要約
リスクの分配と公正の問題について整理します。まず、行動経済学の有名な理論であるプロスペクト理論をもとに、人々が何を公正と考えるかについて解説します。また、どのように分配を決めたか?というプロセスが分配結果と同様に重要であることも併せて解説します。
本文:リスクの分配と公正
リスクの分配と公正の問題とは、新しい技術の導入などがもたらすベネフィットとそれに伴うリスクが社会の中でどのように分配されるのか、そしてその不平等・不公正をどのように捉え、解決すべきかというものです。
例えば、原理力発電所が生み出す電力のベネフィットは広く行きわたりますが、事故が発生した場合のリスクは発電所の周辺に限定されます。
いわゆるNIMBY(Not In My Back Yard)問題も同様です。社会全体にとってその施設の必要性は理解されながらも、自分の家の近く(これをback yardと例える)への設置は拒絶するという態度や反対運動が起こる問題です。
例えば、原発事故によって生じた除去土壌(汚染度は低い)の処分場を作ろうとした場合、原発付近で生じた除去土壌を全国で平等に再分配しようという総論には賛成する人が多くても自分の家の近くは嫌だ、ということになります。
リスクの分配を考える際に、全体のベネフィットが全体のリスクを上回るのだからよいと考えるのが「功利主義」、ベネフィットやリスクの分配においてなるべく皆に均等に分配しようと考えるのが「分散最小化」、最もリスクに脆弱な人に対して対応をとろうと考えるのが「マキシミン原則」です。
この辺の考え方は過去記事でも詳しく書いています。

