犯罪リスクの男女差:日本はフェミサイド大国なのか?

male-female 身近なリスク

要約

日本は男女差別の面で遅れており、犯罪に関してもフェミサイド(性別が女性であることを理由に男性に殺されること)大国などと一部で呼ばれています。性犯罪以外の犯罪については被害者の男女割合は同程度が男性のほうが多くなっていました。また、安心感の男女差は諸外国と比較して大きくなっています。

本文:犯罪リスクの男女差

日本は世界的に見ても女性差別の面で遅れていると言われています。最近でも以下のようなことが話題となりました:
・吉野家幹部による「生娘シャブ漬け戦略」などの女性蔑視発言
・日経新聞に掲載された「月曜日のたわわ」広告による炎上問題
・芸能界での映画監督などによる女性の性的搾取

最近では「フェミサイド」という言葉(性別が女性であることを理由に男性に殺されること)もよくsnsで目にするようになりました。特に2021年9月の小田急線における無差別殺傷事件の際に話題になりました。犯人が「幸せそうな女性を殺したかった」と供述したそうです。

ということで、女性は男性よりも犯罪に遭いやすい、日本社会は女性にとって安全ではない、というイメージが広がっているようです。ただ、犯罪者の男女差を分析する研究は多いようですが、犯罪被害者の男女差の分析というのはきちんとしたものがあまりないように思います。

本記事では犯罪被害者の男女差を見るために統計データを整理してみることにします。さらに安心感の男女差、諸外国との違いなどのデータも整理してみましょう。

犯罪被害者と被疑者の男女割合

犯罪被害者の男女差を調べるために以下の統計を調べました。

警察庁 犯罪統計書:令和2年の犯罪

https://www.npa.go.jp/toukei/soubunkan/R02/R02hanzaitoukei.htm

この中の「表54 罪種別 被害者の年齢・性別 認知件数」の中に男女別の被害者数が掲載されています。犯罪別に男女割合を計算してグラフにすると以下のようになります。

被害者

強制性交、わいせつ、略取誘拐・人身売買などの性犯罪については女性の割合が圧倒的に高くなっています。他の犯罪については男女の割合は同程度が男性のほうが高くなっています。

殺人については殺人罪(未遂も含む)の被害者の数であり、実際の死者の数ではありません。同じ犯罪統計書の「表53 特定罪種別 死傷別 被害者数」には実際の死者数が掲載されています。この死者数は男119人、女169人で女性のほうが多くなり、上のグラフの数字と比べると男女逆転してしまいます。これは男性の被害者は抵抗するなどで未遂に終わる確率が女性より高いことを意味するのでしょう。

国連の「Global study on homicide」の数字によると、世界的には殺人被害者の80%が男性・20%が女性であり、それと比べると日本は女性被害者割合が高いので「フェミサイド大国」なのだと言われています。

Global study on homicide
Global study on homicide

ただし、男性のほうがたくさん殺されている状態が「良い状態」ということはないはずなので、国際比較をするなら人口あたりの殺人被害者数で比べるべきかと思います。これは後のほうで数字を出してみますが、日本は男女ともに殺人リスクが非常に小さい国です。

次に、被害者ではなく犯罪をするほう(被疑者)の男女割合を同様に計算します。使うデータは先と同じ犯罪統計書の「表3 年次別 都道府県別 罪種別 認知・検挙件数及び検挙人員」です。

被疑者

全体では78%が男性による犯行で、犯罪を犯すのは圧倒的に男であることがわかります。犯罪を犯すのは男というイメージが、女が被害者になりやすいというイメージにすり替わっているのかもしれません。実際には性犯罪を除けば男->男の犯罪のほうが多いわけですが、この部分は女性にはイメージしにくいと思われます。

