農薬の規制強化と有機農業の推進から考える規制行政と推進行政の違い

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要約

農薬の規制と有機農業の推進はセットで語られることが多いのですが、この二つは似ているように見えてまったく違います。規制は経済への介入となるため慎重さ・科学的根拠・国際調和が求められ、推進はそれよりもお気持ちが通りやすく暴走しやすいという特徴があります。

本文:規制行政と推進行政の違い

ネオニコチノイド系殺虫剤やグリホサートはキケンなので禁止すべき!有機農業をもっと増やすべき!

こんな感じで農薬の規制と有機農業の推進はセットで語られることが多いように感じます。この二つはなんとなく似ているようにも見えますが実のところまったく違います。本日の話題は「この両者を分けて考えよう!」です。

農林水産省の担当部局を見ても、農薬の規制は消費安全局の農産安全管理課、有機農業の推進は農産局の農業環境対策課であり、別の部署が担当しています。

国会議員や元農水大臣のような立派な肩書のあるような人たちがこの両者をごっちゃにして語りだすので困ったものです。そのあたりの経緯は以下の記事が参考になります。

Agrifact: 無責任な代議士たちのラウンドアップ批判
(元農水大臣の山田正彦氏らが「ラウンドアップ(農薬・除草剤)規制についての緊急記者会見」を開催し、グリホサートの販売中止を求めるキャンペーンの報告を行った)

無責任な代議士たちのラウンドアップ批判【コラム】 | AGRI FACT
8月8日、衆議院会館で元農水大臣の山田正彦氏等が代表を務めるデトックス・プロジェクト・ジャパンが「ラウンドアップ(農薬・除草剤)規制についての緊急記者会見」を開いた。

Agrifact: 第40回 川田龍平議員の大炎上と発達障害と逃げてゆく人々 『子どもを壊す食の闇』の闇②【分断をこえてゆけ 有機と慣行の向こう側】
(立憲民主党の川田龍平議員が「有機農産物を食べると発達障害が改善する(発達障害には残留農薬が関与している)」という主張を行った)

第40回 川田龍平議員の大炎上と発達障害と逃げてゆく人々 『子どもを壊す食の闇』の闇②【分断をこえてゆけ 有機と慣行の向こう側】 | AGRI FACT
前回は河出新書『子どもを壊す食の闇』(元農林水産大臣の山田正彦氏の著書)のとりわけ悪質な点として「発達障害と農薬を結びつける執拗な言及」を取り上げたが、その後1カ月足らずの間にも本書をめぐり様々な出来事があった。

本記事では、農薬の規制などを扱う規制行政と有機農業の推進などを扱う推進行政の違いについて解説します。

規制行政の特徴

東西冷戦の時代から、日本や西側諸国はソ連などの共産主義(計画経済)に対抗して経済活動になるべく介入しない自由経済を基本としてきました。自由経済においては有害な商品を作る企業はそのうち自然に淘汰されてしまうため国が介入しなくても大丈夫である、と考えます。

ただし、広範な被害が出てからでは遅すぎますし、ただちに目に見える有害性だけではなく長期間にゆっくりと害を与えるものもあるため、自然淘汰は万能ではありません。「規制は必要ない」という考えはやはり極論でしょう。

一方で、人々は放置すると何をやらかすかわからないので、ガチガチに規制して進むべき方向性を導くべきなのだ、となると今度は「パターナリズム」という考え方になります。パターナリズムが行き過ぎると自由を否定することになるため、そのバランスが重要です。すなわち、規制はかなり慎重に行わなければなりません。

もう一つ考慮しなければいけないのが貿易との関係です。農薬の規制などは国際的なガイドラインやルールに基づいてリスク評価を行い、その結果をベースとして行われます。農産物は貿易の重要な品目であるため、国内産業を保護するための口実として規制が悪用されることがあります。

このように、ある国だけが突拍子もない非科学的な規制をかけると非関税障壁とみなされて、WTO(世界貿易機関)に訴えられる可能性があります。詳しくは以下のコーデックス規格についての解説が参考になります。 

厚生労働省:コーデックス規格とWTO協定との関係

厚生労働省:コーデックス規格とWTO協定との関係

残留農薬基準が国内と海外で違う、日本は規制が緩い!などと指摘されることがありますが、基準値そのものは各国で異なるものの基準値の決め方は国際ルールに基づきます。(決め方の詳細は本ブログの過去記事を参照)

残留農薬基準値の決め方その1:巷にあふれるの説明のほとんどが誤解を招いている
残留農薬基準の決め方の説明として巷にあふれている「ADI(許容一日摂取量)を超えないように決められています」は間違いです。まずADIから換算する基準値というのはどういうものかを説明し、その次に残留農薬基準の決め方(ALARA型)を解説します。