分配が公正かどうかという判断基準としては、
・衡平性
・平等性
・必要性
などがあります。
衡平性は貢献度に対して適切な報酬が伴っていること、平等性は貢献度にかかわらず報酬が均等であること、必要性は報酬がそれを受ける人の必要性に伴っていることです。年金をどのように配分するかという調査では、平等性を支持する人が多いですが、衡平性や必要性を支持する人もそれなりにいて、考え方はさまざまです。
また、分配の結果だけではなく、その分配方法が決まるプロセスも重視されます。プロセスが公正ならば、分配結果が自分の希望と異なっていても受け入れやすくなるようです。これは「手続き的公正」と呼ばれています。
人々が何をもって公正と考えるかについては、これまで心理学的な研究が多く行われています。本記事では、行動経済学の有名な理論であるプロスペクト理論をもとに、リスクの分配に対してどのような感情が働くかを解説します。最後に分配の結果に加えて手続き的公正の話も整理します。
プロスペクト理論
早速クネッチによる実験を見ていきましょう。電話インタビューで所得700ドルの変化と、一年入院する必要のある事故に遭う確率が0.5%変化するのではどちらを選択するのかを尋ねました。
グループ1:事故に遭う確率が0.5%から1%に増加する代わりに700ドル受け取る場合に、それを受け入れるか?
->61%の人が拒否
->0.5%のリスクの増加は700ドル以上の価値があるとみなされる
グループ2:事故に遭う確率が1%から0.5%に減少する代わりに700ドル支払う場合に、それを受け入れるか?
->73%の人が拒否
->0.5%のリスクの減少は700ドル以下の価値しかないとみなされる
つまり、リスクの増加への抵抗は強く、リスクの低減にお金を払いたくない、という結果になっています。
リスクの変化の大きさだけではなく、現在からの変化の方向が重要です。現在の状況が参照点となり、リスクの増減とお金の増減に対する感覚が変わります。つまり、獲得(リスクが減る、お金が増える)よりも損失(リスクが増える、お金が減る)への負の感情が強く働いて回避しようとするわけですね。
このように、WTA(Willingness To Accept、「環境」などを失う代わりに受け取りたい金額)はWTP(Willingness To Pay、「環境」などを維持するために支払ってもよい金額)よりも大きくなる、という一般的な傾向があることがわかっています。特に、公共財や環境など、一般に市場で取引されないものは特にWTAとWTPの差が大きくなることが知られています。
さらに、グループ1もグループ2も、現状からの変化を拒否する方向に働いていることがわかります。これが現状からの変化を嫌う現象である「現状維持バイアス」につながるわけです。
これが「プロスペクト理論」と呼ばれるもので、
1,参照点依存性
2.感応度逓減性
3.損失回避性
という3点に集約されます。
1と3は上記で説明しましたが、2の感応度逓減性とは、変化が小さいときのほうが感情の変化が大きく、変化が大きくなるにつれて感情の変化は小さくなるということを指します。例えば、損失が0から1000円になったときの負の感情よりも、損失が10000円から11000円になったときの負の感情のほうが小さくなります。これはお金だけではなく、リスクに関しても同じことが起こるようです。
リスクの分配とプロスペクト理論
このプロスペクト理論は何を公正と判断するか、にも関係してきます。ある行為が公正かどうかの判断には、参照点からの変化の方向が関係するのです。
例えば、ある会社の業績が下がった状況で、従業員の給料を下げることに関しては不公正と考える人が多いです。一方で、その従業員が辞めてその下がった給料と同じ給料で新たに従業員を雇った場合は受け入れられる人が多くなります。
これも「給料が下がる」という参照点から負の変化に対して拒否感が強く出るのに対して、新たに雇った従業員に関しては、参照点がないので給料が低くても拒否感が出にくくなるのです。もちろん、同業他社の給料と比べて低い場合には、その同業他社の給料が参照点になるので不公正と感じるようになります。
このような公正に対する判断はリスクの分配においても同様です。では次にリスクの分配に関するカーネマンらの実験を見ていきましょう。
難病を患っている2人の患者AとBが医者の治療を受けている。薬を投与すればその病気による苦痛は緩和する。ただしその薬の量は限定していて、その医者には1日当たり48錠しか手に入らない ・患者Aは、苦痛を1時間緩和するために薬が3錠必要 ・患者Bは、苦痛を1時間緩和するために薬が1錠必要 あなたがこの医者であったら、48錠の薬をAとBにどのように分配するか?
この質問に対して、Aに36錠・Bに12錠を与え、苦痛を感じない時間が両者とも同じ(12時間)になるように分配するという回答が77%を占めました。
一方で、24錠ずつ分配すれば、Aは8時間・Bは24時間苦痛が緩和されるので、全体のリスク(AとBの苦痛の合計)は最小化されます。ただし、24錠ずつ分配するという回答を選んだ者は少数でした。
この質問を少し変えて、状況に変化が起こった場合の再分配を考えてみます。
状況は上の質問とほぼ同じであるが、以下の状況のみ異なる: ・患者A・Bともに苦痛を1時間緩和するために薬が1錠必要 そこで患者A・Bに24錠ずつの薬が与えられ、2人とも苦痛が常に緩和されていた。しかし、その後患者Bの病状が悪化し、苦痛を1時間緩和するために薬が3錠必要となったが、Aの病状は変化がない。 あなたがこの医者であったら、48錠の薬をAとBにどのように再分配するか?
この質問に対して、苦痛を感じない時間が両者とも同じになるように(Aに36錠、Bに12錠)分配するという回答が50%になりました。
つまり、最初から同条件だった場合と比べて、2人の苦痛の時間を等しくするような分配を選んだ人が減少したのです。Aはこれまで24時間苦痛が緩和されていたので、そこが参照点となり、病状に変化がないのに苦痛の時間が増加することは不公正と考える人が増えるのです。一方でBは病状が悪化したので、苦痛が増えるのはしょうがないと考えるため、公正と考える分配方法にも変化が見られました。
原発事故によって生じた除去土壌の最終処分を想定した場合、除去土壌を全国で再分配しようとしても、原発から離れた地域の人たちにとっては事故前の状態が参照点になっているため、負担を引き受けるのに抵抗感が強くなるものと考えられます。
手続き的公正
冒頭で書いたように、分配の結果そのものに反対であったとしても、その分配が決まったプロセスが公正ならば受け入れやすくなります。また、分配を決定した行政や企業への信頼を高める要因にもなります。
逆に、どれだけ行政側が客観的に最適な場所を選んだ(分配的公正に配慮した)としても、「事後的に説明会で通知されただけ」、「勝手に決められた」と受け止められると強い反発につながります。つまり、住民の意見を集約・反映させる手続き的公正を踏まえることが、社会受容性の鍵となります。
手続き的公正が保たれていると判断される際には、主に以下のような要素や基準が重視されます。
・発言機会:意思決定の影響を受ける当事者や市民に対して、意見を表明する機会が与えられており、その意見が実際の決定プロセスに反映されていること
・透明性:どのようなデータや判断基準、議論を経てその結果に至ったのかという情報や理由が明確に公開・説明されていること
また、心理学者のレベンサールは、手続き的公正を評価する基準として以下の6つを提示しています。
一貫性: 人や時期が変わっても同じルールが適用されること
偏見抑制: 決定者の個人的利益や先入観が排除されていること
正確性: 良好かつ十分な情報に基づいていること
修正可能性: 不適切な決定に対して異議申し立てや修正の機会があること
代表性: 関係者の関心や価値観が反映されていること
倫理性: 基本的な道徳・倫理的価値観に適合していること
冒頭で例示した、原発事故によって生じた除去土壌の最終処分場の立地受け入れについては、これまでの研究によって、
1.首長(市町村長や知事等の地域の代表者)がトップダウン的に受け入れを決定
2.地域住民の意見を集約して首長が決定
3.地域住民で議論され、その意見が反映されて首長が決定
を比較すると、1->2->3の順で最終処分場の受け入れ割合が高まることが報告されています。
また、最終処分場の立地をどの程度分散するかについては、
1.全国で1か所の場合
2.全国8地方区分で1つずつの場合
3.福島県を除く全国46都道府県に1つずつ
を比較すると、やはり1->2->3の順で最終処分場の受け入れ割合が高まりました。
このように、分配方法そのものに加えて、分配方法の決定プロセスも同様に重要だということがわかります。
まとめ:リスクの分配と公正
リスクの分配と公正については、リスクが社会の中でどのように分配されるのか、そしてその不平等・不公正をどのように捉え、解決すべきかという課題があります。人々が何をもって公正と考えるかについては、これまで心理学的な研究が多く行われており、参照点からの変化の方向が関係することが知られています(プロスペクト理論)。また、分配の結果だけではなく、その分配方法が決まるプロセスも重視されます(手続き的公正)。
補足
本記事は以下の文献を参考にしています。
柳至 (2021) 政策と公正さ―分配的公正研究と手続き的公正研究のレビュー―. 立命館法学 399/400, 979-1003
友野典男 (2006) 行動経済学 経済は「感情」で動いている

Knetsch (1989) The Endowment Effect and Evidence of Nonreversible Indifference Curves. American Economic Review, 79 1277-1284
https://econweb.ucsd.edu/~jandreon/Econ264/papers/Knetsch%20AER%201989.pdf
村上道夫、高田モモ、柴田侑秀、白井浩介、大沼進、保高徹生 (2025) 決定木分析による除去土壌等の最終処分場受け入れ要因の解析. リスク学研究 35, 73-82

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