また、殺人罪に絞ると24%が女性による犯行です。グラフを見ると窃盗罪を除くほかの犯罪よりも殺人罪は女性割合が高いことがわかります。先に紹介した「Global study on homicide」の数字によると、世界では殺人の90%は男性による犯行なので、それと比較すると日本は女性による殺人が多いようです。もし割合を問題にするならこれも「女性による殺人に寛容な国」などと問題になってしまいます。よって男女割合そのものを問題視するのはあまり意味がなさそうです。

OECDの幸福度調査から見る安心感の男女差

次に、統計値だけではなく人々の安心感の男女差についてもデータを見ていきましょう。本ブログの過去記事にて、幸福度を示す指標のうちの「性別による安心感の差」という項目があることを紹介しています(補足参照)。

OECDが測定した日本の幸福度2018年版「How’s Life in Japan 」
https://www.oecd.org/statistics/Better-Life-Initiative-country-note-Japan-in-Japanese.pdf

この中では幸福に関係するさまざまな指標をダッシュボード的に示されており、その中に「安全 – 性別による安心感の差」という項目があります。これは、夜間に1人で歩く際に安全だと感じる比率の男女差で指標化されています。日本は-19.5ポイントでOECD平均-16よりも低くなっており、日本は女性にとって安全ではない、と認知されていることになります。

2013-2018年までのデータも公開されていましたので、安心感の男女差順で表にすると以下のようになります。日本は36か国中24位となっています。ついでに男女別殺人リスク(人口10万人あたりの殺人被害者数)も併せて示します。

安心感-男安心感-女安心感の
男女差
殺人リスク-男殺人リスク-女殺人リスクの
男女差
New Zealand8152-301.40.6-0.8
Australia7950-291.40.7-0.7
Sweden8966-231.30.5-0.8
Portugal8258-231.20.3-0.9
Belgium7957-211.40.8-0.6
Netherlands9170-210.80.4-0.4
Finland9372-211.60.6-1
United States8564-219.62.4-7.2
Czech Republic7656-200.70.5-0.2
Italy7151-200.90.3-0.6
Hungary6646-1910.7-0.3
Canada9172-191.80.7-1.1
Japan8263-190.20.20
Germany8768-190.50.4-0.1
Denmark9173-190.80.4-0.4
Greece6647-191.20.4-0.8
Korea7354-190.90.8-0.1
Slovak Republic6951-1910.6-0.4
Estonia7658-193.81.1-2.7
Latvia6850-187.22.8-4.4
Ireland8365-180.80.1-0.7
United Kingdom8366-170.20.1-0.1
Iceland9175-170.61.20.6
Poland7559-1610.4-0.6
France7761-160.60.3-0.3
Slovenia9377-160.50.70.2
Luxembourg8268-140.70.3-0.4
Turkey6551-1430.7-2.3
Norway9682-140.70.5-0.2
Israel7562-122.20.7-1.5
Spain8573-120.70.4-0.3
Chile5745-126.81-5.8
Lithuania5645-114.21.4-2.8
Switzerland8978-110.30.40.1
Austria8777-100.40.50.1
Mexico5145-640.14.7-35.4
http://oecd.org/statistics/Better-Life-Initiative-2020-country-notes-data.xlsx

殺人リスクが低いほど安心感が高まるというような相関はあまりないように見えます。殺人リスクの男女差と安心感の男女差もまたしかりですね。むしろ、殺人リスクの男女差が一番大きいメキシコで安心感の男女差が一番小さかったりします。

以下の記事によると、高所得の国ほど安心感の男女差が大きくなっていく傾向があるようです。武力による治安維持ではなく自由度の高いことが要因の一つになっていると考察されています。

Gallup: Women Feel Less Safe Than Men in Many Developed Countries

Women Feel Less Safe Than Men in Many Developed Countries
New Zealand, Malta, Italy, France, Australia, and the U.S. are among dozens of countries worldwide where men are significantly more likely t...