別の例を挙げると、2002年にOECDは各国の環境政策を取りまとめ、その結果から日本に60項目の勧告が出されました。そのうち、生態系保全に関するものとして
・生態系保全に関する水質目標を導入すること
・化学物質管理に生態系保全を含むよう規制の範囲をさらに拡大すること
という項目がありました。

しかし、OECDとは経済成長や貿易自由化、途上国支援などを目的とした国際機関であり、環境保全団体でもなんでもありません。なぜそのOECDが他国の環境政策を審査したり、勧告をしたりとお節介を焼くのでしょうか?

その理由がやはり非関税障壁の問題で、ある国で生態系保全に厳しい規制がかけられると、その国の企業はその対応に大きなコスト負担を強いられるため、規制のない国で作られる製品が競争で優位に立ってしまいます。平等な競争のために規制などの環境管理制度についても国際調和をとる必要がある、というのがOECDの考え方なのです。

このように海外との調和をとる必要があるため、あまり好き勝手な規制をかけられない事情があるのです。逆に必要な規制をかけなければこの事例のように指摘されてしまうのです。

推進行政の特徴

上記のような規制行政に対して、推進行政はより自由に取り組むことができます。何をどこまでやれば十分かは特に決まっていおらず、各取り組み主体が考えることです。例えばSDGsなどを考えてみてもわかると思います。「我が社はSDGsに取り組んでいます」と多くの企業が主張していますが、何をすればSDGsに取り組んでいると言えるのかは曖昧ですね。こういうものはだいたい言ったもの勝ちです。

推進するのに科学的根拠はあまり求められません。規制では必要であった海外との調和もあまり考える必要がありません。ただし、逆に自由度が高いため何をやったらよいか途方に暮れてしまうので、欧州の先進事例などを参考としてまねることになります

例えば欧州が「Farm to Fork(農場から食卓まで)」という戦略を発表し、農業において持続可能性と環境保全を重視する方向性を打ち立て、化学農薬の総使用量とその使用に伴うリスクを2030年までに半減させる、有機農業の割合を25%まで増やす、などの目標を掲げました。

その後、日本でも「みどりの食料システム戦略」が発表され、同じように農薬をリスク換算で50%低減したり、有機農業の割合を25%に増やすなどの目標が掲げられました。こういうところでは常に海外が先行し、日本はその後追いをすることが多くなります。

ただし、こうした目標が先行した欧州では農家の反対デモが過激化し、ついに農薬半減を掲げた法案を取り下げることを決定しました。

欧州で広がる農家の大規模デモ 「誰が国民の胃袋支えているか」 ドイツ、フランス、オランダ…農業悪玉論に怒り爆発 | 長周新聞
ドイツでは1月8日から約1週間にわたり全国の農民約3万人が約1万台のトラクターで各地の幹線道路や高速道路を封鎖し、首都ベルリンに押し寄せ、首都機能もまひする大規模な抗議行動をおこなった。きっかけとなったのは、農家向けの補助金削減への反発だったが、背景には「地球温暖化の原因は農業に...
EU、農薬規制法案取り下げへ:背景に農業従事者の抗議も
記事のポイント 欧州...

推進行政は規制行政に比べて「お気持ち」が通りやすく、暴走しやすい特徴があります。そのため、欧州では環境保全が目的とは言え、農家に多大な負担を押し付けようと無茶をし過ぎたのではないかと考えられます。

日本においても、行政が芸能人を使ったゆるふわな有機農業推進の動画を作ったりしています。

【MY ORGANIC LIFE #1】高橋メアリージュンさんに聞く有機農業の魅力!
女優の高橋メアリージュンさんが有機農業に関心があるとのことで、お話を伺ってきました!有機農業の魅力とは・・・?これからも高橋メアリージュンさんは発信を続けてくれるのか・・・?▼さらに有機農業を知りたい方はこちら▼▽みどりの食...

