子供たちを身近な大人による性犯罪から守るにはどうすれば?性犯罪歴がないことなどを確認する「日本版DBS」の議論が大詰めに…

イギリスのシステムでは、有罪判決を受けた人だけではなく、有罪に至らなくても警察がハイリスクと判断した人、通報などをもとにハイリスクとされた人が子供と接する仕事に就けません。

また、2012年のDBS制度ができる以前も、性犯罪の有罪判決を受けた人は教育現場の仕事に就くことはできませんでした。

ということで、日本よりもだいぶ規制が進んでいると言えるでしょう。その一方で犯罪リスクについて比べてみます。

まず、以下のサイトで2017年における世界各国の殺人リスクを比較できます。女性の場合、日本が10万人あたりの年間死者数0.27に対し、イギリスで0.68、ドイツで0.91、男女平等の先進国と呼ばれているフィンランドで1.11、アメリカで2.25となっています。

世界事典:殺人発生率ランキング ? 世界の治安

殺人発生率ランキング - 世界の治安 - 世界事典
世界各国の殺人発生率ランキングです。「殺人発生率(女)」、「殺人発生率(男)」、「殺人発生率」の3項…

次に性犯罪についても以下のサイトで示されているとおり、被害届として現れない暗数を含めても日本は国際的には少ないほうであることがわかります。法務省が調査した個人における性的暴行の被害の有無(過去5年間)の割合は日本が2.5%であるのに対し、イギリスが5.2%、フィンランドが3.4%、アメリカで6.6%などとなっています。

日本は統計に無い性犯罪・性被害が多い?「暗数」の海外諸国比較

日本は統計に無い性犯罪・性被害が多い?「暗数」の海外諸国比較 - 事実を整える
暗数調査の結果があるが…

また、別の調査も紹介します。そもそも性犯罪被害の調査はかなり難しい側面があり、調査の信頼性も含めて検討した研究になります。15歳以降に身体的・性的暴力を受けた女性の割合は日本が17%に対し欧州平均で33%、同様にパートナーから性的暴力を受けた女性の割合は日本が2%に対し欧州平均で7%、非パートナーの場合も同様の傾向でした。

科研費研究成果報告書:女性に対する暴力の実態把握と科学的妥当性・信頼性の高い被害者調査の創出
https://kaken.nii.ac.jp/ja/file/KAKENHI-PROJECT-15H01922/15H01922seika.pdf

ということで、性犯罪においても規制・制度が立派でもリスクが低いとは限らないという結果が認められました。

農業作業安全:日本はリスク評価の義務づけがないが死亡リスクも少ない

農作業安全について、日本では例年300人近くが農作業による事故で死亡しており、他産業に比べて死亡事故率が高いと言われています。

これに対して以下の記事によると、アイルランドでは農業機械の整備に対する規制やリスク評価の義務化など先進的な制度があるようです。

日本食農連携機構:農作業安全で世界最先端のアイルランド 日本が追いつけないわけ

農作業安全で世界最先端のアイルランド日本が追いつけないわけ | 日本食農連携機構
日本食農連携機構は「食と農のバリューネットワークの構築」と「次代に繋がる農業経営の持続的発展」への貢 献に向けて、2009(平成21)年に設立しました。農業法人や農協、食品メーカーや外食・中食、流通など 、食と農にかかわる多くの団体・企業等に会員としてご参加いただき、幅広い取り組...

少し前まで毎年20人が死亡していたが、昨年は10人まで減らすことができた

アイルランドには日本の労働基準監督署に相当する組織HSAの監督官が、小規模な自営農家を査察し、安全に不備があれば改善命令を出す。畑で動いているトラクターに不備が見つかると、修理しない限り、所有者といえどもその場所からの移動が禁じられる。

農家は毎年、自分の農場のリスク評価書を作成することが義務づけられる。農業機械やほ場などの危険箇所を洗い出し、それぞれの対応策を文書に書き込む。こうした命令に農家が違反すると、日本円で40万円の罰金か6カ月の懲役に問われることもある。

教育面でも取り組みは印象的だ。大学の農学部、実践的な技術を学ぶ農業大学校の学生にとって農作業安全は必修科目だ。

アイルランドの農家は農薬を使うために厳密な研修会の受講が義務づけられ、店頭で買うにも文書による申告が必要だ。

このような制度は日本にはなく、農作業安全に取り組む方から見るとうらやましいそうです。

以下のサイトの情報を見ると、アイルランドの農作業中の事故死者数は2015年くらいにピークがあり、その後は減少傾向にあります。2021年は10人まで減ったとのことですね。

Fatal Farm Incidents in Ireland 2008 – 2021

https://www.teagasc.ie/news–events/daily/farm-business/fatal-farm-incidents-in-ireland-2008–2021.php

一方で、日本の死者数は以下の資料にあるとおり、2021年で242人でした。

農林水産省:令和3年に発生した農作業死亡事故の概要
https://www.maff.go.jp/j/seisan/sien/sizai/s_kikaika/anzen/attach/pdf/index-111.pdf

この数字だけを見ると、アイルランドのほうが死者数が劇的に少なく、先進的な制度のおかげだと思うかもしれません。

ところが、アイルランドの人口は500万人程度であり、日本の約1/25程度の人口規模です。日本の人口に換算すると、アイルランドの年間死者数20人は日本では500人に相当し、アイルランドで10人なら日本では250人に相当します。

つまり、日本のほうがずっとリスクが低い状態が続いており、2021年にようやく日本のレベルに追いついたということですね。農作業安全の分野でも日本は規制が緩いがリスクも低いという結果となりました。

まとめ:欧州と比べて日本は規制は緩いがリスクは低い

新型コロナウイルス対策、性犯罪の履歴確認、農作業安全の3つの事例を取り上げて、規制制度の比較と実際のリスクの大きさを比較しました。いずれの事例でも、欧州は日本よりも強力な規制があり、制度が立派ですがリスクはむしろ日本のほうが低いという結果となりました。ただし、日本型の管理がいつまで機能するかは注視していく必要があります。

補足

本記事で取り上げたトピックに関する本ブログの過去記事を紹介します。

コロナウイルス対策関係

新型コロナウイルス対策をめぐる基準値のからくり~まとめ記事~
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)対策に関する各種線引き問題の「まとめ記事」。ソーシャルディスタンス、ステージ区分、職場復帰までの日数、相談・受診の目安日数、換気の基準、濃厚接触の基準、飛沫感染・エアロゾル感染・空気感染の線引きなどをまとめています。

犯罪リスクの男女差について

犯罪リスクの男女差:日本はフェミサイド大国なのか?
日本は男女差別の面で遅れており、犯罪に関してもフェミサイド(性別が女性であることを理由に男性に殺されること)大国などと一部で呼ばれています。性犯罪以外の犯罪については被害者の男女割合は同程度が男性のほうが多くなっていました。ただし、安心感の男女差は諸外国と比較して大きくなっています。

農業の死亡リスクについて

農業は危険な職業なのか?リスク比較から見えた農業の死亡リスクのからくり
農業は大変な職業というイメージはあっても、危険な職業というイメージはないかもしれません。ところが、農作業中の事故による死亡リスクは他の職業と比べても非常に高く、しかも経年的に増加しています。業種別の死亡リスクでみても他業種よりも高くなっています。この原因は農家の高齢化にあると考えられます。

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