女性の犯罪被害対策

性犯罪などでは女性は女性ゆえに狙われるわけですが、殺人などほかの犯罪はどうなのでしょうか。恐喝や窃盗などの場合、男性のほうが仕事などで夜に出歩く機会が多いと思われ、性別というよりも「夜に出歩く」というのが原因であるのかもしれません。放火や住居侵入で男性の被害が多いのは、性別の問題よりも住宅の持ち主が男性である率が高いことが原因でしょう。これは性別以外の交絡要因と呼ばれるものですね。

性犯罪においては、同一人物が同じ生活をしていて(交絡要因の影響を無くして)、格好が変わっただけで(男性から女性に見えるようになると)急に犯罪に遭うようになったり、(女性から男性に見えるようになると)遭わなくなったりするようです。

Yahoo!ニュース
Yahoo!ニュースは、新聞・通信社が配信するニュースのほか、映像、雑誌や個人の書き手が執筆する記事など多種多様なニュースを掲載しています。

痴漢などの話題で、「そんな格好してるのが悪い」vs「いや悪いのは犯罪者でしょ」という議論がありますが、悪いのは100%犯罪者であるのは当然としても、自衛手段として格好次第で被害が減るということもまた本当なのでしょう。

性犯罪については私の調べがまだ全く足りていませんが、以下のサイトなどを見ると、被害届として現れない暗数を含めても日本は国際的には少ないほうだとわかります。

図録▽強盗、暴行・脅迫、性犯罪についての国際比較
日本は統計に無い性犯罪・性被害が多い?「暗数」の海外諸国比較 - 事実を整える
暗数調査の結果があるが…

最後に国としての女性の犯罪被害対策についてまとめてある以下のサイト(平成25年版警察白書)を紹介します。

第1項 女性の犯罪被害対策

いろいろと書かれていますが、注目したのは暴力事案対策として導入された「危険性判断チェック票」で、事件発生前にリスクを評価して対策の必要性を把握するようなものになっています。このように起こってから対処ではなく未然防止に力を入れてほしいところです。

危険性判断チェック票は、外部の司法精神医学に関する有識者の科学的・専門的知見を得て作成されており、ストーカー事案や配偶者からの暴力事案について相談をした被害者から、被害者本人や加害者の性格、日常行動等に関する項目についてアンケート方式で聴取し、その回答に基づいて殺人等の重大事案に発展する危険性を警察が判断するものである。あわせて、危険度が高い加害者へのアプローチを行うことで、更なる加害行為を思いとどまらせ、被害の拡大防止を図る取組について検討しているところである。

まとめ:犯罪リスクの男女差

日本における犯罪被害者の男女差を調べたところ、性犯罪の被害者については女性の割合が圧倒的に多いですが、殺人を含むほかの犯罪については被害者の男女割合は同程度が男性のほうが多くなっていました。諸外国と比較すると、実際の殺人リスクは非常に低いのですが、安心感の男女差は大きいほうになっています。

補足

OECDが測定する幸福度について解説した記事

リスクと幸福はどんな関係にあるのか?その2:OECDが測定する幸福度とリスク
OECDが測定する幸福度は、主観的幸福度と能力アプローチ(健康、教育、所得などの自分の人生の機会を拡大する因子)、公正な配分という3つのアプローチからなる11の側面で評価するものです。指標としては平均寿命、大気汚染、殺人率などリスクの指標と重なるものもあります。

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身近なリスク
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コメント

  1. より:

    加害者に圧倒的に多いのは男の所で何故、女性はイメージしにくいのですか?

  2. 永井孝志 永井孝志 より:

    実際には犯罪の被害者も加害者も男であることの方が多いのですが、そのことをイメージしにくいということです。なんとなく犯罪者は男、被害者は女というイメージがあるからです。

  3. より:

    つまり男性は経験上、加害者も被害者も男とわかるけど女性は、そのような経験が少ないからイメージしにくいと言う事ですか?

  4. 永井孝志 永井孝志 より:

    はい、そういうことです。

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