(有機農業は)良いことしかないなって思いますね。健康、美容、そして環境にも優しい。って言うことは、精神的にも優しいんですよ。

責任逃れ的に小さく(※個人の見解です)などと書かれていますが、推進行政はこういうおかしな方向性に傾きやすいのです。

他にもみどりの食料システム戦略について解説している【農水省がアンチ霞ヶ関を加速させる理由】と題された動画もあります。14:00あたりで農水省の方が「見た目をよくするためだけに農薬を使っている」などと発言しているのも気になります。

【農水省がアンチ霞ヶ関を加速させる理由】 環境変化は常にビジネスチャンス/収益があがらない限りサステナブルではない/日本食がこのままだと消滅/農業生産現場を数値で見える化/生産性向上と持続性の両立
【Sponsored by 農林水産省 】注目すべき企業やプロジェクトのトップランナーを招き、キーワードをもとに掘り下げていく番組「& questions」。ニューラルCEOの夫馬賢治氏、オイシックス・ラ・大地 社長の髙島宏平氏と農林水産省大臣官房の久保牧衣子氏に「SDGs」をテ...

また、この動画では「今の状況はビジネスチャンスだ」と言われているのですが、結局のところ、最終的には見た目の悪い野菜を買うように消費者意識を変えなければいけないという方向に収束しており、何がビジネスチャンスなのかは最後までよくわかりませんでした。

以下の記事にあるように、売り物なので見た目を重視するのは当たり前ですし、実際のところ見た目が悪いものは味も劣ることが多いのです。人間も外見を重視する「ルッキズム」が批判されたりしていますが、農産物にも反ルッキズム運動が盛り上がるのでしょうか?。

野菜は見た目が9割?! 規格外品の販売について考える【直売所プロフェッショナル#28】
直売所を複数展開する民間ベンチャーの創業者たちが、直売所運営のイロハについて事例をまじえて紹介していく連載。第28回は、直売所においては位置付けが難しいB品、規格外品の販売について。
その作物廃棄、本当にフードロス? 規格外品にまつわる思いちがいと落とし穴
SDGsへの関心の高まりで、フードロスについて考える場面が増えた。それにともなって、畑での作物廃棄にも注目が集まるようになってきている。しかし、畑での作物廃棄をフードロスと考えるべきなのか? 農産物流通ベンチャーを経営する筆者は、大企業によ

規制行政と推進行政を分けて考える

ここまで書いたように、規制行政は経済への介入にあたるため「なんとなく私はこう思う」というお気持ちやエビデンスのチェリーピッキング(自分の主張に都合のよい研究結果だけを集めてくること)で進めることは困難です。国際的なルールも考慮に入れる必要があります。

つまり、政治家が騒いだところでこの国際的なルールを捻じ曲げられるわけではないので、あまりに突拍子もない非科学的な規制ができ上がる危険性はそれほど高くありません。

一方で、推進行政はそのような厳密なエビデンスが求められることは少ないためお気持ちの通りやすい分野です。なのでわりとふわふわした話が多くなりますし、政治家が騒ぐと暴走してしまう可能性があります。
(エビデンスが必要ないと私が思っているわけではありません。今後は徐々にエビデンスベースドが進んでいくことでしょう。)

まずはこの二つを切り分けて考えないと話が始まりません。「○○は○○すべき」みたいな論を見かけたら、これは規制行政の話か推進行政の話かをまず考えてみるとよいでしょう。

今回の話題でいえば農薬の規制と有機農業の推進はまったく別に考える必要があります。ただし現状では、有機農業推進のレベル(科学的根拠の低さのレベル)で規制ができると考えている人が多すぎると思います。これは専門家以外でも専門家でもわりと同じ傾向があります。

ちなみに私の有機農業に対するスタンスは以下の記事にまとめています。この問題は安全に関するものというよりは「どのような世界に生きたいのか?」というより大きな問題です。

有機農業25%の方向性を考える:有機農業と環境リスクの関係
有機農業の推進が政策課題に挙げられていますが、有機農業と環境リスクの関係について解説します。「有機農業=無農薬」ではなく、有機でも使える天然物由来の農薬も、化学合成農薬と同等の毒性があります。有機農業は環境保全に加えて価値観の側面も持っており、リスクの低減とは別に主観的幸福度などの側面で評価したほうが良いのではないかと考えられます。

この記事にも書いたように有機農業は価値観の側面が強いので、その効果は健康とか環境とかではなく幸福度で評価すべきと思っています。そういう点では上記で紹介した動画の中での「(有機農業は)精神的にも優しいんですよ」という部分はある意味検証に値するかもしれません。

本ブログの幸福度に関する記事はコチラ↓

幸福
「幸福」の記事一覧です。

まとめ:規制行政と推進行政の違い

農薬の規制と有機農業の推進はセットで語られることが多く、この二つは似ているようにも見えますが実のところまったく違います。経済へのむやみな介入を防ぐため規制にはそれなりの科学的根拠が求められ、さらに国際調和も求められます。推進はそのようなレベルの考慮を求められないためお気持ちが通りやすく暴走しやすいという特徴を持っています。

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